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第百二十四話 犬神様の縄張り

 スマートフォンの画面を睨みながら唸る鈴音に、綱木が顔を上げる。

「どないした?」

「んー、ヒノ様に人類の味方になって貰う為に黄泉の国へ通うつもりなんですけど、ヒノ様は外の世界を知らん小さい子供やから、手土産はカラフルな絵本なんかええかな思たんです。ただ、内容がねぇ。当たり前やけど神様には響かへんよな思て」

「黄泉の国へ通えるんや、とかいうツッコミは置いといて。ヒノカグツチ味方につけてもイザナミの心が動かん事には勝ち目ないやろ」

 困惑する綱木へ鈴音はいやいやと手を振った。

「ナミ様の御心を動かせるのはヒノ様だけです。ヒノ様を溺愛してはりますからね、ナミ様。人が生まれなくなるのはやだよぅ、とかヒノ様が言うてくれたら、しゃあないから殺す一歩手前ぐらいで止めといたろ、思てくれる筈」

「え、それホンマ?凄いやんか。ちょっと希望が持てるで」

「でしょ?人類がナミ様と喧嘩して勝つんはどう頑張っても無理やから、自主的に元旦那さんへ手加減して貰う方向で。その為にもヒノ様に、人の世界や人が作る物はおもろいなあ、思て貰わなアカンのですけど……うーん」

 スマートフォンへ視線を戻し唸る鈴音と、子供への土産かと腕組みする綱木。


「あ!子供向けの図鑑とかどないやろ。恐竜やら動物やら乗り物やら、絵ぇや写真で賑やかちゃうか?」

 息子が幼い頃の記憶を掘り起こした綱木がポンと手を打ち、顔を上げた鈴音は目を輝かせる。

「それや!いやー、子育て経験者は流石ですね!」

 さっそく図鑑を検索し始める様子を見た綱木は、上司としてとても大切な事を思い出した。

「鈴音さん、それ領収書貰といてな」

「え?こんなん経費で落ちるんですか?」

 ポカンとする鈴音に悪代官顔を作った綱木が頷く。

「うん、いわゆる機密費があんねん」

「厚労省てそんなんあるんですか!?」

「いや厚労省のん違て、内閣官房報償費の方な。厚労省の報償費には監査入るけどあっちには入らへんから、ウチの局が好きに使えるように官房長官が渡してくれるんよ」

 鈴音の周囲にクエスチョンマークが飛び交っていると感じた綱木は、噛み砕いて説明する必要があるなと頭を掻いた。


「えー、ほら、ウチの生活健全局は特殊やん色々と。今みたいに、神様のご機嫌取るのに子供向けの本が要る、とか。前あったんは、妖怪説得すんのに大量の酒が要る、やな。そんなんまともに報告して、予算が下りる筈がないやろ?」

「心配されそうですよね、おたくとこの職員大丈夫か?働かせ過ぎちゃうか?いうて」

「医者ならナンボでも紹介出来るで、とか言われてまうな。せやから、収支報告不要で会計検査院の監査も無い官房機密費から、ウチの局が好きに使える金が局長に渡されるねん」

 脳内で情報整理を行った鈴音は、改めてとんでもない組織と関わってしまったと理解し遠い目になる。

「ニュースでしか聞かん単語が次々と……。えー、国から内緒で貰た活動費があるから、そのお金でヒノ様に本買うたげる。ナンボ使たか分かるように領収書出しなさい、て事ですね?」

「そういう事。なんなら黄泉醜女に渡した飴代も請求してくれてええで?あれのお陰で、澱と接触した時の状況について魂に聞いといたる言うてくれた訳やし」

 大真面目に言う綱木に鈴音は笑って手を振った。


「飴は自分でも食べるんで自腹で。もし神様関係で高い物が必要になった時は、ガッツリ請求さして貰います」

「そうか、分かった。もしミニカーやら電車のオモチャやらヒーロー人形やらが要るようになったら言うてよ。あれ一つ一つは大した事無い思てまうねんけど、集めよったら結構な額になっとってビビるし。……て、そんなん請求しよったら俺に孫出来たんちゃうかいうて疑われそうやな」

