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第十三話 悪霊vs凶暴神使

「はい、どーもー。そこのお兄さん、今自分が何しとるか解っとるー?それ、私や他の人にとっても大事な物やねんけど?」

 袖口のボタンを外し、軽く腕まくりをしながら鈴音は悪霊へ近付いて行った。

 パンプスの踵が石畳を打つ音が、無人の空間に響く。

 鈴音に気付いた悪霊は動きを止め、色の無い顔に怪訝な表情を浮かべつつ、彼女を上から下まで観察した。


 どう見ても只の女だ。

 こちらを生者だと思っているのか、死者と知りながら説得でもするつもりでいるのか。

 只の馬鹿女か、霊感を持つ自分は特別な存在だ、とかなんとか思い上がっている馬鹿女か、まあどっちでもいい。どうせ女は皆揃って馬鹿だ。

 そうだ、殴って蹴って首でも締めてやろう。地面に叩き付けて顔を踏んでやるのもいいな。

 実力も無いのに、顔だけでチヤホヤされて生きてきた勘違い馬鹿には、そのくらいしていい。

 こういう奴が居るから、俺のように優秀な人物が正当な評価を得られないんだ。

 お前らみたいな馬鹿には、俺が直接制裁を加えてやるからありがたく思え。


 真っ暗な笑みを浮かべた悪霊の周りで、澱が踊るように揺らめいていた。



「そうや!!負の力がこれだけ漂っとる場所で、光消えてしもた状態で行かして大丈夫やったんですか!?輝光魂やから何の影響も受けへんかったのに、今、丸腰いうかフツーの人いうか、霊力巡らしてる感じも無いですし」

 鈴音が悪霊と接触しようかという頃に慌て出した綱木に、虎吉の冷たい視線が突き刺さる。

「綱木よ」

「はい」

「何ぞ忘れてへんか?」

「え?」

「鈴音かて猫神の神使や、なめたらアカンで、オォ!?」

 座った状態で耳を立てたまま後ろに反らし、髭をブワリと開いて前に出す。鈴音が見れば『ボス猫の威嚇ごちそうさまですドゥフフ』と喜ぶ姿で綱木を叱り飛ばす虎吉。

「……あ、そうか、そうやった!」

「そうやった、やないねん何で忘れとんねんフツーに考えて人の魂より神の力の方が強いやろが猫神さんナメとんかコルァ!!」

「す、すんません、輝光魂の光が消えるインパクトのが強すぎて」

「は、ら、た、つー!!」

 バシンバシンと尻尾を地面に打ち付けながらキレる虎吉と、平謝りの綱木を眺めながらマユリは笑う。

「まあ、平気で歩いて行った時点で、何ともないよね。そもそも鈴音を可愛がっている彼が、あの子の身を危険に晒す訳がないよ」

「おう、よう分かっとるやないか」

 マユリの言葉で少し機嫌が良くなったのか、虎吉の耳は普段通り前を向いた。


「それより綱木、キミはいいのかい?アレを殴らなくても。大切な場所で、好き放題しているようだけれど」

 柔らかなマユリの視線を受けて、綱木は背筋を伸ばし固まった。そばに居るだけならともかく、直接の会話等はまだ緊張するようだ。

「えー、悪霊の行動自体には腹が立ちましたけど、モニュメントも灯火もダメージ受けるどころか、跳ね返してましたし。純粋な祈りの力はあんな悪霊なんぞ寄せ付けへんねんな、思たら気分がスッとしまして。それに」

