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第百三十四話 お疲れ様また近い内に

 初めて異世界の話をした時、綱木は理解が追いつかず混乱していたが、あれが普通の反応だと鈴音は思う。

 それなのに先程は、皆が怪訝な顔をする中、陽彦だけがあっさりと鈴音の言葉を信じ大興奮だった。いや、兄を冷めた目で見つめていた月子も、異世界の存在自体は疑っていないように思えた。

 一体どういう事なのか。


「なあ、ハルは何で異世界いう言葉にあんな勢いで食い付いたん?ツキも、異世界とか何言うてんねんコイツ、みたいな反応ではなかったよね?」

 考えても解らないので素直に聞いてみる。

 すると、超絶美少女は嫌そうというか困ったというか、何とも微妙な表情をした。

「あー……、うん。なんていうの、そういう漫画とかがあるんだよね。ごく普通の人が、事故にあったり向こうから呼び出されたりして、異世界に転生したり転移したりするっていう。鈴ねーさんは漫画とか読まない?」

「へぇー、そんなんあるんや。漫画は友達に借りて読んだりしてたけど、今はもう滅多に読まへんなぁ。ほな二人共、そういう漫画とかで知ってるから、異世界て聞いても驚かんかったんやね」

「うん。私も友達が面白いよって貸してくれたから知ってた。異世界とかホントにあるんだーって感じ。で、ハルはー……ぶっちゃけあいつオタクなんだよね。漫画もアニメもゲームも小説も好きで、お給料は大体それ関係に消える感じのヤツ。だから、そういう話にも詳しいっていうか、ハマりまくってるっていうか」

「オタクなんや、意外やなー。渋谷とか原宿とかで遊んでるタイプか思てた」

 驚いた鈴音に月子は笑って首を振る。


「ハルは人の多いトコ行くと視線が凄い事になるから。後つけまわされて家まで来られたり。小さい時は誘拐未遂とかあったし、大人は男も女も変質者だらけだし。気付いてないだけで今でもストーカーがいるかもだし、割とトラウマっていうか、出来るだけ人と関わりたくない、みたいな」

 同じような体験をしただろう月子がさらりと語る内容は、中々に衝撃的だった。鈴音も黙っていれば美少女だったので変質者の類に遭遇する事はあったが、いくら何でもここまで酷くは無い。次元が違う。

「現実世界の人は信用ならんし怖いから、空想の世界に救いを求めたんやろか」

 眉を下げる鈴音に月子は唸りながら首を傾げた。


「んー、それもあるかもだけど、元々の性格の方が関係あるんじゃない?名前とは逆で、私が陽でハルが陰だもん。小さい時から、庭で遊ぶより部屋で遊ぶ方が好きみたいなタイプだったし。だからそれは全然いいんだけど。お金だって自分で稼いでる訳だし。でも『俺も異世界転移してぇー召喚されてぇわー』とか普通に言うからウザいのマジで」

 再び嫌そうな困ったような微妙な表情になる月子。高校生にもなって恥ずかしい、と思っているようだ。

「内向的なタイプいうやつかぁ。好きな漫画とかの世界がホンマにあるかも思て興奮してんな。けど、異世界行ったら仕事も住む場所も自分で探さなアカンで?働かなお金無いからご飯食べられへんし。どないするつもりなんやろ」

