表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/629

第百三十七話 女神テール

 帰宅した鈴音は愛猫達を存分に撫で、尻尾をピンと立てた彼らと共に自室へ向かう。

 部屋では、鈴音が用意しておいたお菓子を口に放り込んだ骸骨がビリビリと震えていた。美味しかったらしい。

「ただいまー。おはよう骸骨さん。お、バタークッキー気に入ってくれた?」

 寄って来た猫達を撫でながら思い切り頷く骸骨に微笑み、荷物を置いて着替えを手にする鈴音。

 それが部屋着ではない事に気付いた骸骨が、まだ仕事かと石板で問い掛ける。

「仕事やないねんけど、猫神様と仲良しの神様が私に頼みたい事があるらしいねん。何や、巫女さんの調子が悪いみたいで」

 それは気の毒だと絵に描いて答える骸骨に頷き、鈴音は小さな溜息を吐いた。


「でも、話聞いて悩み解決したってくれ、言われてもさぁ。神様が直々に心配しはるような巫女さんよ?私みたいな一般人がヒョッと出てってどないかなるかなー?」

 首を傾げる鈴音を見ながら、それは確かにと骸骨も頷く。

 残念ながら、神の覚えめでたい神使を一般人と呼ぶのか、とツッコんでくれる人がこの場には居なかった。

「まあ、どうしても無理そうやったら正直に言うしかないやんね」

 頷いた骸骨が、頑張れと応援する絵を描いてくれる。

「うん。猫神様がガッカリなさらんように全力を尽くすわ」

 巫女ではなく白猫の為に頑張るという、どこまでもブレない鈴音の行動原理に拍手して、骸骨もまた火の玉探しを頑張ると拳を握った。

「骸骨さんも頑張れー!その内また、虹男の世界に気分転換に行こ?国王様が名物食べさしてくれる言うてたし」

 いいね、とばかり親指を立てた骸骨は、水筒のジュースを飲み干し新たに補給して、ゆらりと立ち上がる。

「もう行く?あ、そうや、何か変な澱がちょいちょい湧いてるみたいやから、気ぃつけてな?神使に影響は無いやろけど、悪霊だけやなくて妖怪とかもパワーアップするみたいやねん。日本だけの話なんか、世界中で湧いてんのかは分からへんけど」

 成る程と頷いた骸骨は、充分に気を付けると石板で答え手を振って部屋を出て行った。

「まあ、骸骨さんに出くわす悪霊やら妖怪やらの方が可哀相やけどな」

 多分ストレス発散の為に一撃必殺されてしまう、と笑ってから、鈴音も愛猫達と一緒に自室を後にする。



 猫達に餌をやってから風呂で汗を流した鈴音は、白猫と虎吉用のオヤツを用意しながら唸っていた。

「カミサマノオヤツ」

「イイナァカミサマ」

「タベルータベルー」

 前足をきっちり揃えお座りしたニャン太と、香箱座りを決めているヒスイが鈴音を凝視しながら呟き、子猫はウロウロと落ち着かない。

「ううぅ、視線が突き刺さる。そしておチビの爪も突き刺さる。うん、ねーちゃんやから怪我せぇへんだけやで。お母ちゃんやニャーちゃんやヒーちゃんにはしたらアカンねんで」

 腿にガッツリ爪を立て見上げてくる子猫をそっと捕まえ、愛猫達のそばに降ろす。

「これはお互いの心の健康の為にも、何かええ方法を考えなアカン。毎日この視線に耐えるんは正直キツイ」

 夏梅家では猫に毎日オヤツをやる習慣は無い。白猫達が特別なのだ。依ってこの“猫神様のオヤツを用意する時間帯”になると『圧力を掛け続ければ貰えるかも?』と頑張る猫達と、『健康維持の為そうホイホイあげませんよ』な鈴音の心理的攻防戦が始まる。


 しかしこの攻防戦、鈴音は圧倒的に不利だった。

 猫の期待に応えられず『くれないのか。あーあ、ガッカリー』な顔をさせる度、メンタルがガリガリと削られる厳しい戦い。あげてしまえば楽になれる、という弱い心の囁きを跳ね除けて、生き残るだけで精一杯である。

 悪霊も化け物も妖怪も恐らく悪魔も物ともしない鈴音へ、表情ひとつで大ダメージを負わせる猫達。

 烏天狗あたりが見たら、一体どんな妖術を使ったのかと驚くに違い無い。

「うーんうーん、この子らの目の届かんトコにオヤツ保存出来たらなー」

 苦しそうに言いながら、どうにかこうにか準備を終えた鈴音は、虎吉を呼ぼうとしてふと気付く。

「そうか、縄張りに置いて貰たらええんやんか。箱か何か拵えて。店で買うてそのまま縄張りに置きに行ったら、後は夜にボウル持ってったらええだけやし、この子らに変な期待させんで済む。そして私もすり減らんで済む!」