 微笑んだ綱木が移した視線の先で、鈴音の右ストレートが物の見事に悪霊の顔面にめり込んでいる。

「震災後に生まれた世代が、我が事と思てくれとるんやなぁて、安心したというか」

「成る程ねぇ。ふふ、我が事だから、あんなに怒るのかな?」

「確かに、自分の家に何かされたぐらいのキレっぷりですね。猫はキレ易ぅて執念深いんやったか……」

 ギロリ、と虎吉に睨まれて、またしても綱木は平謝りする羽目になった。



 強烈な衝撃で吹っ飛びながら、悪霊は何が起きたのか理解出来ずに混乱していた。

 わざわざ怪しげな赤黒い物体に近付いて手に入れた、無尽蔵に湧き出る無敵の力を使って、思い上がった馬鹿を叩きのめしてやる筈が。

 十歩以上あった距離を一瞬で詰めて、女は目の前に現れた。現れたと思ったら顔に衝撃が訪れ、痛みと共に吹っ飛ばされている。

 あの女も無敵の力を手に入れているのか、そんな筈は無い、これは俺のように選ばれた者だけが使える力だ、そうに決まっている。なのに何故。

 木に激突して跳ね返った悪霊は、石畳へ無様に転がる。


「んー、幽霊とかって、物はすり抜けるんか思とったけど、ちゃうんやなぁ。あ、さっきも地面滑っとったか、そういえば」

 どうにか上体を起こした悪霊の前には、既に鈴音が立ち塞がり見下ろしていた。

「早よ立ちや?一発で終わりちゃうで?次は灯火の分を受けて貰わな」

 淡々と告げる鈴音に、悪霊の変形した顔が更に引きつる。鈴音は感情を抑えているだけだが、それを知らない悪霊からすれば高飛車な態度に見えるのだろう。

「黙レこの馬鹿女ガァァァ!!」

「わ、喋った、アホみたいに喚くだけちゃうんや」

 更なる挑発と受け取り激昂した悪霊の手に、赤黒い澱が集まり、バットのような形をとった。

 勢いよく立ち上がってそれを振りかぶり、勝ち誇ったような醜い笑みを浮かべながら振り下ろす。

「死ネェェェ!!」

 高速で振り下ろされた澱製のバットは、鈴音の頭部に当たるかに見えた瞬間、悲鳴のような音を立てて砕け散った。

 頭に当たる直前、鈴音の左腕が素早く防御に入り、そっと押し返したからである。直撃したところでどうという事もなかっただろうが、気分的なものだ。


 特に何も付着してはいないが、一応髪や肩の辺りを手で払い、鈴音は溜息を吐く。

「これ、霊感ある人が見とったら、うわッあの姉ちゃん腕でバット砕きよった怖ッ!てなるんかなー嫌やなー。ほんま、バットは野球以外に使たらアカン。あと、死ねー!は無いわ死ねーは。ダッッサい。何かもうちょっとあるやん。だってな、もしその攻撃が通用したとして、死なへんのちゃう?人。悪霊の攻撃で人死ぬんやったら、綱木さんらプロがもっとソッコーでやってまう思うわ。呑気に職場体験に使わんやろ常識的に考えて」

 呆然とする悪霊に、うんざりとした様子で語る鈴音。その右手はしっかり拳を握っている。

「ほな、一応歯ぁ食いしばっときなー。一発目いきなりかましたから、今更な気ぃもするけ、ど!!」

 悪霊が目を見開いた時にはもう遅い。

 再びの右ストレートが顔面に決まっていた。

 歯を云々など意味の無い威力で殴り飛ばされ、石畳でバウンドし転がった悪霊は、何やらモゴモゴ言いながら、必死の形相で足元に澱を集める。その力を使い旋風つむじかぜのようなものを起こして、空高く飛び上がった。

 それを見た鈴音は慌てるでもなく、少し身を屈めてから軽く石畳を蹴る。

 虎吉にロケットと言わしめたスピードで悪霊に追い付き、その首根っこを捕まえた。


「……は!?」

 一連の流れを見ていた綱木が、鈴音と石畳の間に幾度も視線を往復させている。

「いや、えぇ!?ちょ、何で石畳無事やねん!!」

「そこ!?」

 綱木のツッコミに虎吉がツッコミ返す。

「何か、おかしい所があったかな?」

 マユリは不思議そうに首を傾げ、鬼もそれに倣っている。

「……。大人があんだけの高さにあの速さで跳んで行ける力を、鈴音さんの足みたいな小さい面積で加えられて、無事でおる石畳とか一体どんな物質で出来とんねん、ていう……いや、見えへんだけでヒビぐらい入っとんのかなー……?」

