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第百三十話 ホテルでパーティ

 全員でエレベーターに乗り込み、烏連れの鈴音は姿隠しのペンダントを着けながら、綱木と共に今までの動きを佐藤から聞く。

「夏姫さんのガードは高橋さんとツキが受け持ち、俺とハルと黒花で攻撃……というか牽制してたんです。説得する気だったんで。ま、結果がこの状況なんで、ストーカーするような天狗に話が通じると思ってた俺が甘かったとしか言えません。ほんと、奴の思い込みは凄まじ過ぎます」

 申し訳なさそうな佐藤を見ながら、月子が口を尖らせている。兄の陽彦が悪いのだと言いたいに違い無い。

「奴は人に化けて近付いて来ますんで、一般人は全て遠ざけ、仕事の関係者は一人一人チェックが必要です。ただ、夏姫さんの評判を落とす訳には行かないので、こちらから素早く霊力をぶつける等の対応が必要で……」

 説明を聞いていた鈴音は不思議そうな顔で手を挙げる。


「ストーカー天狗、飛べるのになんで上から急襲せぇへんのですかね?今は結界とかで防げるでしょうけど、皆さんが関わる前なら空から突っ込んで掻っ攫えましたよね?」

 鈴音の疑問に綱木も頷いた。

 これに答えたのは高橋だ。

「何ていうか、ストーリー的な物が出来上がってるっぽくて。夏姫さんを、お市ではないにしろお姫様、自分は身分の低い侍、と思ってるみたいです。で、相思相愛なのに身分のせいで姫を諦めようとした侍が、姫の気持ちに応えて命懸けで迎えに来た、ような事を言ってました。なのでラストは、姫から侍の胸に飛び込んでハッピーエンド、ってなるみたいです。攫うんじゃなくて」

 度々現れる烏天狗の言動等を繋ぎ合わせた所、そのような結論に至ったらしい。

 苦笑いしながら説明した高橋へ、夏姫とマネージャーが不思議そうな目を向けている。

 姿隠し中の鈴音の声が聞こえなかったので、脈絡無くいきなり語り出したように見えたからだ。

 それに気付き『私変な人じゃないんで!』と慌てている高橋に笑いつつ、鈴音は顎に手をやる。


「お姫様の方がストーカー天狗の事を好き、いう設定?ご都合主義やなー。まあストーカーなんて皆そんなもんか。けど歩いて近付いて来るとなると、雷の出番無さそうですねぇ」

