表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/629

第百二十五話 犬神様

 案内してくれていたドーベルマンが脇へ避け、優雅に歩く白猫とあちこちへ視線をやりつつの鈴音だけで犬神へと近付いて行く。虎吉は鈴音の腕の中で大あくび中だ。


 昼休みに白猫から聞いていた通り、広間には玉座を正面にして右手側に5匹左手側に5匹、大きさも種類もバラバラの犬達が、近衛兵だか親衛隊だかのように並んでいた。

 人類皆殺し計画の時は、ここを訪れて犬神を説得しようとする神々を取り囲み、一斉に威嚇して追い払ったに違い無い。


 鈴音がそう思う程キリッとして強そうな犬達だが、やはり肉は気になるらしく目で袋を追っている。

 普通の犬より更に優れた嗅覚を持っていそうだから、鼻先にごちそうが置かれている位の感覚なのかもしれない。

 玉座から降りて白猫を迎える犬神の目も、鈴音の持つ袋に釘付けだ。

 ニャォンと白猫に呼び掛けられてやっと、我に返ったような表情になった。


「ああ、すまぬ。良い匂いに気を取られてしまった。今日はどのような用向きだ?」

 低い声を優しく響かせる犬神に、白猫は鈴音を鼻で示す。

「ほうほう。そうか、そこに居るのが神使にしたという人の子か。ふむ、ほほう、良かったではないか」

 どうやら犬神は、虎吉と同じく白猫の言葉が解るらしい。鈴音と白猫へ視線を往復させながら幾度も頷いている。

「私に礼など要らぬぞ?実際に話をつけたのは我が神使たる陽彦はるひこであって、私ではないのだから。……いやまあそうだが、うむ、そうか?」

 白猫の鳴き声が可愛かったので表情を引き締めるのに必死な鈴音は、犬神と目が合った事に気付き自己紹介の場面が来たのかと虎吉に目で尋ねた。

 コクリと頷かれたので、深々とお辞儀をし改めてお座りしている犬神を見る。


 ピンと立った耳の先から爪先までで、2メートルはありそうな大きさ。成る程サラブレッドに例えた虎吉は正しい、と感心してしまう。

 銀色の被毛に、金の目黒い瞳孔、長い鼻筋。

 狼にしか見えないが、それなら狼だけの群れを作るだろう。

 こんなに様々な犬種を従えているのだから、やはり犬なんだろうなと考え鈴音は自身を納得させた。


「初めまして犬神様、夏梅鈴音と申します。その節は大変お世話になりました。お陰様でやり甲斐のある素晴らしい仕事に就く事が出来ました。本当にありがとうございます」

 再度お辞儀した鈴音を見ながら、犬神は優しい目で頷く。

「感謝の気持ちを形に出来ないかと考えて、少ないですけどお肉をお持ちしました。お口に合うたらええんですけど……」

 ガサガサと音を立ててビニール袋を持ち上げると、犬神の視線はそちらへ釣られた。

 物凄く解り易い動きに笑いを堪えつつ、肉のパックをひとつ取り出した鈴音は犬神の方へ掲げて見せる。

「えー……と、もしよろしければ直ぐにお召し上がりになりますか?」

 目を肉にロックオンしたまま、犬神は大きく大きく頷いた。

「今ここで頂こう」

 まさかこの場所で食べるとは思わなかった鈴音は少々面食らったが、即座に切り替えて虎吉を床に降ろし準備に掛かる。


 大きな紙皿3枚に載せられる肉の塊を、じっと、それはもう穴が空く程じっと見つめる犬神。

「あの、犬神様」

 鈴音に声を掛けられハッと顔を上げる。

「うむ、どうした?」

「そちらの側近の皆さんにも、ちょっとしたオヤツをお持ちしたんですが……」

「そうか、気を遣わせたな。ありがたく頂戴しよう。配ってやってくれるか?」

「はい」

 頷いた鈴音が振り向くと、こちらを見ながら目をキラキラさせて笑顔満開だった犬達が、慌てて顔を逸らし凛々しい表情に切り替えている最中だった。

『絶対に笑ってはいけない犬神家……ッ!!』

 奥歯を噛み締め腹筋に力を入れて堪えた鈴音は、どうにか澄まし顔をキープし、犬神の前に肉を置き側近達の前に2種類のオヤツが載った皿を置く。

「どうぞ、お召し上がり下さい」

 ニッコリ笑って告げると、まず犬神が肉に口をつけた。


 普通の犬なら噛み千切らなければならない大きさの肉だが、巨大な犬神には食べ頃サイズだったようで、一塊一口、咀嚼二、三回。ほぼ丸呑みである。

 肉食系は皆こういう食べ方だなあと眺めてから、チラリと側近の犬達を見ると、健気に“待て”をしながら犬神を見つめていた。

 カッコつけてるのに口の端から涎が垂れそう、と鈴音はハラハラする。

 そんな心配を知ってか知らずか、犬達の口から涎が垂れる前に犬神が肉を食べ切り、ペロリと鼻を舐めた。

 それを見届けてから、犬達が一斉にオヤツへ口をつける。

