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第百二十二話 人を殴る為の特訓なら地獄で

 骸骨の協力を得てもこもこ雲の巨大皿を作り終えた鈴音は、これまたもこもこ雲で作ったヘラを使い焼き魚の半身を移していく。

「骨もでっかいから身が外れ易ぅて助かる」

 頷いた骸骨も、同じくヘラを使ってせっせと身を皿へ移してくれていた。

「よし完了。ありがとう骸骨さん。これ黒猫様達に差し上げて、その後ちょっと特訓しよ思てんねんけど、骸骨さんはどうする?」

 首を傾げ考えてから、石板を取り出した骸骨はせっせと絵を描く。


「んー、黒猫様と猫さん達に魚渡した後、これはー……骸骨神様かな?骸骨神様が居る場所、ああ、一旦帰って報告したい事がある?」

 確認する鈴音に幾度も頷く骸骨。

「そっか、ほな、虎ちゃーん」

「ん?なんや?」

 シオンに触られるのを防ぐ為か、虎吉は白猫のそばに座っている。

「ぶふッ。鉄壁やなー。あんな(あのね)、骸骨さんが地獄にお魚届けた後、いっぺん骸骨神様のトコに報告に戻りたいねんて」

 早目に伝えたい事があるのに、定時報告の為に通路が開くまで間があって困っている、と骸骨は石板に描いて付け加えた。

「よっしゃ、骸骨の神んとこへ繋いだろ。戻ってってからでええんやな?」

 大きく頷いた骸骨はくるくると回ってから、柏手を打って虎吉と白猫を拝む。

「うはは、ええ気分や。ほな、まずは黒猫父ちゃんのとこやな」

 目を細めた虎吉が左前足で空を掻き、地獄への道を開いた。


「ありがとう。特訓してくるから、私はちょっと遅なる思う」

 骸骨と共に魚の半身が載った巨大皿を持ち上げつつの鈴音に、虎吉は小首を傾げる。

「特訓?あれか、黄泉の国で貰た力か?」

「それもあるけど、特に猫神様に頂いた御力をもっかい鍛え直そ思て。今の私、人か猫かの両極端でしか力が使われへんから、その間が使えるようになりたいねん。ぶっちゃけると、殴りたいのにソッと触るだけとかストレス溜まりまくるから、ブン殴っても相手が死なへんような力加減も覚えときたいねん」