「子供の神様の為て言いながら、ホンマは自分の孫に買うて不正請求しとんちゃうか、とか?」

「うん、まあ、息子見とったら子供出来たかどうかぐらい分かるやろから?本気で疑う奴は居らんやろけど?からかって遊んだろ思う奴が居りそうで面倒臭い」

 綱木の嫌そうな顔を見ながら、クセの強い人の集まりなのかなこの組織、と鈴音も微妙な表情になる。

「全てはヒノ様次第ですね。まずは図鑑持ってってみます。ほなそっちはじっくりやるとして、今日の仕事は澱の掃除でええんですよね?」

「ん、せやね。今んとこ悪霊の情報も無いし、掃除頑張って貰えるかな」

「はい。行ってきます」

 バッグから姿隠しのペンダントを取り出し身に着けて、鈴音は市内の澱掃除に向かった。



 相変わらずのスピードで澱を消し去り続け、ふと気付けば昼休みである。

 慌てて鈴音は業務用の商品も扱うスーパーマーケットへ走った。

 人目に付かない場所でペンダントを外し、いそいそと店内へ。目指すは肉売り場だ。

「牛肉牛肉……塊、んー……何kgぐらいやろ。サラブレッドの大きさの犬やろー?虎とかライオンが1日5kgは食べるて聞いた事あるけど、オヤツやしその位でええかな?」

 赤身肉が良いだろうと、牛モモ肉を凡そ5kgになるように選ぶ。

「うう、やっぱり高いな。どないしよ、御付きの犬さんの分。何匹居るか分からんし、犬用ジャーキーにしよかな」

 神と神使で差を付けても怒られはしないだろうと自分を納得させ、紙皿も手に取り一緒に支払いを済ませると、今度は無添加ペットフードの店へと急いだ。


 猫の餌やオヤツには詳しい鈴音も、犬に関してはド素人である。

 店員に、様々な種類の犬が居る施設に差し入れするオヤツを探している、と相談して良さげな物を選んで貰った。

「こちらの馬肉を使ったジャーキーですと、柔らかめなので小型犬や老犬でも食べ易いですよ」

「柔らかめ……」

 骨までペロリと平らげる白猫や虎吉を思い出し、犬神の神使達も同じなのではと考えた鈴音は、もう少し歯応えがありそうな物も欲しいと頼む。

「では馬のアキレスなんかはどうですか?噛みごたえ抜群でワンちゃんも喜びますし、歯磨き効果も期待出来ますよ。ただ、小型犬や老犬、歯が弱っている子には与えないで下さいね。歯にダメージが出てしまうかもしれないので」