 ジャーキーはともかく、アキレス腱を干したものに関してはスルメのように良く噛んで楽しむのが本来の食べ方だと思われるが、やはり見た目は普通の犬でも中身は神使だった。

 全員バリボリと音を立てて一瞬で噛み砕き、あっという間に飲み込んでしまう。

 グミでもスルメでもなく薄焼き煎餅扱いだ。

 物足りなかったかな、と申し訳無く思う鈴音に対し、とても幸せそうな顔を向ける犬達。

 どうやら充分に喜んで貰えたらしい。


「いやぁ美味かった、ありがとう鈴音。地球の食べ物などまず口に入らぬから、つい夢中になってしまった」

 舌なめずりして微笑む犬神に、鈴音はお辞儀で応えた。

「喜んで頂けて良かったです。でも、犬神様も人を神使にしてはるんですよね?オヤツとか持って来ぇへんのですか?」

 首を傾げた鈴音には犬神ではなく虎吉が答える。

「言うたやろ?人界と神界の間には越えられへん壁があるて。たとえ通路開いたっても、人はそこを通られへん。魂ごと潰れるか千切れるかして死んでまうで。せやから犬神さんの神使はこっちに来られへん」

「今の神使は私と同じ光る魂らしいけど、それでも無理なん?」

「鈴音と同じではないやろ多分。綱木が言うてたやんか。鈴音が2段階目の光出してただけで、ナントカいう子より遥かに強い光でビックリしたて」

 そういえば面接の時にそんな事を言っていたな、と鈴音もなんとなく思い出した。

 優しい表情で頷いた犬神が後を続ける。

「陽彦は優れた光の持ち主だから、人界から人界への異世界移動程度なら問題無いと思うが、神界は流石に無理だ。歴代の神使にも鈴音のような者はいなかった。依って、私の所に地球産の肉が届く事はないのだ」

 寂しげに鼻から息を吐く犬神を見やり、鈴音は瞬きを繰り返す。


「あの……、犬の神使さんも人界に居てはるんですよね?袋にでも詰めてその方に咥えてって貰たら、運べるんちゃいますか?実際に私はこないして持って来てる訳ですし……」

 鈴音の指摘を受け、犬神も、側近の神使達も、パカッと目と口を開いて解り易く驚愕した。

「そ……ッ、その手があったか!!」

「はい。むしろ歴代の人の神使が何でそれをせんかったんか謎なんですけど……犬の神使さんが神界に戻るんはお亡くなりになった時だけ、とかのルールでもあるんですか?」

「いや、逆だ。人の神使が死んだ時に犬が交代するのだ」

「あー、そうか、御臨終からお葬式までのバタバタの最中にソッと帰って、次の神使が決まったら新しい犬さんが出向かれると」

 頷きながらも犬神は少し訂正を入れる。

「私はあの家の当主に力を与えると約束していてな、死んだ神使の息子が次の神使と決まっている。だから交代は非常に滑らかに滞りなく進むのだ。土産など持たせる間も無く……ッ」

 ギャフン、と項垂れる犬神の様子が可愛らし過ぎて、ついに鈴音は笑いを堪えられなくなった。

「ぶふふふ、そ、それやったら気付かんでも仕方無いですよね、くふふふ」

「うぅ、帰る神使に『世話になったな』とでも挨拶させておけばよかったのか」

 遠い目になった犬神を見ながらどうにかこうにか笑いを収め、鈴音は深呼吸をする。


「人の神使さんにも、その内お礼に行かななぁて思てるんです。上司へ仲介して貰いましたし。その時に、犬の神使さんが帰る時には犬神様へのお土産渡してね、とでも言うときます。あ、でも本人さんお亡くなりになった後の話やから、遺言?家訓?みたいなんで残しといて貰わなあきませんね?」

 顔を上げた犬神の目がキラキラと輝き、フサフサの尻尾が床を掃き清めた。

「猫神よ、そなたの神使は素晴らしいなあ」

 当然だと得意げな顔をする白猫と虎吉、嬉しそうな犬神を眺めつつ、鈴音はふと気付く。

「あれ?でも今の神使は高校生でしたっけ?ほな、割と最近お父様を亡くされたんですか?」

 小さい頃に起きた事だったとしても、大して時は経っていない。精々10年だ。

 母親のお腹に居た頃や、うんと幼い頃の事で記憶に無いならともかく、まだ父の死が新しい出来事だったとしたら死後の話など出来る筈もない。

 不味いな、という表情になった鈴音に、犬神は違う違うと首を振った。


「先代はまだ生きている。ただ、病で胸を悪くしてな。犬と共に駆け回るのはもう無理だから、息子に役目を任せたいと言ってきたのだ」

「胸……」

 肺か心臓あたりだろうかと鈴音は想像し、犬神は続ける。

「息子ももう立派に育っているし、光る魂の持ち主であるし、問題無かろうと神使にした。ただ、犬の方はまだまだ働くつもりでいたから、随分と落ち込んでな。帰って来いと言うのも憐れと思い、そのまま息子に付かせたのだ」

