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第百三十三話 カぁラぁスぅぅぅううう?

 最初に姿を見せたのは烏天狗だ。

 烏天狗なのだが、何かが違う。

 夜なので見え難いものの、体中に黒っぽい靄のような物を纏っているのが分かる。

 靄で刃物のように鋭い羽根を作って飛ばし、背後から追ってくる佐藤達を攻撃。足を狙って飛び掛かる黒花を既の所で躱し、ギラついた目を鈴音に固定してこちらへ走っていた。


「何だアレ」

 同族が見せる謎の能力に烏がポカンとする。

おり、いうてな。人の負の感情の集まりや」

 説明しながら、綱木は夜空に浮かべたビー玉の円を大きくした。

「普通、死者が触れて負の感情の支配を受けて悪霊化して能力アップ、やねんけどな。生きてる奴が触ってあんなんなるん、初めて見たな。妖怪やからか?元々すばしっこいから、黒花の攻撃躱せるスピードが手に入ったんやろか」

 ビー玉の円内に烏天狗が入った瞬間、綱木は柏手を打つ。

 円内全体に霊力が降り注ぎ、烏天狗が大量に浮かべていた澱の羽根が砕け散った。

 攻撃範囲を広げると威力が落ちる為、本体に大したダメージは入らなかったようだが、警戒させる事は出来たようだ。烏天狗は足を止め、綱木と追い付いた佐藤達を見比べている。

 その様子に黙っていられなくなったのは烏だ。


「おい!!何やってんだよ!?人の負の感情なんてもんに天狗が乗っ取られるとか、恥ずかし過ぎて今すぐ山に引きこもりたいわ!!主様が見たら何て言うか……ってか見てるね!!見てらしたねそういえば!!目だったわ俺!!どーすんのよオマエ、大目玉どころじゃ済まないぞ!?」

 鈴音の腕の上で声を張り上げる烏を、烏天狗が忌々しげに睨んだ。

「猫の使いの手下になったような奴が何をほざく。俺はこの力で猫の使いを殺し、姫を手に入れる。その女が妙な事を吹き込んだに違い無いんだ。だから姫がおかしくなった。絶対に赦さん」

「クァー!?手下ぁー!?誰がだよ誰が!!手下違うわ協力関係だわ!!すっぱりハッキリ思いっきり真正面から振られたクセに人のせいにするとか、情けねーヤツーーー!!ダッッッセーーー!!」