「おう、ええやないか!」

 片手で皿を持ち、ぐぐ、と拳を握る鈴音を見て応援しているのは猫達と骸骨だけで、話が聞こえていた神々は一様に遠い目をした。

「ははは、凶暴……間違えた、野性的だねえ」

「流石猫ちゃんの眷属、力で黙らせる女帝型じゃの」

 シオンと白髭の神が遠い目のまま笑い、白猫は得意げに目を細める。

「罪人をボコって色々と試してくるわ。ほな行ってきますー」

 皆に見送られながら、巨大皿を持った鈴音と骸骨は地獄への道を慣れた様子で進んで行った。



「お邪魔しまーす」

 通路に居る内から声を掛け展望台へ出ると、すぐさま黒い塊が飛んで来る。

 軽やかに着地した黒猫は、金の目を丸くした。

「おお?鈴音と骸骨じゃないか、どうした忘れ物か……って何だろう物凄くいい匂いがするぞ?」

 フンフンと鼻を動かす様子が可愛らしく、揃ってデレデレしながら鈴音と骸骨は皿を見せる。

「猫神様のお使いで手に入れたお魚が普段の倍くらいある大きさやったんで、半分を黒猫様と猫さん達に差し上げようと思いまして」

 話を聞いた黒猫の目は爛々とし、モフモフの尻尾は真っ直ぐに立ってビリビリと小刻みに震えた。

 大喜びである。

「魚なんていつ以来だろうな。飯食わなくても腹は減らんけど、やっぱり美味い物が食えるとなると、嬉しいもんだなあ」

 食べる前から舌なめずりの黒猫に同意するように、地獄の迷路の壁の上では猫達が尻尾をピンと立てていた。

「今回は小皿持って来てへんので、黒猫様監督の元みんなで仲良う分けて貰えますか?」

 巨大皿を床に置きつつ頼む鈴音に、黒猫は大きく頷く。

「任せろ。喧嘩する奴や多く食おうとする奴は俺が許さん」

 黒猫がギロリと睨んだ途端、猫達はきっちりとお座りして澄まし顔になった。いい子にしますよ、というアピールなのかもしれない。

 安心した鈴音と骸骨が皿から離れると、最初に黒猫、その後に猫達、とお行儀良くオヤツタイムは過ぎて行った。



「いやあ美味かった。ありがとうご馳走さま」

 口周りを舐め前足を舐めて洗顔する黒猫を拝んでから、骸骨は鈴音に手を振る。

「うん、解った。黒猫様、骸骨さんはここで失礼しますね」

「おや、そうか。美味い魚をありがとう。また来いよ?」

 顔を上げた黒猫に頭を下げた骸骨は、名残惜しそうに何度か振り向きつつ帰って行った。

「それで、鈴音は何か用事があるのか?」

 黒猫の問い掛けに、巨大皿だったもこもこ雲を丸めながら鈴音は頷く。

「罪人を実験台にして、改めて力加減の練習さして貰お思いまして」

「力加減?」

「はい。私の力と猫神様の御力を上手い事混ぜて、拳振り抜いても殴った相手が死なん程度の力が出せるようにしたいんです。虎ちゃんなんかはそれ上手なんですけど、あんなん感覚的なもんやし説明するんは難しいやろから、練習する方が早いな思て。生身の人で試すんは不可能なんで、身体の造りだけは生前と変わらん罪人をお借りしたいなと」

 身振り手振りを交えての話に黒猫は頷き、優しく目を細めた。

「いいぞ、どんどんやれ。失敗して粉々にしても直ぐに元通りだからな。実験台にはピッタリだ」

「あはは、粉々は出来れば避けたいですねー。あ、それと、黄泉の国の女神様に頂いた御力があるんですけど見て下さいませんか」

 そう言って控え目に掌へ力を集めると、黒い球ではなく黒い炎のような、ユラユラと揺らめくものが出る。

 それを見つめる黒猫の目は真ん丸だ。


「こりゃまた凄い力だな。人が触れたら只では済まんと思う。あっという間に灰になるんじゃないか?」

 黒猫の見立てに鈴音は遠い目をした。

「弱目に出してもそんなヤバい系の力なんや、どないしよ。いやまてよ?炎っぽい形で出てるせい違う?もっとこう、影とか夜の闇とか」

 呟きながらイメージすると、掌の上の炎は姿を変え、黒い雲のようになる。

「ふむ、触っただけで死にそうな力は感じなくなったぞ?面白いな」

「うーん、何も考えんと出したら即死系で、しっかり意識したら目眩ましなんかに使えそうて事ですかね?取り扱い要注意な力やなー。因みに、コレやとどんな感じですか」

 何の遠慮もせず出した闇の球を見せると、黒猫が真顔になった。

「これは……魂ごと消し去れる力だな。永遠の消滅……うん、死者を裁く神や死者の世界を統べる神が使う力だ。ここの罪人に使っては駄目だぞ?奴らにとって消滅は救いだからな」

 初めてこの力の詳細を聞いた鈴音は、自身が出した球を見ながら唖然としている。

「消滅ですか。石が埃みたいな粉になった時点で嫌な予感はしとったけど……魂の光全開で殴るんと殆ど一緒、あれの闇バージョンなんや。危ないから出さんようにします。さっきの炎っぽいのぐらいまでなら、罪人に当たっても大丈夫ですか?」