 それを聞いて即決する鈴音。神使達なら、ちょっと硬めのグミぐらいに感じてくれるかもしれない。

 肉肉しい柔らかめジャーキーと、噛みごたえ重視の硬いアキレス両方を買う事にする。

 結果、モモ肉ほどではないものの、こちらもそれなりのお値段になった。

「来月の引き落としが恐ろしいな」

 店員に礼を言いながら店を出ると、人目を避けて速やかにペンダントを装着し、虎吉に声を掛ける。


「虎ちゃん虎ちゃん、お肉預かってー」

 すぐさま開いた通路を通り白猫の縄張りへ入ると、壁際に全部纏めて置かせて貰った。

「ほうほう、美味そうやなあ」

 近付いて来た虎吉が、フンフンと匂いチェックをして舌なめずりをする。

「つまみ食いせんといてな?また買うんは今月もう財布がしんどい」

「そうなんか。まあ犬神さんには『仕事くれてありがとう』言うたらしまいやし、しんどいんもこれっきりや」

「うん、そない思て頑張ってみた。因みに御付きの犬さん達は何匹ぐらい居てはりますか?」

 鈴音の問い掛けに、白猫は首を傾げてからゆっくりと頷いた。

「犬神さんのそばに10匹は居った思う、言うてはるわ」

「ありがとうございます。そっか、その犬さん達が側近みたいな感じなんかな。良かった、それなら足りる。ほなまた夜にオヤツ持って来るね」

「おう、仕事頑張れよー」

 笑顔で頷きながら虎吉を撫で白猫を撫でて猫成分を補給し、自宅へと繋いで貰って昼食を取る。

 それからまた夕方まで、生活健全局アプリの市内マップが、鈴音のアイコン“LED電球”で埋め尽くされる勢いで澱掃除をした。



「ただいま戻りましたー」

 骨董屋へ戻ると、パソコンとにらめっこ中だった綱木が顔を上げる。

「はいおかえり。イザナミとヒノカグツチについて本省にも報告しといたで」

「おお、何か反応ありましたか?」

 こめかみをマッサージし両肩を回しながら綱木は頷いた。

「出来る事無さそうやから鈴音さんに任す、やて。イザナミが出て来んように黄泉の国の入口塞ぐんは、魂が向こう行かれへんようになるからアカンし。鈴音さんも言うてたけど、今日まで逃げ切れてるイザナギがそんな簡単に見つかるとも思われへんし。それやったらもう、イザナミに対して祝詞多めに上げて敬ってますアピールしつつ、ヒノカグツチ懐柔作戦を頑張って貰おう、みたいな感じやね」

「うわー、上に丸投げしたら跳ね返って来ましたやん」

 口を尖らせる鈴音を拝んだ綱木は、申し訳無さそうに笑う。

「そこはもう、イザナミに気に入られた以上諦めて貰て、日本の為に頑張って?」

「日本の為に……ああそうか、税金が給料やった。それやったらやるしかないですね。ヒノ様んとこに通いつつ、イザナギ様が見つからん事を祈っときます」

 両手を合わせて『ナムナム』言う鈴音に、『祈る相手間違うてるよ』とツッコむ綱木。

 そこで丁度、退勤時刻となった。

「ほな、お疲れ様です。また明日」

「はいお疲れさん、また明日な」

 退勤メッセージを入れた鈴音を見送った綱木が、マップを開いてLED電球アイコンによる清掃済みマークの多さに唖然としたのは言うまでもない。彼が鈴音のペースに慣れるには、もう少しだけ時間が掛かりそうだ。



