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第百二十話 思ってたのと違うなー?

「イキシア様の母君も、個性的な方なのですか?いや、実験の為なら人殺しも厭わない等という意味では無く……」

 柔らかな表情で問い掛けられ、頷いたイキシアはクリビアと鈴音達とに視線を往復させる。

「姉にしか興味が無い……訳ではないんでしょうけど、私にはそう感じられる人で」


 鈴音に話した内容を纏め、自分の人生は既に姉が歩いた道をなぞるだけのつまらないもの。姉と比べられあれこれ指図される内に、万が一姉が亡くなった時の為の複製品として作られたのではとさえ思ったのだ、とイキシアは笑った。


「だから姉の事もちょっと嫌いだったんです。でも王太子様が、母の暴走に巻き込まれたせいで王太子なんてやる羽目になった、みたいな事を仰ったでしょう?それで、あれ?もしかしてお姉ちゃんも本当は色々大変なのかな?と」

 イキシアの視線の先では鈴音が右肩を回し、骸骨が大鎌を取り出している。

 やる気満々のふたりとは違い自然体で佇む虹男を見ながら、クリビアは大いに頷いた。

「あなたの辛さを否定するつもりも軽んじるつもりもありませんが、全ての期待を背負わされるというのも大変辛いものです。兄ほどではないですが、私も母ひとり子ひとりですからね、それなりに解ります」

 二人の近くに居たサントリナは、これはあまり聞かない方がいい会話だな、と気を使い、タイマスとアジュガのそばへ静かに移動する。


「王太子様とは直ぐに仲良くなれたんですか?お二人を見て、私もお姉ちゃんと話してみたいなと思ったんです」

 二人の視界では、漁師達が力を合わせ、ジリジリと金魚を浅瀬へと引き寄せていた。

「私達は直ぐに理解し合えましたね。母に対する認識が似ていたので。ただイキシア様の場合はどうでしょう?親に認めて欲しいあなたと、過度な期待を背負わされた姉君で話が通じ合うでしょうか?」

「んー……、お姉ちゃんは親の言う通りにする事を何とも思ってなかったりも……」

「ええ、その可能性もありますね。他には、自分に散々期待しておきながら、妹が神人に選ばれた途端そっちの自慢ばかりするとは何事だ、と不満に思っている可能性もあります」

「自慢!?私が……?」


 湖が光り輝き始め、浅瀬に近付き命の危険を覚えた金魚の神力が一気に高まって行く。


「子にあれこれと指図する親は、子の中に己の姿を投影しているのだそうですよ。だから指図と違う事をすると嫌がる。自分がしたい事と違うからです。自分が思い描く姿で子が称賛を浴びる事により、自分が成功したのだと思い込む。イキシア様の場合は母君が思い描いた姿とは全く違うでしょうが、世界中から期待を集め皆から崇められるなど、これ以上無い誉れでしょう。あの子の母は私でございます、むしろあれは私ですとばかり自慢しているのでは?」

「お姉ちゃんを、なりたかった自分として作り上げていたけど、私がそれを飛び越えて行っちゃった……?だから自慢?……え、何かヤダ」

「飽くまでも私の憶測です。ただ、私の母も兄を亡き者にしようとしたり、私の力を知った途端、何故あんな者の下につくのかと怒っていたでしょう?あれも、私を母自身として見ているからです。至高の精霊術師を認めない無能な者達に使われるばかりの自分が嫌で、私を王にする事で全てを見返し見下したいんですよ。私は母ではないし、兄上こそが王に相応しい実力者だというのに、現実がまるで見えていない」

 呆れ返ったクリビアの声を聞き、果たして自分の母はそこまで歪んでいるだろうか、と疑問を覚えたイキシアの目に、湖から高く高く飛び上がった金魚が映る。


「出たな鯛金魚!!勝負や!!」

「鯛金魚てなんやねん、勝手に変な魚拵えたらアカンがな」


 同時に、金魚を指差しながら吠えて虎吉にツッコまれている鈴音も視界に収め、イキシアは楽しげに笑った。

「勝負……そうですよね、逃げずに立ち向かってこそ、勇気ある人ですよね」

 鱗を輝かせ竜巻のような水柱を出現させている金魚からクリビアへ視線を移し、吹っ切れた様子のイキシアが頷く。

「神殿に辿り着いた後、母に直接ぶつけてみます。私がどう感じていたか。理解して貰えたら嬉しいし、駄目なら駄目で諦めもつきますから。姉にも、あなたが羨ましかったって言います。後の事は後で考えればいいですよね」