 大きく羽を広げ羽毛を逆立て、完全に威嚇のポーズで挑発する烏。手下呼ばわりされてキレてしまったらしい。

 対する烏天狗も黙って羽を広げ、再び澱で作った羽根を自身の周囲に大量に浮かべる。

 何やら面倒臭い事になったな、と鈴音は溜息を吐いた。


「なあ天狗、澱って見た感じ嫌ぁな雰囲気や思うねんけど、何で触ってみよ思たん?自分の意思で喋ってるみたいやけど、澱から流れ込む思念みたいなもんは無いん?」

 以前有料公園に発生した悪霊を退治しに行った際、黄泉醜女が『お利口になって普通に喋る悪霊が増えた』と言っていたのを思い出した鈴音が問い掛けるも、烏天狗は答えない。

「これ結構ええ手掛かりになる思うんですよね。鞍馬天狗が聞き出してくれへんかなぁ」

「頼んでみる価値はあるな」

 鈴音の意見に同意しつつ、綱木は再度柏手を打った。またしても消え去る澱の羽根。

 綱木は実に簡単にやって退けているが、本来は相当な高等技術らしく、佐藤も月子も高橋も小林も尊敬の眼差しを向けている。

 そこでふと鈴音は気付いた。


「あれ?犬神様の神使……えーと、ハル?キミは何でそんな後ろに居るん?」

 向こうのチームは、前衛に佐藤と黒花と月子、後衛に高橋と小林と陽彦、といった布陣になっているのだ。明らかにおかしい。

「光る魂は澱効かへんねんから、ど真ん前で盾になりぃよ。何を後ろでボーッとしてんねんな」

 鈴音の指摘を受けた陽彦は嫌そうな顔で首を振った。

「黒花がいれば大丈夫なんで。俺の出番とかねぇし問題無いから」

「は?そら黒花さんは強いやろけど、そういう問題ちゃうやん。自分も給料貰てんねやろ?何を……」

 眉を上げた鈴音に向け、隙有りと見た烏天狗が懲りずに作った澱の羽根を纏めて撃ち込む。

「ちょ、鬱陶しいねん!!」

 瞬時に魂の光を全開にして鈴音は全て受け切った。

「今大事な話してるとこ!!邪魔せんといてくれる!?要らん事しよったら氷漬けにすんでホンマ」

 烏天狗をどやしつけた鈴音が陽彦に向き直ると、向こうのチーム全員が見覚えのある表情に変わっている。

「うわあ、またか。……ってあんたもかい!」

 腕の上の烏も、パカーッと嘴を開いてその目に畏敬の念を宿していた。


「えー、業務連絡業務連絡。夏梅鈴音は神ではない。繰り返します、夏梅鈴音は神ではない。以上でーす」

 魂の光を消した鈴音が、右手を口元に持って行きメガホン代わりにしながら告げると、佐藤達は顔を見合わせ困惑している。

「いや何故悩む!神様違う言うてんのに!てか、動くなそこ!!何をシレーっと逃げようとしてんねん!!逃がさへん言うとるやろ!!」

 生まれてこの方見た事もない光に恐れをなし、注意が逸れている今の内にと後退りしていた烏天狗が大きく震えてから固まった。

「烏も。私は神使であって神様ではないねんから、そないビビらんでええて」

「ビビるわ!!何だあの光。あんなの人が出すとかおかしいだろ。大丈夫かお前、どっか悪いんじゃないか?変なもん食った?」

「えぇー……、心配の仕方が斜め上やなー。大丈夫やで、生まれた時からずっと光ってたらしいし。マユリ様……孔雀明王様がそない言うてた」

「くじゃッ……!?ちょ、お前の交友関係なにがどうなってんの。孔雀明王とか異世界の創造神とか、出て来る存在が凄過ぎてもう意味不明」

 お手上げ、というように羽を広げてから閉じる烏の仕草に鈴音が笑った時、空間が歪む気配がして直ぐ近くに通路が開いた。


 鈴音と黒花以外の者達には、恐怖を覚える程の途轍もない力の渦が突然現れたように見える。


「こ、今度は何だ!?」

 身構える烏の前で、その力の渦からひょっこりと顔を覗かせたのは雉虎柄の猫。

「鈴音ー?オヤツまだかー?」

 関西弁の発音で呑気に言いながら出て来た猫は、大きな目を鈴音の方へ向けると同時に烏をロックオンした。

「虎ちゃーん!え、何もうそんな時間!?」

 慌てる鈴音をよそに、じっと視線を固定したまま近付いてくる猫。生存本能が全力で警報を鳴らしていると自覚する烏。

 ひたひたと近付き、地面一蹴りで飛び付ける位置に猫が立つ。

「……オイ。お前は何や?」

 瞳孔全開の猫に問われて烏は腹を括った。


「黒い鳥だピヨ。いい鳥だピヨ」


 右へ左へ首を傾げ可愛い鳥アピールをする烏に、鈴音の『ピヨ……?』という得体の知れない生物を見る視線が突き刺さるが構ってなどいられない。烏にしてみれば今まさに生きるか死ぬかの瀬戸際なのである。

