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第百二十七話 主様のお屋敷

「ギャアッ!!」

 鈴音の神力に吹っ飛ばされた烏天狗が、烏っぽい悲鳴を残して姿を消す。

 いくら下っ端でも、あの程度ではどうという事もあるまいと見つめる鈴音の視界に、ヨロヨロとふらつきながら烏天狗がもどってきた。


「な、なんなの、なんなのお前。烏天狗に親でも殺されたの。いきなり敵意剥き出しとかマジ怖い」

 大事な羽を手で整えながら警戒しまくる様子を眺め、悪役顔全開で鈴音は笑う。

「親は殺されてへんけど、子供殺されとるようなもんやなぁ」

「ええ!?何言ってんの、俺らここ数百年人殺しなんかしてないって」

「子猫は殺しとるやろ子猫は。はいどうも、猫神様の神使ですぅー」

「猫ぉー!?はっはっは、なぁんだ猫かよビビらせんなよ、空も飛べない奴が偉そ……ギャアッ!!」

 また神力で吹っ飛ばされ、ヨロヨロと立ち上がる烏天狗。

 顰めっ面の鈴音は腕組みをして、人差し指をトントンと小刻みに動かしている。

「ほな飛んだらええやんか、撃ち落とすけど」

「ははは、撃ち落とすって猫がどう……」


 笑う烏天狗の背後に雷が落ちた。


「……。え、猫って雷撃つっけ。撃たないよね?なにアレ。あんなの当たったら死ぬわ!!猫神違うでしょ、タケミカヅチとか天神とかの使いでしょ!?」

「はぁ?カァカァカァカァ何言うとるか解らへん。タケナントカさんなんか知らん!!天神様には受験の際お世話になりました、ありがとうございます。で、天神様て雷の神様なん?」

「元は雷バンバン落として都を滅ぼしかけた大怨霊だけど?ほら、無実の罪着せられて左遷されてさあ」

「あー、そういや何か聞いたかも。鎮まって貰う為に必死なって祀り上げたんやっけ」

 うんうんと頷き合ってから、何馴れ合ってんだ、と揃って苦々しい顔になる。


「とにかく。俺ら烏天狗と烏は別物だから。俺ら別に猫とか食わないし。ねえ聞いてる?うわー顔怖いわー。そっちの男、黙って見てないで止めなさいよこのコ」

 話を振られた綱木は、カッと目を見開いて烏天狗を見た。

「ああうん、そうね、出来る訳ないよねどう見てもね。すんごい目ヂカラで訴えられちゃったよ。で、なんなの、どうしたいの」

「いやそれはこっちのセリフやけど?何しに出て来たん?私らが用事あるんは鞍馬天狗いう王様であって、烏やないねんけど?」

「カァーッ!主様がお前らみたいなのにお会いになるかっての。俺がお頼み申し上げたらわからんけどー?もうそんな気もないしなー。だーれかさんが偉そうに威嚇なんかするからー」