 一応、己が驚いた理由を口にしてみたが、揃って首を傾げられ、綱木は『あれ?俺の方がおかしい?』と自信を無くしかけた。

「物理……ご存知ですか?物の、ことわり

 恐る恐る問い掛けると、案の定全員が微妙な顔をする。

「要するに人界の理屈やな?そんなもん俺らに通用するわけ無いやろ」

「けど鈴音さんは人…………猫神様の神使やからですか?」

「はい正解。猫がジャンプすんのにいちいち地面割るわけないがな」

「けど犬神様の神使は…………そもそもあんな高さまで跳んだとこ見た事ないな……」

 虎吉には『アホやなー』という目で見られ、マユリには優しく微笑まれ、綱木はいたたまれない気持ちになる。

 鬼だけは、何とか理解しようと努力してくれているようだが、やはり難しいようだ。

 自身の攻撃には人や建造物に被害を及ぼす威力があり、それを綱木が防いでくれている事は理解しているが、高く跳ぶ為に蹴った石が壊れないのはおかしい、と言われても彼にとっては謎でしかない。

 申し訳なさそうに小さく頭を下げる鬼に、綱木は『お気になさらず』とばかり手を振って頷く。

「うん、そうや、気にしたら負けや。きっと靴も無傷やもんな。神様のお力は不思議やなぁ」

 誰かとよく似た事を言いながら、おとなしく成り行きを見守る事にした。

 夕陽を眺めるような遠い目をした綱木の視界では、鈴音が悪霊を地上に投げ落とし、着地と同時に胸倉を掴んで持ち上げている。


「はい、捕まえた」

「アぁアアあ!!馬鹿が!!馬鹿の分際で!!俺ヲだれだト!!俺を!!特別な俺」

 鈴音の手から逃れようと悪霊はジタバタと暴れた。

「知らんけど。なんやろ、うっかり澱を取り込んでその負の感情を自分の感情やと思い込む……ていうのと違うパターンの悪霊なんかなぁ。どうも元の性格ちゃうの、て思うとこあんねんなー。鬼さんにまた聞かなあかんわ」

「何をですか?」

 すぐ後ろから聞こえた声に、音と気配で気付いていた鈴音は微笑むが、捕まえている悪霊の顔は恐怖に染まる。ジタバタどころではない、大暴れを始めた。澱の結晶が礫のように飛んで来る。