 くわ、と目を見開いた鈴音は、オヤツセットと靴を手に元気良く虎吉を呼んだ。



 虎吉が開けてくれた通路から白猫の縄張りに入り、靴を壁のそばに置いて、鈴音は急いでオヤツの準備に掛かる。

 準備をしつつ、自室で思い付いた事を白猫と虎吉に話した。

「邪魔ならんように部屋の隅っこに箱作るし、どうやろ?ついでに靴も、靴箱作ってそこに置かして貰えたら、急にどっかの世界行く事なっても取りに帰る手間が省けて楽やなぁ思うねん」

 喋りながらボウルに入れたオヤツをそれぞれの前に置いて、召し上がれと勧める。待ってましたとばかり顔を埋め、あっという間に食べ終えてしまう白猫と、カリカリと良い音を立てて食べる虎吉。

「んー、美味い。で、なんやったかいな、オヤツ箱と靴箱か。かまへんよ、好きに作ったらええて猫神さんも言うとる」

「やったぁ!ありがとうございます」

「ただ、目に見えるトコにオヤツあるんは気になるから、も1つ部屋拵えたらどないや、とも言うとる」

 ぺろんぺろんと口周りを舐める虎吉に目尻を下げ、顔を上げた鈴音はドーム内を眺めた。

「増築かぁ。このテーブルのそばの壁に穴空けて、倉庫的な部屋作って繋げたらええかな?」

「おう、それでええんちゃうか?あの羽根やら玉やらも仕舞えるし、剣が入った箱も置けるし」

 虎吉が鼻先で示すのは、翼のある女神アーラの世界で風の精霊王に貰った大きな羽根と、虹男に貰った縞模様がある琥珀のような玉と翡翠のような玉、神剣や魔剣がどっさり入った木箱。

 言われてみれば、結構物が増えたなと思う。


「よし、ほんなら神様の御用済ましてから、倉庫部屋の増築に掛かるわ、ありがとう」

 笑顔で頷いた鈴音は、空になったボウルを重ねゴミを纏めた。

 まだ頼み事があるという神の気配は無いので、丁度目についた事もあり虹男がくれた玉で遊ぼうと白猫と虎吉を誘う。

「おッ、投げてくれるんか?」

「投げるで転がすでー、取れるかなー?」

「うはは、俺に挑戦するとはええ度胸やッ!」

 背を山なりにしてグググと伸びる虎吉と、前足を伸ばし後足を伸ばしついでに欠伸もして準備万端の白猫が揃って鈴音を見る。キラッキラの目で見る。

「あああ、可愛いぃぃぃいいい!!いくで!それー!」

 鈴音の手から放たれる琥珀と翡翠に、虎サイズの猫と虎縞の猫がそれぞれ飛び付いた。



「猫ちゃーん、こんにちはー。おーい。入っちゃうわよー?」

 ドームの入口で声を掛けた、ワンピースにサンダル姿の長い赤髪の女神は、返事が無いので仕方無く中へと入る。

 すると室内では、猫達と人が一人、超高速でボールのような物を弾き合いながら動き回っていた。

「あらー。猫ちゃんてば、あんなに飛び跳ねて遊ぶの?初めて見たわ、ツイてるんじゃないかしらアタシ」

 楽しげに目を細めた女神の声に漸く気付いたのか、鈴音が玉をキャッチして動きを止める。

 まだまだやる気で仁王立ちしていた白猫と虎吉も、ふと我に返り入口を見た。

「おお、女神さんやないか。来とったんか」

 虎吉が言うのに合わせ鈴音がお辞儀する。

「気付くのが遅なって失礼しました。今更ですけども、神使の夏梅鈴音です」

「あらご丁寧に。アタシはテール、改めてよろしくね」

 今更だの改めてだの言うのには理由があって、この長い赤髪の女神テールに鈴音は一度世話になっている。

 虹色玉を取り込んで暴走したスーパーコンピューターが支配する世界への道を繋げてくれたり、鳥好きの集会に出ていたその世界の創造神に上手い事話しておいてくれたりしたのが彼女だ。


「テール様、その後あの世界はどうですか?少しは落ち着きましたか?」

 心配そうな鈴音にテールは優しく微笑む。

「人は、不便なら不便なりに何とかするものね。これから問題は出て来るんでしょうけど、今は手を取り合って街の機能を回復しようと頑張っているわ」

「そうですか……、確かに全世界的にロボットが大暴れやったみたいやし、復興に全力注ぐしかないですよね。今の所は」

 非常事態に於けるある種の興奮が収まった時、あの世界の人々がどのような行動を取るかは解らない。現代日本人のように忍耐強い人種ばかりとは限らないからだ。

「どう転んだとしても、手を出さずに見守るつもりらしいわよ、あの子は」

 ここで言う“あの子”はあの世界の創造神の事である。あまり世界に干渉しないせいなのか、虹色玉がスーパーコンピューターを神に近い者と誤認する程度には影が薄い。

「まあ、私からすればその方が神様らしい反応ですね。創り出した生き物の栄枯盛衰をただ見守るだけいうか……それこそ異世界からの侵略なんかがあった場合は別でしょうけど」

