第百二十八話 ここはもしや六本木とやらで?
女優に付き纏う烏天狗の話を聞いた鞍馬天狗は、顔を真っ赤にしつつ白い髭の生えた口元を震わせる。
「阿呆が……ッ!!」
配下の愚行が恥ずかしいわ腹立たしいわで怒鳴り散らしたいのを、どうにかこうにか抑えているのだろう。低く漏れ出る声も震えている。
「そういう訳で、捕縛する際に抵抗されると、お灸を据えるといいますか、少々痛い思いをして貰う事になります。何しろこちらには御覧の通り猫神様の神使と、御存知の通り犬神様の神使がおりますので、小天狗の暴れ具合によっては骨の五、六本は……」
丁寧に説明する綱木へ、皆まで言うなとばかり鞍馬天狗は幾度も頷いた。
「構わぬ、息さえあれば。ワシが直接出向きたい所だが、それではそちらが難儀するのであろ?」
「はい、困ります。あなたのような大物に出て来られると、すわ戦争かと大騒ぎになります。ここは名代あたりで勘弁して頂きたく」
深い溜息を吐いた鞍馬天狗は、広間の隅に控える烏天狗へ視線をやる。
「これ、そこな烏。神使殿について人界へ赴き、ワシの目となれ」
急に話を振られた烏天狗は驚きでポカンと嘴を開けた。
「クァッ?目ですか?」
「そうだ、ほれこのように」
烏天狗へ向け鞍馬天狗がカッと目を見開くと、強烈な妖力が真っ直ぐ迸る。
妖力をまともに受けた烏天狗は、その姿を鳩くらいの小型の烏へと変えていた。
何が起きたかよく解らなかったらしい烏天狗が首を動かし、自らの姿を確認して衝撃を受けている。
「主様!これは一体!?」
「その姿であれば人界でも問題あるまいて。そなたの見たものがそのままワシにも見える故、神使殿のそばから離れぬようにな」
羽を広げた烏天狗いや烏は、その場でバサバサと羽ばたきチャカチャカと爪を鳴らして地団駄を踏んだ。
「戻ります!?コレ戻ります!?」
「ああ戻してやる。愚か者を連れ戻したらな」
鞍馬天狗の言葉を聞いた途端、鈴音の頭に飛び乗る烏。
「よし行け猫の使い!馬鹿をとっ捕まえて元に戻るぞ!」
頭の上でフンっと胸を張る烏を黙って鷲掴みにした鈴音は、顔の前へ持って来ると鋭い視線を突き刺した。
「誰に命令しとんねん誰に。後、頭なんかに止まられたら血だらけなるわ。私やから無事なだけやで」
「ギャー!!顔怖い顔怖い!!動物虐待ダメ絶対!」
全力で訴える烏の滑稽さに思わず笑ってしまいながら鞍馬天狗を見る。
「ほな、この烏を見届け役として、お馬鹿さんな天狗を捕まえたらええんですね?」
「その通りだ。手間を取らせるが頼む」
「はい」
烏を床に降ろした鈴音は綱木へ視線を送った。
頷いた綱木が鞍馬天狗へお辞儀する。
「それでは、本日はこれで失礼します」
「うむ、犬神の神使にも宜しく伝えてくれ」
鈴音もお辞儀してから立ち上がり、烏を左腕に止まらせてやりつつ綱木と共に大広間を後にした。
来た道を戻り、綱木が出入口を開いて人界へ出る。
時間は殆ど経過していないようだ。
「さて、そういう事やから鈴音さん、出張頼むわ。俺も行くし」
「構いませんけど、犬神様の神使は何してるんですか?よう捕まえへんのですか?」
鈴音の疑問に綱木は困り顔で頷く。
「飛ぶやろ小天狗。陽彦らは空中戦には向いてへんねん。女優を囮にする訳にもいかんし、近付かせんようにガードして追っ払う事しか出来てないんよ」
「あー、それで。雷使いが来たら飛んで逃げられへんやろと」
腕の上で烏がブルリと震えた。鈴音の雷を思い出したらしい。
「そう、とにかく制空権確保して欲しいねん」
「解りました、いつ行きますか?」
「今からて言いたいとこやけど、着いたら夕方なってまうなあ。俺はかまへんけど、鈴音さんは着替えとかの用意もしてへんし困るよな」
上がきちんと連絡しておけば、と眉間に皺を寄せる綱木に、鈴音は首を傾げる。
「虎ちゃんに頼めば直ぐ帰れるんで、大丈夫ですよ?夜になったらオヤツ上げに行かなあきませんし」
「あ、そうなん?へぇー……。ほな、今から行こか」
神の力を何処にでも行けるあのドアのような扱い、と綱木は遠い目になりながらも、早く行くに越した事はないのでありがたく新幹線の駅を目指す事にした。
昼過ぎに到着した駅近くの駐車場で、二人ははたと気付く。
「綱木さん、烏どないしましょ」
「ホンマやね。籠にでも入れたら手荷物として持ち込めるけど……」