「ああ、あの黒い炎なら使って問題無いぞ。阿鼻地獄の炎のようなものだと思えばいい。罪人は燃えカスになって、また元に戻るだけだ」

「良かった、ありがとうございます。ほな、色々と練習さして頂きますね」

 闇の球を消した鈴音は目を細めて頷く黒猫にお辞儀して、迷路へと跳んだ。


 まず目を付けたのは、中肉中背の男。

 これを獲物にしている猫が居ないのを確認してから下へ降り、男が身体をくの字に曲げて苦しむくらいのイメージで腹を殴ってみた。

「ぅぐぉッ!!」

「ギャー!穴がー!!」

 男の腹に風穴が空いた。

「お、おかしいな、昨日殴った時はブッ飛ぶだけで穴なんか空かんかったのに。もしかして何や変な方向にパワーアップしてる?そうやとすると怪しいんはナミ様の御力やな」

 虎吉が死そのものだと怯えた程の存在だ。影響が強く出ているのかもしれない。

「そしたらー……小さい子供が大人に掛かっていくぐらいのイメージ。人の子供やで人の。子猫違うで」

 猫をイメージすると白猫の力が勝り、圧倒的な破壊力になってしまうので飽くまでも人で想像する。何度も自分に言い聞かせ、復活した男を再度殴った。

「グハぁッ!!」

「嘘ぉん」

 遥か彼方まで吹っ飛んで行った。

「人の子供でコレとかどないしろと。もうあれ?蟻んことかミジンコとかでイメージせなあかんの?いや、蟻んこもミジンコもパンチなんかせぇへんし!!」

 ボケにセルフツッコミを入れつつ唸る。

「んんー、手ぇでポンと触る系の何か。アカンねんちゃうねん猫のにゃいにゃいは破壊力しかないからアカンねん!何かもっと小さい動物で……ウサギ……は蹴るイメージや、小鳥は突付くやろ?犬は噛むしそもそも強いし……いや待って?距離感間違えた超小さい犬が、キレた猫にボコられてた事あったな」

 日課のランニング中に見た光景を思い出した鈴音は、カッと目を見開く。

「犬と言えばー!!」

 名案が降って来たのか、獲物を求めて走り出した。


 角を曲がった所で先程の男とは別の中肉中背を発見した鈴音は、猫の姿が無い事を確認するや拳を握って突っ込んで行く。

「チビ犬のぉぉぉ……、お手ぇぇぇえええ!!」

 何かの技名のように叫んで踏み込み、腰の捻りも加えた右拳を男の腹へ打ち込んだ。

「ウグ……ッ!!」

 呻き声を上げた男がくの字に曲がって2メートルばかり吹っ飛ぶ。

 大人が殴られて2メートル程飛ぶというのも大変非常識な光景だが、鈴音からすればこれ以上無い大成功で大正解なのである。

「キターーー!!チビ犬のお手でイメージしたら、人に穴空けんで済むーーー!!」

 物騒な事を言いながら大喜びする鈴音へ、痛みに顔を顰めながら立ち上がった男が声を頼りに飛び掛かって来た。

 成功の余韻をぶち壊された鈴音は明らかに苛立った表情となり、容赦の無い右ストレートを男の顔にめり込ませる。

 愚かな男の頭は木っ端微塵に砕け散った。

「ギャー!!アカン!!無意識でいうかイラッとして殴ったら人殺し確定や怖ッ!いやそもそも、イラッとしても反射で殴ったらアカンて法治国家に生きる人やねんから。そんなんして許されんのは猫だけやで」