 少し顔を上向かせ見下す態度を取る烏天狗を見つめ、両手をグーパー結んで開いた鈴音が頷く。

「よっしゃ、首へし折って鞍馬天狗の居場所聞き出そ」

「首へし折れたら死ぬね!!どうやって聞き出す気だろうねこのコ!!」

「あはは間違うた、羽へし折って、やわ」

「はははは、そりゃそうだよねー。いやお断りだわ!!」

 バサリ、と漆黒の羽を広げた烏天狗が空へ飛び立つ。

 と見せかけて木の枝に飛び乗り、ピョンピョンと枝から枝へ移って逃げ始めた。


「お、雷の事覚えとったか。鳥頭では無いんやなー。ほな、取り敢えず追っ掛けますね?」

 振り向いた鈴音に綱木は頷き、烏天狗が立っていた辺りにある岩を指差す。

「あっこに座って待っとくわ。烏は猫の敵か知らんけど、あんまりいじめたらアカンで?」

「前向きに検討致します」

「うわまた微妙な返事やな」

「いひひ。ほな行ってきます」

 はいはい、と手を振る綱木に会釈して、鈴音は烏天狗を追った。



 枝から枝へ飛んだ烏天狗は、結構な距離を稼げただろうと振り向いて、直ぐそこに迫る鈴音を見つけクワッと嘴を開く。

「ガァー!!化け物!!いや猫だっけ。猫ならあれだ、瞬発力。よし、とにかく動き回ろう。そうすれば俺の勝ちだ、カーッカカカ!」

 地の利を活かし、高低差も使った3次元で逃亡を続ける烏天狗。

 右かと思わせて左、飛び上がるかと思わせて下の枝、ずっと木の上かと思わせて地面を疾走、そしてまた枝に飛ぶ。

 ひたすら動いて動いて動きまくった。

「はーはー、どうだ、猫にはついて来られまい!」

 所謂ドヤ顔という奴で背後を確認した烏天狗は、一本後ろの木の枝で息一つ乱さず退屈そうな顔をしている鈴音を発見し、つぶらな黒目をぱちくりとさせた。


「あれ?なんで?」

「え?何が?」

 首を傾げる鈴音に、烏天狗は地団駄を踏む。

「ねーこーでーしょー!?売りは瞬発力でしょー!?疲れないとかおかしいでしょー!?」

「あー、そういうアレやったんか。何してんのかなー思てたわ。ゴメンやで、私の趣味マラソンやねん。売りは持久力ですねー」

「はあ!?元々持久力ある奴に猫の瞬発力が加わってんの!?反則?反則だよねそれ」

「知らんがな。そんな事より、あんまりジタバタしたら……」

 鈴音が言い終わる前に、地団駄を踏まれてダメージを受けていた枝が力尽きた。

「ん?……あーーーれーーー……」

 枝と共に落下した烏天狗が地面でしたたか腰を打ち付けている。

「いや飛ばへんのかい!!」

 思い切りツッコんでから飛び降りた鈴音は、腰を押さえて唸っている烏天狗の横にしゃがんだ。


「なあなあ、痛いやんな?私ええもん持ってんで。鞍馬天狗んトコへ私らを案内してくれるんやったら、使たるけどどない?」

 目尻を下げ口角を上げる鈴音に烏天狗は半眼だ。

「グァ。猫じゃなくて悪魔なんじゃ……」

「ほほぅ。やっぱり烏なんかに女神様の万能薬は勿体無いな。鞍馬天狗は自力で探そ」

「え、万能薬?待って待って猫神様の使い様。ワタクシ主のお屋敷までの近道知ってます。是非とも御案内させて頂きたい。でもこの腰じゃあお役に立てない気がするー悲しいー烏悲しいー」

 鈴音の足首を掴み上目遣いで可愛く訴える烏天狗。

「うわイラッとするわー。烏もよう見たら意外と可愛い辺りほんまムカつくわー」

 眉間に皺を寄せイーッと歯を剥きながらも、背中のボディバッグから女神サファイアに貰った万能薬を出す鈴音。

 キラキラと光る液体が入った小瓶を見て、烏天狗の目もキラキラ光る。

「キレーだなー、いいなそれ、いいなー」

「あー、烏は光モンが好きやったか。けど、あげへんよ?多分ちょびっとで効くし。んー、かけたらええんかな?重傷で息も絶え絶えやったら飲まれへんやろし、かけるだけでも効くよねきっと」

 そう言いながら鈴音は小瓶の蓋を外し、烏天狗の口にキラキラと光る液体を一滴落とした。

 途端に烏天狗の体が力強い輝きを放つ。

「おっ!おおお!」

「どない?治った?」

 瓶に蓋をしてバッグに仕舞いつつ尋ねる鈴音の前で、素早く立ち上がった烏天狗が軽やかにジャンプした。


「凄いぞ、腰の痛みどころか、生まれ変わったかのように体が軽い」

「そら良かった。ほな綱木さんのトコ帰って、鞍馬天狗んトコ行こか」

 掌を返して逃げ出すような事も無く素直に頷いた烏天狗は、綱木が腰掛けて待つ岩まで迷わず鈴音を先導する。

「綱木さん、鞍馬天狗んトコまでこの烏が連れてってくれるそうです」

 揃って戻った鈴音と烏天狗に目を細め、立ち上がった綱木は会釈した。

「助かるわ、ありがとう」

「はいはい。因みに主様に何の用?フツーこんなとこまで来ないよね人は」

 こっちだよ、と道案内しながら尋ねた烏天狗に、綱木は深い溜息を吐いて答える。

「キミのお仲間が、女性に付き纏い行為をしとるねん」

「ええ!?マジで!?駄目じゃんそれ、滅茶苦茶怒られるヤツよ!?」

「そう。とっ捕まえて鞍馬天狗に引き渡さなアカン。けど、黙って捕まる訳ないやろ?どうしても荒っぽい事なるから、許可取りに来たんよ」

「うわー誰だか知らんけど馬鹿だなー」

 呆れ返って半眼になる烏天狗に、綱木も鈴音も大きく頷いて同意した。


「あ、そろそろ着くぞ」

「え、もう?」

 近道だとは言っていたが本当に近いな、と鈴音は驚く。

 立派な木と木の間から続く上り坂を進むと、高い土壁が見えてきた。

 土壁に沿って歩き、途中現れた大きな門を潜ればそこは池を備えた広い広い庭で、奥には所謂寝殿造りだと思われる建物がある。

 ただ、巨大な母屋には式台付きの玄関が見えるので、正式な寝殿造りではないのだろう。

「神社とお寺と武家屋敷が合体したみたいな家やなぁ」

 鈴音の感想に綱木も頷き、広過ぎる庭を烏天狗の後に続いて進む。


 烏天狗が二人を案内した先は母屋の玄関ではなく、対屋っぽい建物にある土間だった。

「ここで履物を脱いで上がる。履物はそこの棚に入れておけばいい」

 言われた通り簡単な造りの下駄箱に靴を置き、板張りの部屋から渡り廊下へと移動する。

「なあ小天狗。今更やけど、俺はともかく鈴音さんにこっちの出入口使わしたんはマズないか?猫神様の神使やぞ?正面玄関使わせへんいう事は、猫神様が鞍馬天狗より格下やて言うたんと同じにならへんか?」