 とても良い顔になったイキシアへ、目を細めたクリビアは幾度も頷いた。

「それがいいと思います。……まあ、本音をぶつけた結果、私などはすっかり諦めの境地に至りましたが」

 出来ればそこには辿り着きたくないなあと思いつつ、話を聞いてくれたクリビアに心から感謝するイキシア。

「お話、とても勉強になりました。聞いて頂けて嬉しかったです」

「それは良かった。神人と人生について語り合った仲だと自慢させて頂きますね」

 顔を見合わせて笑い穏やかな空気を醸し出す二人の先では、宙に浮いた光る巨大魚が特大の水柱を出して鈴音達や漁師達を飲み込もうとしていた。



「よーし、それじゃあ、あの渦巻きを消しちゃえばいいんだよね?」

 金魚が出した水柱を指して言う虹男に鈴音が頷く。

「環境にも配慮しつつ、ね」

「まーかせてー」

 湖の水も使って空高く渦巻く水柱をただ消したのでは、環境に配慮した事にはならない。水位が大幅に下がってしまうからだ。

 さてどうするのだろう、と鈴音達が見守る中、虹男は水柱へ掌をむけた。

「でっかい水玉になっちゃえ」

 言葉と共にほんの少し、本当に少しだけ神力を出す虹男。

 すると、金魚の頭上に水柱の水がどんどんと溜まり始め、大きな塊になって行く。

「おー!凄……い?」

 褒めようとした鈴音の視界で、水の塊は予想外の大きさに膨れ上がっていた。

 理由は簡単、水柱が湖の水を全て上へ上へと巻き上げているからである。


 あっという間に湖はスッカラン、代わってその上に湖にあった水がプカプカ浮いているという異常事態になった。


「あれ?思ってたのと違うなー?」

 多分それは金魚の台詞だ、と思った鈴音だが、一緒に巻き上げられた魚達も空中の水を泳いでいるので現状問題無しとし、漁師達を振り返る。

「お願いします!」

 最早地面が見えているので引いてもらう必要は特に無いが、余計な事をしてプロの誇りを傷付けてはいけない。

 鈴音の声を聞いた漁師達は、一斉に縄を引いた。

 呆然としていたのか縄に引かれるまま思い切り移動してしまった金魚は、我に返ったように慌てて尾鰭を動かすが水もないのに泳げる筈も無く。

「いらっしゃぁーい」

 どこぞの落語家のモノマネをする危険生物の間合い、浅瀬に引っ張り込まれてしまった。

 食われてたまるかと神力を高めるも、水は現在虹男の支配下にあるので何も起こらない。

「ごっつぁんでーす!!」

 次の瞬間、一声叫んで跳んだ鈴音に脳天を殴られ墜落。

 と同時に下で待ち構えていた骸骨に大鎌でナイスショットされ、森と湖の間、漁師達が作業し易そうな平地に滑り込んだ。


「ぃえーい!!」

 骸骨とハイタッチしてから漁師達に駆け寄ると、いい汗いい笑顔の彼らは腕同士をぶつけ合っていたので、すかさず鈴音も真似をした。

「ぅえーぃ!!やったっすね!!いやぁ疲れた!」

 額を拭うブバリアが『後は頼んだ』と声を掛けると、既に動き出していた男達が手を挙げて応える。刀のような物を出しているので、恐らく鰓や内臓の処理等をするのだろう。

「お疲れ様です、ご協力感謝します」

 お辞儀する鈴音にブバリアも頭を下げた。

「こちらこそ、落として貰って助かりました。最後、なんか触ってないのに横滑りしましたけど、あれも精霊術っすか?」

 骸骨が見えないブバリア達には、金魚がひとりでに横移動したように見えたのだ。

「え?あ、はい、そうなんですよ風の術の応用で。えへへ」

 笑って誤魔化す鈴音を疑う事なく頷き、ブバリアは視線を上にむける。

「じゃああれは水の精霊術っすね?」

 プカプカと宙に浮く湖と、その中を泳ぐ魚達。

「うわ忘れとった。虹男、もうええよ。そーっと戻して、そーっと」

 丸見えの魚達を面白そうに眺めていた虹男は、『もう?』という表情をしつつも大人しく水を元に戻した。

 何事も無かったかのように元通りとなった湖を見て、漁師達が虹男に拍手を送る。

 得意満面の虹男に笑いながら、鈴音は下処理されている最中の金魚を見た。


「虎ちゃん、あれ焼いたらどないやろ。猫神様喜んでくれはる?」

 生だとヒレが不味いと言っていたのを思い出し尋ねた鈴音に、虎吉は目を輝かせる。

「おう、そら喜ぶで!ヒレやら皮やら、外側が焼いてあったらそれだけでも美味いやろ」

「よし、ほな焼こ。鱗は皮と一緒に油で揚げな美味しないから、勿体ないけど取ってしまおかな」

 言うが早いか虎吉を降ろし、鰓や内臓が抜かれた金魚に駆け寄る。漁師達に鱗を取る旨を伝え、尻尾側に指を立てるとそのままダッシュ。