「成る程、鈴音の世界の神がそんな感じなのね?ふふ、神にも色々いるものねぇ。因みにアタシはそれなりに手を出す方なの」

 悪戯っぽく笑うテールに、そうでしょうねと鈴音は頷く。

「そうやから、巫女さんの調子がおかしい事が気になるんですよね?」

「ええ、話を聞いて貰えるかしら」

 眉を下げたテールへ、横になった白猫がそばに座れとばかりニャアと鳴いた。



 もこもこ床に腰を下ろしたテールの方へ頭を、鈴音の方へ尻尾を向けた白猫がのんびりと毛繕いしている。

 膝に載って寛ぐ虎吉を撫で、応接セットも作った方がいいだろうか、等と考えつつ鈴音はテールの話を聞いた。

「アタシの世界では、人は角も牙も鋭い爪も無い代わりに、皆簡単な魔法が使えるのね。でもそれだけじゃまだ不便かと思って、少数の者には地形を変えられるくらい強い魔法を使える力も与えておいたの。川の流れを変えたりだとか、山が崩れるのを防いだりだとか出来ると思って」

「おー、魔法が普通にある世界!巫女さんいうんは、その強い魔法が使える人ですか」

「ええ、そうなのよ。本人は知らない事だけど、人生を終える度に生まれ変わってアタシの巫女を務めているわ」

「へえー!ほなもう、長いお付き合いなんですね」

 鈴音の言葉に頷いたテールは、小さく息を吐き表情を曇らせる。


「長い付き合いだから、歴代のあの子が落ち込む姿は何度も見て来たわ。ある時は恋に破れたり、ある時は救えるはずの命が救えなかったり、理由は色々よ。ただ今までは本人が気持ちを切り替えたり、周りの人々の支えがあったりで、徐々に回復して時間が経てばちゃんと元気になってたの」

「……今回は違ういう事ですか」

「ええ。時間が経てば経つ程、酷くなっているっていうか……最近は力も上手に出せなくなってしまって……」

 眉根を寄せ口元に手をやるその表情は、娘を案じる母のようだ。当初はただ世界を見る為の目として選んだ人物だったとしても、長い長い時を共にする内に情が移ったのだろう。

「何が原因なのかもよく解らないのよ。アタシも四六時中あの子を見ている訳ではないから、見落としがあるんでしょうけど、それにしても……」

「恋愛関係や人間関係なら、後からでも何となく解りそうですもんね?」

「そう、まだ気になる相手も居ないようだし、苛められている訳でもないし。侵略戦争を仕掛けてくる敵は居るけど、それは上手に退けていたし」

「侵略戦争て」

 えげつない単語出て来た、と遠い目をする鈴音には気付かず、テールは溜息と共に頷く。

「侵略して来てるのもアタシが創った子達の子孫だし、何とも言い難いのは言い難いんだけど、そこはほら、ちゃんと魔法を使って退けてたの。でも魔法の調子も威力も落ちてきちゃって……」

 どんどん表情が暗くなるテールを見て、流石の鈴音も気の毒になって来た。


「えーとそしたら、何がどないしてそないなってんの、て巫女さんに聞いたらええですか?」

 鈴音の言葉に顔を上げたテールの表情が明るくなる。

「行ってくれるの?助かるわー」

「はあ。なんぼ何でもここまで話聞いといて、侵略されて死んでしもてもまた生まれ変わるし問題無いですやん、とか言えませんし」

「言ってるわよ。言っちゃってるわよ今」

 スナギツネと化すテールに、悪ガキの笑みを浮かべる鈴音。

「あはは、すんません。世界に干渉せぇへん系の神様ならそっちの反応や思うんですけどね」

「アタシ、干渉する系の神様だし」

 何故か胸を張るテールに笑い、鈴音は頷いた。

「猫神様もテール様を助けてあげたい言うてはりますし、出来る範囲で頑張ってみます」

「ありがとう!それじゃ、サファイアちゃんの真似みたいになるけど、これを渡しておくわね」

 嬉しそうなテールが掌の上に出したのは、光る薄い緑色の液体が入った小瓶。

「万能薬よ。鈴音に怪我をさせられるような存在は居ないけど、一応ね。こっちから頼んでおいて、手ぶらで行かせる訳にもいかないし」

 軽く頭を下げて受け取りながら、人が目の色を変えて欲しがる幻の薬がさらっと増えてしまった、と鈴音はまた遠い目になる。

「それで、あの子の事だけど……」

 語り始めるテールへどうにか意識を戻し、これから会いに行く人物に関する説明を聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