 綱木の指摘に烏天狗はしまったという顔になり、鈴音の眉間に皺が寄った。

「そうだ神使だった。走り回り過ぎて忘れてた。え、やり直す?やり直す?」

「もうええよ。ただ、猫神様は超絶偉い神様やから。格下ちゃうから。そこ間違うたら怒るで?」

「うん間違えない。烏賢い鳥だから間違えない、うん。超急いで伝えて来るから、ここ真っ直ぐゆっくり歩いて来て。走ったら駄目だから」

 羽毛で顔色はさっぱり分からないが、自分の事を鳥と言ってしまうくらいには慌てているようだ。

 二人が頷いたのを確認するや否や、烏天狗は母屋へすっ飛んで行った。


 指示通りのんびり歩いていると、途中で『ばっかもーん!!』というどこかのお父さんのような怒鳴り声が耳に届く。

「烏が叱り飛ばされましたかね?」

「せやろなあ。鞍馬天狗なら、猫神様が人類皆殺しを計画するような荒振る一面をお持ちやて知っとるやろし、何晒してくれとんねん!て頭抱えるやろ。うちの神使を虚仮にしてくれたらしいな、いうて殴り込まれたらどないしよ思て」

「ははあ、ほなストーカーに関する話はスムーズに進みそうですね。女優の方が誘惑したんちゃうか、とかイチャモン付けられんで済みそう」

 成る程そんな言い掛かりがあったか、と頷く綱木の横で鈴音が悪い笑みを浮かべる。

「怖がって貰えるように仏頂面でも作っとこかな」

「小天狗が気の毒な事になりそうやからやめたって」

 そんなやり取りをしている内に、御簾が壁代わりの母屋へ到着した。


 すると小走りで現れた烏天狗が、正式な玄関があった正面の方へと二人を案内する。

「中に入ったら、真ん中辺りまで進んで座ってくれたらいいから。後は主様が近う寄れとか言うと思う」

「それ言われたらガッツリ近寄ってええの?」

「いや、フツーはちょびっと寄るだけだ。でも神使だとどうなんだろう?」

 分からないと首を傾げる烏天狗に促され、正面からだだっ広い板の間へ足を踏み入れた。

 烏天狗は入口付近で控えてしまったので、鈴音と綱木の二人だけで大広間の真ん中まで進む。

 二人の前には、畳が置かれ御簾に囲まれた、いかにも位の高い存在が座りそうな場所がある。

 その中から漏れ出ている妖力は、綱木が怯えるのも納得の強さだ。

 この御簾越しに会話するのだろうか、と思いながら鈴音が床に正座しようとすると、鞍馬天狗らしき影が慌てた。

「これ烏!円座はどうした!」

「クァッ!?しまった忘れてた」

 広間の隅にある屏風の裏へ急いだ烏天狗は、綺麗な布に包まれた丸い座布団のような物を持って来る。

「はいどうぞ、これに座って」

「ありがとう」

 そう頷いたものの、金糸銀糸が使われた錦らしき布の上に座る事に躊躇してしまう庶民な鈴音。

 綱木はさっさと座ったが、金持ちだからではなく鞍馬天狗の妖力に気を取られているからである。


 鈴音がそうっと錦の上に正座すると、御簾の中で鞍馬天狗が動く気配がした。

「よくぞ参られた猫神の神使よ。早速だが近う寄って良いか」

「え?寄れやのうて寄ってええか言いました?」

 きょとんとする鈴音と、目が点になっている綱木。

 烏天狗に聞いた話と違うなあと思いつつ、鈴音は頷く。

「どうぞ?」

 その一言を聞いた途端に御簾が上がり、僧侶のような法衣姿の老人がそそくさと出て来た。

 赤い顔でも高い鼻でも無く羽も生えていない。

 滑るように鈴音の前まで来ると、胡座をかいて頭を下げた。

「烏の無礼、誠に申し訳無い。これこの通りだ、赦しては貰えぬか」

 横と後の白髪はフサフサと長いものの、天辺は光り輝く頭を見ながら、鈴音はニッコリと笑う。

「いいですよ。その代わり私の上司の話をきちんと聞いて下さいね」

 ホッとした様子で頭を上げた鞍馬天狗は、そこで漸く綱木の存在に気付いたようだ。

「む?上司?この小童が神使殿の上役とな?」

「コワッパて。怒りますよ」

 笑顔のまま鈴音が低い声を出すと、慌てた鞍馬天狗は綱木に向き直る。


「小童、いや上役殿。ワシに何用か?」

 本来この距離で向き合える筈のない相手にじっと見つめられ、綱木の額に汗が滲んだ。

「国の役人をしております、綱木善行と申します。条約を破った天狗の処遇についてお話に参りました」

 どうにか真っ直ぐに見つめ返して言った綱木に、鈴音は心の中で拍手を送る。

「条約破りだとう!?どういう事だ!!」

 怒りの表情と噴き出す妖力。雷のように響き渡る声の迫力にひっくり返りそうになりながらも、必死で堪えた綱木はストーカー天狗について説明を始めた。

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