「なにぃ?籠だとぅ?無礼者ッ烏は天狗だぞ!」
やっぱりか、と二人揃って半眼になった。
「ほな私がペンダント着けときましょか。平日の今の時間そない混んでへんやろし、指定席買うといたら空席と間違われて座られる事も無いですよね」
「ああ、せやね。その作戦で行こか」
早速鈴音だけがペンダントを装着し、烏を腕に乗せて駅まで移動する。
綱木が纏めてチケットを購入して無事に列車へ乗り込んだ。
向こうへ着くまでの2時間少々は寝て過ごそうと考えていた二人だが、そうは烏が卸さない。
「わはははは!愉快!じっとしていても景色が変わる!」
「うん、知ってる。車でも同じ事言うてたやん。思うだけにして、口に出さんと心ん中で喋って」
「だってさっきまでより速いぞ!?見ないのは損だ!さあさあさあ」
「いやもう人は見慣れてるから」
「あっ!カラスが飛んでる!おーい」
人の話など右から左。このまま2時間と少し、烏のお喋りを聞き続ける羽目になった二人は、結局一睡も出来なかった。
駅を出てロータリーへ移動すると、綱木が連絡した到着時刻を頼りに、迎えの車が絶妙なタイミングでやって来る。
「えー、シルバーのプリウ……あ、彼やな」
互いに霊力を感知して、会釈を交わした。
助手席は荷物で塞がっているから後ろへとの事なので、後部座席へ揃って乗り込み、車が動き出してから自己紹介の時間となった。
「どうも、安全対策指導室の綱木善行です。車出してくれてありがとう」
ハンドルを握る30代後半らしき男性が、バックミラー越しに笑顔で応える。
「どういたしまして。同じく安全対策指導室の佐藤次郎です」
「綱木さんの下で勉強さして貰てます、夏梅鈴音です。これは鞍馬天狗の目の代わりを務める烏です」
「グァ!烏天狗だ!これは仮の姿だ!」
「了解了解、解りましたよ烏さん」
ジタバタする烏に笑いながら返事をした佐藤は、ミラーで鈴音を興味深げに見やり幾度か頷いた。
「ホントに輝光魂の光が消せるんですね。ハルに聞いたら『出来る訳ねー』って言ってたから、冗談かと思ってましたよ」
「ハル?あ、陽彦さんでしたっけ犬神様んとこの子」
「そうです。大上陽彦と月子の兄と妹で、安全対策指導室に所属してます。輝光魂なのも神使なのもハルだけですけど、ツキもかなり優秀で今回みたいな女性を守る案件では特に大活躍ですね」
感心しながら頷く鈴音は、烏の嘴を摘みお喋りを阻止している。
「ほんで、ストーカー天狗はどれぐらいの距離感なんですか?もうずーっと付き纏う感じですか?」
常にそばに居るなら捕まえ易いと思った鈴音へ、佐藤は緩く首を振った。
「流石に俺達を警戒して、隙を突くような感じで来るんですよ。移動の時と撮影所が特にヤバいかな。最初なんか車ごと攫われそうになりましたし」
「車ごと!?あんたら力持ちやってんなぁ」
驚いた鈴音が烏を見ると、嘴を摘まれたままふんぞり返っている。
「撮影所は撮影所で色んな人が出入りするんで、誰がヤツなのか分かり難くて」
「……?その女優さん特撮にでも出てはるんですか?」
「え?ああ、違います違います、化けるんですよ天狗って、人の姿に」
ポカンとした鈴音は嘴から指を離して烏に聞く。
「もしかして、鞍馬天狗も化けてた?」
「そうだ。元の姿に戻ったら、人なんか主様の前に居られない。すんごい妖力でぺしゃんこだぞ、ふふふん」
我が事のように得意気な烏に、大袈裟に驚いて見せながら質問を続けた。
「すごいなあ!まあ、鞍馬天狗は無敵やわな。主様やもんな。烏天狗は?天敵いうか、うわコレ無理アカン苦手やぁいうもん無いん。化けてても思わず正体現してまうみたいなん」
「んー、デカい鳥。もし鷲だの鷹だのの化物みたいなのがいたらもう震え上がるなー。フレスベルグとかルフなんか、遠目に見ただけで動けんかったもんなー」
後半何を言っているのか鈴音には謎だったが、一応弱点らしきものがある事は解ったので良しとする。
「はい、ありがとう、またちょっと黙っててな」
すぐさま嘴を摘んだ鈴音を恨めしそうに見つめる烏から目を逸らし、佐藤へ視線をやる。
「見慣れん人が来たら猛禽類の鳴き声とか流してみると、おもろい反応するかもしれませんね」
鈴音と烏のやり取りに耳を傾けていた佐藤は成る程と頷き、綱木はさっそくスマートフォンで検索して音を鳴らしてみた。
流れてきたのは、カラスの天敵だと書かれていたオオタカの声だ。