 エレベーターを降りてロビーへ向かいながら言う鈴音に、綱木以外の3人が怪訝な顔になった。

「何か他に方法があるって事ですか?」

 代表して佐藤が尋ねると、鈴音は当然のように頷く。

「正体さえ分かれば、その時点で殴るなり押さえ付けるなり出来ますよね?何なら足凍らしてもええし」

 それを聞いた3人は顔を見合わせ首を振った。

「足を凍らせるのは分かりませんが、取り押さえるのは無理ですよ。天狗は素早いんです物凄く。一蹴りで5メートル以上は移動するんじゃないかな」

 手振りも加える佐藤に鈴音は微笑む。

「100メートル世界最速の人で3メートル弱位の歩幅やと考えると、妖怪やのに5メートルは大した事無いですね」

「え……」

 絶句してしまった佐藤と、唖然とする高橋に月子。『大した事あるでしょ』とその顔に書いてある。


「烏天狗って個体差激しいん?あんたの足より速い奴て居るんやろか」

 鈴音に問われた烏は首を傾げた。

「居るだろうが、そこまで違いは無いと思うぞ?主様以外の天狗が出来る事なんて殆ど差は無い」

「ほな楽勝やんか」

「カァーッ!!悔しい!!烏悔しい!!でも事実だから言い返せない!!」

 ジタバタする烏と笑う鈴音の会話に愕然とした3人が、黙って綱木を見る。

 綱木は困り顔で頷いた。

「鈴音さんの速さは、比喩でも何でも無く実際“目にも留まらぬ速さ”やから。多分、天狗が飛び立つ前……どころか正体判明した瞬間に確保出来る筈」

「それは……何ていうか……えぇと……、凄いですね」

 関西担当で鈴音を採用した綱木が言うなら、間違いの無い事実だ。

 驚き過ぎて脳内の日本語検索システムにエラーが出てしまったらしい佐藤をよそに、月子が大きな目をギラリと光らせながら鈴音に迫る。


「鈴ねーさん、神使になったら天狗より速く動けたりするの!?それとも速いのは猫神様の神使だけ!?」

「わッ圧が凄い圧が。速いのは猫神様の御力のお陰やけど、それが猫神様の神使特有のもんかは知らんねん。他の神使に会うた事ないし」

 どうどう、と宥めながら答える鈴音から、綱木へと視線を移す月子。

「綱木さんならお父さんと一緒に戦った事あるよね?どうだった!?」

「うん?大上君か?そうやなぁ……」

 ちらりとロビーのソファーへ腰掛けている人物に目をやった綱木は何とも答え難そうだが、月子の圧に耐え切れず白状する。

「速かったよ。犬神様の神使も、人では考えられへんパワーとスピードを持ってる。勿論、黒花には全然及ばへんねんけどな」

「じゃあやっぱり……」

 綱木の証言を得た月子がソファーの人物を睨む。

「あのバカがサボってるって事だよね?」

 美少女の凶悪な表情にギョッとした綱木が慌てて付け足した。

「ただ、天狗より速よ動けるかは分からんよ?瞬発力は猫の専売特許や思うし。黒花でも押さえられてへんのやったら、陽彦には無理や」

 補足を聞いた月子は溜息を吐いて視線を逸らすも、その顔はまだ少し険しい。


「黒花、本気出せてないんだよね。あの天狗、黒花の攻撃範囲にギリギリ入んない所から声掛けて来るから」

 月子が言えば、確かにと佐藤と高橋も頷き、鈴音は眉根を寄せる。

「そうか、説得するつもりやったから、犬神様の神使やて解る状態やったんか。捕まえるつもりなら神力抑えて、普通の犬の振りしながら誘い込んで一撃必殺……」

「クァッ、殺す気かッ、怖い!猫の使い怖い!」

「……うん、必殺したらアカンな。一撃必中かな。必中で勝てたやろけど」

 鈴音の独り言めいた烏との会話で、佐藤と高橋が凹んだ。

「すみません、妖怪相手に話が通じるかもしれないなんて思ったせいで」

「私も同意しましたし」

「げ。ちゃいますちゃいます、責めてる訳やのうて、可能性の話であって……」

 思い切りしくじった鈴音が慌てて取り繕いつつ、目で綱木に助けを求める。

 SOSを受け綱木は速やかに尻拭いを始めた。


「そうそう。飽くまでも可能性の話やし、話し合いで解決出来るならそれに越した事はないし。妖怪の説得せなアカン案件は全国各地でちょいちょいある訳で、別に間違ってなかった思うよ。偶々今回の相手が悪かっただけやから、そない気にせんとき。夏姫さんも無事なんやし」

 大きく頷いて同意しながら鈴音は綱木に感謝の目礼。

 鈴音の声が聞こえないので相変わらず話の内容は意味不明だが、何となく雰囲気で察した夏姫が女優の笑みを見せた。

「最初はビックリしたけど、怖い目に遭ったり怪我したりした訳じゃないし、大丈夫ですよ?この経験のお陰で、ストーカー役とか来たら凄い演技出来そうだし」

「ストーキングされる方やのうて、する方?」

 きょとんとした綱木の疑問に夏姫は笑顔のまま頷く。

「だって怖くなかったから、追い詰められる人の気持ちにはならなかったし。する側なら、変な妄想して押し掛けて好きな相手の言葉も耳に入んないで自分の気持ちだけ押し付けたらいいんですもんね?ふふふ」