「そうか。黒い鳥か。ええ鳥なんやったらかまへんわ」

 捨て身のアピールが功を奏し、猫は烏に対する興味を失くしたようだ。

 ホッとした烏から、烏天狗へと視線を移している。


「た、助かった。はあぁ……。猫の使い、あの猫は?何かスゲーヤベーって本能が叫んでるけど」

「へぇ、神力抑えてんのに分かるとかあんたやるやん!あれは虎ちゃん。虎吉。猫神様の分身やねん」

「そっかー分身かーそりゃヤベー……って、ええ!?」

 ギョッとした烏が視線を移すと、既に虎吉は烏天狗との距離を詰めていた。

「なあ、あの猫にさー、俺は烏天狗です!って言ったらどうなる?」

「え?そらー……不味いな。蛇と烏は敵やて言うてたわそういえば。うわぁどないしよ」

 自分が初対面の烏天狗に対して取った行動をすっかり忘れていたらしい鈴音が今頃慌てだし、青褪めた綱木がビー玉の円を縮めながら叫ぶ。

「結界を張れる者は今すぐ張れ!!耐衝撃結界で虎吉様の周りを囲め!!霊力使い果たしてもええから全力や!!しくじったらここいら一帯が消し飛ぶと思え!!」

 今ひとつ状況が飲み込めずにいる佐藤達だったが、鬼気迫る綱木の様子に急いで結界を張った。


 そんな騒ぎなど知った事ではない虎吉は、烏天狗に問い掛ける。

「お前は何や?」

 問われた烏天狗は澱を取り込んでいる為、烏のように本能からの警告を受け取る事は出来なかった。

「猫如きがこの私に何を偉そうな!」

「……もっかい聞くで。お前は何や」

 低い低い虎吉の声にも危機感は芽生えない。

 烏天狗は腕を組みふんぞり返った。

「見て解らんのかバカめ!烏天狗に決まっているだろう!!」

 その答えを聞いた途端、虎吉の毛が逆立ち鼻筋に皺が寄る。

「カぁラぁスぅぅぅううう?」

 どこかの誰かさんとソックリ同じ反応をした虎吉は、鋭い牙を見せつけながら神力を解放した。


「お前がオヤツタイムの邪魔しとるんかーーー!!」


 雄叫びと共に放たれた神力により、佐藤、高橋、小林が張った結界が砕け散る。

 辛うじて残った月子の結界と綱木の結界も数秒持ち堪えただけで結局は砕け散った。

 ただ、結界で多少なりとも衝撃を緩和出来たお陰で、周辺に震度2程度の揺れを起こしただけ済む。

 勿論、虎吉が全力を出していないからこその話だ。

 さて、そんな恐ろしい神力をまともに喰らいかけた烏天狗はといえば。


「あっっっぶな!下手したら羽根の一枚も残さんと消し飛ぶトコやったで」

 結界が持たないと気付いた鈴音が救い出していた。

 救い出したというか、腹に一発食らわせ遠くへ吹っ飛ばしただけなのだが。

 強烈なパンチを貰い腹を押さえて悶絶する天狗を烏が憐れみ、虎吉が睨む。

「んー?なんや鈴音、それ消したらアカン奴やったんか?」

 不機嫌そうに尻尾を振る虎吉へ、頭を掻きつつ鈴音は頷いた。

「鞍馬天狗に返さなアカンねん。そういう約束やから」

「そうか。そらしゃあないな。ほんで?まだ鈴音は働かなアカンのか?」

 見上げて来る虎吉と目を合わさないようにしながら、綱木は首を振る。

「小天狗の捕縛が目的やったんで、もう大丈夫です。後は我々だけでどないなとなります」

「よっしゃ、ほな帰るで鈴音。オヤツオヤツ!」

「うん、あ、ちょっと待って、氷解除せな」

 夏姫とマネージャーの元へ駆け寄った鈴音は、そっと触れて氷を消した。


「はい、終わりました。もうストーカー天狗は現れへんよ」

 鈴音が笑顔で告げると、夏姫も嬉しそうに笑う。

「ありがとう。これで、もし彼氏が出来ても安心だね」

「あはは、確かにデート中に天狗に出て来られたら台無しや。その心配も無くなったし、ガンガン熱愛する方向で」

「目指せ魔性の女!」

 ふざける二人にマネージャーが厳しい顔で首を振る。

「顔こわーい。冗談だってば」

「ま、どこで誰が聞いてるか分からんもんね。引き続き隠し撮りには気ぃつけてー。ほな、帰ります」