ギョッとして音のする方を注視しながら、飛び立とうとするかのようにジタバタと暴れる烏。
「おお、これは使えそうや」
「ここまでやのうても、普通の人とはちゃう反応示しそうですね」
「顔色がサッと変わるとか有りそうですね」
ニヤリと笑い頷き合う三人を見た烏は、『悪魔が増えた』と言いたげな顔をした。
「あ、そろそろ到着ですよ」
走る事十数分、関西からほぼ出ない鈴音でも知っている景色が広がる。
「ここはもしや六本木とやらで?」
テレビでよく観る高層ビルを窓から見やり、呆気に取られる。
「ハルカスより先にヒルズ見てしもたがな」
御上りさん丸出しの鈴音に微笑みながら、佐藤はホテルへ車を滑り込ませた。
ホテルマンに車のキーを預け中へ入って行く佐藤に続き、烏連れで姿隠し中の鈴音も綱木と共に歩を進める。
フロントでの手続きはどうしよう、と思う鈴音の前で、目で合図しただけで佐藤は素通りした。
「え?あれ?私の事は見えへんやろけど、綱木さんは?スルーしたらアカンのちゃいます?」
慌てる鈴音へ手を振った佐藤が、エレベーターに乗り込みながら説明する。
「そういう契約になってるから大丈夫です。女優さんの事務所がお金払ってますし。まあ、ホテル業界は我々の存在を知ってるから、色々と話が早いんですよ」
何とも意味深長な笑みを向けられ、そういえばホテルも怪談話が多い場所だったか、と納得する鈴音。
エレベーターを降りて向かった部屋は、所謂スイートルーム等では無いようだ。
ドアの前で佐藤が鈴音にペンダントを外すよう指示し、霊力を軽く出した。それを確認してから中の者が皆を招き入れる。天狗によるなりすまし対策だろう。
「関西地区担当の綱木さんと、噂の輝光魂で神使な夏梅さんを連れて来た」
素早く入った室内で、佐藤が女性職員らしき人物に二人を紹介する。
お辞儀する二人に女性職員も応えた。
「安全対策指導室の高橋遥です。藤峰夏姫さんの警護に当たっています」
それを聞いた鈴音の目が点になる。
「藤峰夏姫?え?朝ドラか何かで人気なって、次の次の大河に出るあの藤峰夏姫ですか?」
「あ、俺言うん忘れとったな」
やってしまったという顔の綱木と、まさかミーハーなのかと渋い表情になる佐藤と高橋。
それには気付かず鈴音は顎に手をやる。
「いや彼女やったらお市の方には若過ぎません?亡くなる時たしか四十手前ぐらいの筈やけどなぁ。藤峰夏姫て私と変わらんぐらいですよね?老けメイクでもしたんやろか」
今度は綱木、佐藤、高橋の三人の目が点になり、部屋の奥からは誰かがひっくり返ったような音がした。
「そっち!?」
良く通る綺麗な声でのツッコミが入る。
「え?どっち?」
首を傾げる鈴音の方へ、声の主が近付いて来た。
「あの期待の若手演技派女優の藤峰夏姫!?サイン欲しい!一緒に写真撮ってアップしたい!とかじゃなくて、お前お市の方じゃなくね?の方が先に来るの?」
現れたのは艶のあるロングの黒髪と白い肌が印象的な、気の強そうな美女である。
「んー、若い時のお市の方やったらピッタリやけど、歴史物のドラマにありがちでしょ、この若い姿のままで四十代とか五十代とか。あれがねー、嫌でねー」
口を尖らせる鈴音に夏姫はきょとんとした。
「舞台とかだと逆もあるよ?オジサンオバサンが若い役とか」
「絶対ひとりで大笑いしてまうから無理。せやから舞台どころか映画館もよう行かんもん。この二人が親子とか無理有り過ぎやろどっちか言うたら孫や、とか、なんぼなんでもその歳でその子と恋愛は無いわー、とか思たらもう変な笑いしか出て来ぇへん」
「ぶっ。酷くない?あ、でも私も何か、イケメンなオジサンと恋愛するドラマの話が来てるとか言われた気がする」
「うわあ、大変やね女優さんは。で、お市の方は老けメイクしたん?」
鈴音の問い掛けに夏姫は悪戯っぽく笑う。
「それは観てのお楽しみー。大丈夫だって、私の演技でドラマの世界に引き込んであげるし。もしこのままでも絶対気になんないよ」
「凄い自信!ドラマやったら家で観られるから安心や。いつ放送?」
「えーと、いつだっけ……」
一緒に部屋の奥へ向かう鈴音と夏姫。
置き去りの三人はどこか遠い目している。
「夏姫さん、烏の存在気になんないのかな」
呟く高橋の視線の先では、鈴音と夏姫がスマートフォンを見せ合いケラケラと笑っていた。