「うわ、なんやの急に」

「僕が怖いんでしょうねー」

「そうなんですか……て、誰?」

 振り向いた鈴音は、頭に二本の角を生やした、筋骨隆々の男を見て瞬きを繰り返す。

 上半身裸で、幅広で裾が詰まったズボンを身に着けた強面こわもてだ。先程までのヒョロリとした姿と同じ細い声で喋るので、違和感がとんでもない事になっている。

「やだなあ、鬼ですよー」

「ランプの魔神だヨー、とかボケてくれはってもええんですよ」

「……すみません勉強不足で」

「いや大丈夫です鬼さんに落ち度は無いんですそない凹まんといて下さいすんません関西人の悪いクセなんですホンマごめんなさい」

 必死の抵抗を続ける悪霊を片手で捕えたまま、しょんぼりしてしまった鬼へ必死の釈明をする鈴音。

「あれですか、鬼さんがこっち来はったて事は、そろそろトドメ刺しやー、て事ですか」

 力一杯強引に話題の方向転換を図り、最後に笑顔のオマケをつけた。

 すると鬼もつられてニッコリ笑う。笑うと鋭い牙が丸見えになり、悪霊は更に暴れた。鞭のようにしなる澱が、鈴音と鬼に当たっては消える。

「そうなんですよー、そろそろ連れて行かなくてはいけないので、是非スパッと」

「わかりました!ほな、全力でやらせていただきます」

「お願いしますー」

 お辞儀をし合ってから、罵詈雑言をぶつけてくる悪霊に向き直り、鈴音は閉じ込めていた光を開放した。

 虎吉のアドバイス通り、全開で。


 突如現れた真夏の太陽のような強烈な輝きになす術も無く、魂を悪霊へ変えていた澱が不気味な音を立てながら、蒸発するように消えて行く。


 全て消えるのに一秒とかからなかった。

 鈴音の手には、若干透けて見える、怯え切った神経質そうな男の魂だけが残る。


 手を離して魂を解放してやっても良いのか、確認しようと鬼を見れば、鈴音を見るその目には、畏敬の念としか言いようの無いものが宿っていた。

 マユリを見る目にそっくりだ。

 全開にした光のせいだろうな、とは思うものの、そんな目で見られても、只の人、一般人を自認する鈴音からすれば困惑するだけというか、とにかく居心地が悪い。

 どうしよう、と視線を移せば、こちらへ近付いて来るマユリと綱木の姿が見えた。

 ホッとしたのも一瞬、どうやら綱木も鬼と同類だと気付き、スナギツネ顔となる。

「こら、鬼の子も綱木も、そんな顔をしていたら、鈴音が困ってしまうよ?この子は神では無いと言ったろう?」

 助け船を出してくれたマユリにキラキラの目を向け、鬼と綱木にはスナギツネで対応しておく。

「え、いや、あの、光が、物凄いのが」

 動揺を隠せない綱木を制し、マユリが鬼を促す。

「ほら、お仕事をしないと」

「……ハッ!?そそそそうでした!すみません鈴音さ……ん、僕が引き取りますー」

 今、鈴音“様”と言いそうになったな、と心の中でツッコミながら、鬼に魂を引き渡そうとしたその時。


 離れた位置から凄まじい神力が迸った。


 周囲の建物を小さく揺らす程のそれは、咄嗟にマユリが庇わなければ、人である綱木など軽く吹っ飛ばしていただろう。


 驚いた鈴音が目にしたのは、こちらへゆっくりと歩み来る、立てた耳を反らし背中と尻尾の毛を逆立て、鼻筋に皺を寄せた虎吉の姿だった。

「おい……オマエ」

 鈴音が何か言うより早く、虎吉の口から普段とはまるで違う重低音が響く。

「猫……殺したな?」

 鈴音が捕えている、神経質そうな魂に向けたその言葉を聞いた途端、鬼はスッと身を引き、マユリの目から温もりが消えた。

「一匹、二匹ちゃうなあ?おもろかったか、抵抗出来んもんを嬲り殺すんは。自分が強なった気ぃして」


 虎吉が言い終わるや否や、再度、周辺を揺らす強大な力が炸裂する。


 今度は鈴音だ。

 全開だった筈の彼女の魂が輝きを倍増させ、更に猫神の力まで解き放っている。

 目は怒りに染まり、己が捕えている魂しか見ていない。

 苛烈とさえ言えるその様は、これが荒振る神だと示されれば納得してしまう程だった。


 掴んだ胸倉を絞り上げ、もがく魂へ向け、爪を立てる構えで手を振りかざす。


「おやおや、同僚達のお株を奪われてしまったね」

 背後に綱木と鬼を庇い、憤怒の形相の鈴音を眺めてマユリは苦笑した。

 何を呑気な、と綱木は焦る。あの手が振り下ろされれば、魂は消滅してしまうのではないか。神でもない鈴音に、そんな事をさせて良い筈がないだろう。

 猫を殺して喜ぶような卑劣で下劣で下種な者を消滅させた事で、鈴音が地獄に落ちるような事があってはいけない、綱木が畏怖を抑え込んでそう叫ぼうと口を開くより早く。


「スマンな、鈴音。お前さんにそんな顔させるつもりやなかってん。ほれ、落ち着け落ち着け大丈夫や」

 鈴音の足にスリスリと身を擦り付けて、優しい声の虎吉が宥めに入った。

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