「成る程。女優さんいうんは、自分が巻き込まれた事件さえも肥やしにするんやね」

「自分が巻き込まれた事件だからこそ、かも。只で起きたら勿体ないでしょ」

 夏姫の悪戯っぽい表情に皆で見惚れ、佐藤や高橋はその気遣いに感謝しながら、ロビーを出て車寄せへ向かう。


「あれ?犬神様の神使は?」

 鈴音がソファーの方向を手で示しつつ尋ねると、月子が笑った。

「部屋でも言ったけど、隠し撮り対策。あんなバカでも見た目だけはいいから、夏姫さんのそばに置くと危ないんだよね。だからちょっと離れて動くの」

「あー、そうやった。やっぱり似てるん?ツキと」

「んー。似てるー」

「うわめっちゃ嫌そう。でもそれやったら綺麗な顔してるって事やから、藤峰夏姫熱愛!とかなりそうやね。そら近付かれへんわ」

 納得した鈴音の視界に、スモークが施されたワンボックスカーが入る。

「あっちは、夏姫さんとマネージャーさん、高橋さんとツキが乗ります。綱木さんと夏梅さんは来た時と同じく俺の車で」

「えー、鈴ねーさんもこっちでいいじゃん」

 佐藤の説明に口を尖らせる月子に笑って手を振り、鈴音は周囲を警戒しながら4人が乗り込むのを見届けた。

 その後、佐藤の車に乗りワンボックスカーを追い掛ける。

「犬神様の神使は更に別の車で?」

 鈴音の問いに佐藤は頷いた。

「黒花と一緒にこの周辺を警戒してた、小林君て子の車で追ってきます」

「へぇー、犬の神使と人の神使は別行動もするんですね。まあ確かにその方が効率はええか」

 解っていても自分には出来ないな、と虎吉を思いつつ流れる景色を見やる。



 暫く走ると海が見えて来た。

「そういえば行き先聞いてませんでした」

 今頃気付いた鈴音が綱木を見ると、記憶を辿る一瞬の間があってからバツの悪そうな表情が返ってくる。

「ホンマや言うてなかったわ、ごめんやで。さっき部屋の外で聞いてんけど、ホテルの宴会場で有名作曲家の誕生パーティらしいわ」

「作曲家。夏姫さん歌手活動してましたっけ?」

「いや、映画音楽で有名な人らしい。ヒロインで出た映画の音楽が、この作曲家のんやってんて。傘寿祝いのパーティやいうから所謂大物やな」

「ん?その繋がりで顔見せに行くいう事は、有名無名関係なく、入れ代わり立ち代わり人が出入りしそうですね?」

 鈴音が獲物を見つけた猫のように目を輝かせると、綱木も佐藤も頷いた。

「せやね。来るやろね、奴も」

「たぶん人に化けて様子を窺った後、隙を突いて紛れ込むと思います」

「よし、年貢の取り立てと参りましょか」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる鈴音を見て、佐藤は素直に頷き、綱木と烏は標的の烏天狗を思ってか、どこか気の毒そうに頷いた。



 ホテルへ到着すると宴会場専用出入口から専用ロビーへ入り、“大鳥耕一先生の傘寿を祝う会”が予定されている大宴会場へと向かう。

 広い広いロビーにも通路にも多くの人が居る為、鈴音達は常に周囲を警戒した。

「うーん、みんな怪しい。でも先に入って待ち構えてる事は無いやろから、今ここに居る人らはちゃう筈」

 そうは思うが後ろ向きに歩く訳にも、と振り向けば、犬神の神使大上陽彦がドレスコードにでも引っ掛かったのか、ホテルマンに声を掛けられている。

「うん、ホテルでパーティやいうてるのに、キャップ目深に被ってロングパーカー着てたら不審がられるわ。綱木さん綱木さん、あれ見て下さい」

 鈴音に言われて振り向いた綱木は、『えぇー……陽彦なにそれ』と遠い目をしながら迎えに行った。

 綱木が声を掛け一旦外に連れ出し、次に戻って来た時には同じ服装なのに問題無くこちらへ向かって来る。

 どうやら姿隠しのペンダントを着けさせたらしい。


「ジャケットぐらい無いんかいなホンマに」

「だって宴会場だとしか聞いてなかったし」

 口を尖らせ綱木と会話する背の高い少年の顔が、近くに来た事で鈴音にもチラリと見えた。確かに月子とよく似たとんでもない美形である。

 ただ同じ美形でも、月子は堂々と顔を晒し武器として使っているが、兄である陽彦は反対にその美貌を隠したいようだ。

 目深に被ったキャップがそれを物語っている。

「何処行っても確実に一発で覚えられるから、色々と面倒臭そうではあるなぁ」

 でも不審者扱いされる方がもっと面倒臭そう、と小さく笑っている間に二人が追い付いた。


「陽彦、こちら鈴音さん。お前のお陰でウチに来てくれる事になった猫神様の神使」

 引き合わせている鈴音と陽彦が共に姿隠しのペンダント着用なので、自然と綱木は小声になる。

「あ、どうも。犬神様の神使やってます大上陽彦です。ハルでいいです」

 笑顔も無く会釈する陽彦に、鈴音はお辞儀を返した。

「初めまして、猫神様の神使、夏梅鈴音と申します。その説は大変お世話になりました。お礼が遅くなり申し訳ございません」

「え、あ、はい。大丈夫です」

「ふふ、優しい方で良かった。仲良うして下さい」

 無表情で小さく頷く陽彦に営業用スマイルを向けてから、鈴音は大きく息を吐く。


「よっしゃ、これでお礼も済んだ。後は天狗ブッ飛ばして帰るだけやな」

「お前にブッ飛ばされたら絶対痛い。手加減、手加減してやれ猫の使い」

「じゃあ手加減してブッ飛ばす」

「結局ブッ飛ばしてるね!!ブッ飛ばす方向から離れようか一回!!」

 ジタバタ喚く烏と愉快そうに笑う鈴音。

 今見た綺麗な微笑みは幻かと思う程の変わりっぷりに、目が点な陽彦が綱木を見る。

 頷いた綱木が遠い目をした。

「こっちがホンマの鈴音さんやな」

「なんか……信用したら酷い目に遭いそう」

 怖いからなるべく関わらないようにしよう、と心に誓った陽彦の視界で、月子が鈴音にじゃれついている。

「は?どうなってんの。何でこの短時間でツキ飼い慣らしてんのホント怖いんだけど。しかも今気付いたけどマジで輝光魂の光消えてんじゃん何あれ」

 目に映る有り得ないような現実に唖然とする陽彦。

「ははは。ホンマに驚くんはこっからやで」

 ポンと背中を叩いて夏姫のガードに戻る綱木を目で追い、陽彦は緩く首を振る。

「これ以上何に驚くんだよ」

 綱木の悪い冗談に違い無い、と自らに言い聞かせつつ、陽彦もまた夏姫の護衛に加わった。

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