「うん、ホントありがとう。あ、ドラマ観てね?」

 悪戯っぽくウインクする夏姫に鈴音が笑って頷くと、不意に烏が口を開いた。

「あー……、同族がその、悪かったな」

 烏の謝罪に驚いて直ぐ、夏姫は大輪の花が咲くような笑みを浮かべる。

「いいよ、平気。烏さんもありがとうね」

「クァー……」

「うわあ、新たなストーカー誕生してもた?」

「無いわ!!ちょっと見惚れただけだわ!!」

 ギャーと喚く烏に笑いながら、鈴音は夏姫に手を振った。

「藤峰夏姫めっちゃ綺麗でええ人やったて友達に自慢しとくわー、ほなねー!」

「ありがとー!またねー!」

 笑顔で手を振り合って別れ、鈴音が虎吉の元に戻ると、そばで黒花が伏せ月子がしゃがんでいる。


「あれ、どないしたん?」

 綱木や佐藤達は烏天狗を特殊な縄で拘束し、この後の事を話し合っていた。

「あっちに交ざらんでええの?」

 鈴音が尋ねると、伏せのまま見上げて来た黒花がキュウと鼻を鳴らす。

「鈴音様、申し訳ございませんでした。知らなかったとはいえ猫神様の眷属になんたる御無礼を……」

「ええ!?いやいやいや、偉いのは猫神様であって私では無いですし。そもそも失礼な事された覚えも無いし」

 虎吉から聞いたらしい黒花の謝罪に鈴音が慌てると、月子が得意気な顔で笑った。

「ほらー、言ったじゃん。鈴ねーさんはそういうの気にしないって。気にする人なら会った時すぐに言うよ自慢気に」

「そうだとしても謝罪は必要だ。眷属は神に等しいのだ、格下の私が偉そうな口を利いて良い存在ではない」

 キリッとした顔で言い切る黒花に、鈴音は困り顔を向ける。

「ほな、謝罪は受け取りましたんで、今後はもう少し砕けた感じでお願いします。庶民的には様付けで呼ばれるとか、ホンマしんどいんで」

 そう頼んでおいて、黒花が返事をする前に烏へ視線を移した。


「で、カラ……黒い鳥はこの後どないする?私このまま神界行くから、取り敢えず綱木さんと一緒に居る?」

「そうだな。烏天狗の様子も見張らなきゃならんし、あの男と話をするか。……ピヨ」

「虎ちゃん、綱木さんに明日の事とか聞いてくるから、もうちょい待ってて」

「おう、かまへんで」

 虎吉を軽く撫でてから、鈴音は綱木の元へ向かう。

「綱木さん、神界通って帰るんで烏お願いします。あと、明日はいつも通りの時間に出勤でええんですか?」

 鈴音の声に振り向く綱木は普通だが、残る人々には何とも微妙な緊張感が漂っていた。

 神疑惑が拭えていないらしい。

 追々綱木が説明してくれるだろうと考え鈴音は放っておく。

「あー、そうやね。俺もこの後新幹線で帰るし、いつも通りの時間で。烏はどないしよかな、鈴音さんと違て腕に止まられたら痛いやろしなあ……小天狗の頭にでも乗っといてくれるか」

 綱木に言われた通り、天狗の頭に乗る烏に鈴音は手を振った。

「ほな元気でね。鞍馬天狗によろしく」

「おー、猫の使いも元気でな。結構イイ奴だったって主様に報告しとく」

 右の羽を挙げて応えた烏に微笑み、鈴音は虎吉の元へ戻る。


「よっしゃ、今日のお仕事終わりっ!」

 重力を感じさせないジャンプで腕の中に収まった虎吉を撫で、お座りしている黒花と立ち上がった月子を見た。

「あれ?そないいうたらハルどこ?あっちにも居らへんけど」

 綱木達の輪の中にも陽彦の姿は無い。

「あー、鈴ねーさんにお説教されそうだから逃げたっぽい。黒花にだけ働かせて給料泥棒してる、っていう自覚はあるんだよ多分」

「ふーん。自覚あるなら自分ももっと動いたらええのにね」

「ねー。そのせいで今、すっごい葛藤してると思うよ。説教はヤダ、でも異世界の話は気になる、みたいな」

 呆れたように笑う月子を見やり、そういえば陽彦は異世界という単語にえらく食い付いていたな、と思い出し鈴音は首を傾げた。

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