「たっだいまー」

 帰宅した鈴音は出迎えてくれた愛猫達を撫でくり回し、靴箱からパンプスを取り出して仲良く自室へ向かう。

「骸骨さんはまだやねんな。先にお風呂入ろ」

 そうして風呂から上がった頃に、骸骨も戻って来た。

「おかえりー。今日はこれから犬神様のトコ連れてって貰うけど、骸骨さんはどうする?」

 パンツスーツに着替えた鈴音からリンゴジュースを貰い、美味しく飲んだ骸骨は石板を取り出す。

「んーと、犬に追われる骸骨さん。骨を齧る犬。あ、もしや相性がよろしくない?」

 コクリと頷いた骸骨はニャン太達を優しく撫でた。

「ほな、ニャーちゃん達とお留守番お願いします。いうても直ぐ戻って来るけど」

 笑う鈴音に骸骨も、確かにとばかり肩を揺らす。

「えー、猫オヤツとボウルと靴。忘れ物ないな?よし、虎ちゃーん」

 通路が開き、行ってきますと骸骨と愛猫達に手を振った鈴音は、いそいそと神界へ移動した。


「お?正装か?」

 スーツ姿に首を傾げる虎吉を撫で、テーブルにボウルをセットする。

「仕事着やけど、お礼しに行くねんしカッチリして見える方がええか思て。正装やとスカートになってまうから、動き難いんよねぇ」

 椅子に座った白猫と虎吉のボウルにオヤツをザラザラと開け、召し上がれと勧める。

 その間に肉と犬用オヤツを回収し、パンプスを履いて待った。

「ごちそうさん。ほな行こか」

 虎吉が洗顔を終え、白猫と共に椅子から降りてドームの出入口へ向かう。

 通路を繋げないのかな、と首を傾げた鈴音がついて行くと、外で白猫が巨大化した。

「よっしゃ、乗るで鈴音」

「え?乗る?」

 キョトンとする鈴音を見上げ虎吉が笑う。

「別に通路繋いでもええねんけどな、犬神さんとことは昔のアレで地続きやから、大体走って行くねん」

 昔のアレとは人類皆殺し計画の事だろう。共闘するにあたって縄張りを繋げたようだ。

「でも乗るてドコに?猫は全身使て走るから、背中は無理やんね」

「そら頭や頭。耳の間で伏せといたらええわ」

「ええ!?私には畏れ多いねんけど!?」

 その時、白猫が大きな顔を鈴音に近付け、目を細めて喉を鳴らした。

「ほらな、かまへん言うてはるやん」

「うわー、ホンマですか猫神様。ほな、失礼しますね?」

 深々とお辞儀してから、靴を脱いで手に持ち白猫の頭に跳び乗る。直ぐに虎吉も乗って来た。

「あああフワすべー。これが噂の極楽やな?」

 巨大化しても変わらぬ被毛の柔らかさにうっとりする鈴音へ、一声鳴いて出発の合図をしてから白猫が走り出す。


「おおおー!!はや、速い!!」

 周囲の景色が延々もこもこ雲なので分かり難いが、そのトップスピードは鈴音がどう頑張っても追いつけない速さだ。正に神速。

 頭の上だからか揺れも思った程では無く、只々速さに圧倒されている内に景色が変わった。

 空は青く、足元には少し長めの芝生らしき草。

 晴れた空とどこまでも続く草原は、犬達が駆け回るのに最適な環境だと思われる。

「これが犬神様の縄張り」

 目を輝かせる鈴音に虎吉が頷く。

「もうちょい走ったら丘に掘られた洞窟が見えるわ。それが犬神さんの家や」

 虎吉の説明を聞きながら目を凝らしていると、遙か先に緑の丘が見えた。

 あれがそうか、等と思っている内にもう目の前である。

 スピードを落とした白猫がニャアと鳴いて入口で止まると、門番なのか柴犬らしき犬とシェパードらしき犬が出て来て尻尾を振った。

「これは猫神様、ようこそお越し下さいました。主に報告!猫神様がおいでだ!」

 中の犬に指示を出したらしい。慌ただしく動く音がする。

 その間に鈴音と虎吉は頭から降り、白猫は大型虎サイズに戻った。

「おや、そちらは?」

 シェパードが首を傾げて鈴音を見る。


「猫神様の眷属で神使、夏梅鈴音と申します」

 お辞儀した鈴音に対し、シェパードも柴犬もビシっとお座りをした。

「猫神様の御身内の方とは存じ上げずご無礼を!」

「あ、いえいえ、そないお気遣い頂かんでも大丈夫です問題無いです」

 凛々しい顔を向けられ、ひたすら戸惑う鈴音。

 どうしたものかと思っていると、洞窟の奥からドーベルマンが現れる。

「お待たせ致しました猫神様、ご案内致します」

 頷いた白猫が慣れた様子でついて行くので、虎吉を抱いた鈴音も門番犬達に会釈して、5kgの肉の入った袋を揺らしつつ続く。

 時折擦れ違う犬達が袋に注目している気もするが、目を合わさないようにするしかない。

 真っ直ぐ白猫の背を見つめながら歩き、何度か緩やかな角を曲がると、広々とした天井の高い部屋が現れる。

 その広間の奥、一段上がった玉座のような場所で、銀色の巨大な犬がお座りをして待っていた。

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