 鈴音が真顔で心配すると、キョトンとした月子が手を振りながら笑う。


「お金とか仕事とか、そういう現実的な事は考えてないよきっと。剣と魔法で魔物を倒して勇者ごっこしたいだけだよ」

「ふーん、それやったらゲームで充分やろにねぇ」

 そもそも異世界は剣と魔法の世界ばかりでは無いぞ、と思ったが月子に教えても意味はないので黙っておいた。

 すると、大あくびをした虎吉が鈴音を見上げる。

「話済んだか?猫神さんがオヤツ待ってるで?」

「おー、早よ行かな。ツキ、犬神様へのお供えはいつ頃になりそう?」

「明日お肉屋さんに聞いてみる。分かったらメッセージ入れるね」

「そうか、生活健全局のアプリで連絡取れるんやね。ほな、えーと、ツキの家のそばで猫が居る場所ある?猫が居る場所なら、虎ちゃんが狙って通路開けられるから」

「ん?犬神さんの神使の家に用事があるんか?」

 虎吉の質問に、鈴音が事情を説明し月子はお辞儀した。


「おお、ええ心掛けや。犬神さんも喜ぶやろなあ。ちゃんと届けたるから任しとき」

 目を細めた虎吉が協力を約束し、嬉しそうに笑った月子は再度お辞儀する。

「ありがとうございます。確か、お隣さんが猫飼ってた。でもお隣に出たらヤバいよね?」

「そこはほら、姿隠しのペンダントの出番やんか。通路もペンダントした人も霊感無かったら見えへん訳やし」

「そっか、なら大丈夫だね」

「ん。お供物の都合ついたら連絡してな。ほな猫神様が待ってはるし帰るわ」

 鈴音の声に合わせ、虎吉が左前足で宙を掻いて通路を開けた。

「鈴ねーさん、虎吉様、ありがとう。お疲れ様でしたー」

 手を振る月子に鈴音も振り返す。

「お疲れ様ー。また近い内にー」

「お疲れ様でした!おやすみなさいませ!」

 キッチリとお座りした黒花が敬礼でもしそうな勢いで挨拶し、笑いながら頷いた鈴音と虎吉は手を振りつつ通路に消えた。



 恐ろしい力の渦が閉じるのを見届け、佐藤達は綱木を凝視する。

「夏梅さん、あんなブラックホールみたいな中に普通に入りましたよ」

「神界通って帰るとか言ってましたね」

「何なんですかあの光の強さは」

 佐藤も高橋も小林も口々に言い、やっぱり神の化身なんでしょ、という目をした。

「気持ちは解るよ。俺も同じ事思たし。でも孔雀明王が鈴音さんは神ではないて言うてはったからね。魂の光に関しては、高位の神の気まぐれか手違いでああなっただけらしいし。ただ、猫神様にえらい気に入られて、眷属になっとるそうやから、俺らからしたら神みたいなもんやけども」

「眷属って……」

 佐藤達は唖然として言葉を失い、同族の頭の上で羽を休めていた烏は遠い目になる。

「わー、俺ってば神の眷属にちょっかい出してたのかー。無事でなによりー。生きてて良かったーははははは」

 乾いた笑いを零す烏の下で、烏天狗も魂が抜けそうな顔をしていた。

 もしも鞍馬天狗が、愚かな配下を生かしたまま連れて来いと注文をつけていなかったら。

 鈴音の光と雷と虎吉の神力を思い出し、烏天狗は震え上がる。

 そこへ、月子と黒花も合流した。


「何の話してたの?鈴ねーさんの話?虎吉様の話?凄いよねー、猫神様の眷属と分身だよ?パッと見フツーに綺麗なお姉さんと可愛い猫なのに、ホントは殆ど神様とか、悪霊からしたら詐欺だよね」