 胸元を押さえ自身に言い聞かせつつ一旦壁の上へと移動し、大きく息を吐いて拳を見つめる。

「ふぅ。とにかく出来る事は解ったから、いちいち叫んで意識せんでもチビ犬パンチが出るように数こなそかー。そのあと、ナミ様の御力の操作を頑張ってみよ」

 よし、と頷いた鈴音は走り出し、猫達の邪魔をせぬよう獲物は選びながら練習を繰り返した。



 鈴音が地獄に籠もり、骸骨が骸骨神の元へ戻ってから随分と時間が経過した白猫の縄張りでは、虎吉が退屈そうに丸い石を蹴り飛ばしている。

「うーん、ヒマや。早よどっちか帰ってけぇへんやろか」

 流石に次の虹色玉の回収は日を改めようという事になって、神々もそれぞれの世界に戻ってしまった。

 これが普通の状態なのだが、鈴音が降って来てからというもの冒険続きだったので、妙に暇に感じてしまう虎吉である。

 既に焼き魚はペロリと平らげ、これといってする事も無い。今やっているように、虹男に貰った玉で遊ぶくらいが精々だ。

 眠たくなる空気の中、同じく退屈そうな白猫が地獄への出入口を見ながら大あくびした所で、タイミング良くドームの入口から骸骨が戻って来た。

「おッ!おかえり。ちゃんと報告出来たか?」

 嬉しそうな虎吉がお座りしながら尋ねると、骸骨は親指を立てて頷き、二匹のそばまで来てローブの中から何かを出し始める。

「ん?何や?お土産か?」

 ワクワク顔の虎吉と白猫の可愛さにくるくると回った骸骨は、真空パックのような物を次々と取り出してもこもこ床に並べていった。

 水筒のような物もいくつか並べ、石板を取り出して説明する。

「んんー?これは鈴音やな。何か渡しとる。骸骨が喜んで、また鈴音が渡して骸骨が喜んで。鈴音から何や色々と貰たんやな?」

 こくりと頷いた骸骨は続きを描く。

「今度は骸骨から鈴音にか。成る程、お礼いうかお返しやな?ふんふん、おお、その中に俺らへの贈り物もあるんか。肉か?魚か?カリカリするやつか?ペロペロするやつか?」

 並べられたお土産を嗅ぐ虎吉が可愛過ぎたのか、骸骨がまた拝んでいる。


 充分拝んでから座った骸骨は、パックのひとつを手に取って開け、はたと気付いた様子で辺りを見回した。

「ん?皿か?鈴音が持ってってくれたオヤツ食べた時に使た、ボウルいうやつがテーブルにあるで」

 じゃあそれで、と頷いた骸骨と共にテーブルへ移動した虎吉と白猫は、何が出て来るのだろうと目をキラキラさせている。

 期待に応えられるだろうかと緊張した様子の骸骨がボウルに開けたのは、1センチ大にカットされたソーセージのような物だった。

 猫の居ない世界なので、別の肉食動物用のオヤツなのだと石板で説明する。

 頷いた二匹はさっそくボウルに顔を突っ込んだ。

「お!美味い美味い!肉や肉。噛みごたえも丁度ええわー」

 相変わらず白猫にとってはほぼ飲み物だが、虎吉は食感も楽しみながら食べた。

「猫神さんも美味かった言うてるで。鈴音がくれるオヤツとはまた違た美味さやな。肉食うてる感がええわ、ありがとうな」

 満足そうに洗顔を始める二匹を見ながら骸骨がグネグネしていると、地獄への出入口から鈴音が姿を見せる。

「ただいまー!あ、骸骨さんの方が早かったんや、おかえりー。あれ、床に何か並んでる」

「おう、おかえり鈴音。それな、骸骨のお土産やて。鈴音に色々貰たからお返しの意味も込めとるみたいやで」

 小走りでやって来た白猫の頭を撫でながら虎吉の説明を聞き、お土産と骸骨へ視線を往復させた鈴音は嬉しそうに笑った。

「気ぃ使わんでええのに。でも嬉しいわー、異世界の食べ物いうか、骸骨さんの世界の食べ物やもんね?めっちゃ楽しみ」

 こちらも嬉しそうに頷いた骸骨がせっせと品物の説明をし、神とその分身と神使達とで暫しささやかな異世界食パーティーを楽しんだ。

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