 鈴音が走った後には、金色の鱗がバラバラと飛び散った。


「……嘘だろ、金魚の硬い鱗があんな簡単に」

「精霊術ってスゲーんだなぁ」

「何の精霊術だろな?」

「あ、神人様だ、すぃやせーん、あれは何の精霊術なんすかねー?」


 鈴音の方へ近付いてきた神人一行とクリビアに手を振り、漁師が尋ねる。

「え……っ?」

 イキシアが視線を移すと、骸骨に後ろから抱えて貰って宙に浮いた鈴音が、両手の指を立ててバリバリと大きな鱗を剥いでいた。

 漁師達に骸骨の姿は見えないから、鈴音が自力で浮いていると思ったに違いない。

「きょ、強化精霊術と風の精霊術の応用だと思います。ごめんなさい、鈴音様だけが使える術なので、私達には詳しく解らなくて」

 嘘を吐く事を嫌がり苦手としていたイキシアが咄嗟に捻り出した嘘は、実にすんなりと漁師達に受け入れられた。

「へぇー、精霊術にも色々あるんすね」

 屈託なく笑う漁師達を見て、申し訳無さそうな顔をするイキシアに、クリビアが優しく微笑み掛ける。

「大丈夫。本当の事を告げられる方が困る事もあります。あの位の嘘の方が誰も混乱させずに済んで良い。だって、別の世界の神がどうこうと言われても……ね?」

「……確かに」

 納得した顔で素直に頷くイキシアの様子に、ああいう風に言ってやれば心の支援になるのか、とサントリナが感心しつつ勉強していた。


 そうこうしている内に鈴音は作業を終える。

「よっしゃ、後は焼くだけや。……て、何か忘れてる?」

 首を傾げる鈴音に駆け寄って来たブバリアが、つやつや輝く虹色玉を見せてくれた。

「神様の落とし物ってコレっすか?胃袋の中にありましたよ」

「あ、そうそう、それ!それです」

 今の今まで綺麗サッパリ忘れていたとはおくびにも出さず、ありがたく受け取る。

「わざわざ洗てくれたんですか、ありがとうございます」

「お安い御用っすよ」

「ほんで、今回このお魚丸ごと貰て帰るつもりなんですけど、お幾らになりますかね?」

「え?神様に捧げるんだから金は別に……」

 きょとんとするブバリアに鈴音は慌てて手を振った。

「それはあれでしょ、お祭りとかの毎回決まった神事の話ですよね。今回はまた別やし必要以上の重労働やったし」

 成る程と頷きかけたブバリアだったが、何かを思い出し渋い顔をする。

「あー、でも俺お告げ聞いちゃってますわー。やっぱ金の話はし難いな……んー……そうだ!鱗貰えませんか、鱗」

「鱗?はい、そんなんでええんですか?」

「そんなんって、素材として結構高く売れるの知ってるから取ってたんじゃ……?」

「いや、食べるのに邪魔やし取ってました。売れるんやったら良かった、全部差し上げます」

 鈴音の申し出にブバリアはポカンと口を開けた。


「全部?」

「はい、全部です」

「ここにバーッと落ちてるやつ……」

「全部」

 確認した瞬間くるりと振り向いたブバリアは、漁師仲間に叫んだ。

「お前ら!この鱗全部くれるってよーーー!!」

 その雄叫びを聞くや否や、後片付けを終え道具の整理をしていた者達が一斉に鱗拾いを始める。

 取り敢えず虹色玉をバッグに仕舞って鈴音も手伝い、ものの数分で全てを拾い終えた。

 山と積まれた鱗を見て、漁師達はホクホク顔だ。

「いやー、この鱗、取るのが大変で。いつもは何枚か取って後は泣く泣く諦めてたんすよ。それがこんな大量に手に入るなんて、にひひ」

 臨時収入で飲む酒の事でも思い浮かべたか、ブバリアの顔も締まりがない。

「喜んで貰えて何よりです。ほな、それが代金の代わりいう事で、お魚はいただきますね」

「うっす。因みに、どうやって運ぶのか聞いても?」

「空間転移いう精霊術があるんで、それでヒュッと」

 本当は虎吉が開ける通路で神界へ運ぶ訳だが、正直に告げる必要は無いと判断している鈴音はさらりと嘘を吐く。

「へえー、ホント精霊術は便利っすね。俺らはのんびり歩いて帰ります。今日は面白い体験さして貰って、ありがとうございました!」

 頭を下げるブバリア達へ、鈴音もお辞儀を返した。

「こちらこそ助かりました。道中お気をつけて。あと、お小遣い手に入るからいうて飲み過ぎたらあきませんよー」

 半眼で釘を刺す鈴音に妻の顔でも思い出したか、ギクリとしてから大笑いした男達は、何度も振り向いて手を振りながら森の中に消えて行った。

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