「魂の光を消すというのも驚きだ。光を嫌う妖怪や悪魔なども、たまったものではないだろう」

 頷き合う月子と黒花に、佐藤達は『分身!?』と目を点にしている。

「それで?異世界については何か言ってた?」

 いつの間にやらシレっと交ざっている陽彦を見やり、月子は呆れて溜息を吐いた。

「べつにー?私は興味無いからわざわざ聞かないし。つか、どこに隠れてたわけ?聞きたきゃ自分で聞きなよ」

 妹の冷たい視線を浴びながら、陽彦は口を尖らせ首を振る。

「輝光魂としてどうのこうの、って説教は聞きたくないからパス」

「まったく、何故にお前はそうなのだ陽彦。鈴音様の爪の垢でも……」

「あーあーあー、聞こえませーん。いいだろ別に、黒花さえいれば誰も文句言わねんだから」

 黒花からふいと目を逸らす陽彦を、綱木は黙ったまま見つめ何やら考え込んだ。

 理由は違えど揃って静かになってしまった綱木達へ、バサバサと羽ばたいた烏が声を掛ける。


「とにかく、まずはコイツを主様の所に届けないとな?どうやって運ぶんだ?」

 烏天狗の頭を突付いた烏に、綱木が我に返った。

「おお、そうやな、こんなとこで考え込んどる場合やなかった。佐藤君、大丈夫やな?」

 問われた佐藤もハッとしてから表情を引き締め頷く。

「はい、車で鞍馬山まで連れて行きます。その先は……」

「俺が案内してやるよ。もたもたしてたら主様が待ちくたびれてしまうからな」

 胸を張る烏に綱木は微笑んだ。

「頼むで。よし、これで全部片付いたな?ほな俺は帰らして貰うわ」

「はい、今日はありがとうございました。鞍馬天狗との交渉とか、ホントは俺がやらなきゃならなかったのに、お手数お掛けしてしまって申し訳無いです」

 頭を下げる佐藤達を見ながら、綱木はいやいやと手を振る。

「俺も鈴音さんに助けられてるから。ああそうや、烏の案内もあるし大丈夫や思うけど、鞍馬天狗の妖力で倒れてしまわんように、気ぃしっかり持っとくねんで」

「倒れたら介抱ぐらいはしてやるよ。迷惑掛けたのこっちだしな。でも面倒臭いから出来るだけ頑張れ」

 笑う綱木と烏を見ながら、鞍馬天狗の妖力を想像して佐藤は既にちょっと倒れそうな気分である。

「最大限努力します」

 どうにかそう答えた佐藤が小林を伴って鞍馬山へ向かい、高橋はホテルへ戻って、本当に夏姫の周囲にもう何も居ないかの確認をするという事になった。飽くまでも怪異関係についての話で、隠し撮りカメラマンについては見ないふりをするらしい。

 緊張気味の佐藤達を見送ってから、高校生二人と綱木はそれぞれ帰宅の途についた。



 一方、自室へ戻ってオヤツを取って来た鈴音は、それを白猫と虎吉に振る舞いつつ今日の出来事を語って聞かせている。

「……いう訳で、烏は烏でも烏天狗なら話が通じる奴も居るみたい。あの烏はええ奴やったし」

「ほー、烏天狗にも色々居るんやな。俺が怖いから黒い鳥て誤魔化すとか、中々おもろいな」

 それを信じる虎吉もかなり面白い、と思ったが口には出さず鈴音はゴミを纏めボウルを重ねた。

「それにしても、魂が澱と接触したら悪霊化してまうけど、生きてる人が澱に触っても体調崩したり感情が暴走したりする程度や、て聞いてたのに、天狗が触ったらパワーアップしたんは何でなんやろ。妖怪やとそうなるんかな?」

「うーん……妖怪が人の心に影響及ぼすいうんは聞いた事あるけど、逆は知らんなぁ。それホンマに人の負の感情やったんか?」

 虎吉の問い掛けに鈴音は遠くを見る。

「確かめようにも、誰かさんの神力の影響で綺麗に消えてしもたし」

「……おお、そら困った神さんも居ったもんやなー」

 カカカ、と後足で頬を掻いた虎吉はそのまま毛繕いに移行した。

「ぶふッ、可愛いなぁもう」

 デレデレと目尻を下げる鈴音の前へ、白猫が頭を突き出して来る。

 更にデレながら白猫を撫で、澱について考えていると、何か思い出した様子で虎吉が顔を上げた。


「そうや忘れよった、危ない危ない。あんなぁ鈴音、鈴音に頼み事したい言う神さんが居るんやけど、話聞いて貰てええか?」

「頼み事?猫神様にやのうて私に?」

 白猫を見やって首を傾げる鈴音に虎吉は頷く。

「神さんが加護を与えとる巫女が、なんや調子悪いらしいねん。その巫女の話を聞いて、悩みを解決したって欲しいねんて」

「えぇー……、神様のお気に入りな人の悩みなんか、スケールでっか過ぎて私じゃどないも出来ひん思うけどなぁ。神様が変身して御自分でお話聞いて差し上げたらええのに」

 顔に思い切り、面倒臭い、と書いてあるような鈴音の様子に、虎吉は必殺技を繰り出した。

「猫神さんが仲良うしとる神さんやし、心配でなぁ。助けたってくれたら、猫神さんも喜ぶねんけどなぁ」

「うん解ったいつでもどうぞ。ソッコーで解決してみせるで」

 虹男に妻、鈴音に白猫。あっさり了承した鈴音に虎吉は大笑いだ。

「うははは、おもろ……間違うた、助かるわ。ほな明日のオヤツの時間に来るように伝えとくわな」

「りょーかーい。猫神様の為に頑張ります」

 目を細めて頷いた白猫が、嬉しそうに鈴音の手に頭を擦り付ける。

「わあ、ご褒美前払いですか?幸せー」

 デレデレと溶けて無くなりそうになりながら、暫く白猫と虎吉を撫でて鈴音は慌ただしかった一日の疲れを癒した。

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