「そうなんですね。ほんなら、死んだ後の話しても大丈夫そうですけど……次に犬さんが帰って来るまで70年ぐらいは掛かりそうですねぇ」

「あ、そうか若者……」

 やってしまった、という顔をする犬神が面白いやら気の毒やらで、笑った鈴音は申し出た。

「その神使のお家の方々に、犬神様へ感謝の品を贈りたいなら持って行きますよ、て提案してみます。私が猫神様の神使やいうんはご存知の筈ですし、渡してくれるんちゃいますかねー?知りませんけど」

「おお!では鈴音は既に私とも顔を合わせた、信用に足る人物だと伝えておこう!」

 またしても立派な尻尾を勢い良く振って床掃除してしまう犬神に、鈴音は笑顔で頷く。


「因みに、犬神様も一時は人を憎まれましたよね?それが何故、神使にまで取り立てて下さるようになったんですか?」

 この流れなら行けそうだと踏んで尋ねてみると、予想通り機嫌を損ねる事も無く犬神は答えてくれた。

「あの家の者達は、犬を狩りの相棒としてとても大事に扱っていたのだ。犬達も彼らを家族と思っていてな。そんな彼らに妖怪がつまらぬ悪さを仕掛けた。犬達は勿論、妖怪を見る事が出来たあの家の当主も応戦したが、中々に手強い。当主は『犬達が危ない、どうかアイツらだけでも逃してやってくれ』と祈り、犬達は『相棒が危ない、アイツを助けられる力が欲しい』と祈った」

 ここまで話し、にんまりと笑うような顔で鈴音を見る。

「ふふ、解りましたよ?『この声がもし届くなら、どうかアイツを、アイツらを!』彼らが祈ったのはとある神。とても耳の良いその神様は、何があったと下界を覗く。果たして金色こんじきの目に飛び込むのは……!?」

「互いを庇い合う人と犬だ!ははは!なんと美しき光景かと胸を打たれてな。人とは愚かな者ばかりでは無いのだと知り、神使を向かわせたのだ。しかし彼らはそれ以降も、度々妖怪だの悪霊だのと出くわす始末。埒が明かんので当主に神使としての力を与え、犬の神使もそばに置いてやる事にした」

 気持ち良く喋り目を細める犬神に拍手してから、顎に手をやる鈴音。


「そうなると流石に当主さんも、神様の手を煩わすんも申し訳無い思て、妖怪の出ぇへん土地に移住したりしはる思うんですけど……。それでも現代まで犬神様の御力が与えられてるんは何でなんですか?」

「そうよなあ、普通はそういった考え方をするだろうなあ。だがアレは違ってなあ……。この力で人の世にはびこる妖かしを根絶やしにして御覧にいれます!ときたのだ。そうすると、時の権力者の目にも留まるだろう?益々頑張るだろう?根絶やしに出来ませんでした、続きは息子に、となって、息子もまたやる気満々。私めの代で!と頑張り、無念にございます、かくなる上は我が息子が、だ」

 ふすん、と鼻で溜息を吐いた犬神だが、嫌な雰囲気ではなく、猪突猛進型の神使に呆れながら懐かしんでいるように見える。

「ふふふ、お父ちゃんが息子に頼む間も無く逝ってしもても、父の遺志はこの私めが継ぎまする!とか息子の方から言いそうですね」

「ああ、正にそれだ。その調子で今日まで来たのだ。ただ……、今の神使はどうやら、そこまでの熱は持ち合わせておらんようなのだ。ひょっとしたら、我らの縁もここまでかもしれんな」

 少し垂れた耳と寂しげな目が胸に刺さった鈴音は、神使の高校生に会ったら様子を探ろうと心に誓った。


「まあ、高校生ぐらいの時って色々と考えてまう時期なんで、親が俺の生きる道を決めるな!とか拗ねてるんかもしれません。あと何年かしたらコロッと変わる可能性もあるんで、もう暫く見守ってやって下さいませんか?」

 それこそ数年前にその時期を終えただろう鈴音に微笑まれ、成る程なと犬神は頷く。

「見た目は立派でも中身はまだ子供なのだな。良く解った、これまで通り見守るとしよう」

「ありがとうございます。それでは、そろそろおいとまさせて頂きますね。貴重なお話をありがとうございました」

 紙皿を全て回収して虎吉を抱えた鈴音がお辞儀すると、犬神は目を細めて尻尾を振った。

「猫神がそなたの話を私に持って来てくれて良かった。また会おう」

 笑顔で再度お辞儀した鈴音は、踵を返した白猫に続く。

 来た時とは違い、今度は秋田犬の案内で出口まで向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