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第百十八話 鏡の湖

 暫くして我に返った村長が、いくら何でもこんな大金は受け取れないと、まともな大人の反応を示す。

「俺達ゃ何にもしてねえのによ、こんな凄え金が手に入っちまったら、皆で山分けして暫く遊んで暮らそうなんて、馬鹿な考え起こす奴が出ないとも限らんし」

 確かに、転落人生を歩む宝くじ高額当選者の話は鈴音も何度か耳にした。

 しかしもう直ぐ帰る鈴音に使い道は無いし、日本で売る訳にもいかない。見た目といい重さといい金だとは思うが、もしも地球に存在しない金属だった場合、どんな騒ぎになるのかは想像に難くないからだ。

 愛猫達との平穏な生活を失っては、金持ちになったとて何の意味もない。


 さてどうしたものかと鈴音が悩んでいると、幾度か頷いていたクリビアが口を開く。

「成る程、一理ある。では、こんなのはどうだろう。この森の先は大型の怪物が出る事もある危険地帯だ。実際に巨人も襲って来た。砦の修復が終わったとしても、村が絶対に安全だとは言い切れない。木の柵では不安だから、村を石の壁で囲うべきだ。その為に、鈴音殿の厚意をありがたく使わせて貰えば良いと思う。と、あの王子が言っていた。そう皆に伝えるのだ。……それでも、山分けしたかったと不満が出るだろうか」

 真っ直ぐ見つめられて村長は背筋を伸ばした。

「いえ、殿下のお言葉だと伝えれられて、異を唱える者は流石に居りません。……と思います」

 正直者の村長にクリビアも鈴音も、様子を窺っていた神人一行も笑う。

「金貨1枚ずつぐらいは各家庭に配って、ちょっとした贅沢するんはええんちゃいます?それで納得して貰いましょ」

 笑顔の鈴音に、村長は何とも複雑な表情だ。


「いや、うーん、そのー、ホントにいいのか姉ちゃん。姉ちゃんの家は、凄い主様に使える格式高い金持ちなんだろうけどよ。こんな、400枚もの金貨なんて……」

 主は凄いけど本人は10万円持ち歩くだけでもビビる庶民です、と心の中で遠い目をしつつ、鈴音は胸を張った。

「万が一必要になったら怪物何匹か狩って売り飛ばすんで、問題無いですよ。こう見えて強いんで私」

 ニヤリと笑って見せる鈴音に、これ以上遠慮しても無駄だと理解した村長は、笑いながら頷き頭を下げる。

「ありがとうよ。職人に頑丈な壁造って貰って、安全な村で美味い野菜山ほど育てるわ。いつかまた、兄さんと一緒にメシでも食いに来てくれよ?」

「はい、勿論」

 兄さんは抜きで、と思いながらも笑顔で了承する鈴音。

 顔を上げ、村長はクリビアに向き直った。

「クリビア殿下におかれましても、格別の御配慮を賜り……」

「ああ、堅苦しい挨拶は不要だ。砦が落ちたというのに、常駐の警備隊を寄越しもせずに放置した愚か者だよ私は。その埋め合わせと言ってはなんだが、職人の件は任せてくれ」

 柔らかな笑みと共に告げられ、村長は只々頭を下げる。

 ここまでのやり取りを聞いていたヨサークは、テーブルに置かれた袋を見ながら首を傾げた。


「じゃあ、蚊蜥蜴が金貨400枚になったよって、みんなには言わない方がいいのかな」

 ヨサークの肩をポンと叩いた村長は大きく頷く。

「そうだな。殿下が石の壁を造れと仰ったから、貰った金をお渡しして頼んでおいた。ただ、全部ってのは寂しいし、各家庭に金貨1枚は配れるようにしたぞ、てな感じでどうだ?」

「うん、いいと思う。凄いね、石の壁が出来るなんて」

 嬉しそうなヨサークの顔を見て、村長も吹っ切れたようだ。

 安全な住環境は、子供という未来を守る為にも必要な物。稼いだ金か、貰った金か、なんて細かいことはどうでもいい。

 袋から30枚ばかり金貨を取り出し、村長はクリビアを見た。

「そういう訳なんで、お願いします殿下。こんな大金置いといて、賊にでも入られたら目も当てられやしませんし」

「分かった。責任を持って職人達へ渡そう。警備隊はすぐにでも、職人は後日必ず派遣するから暫し待っていてくれ」

 力強く頷くクリビアに村長が頭を下げた所で、タイミング良く虎吉が大あくびをする。


「ん、ほなそろそろ、私らは本来の目的地に向かう事にします」

 虎吉を撫でながら微笑む鈴音へ、金貨の入った袋をポーチに仕舞い、罪人達が連なった縄を持ってクリビアが振り向いた。

「えー、目的地はどちらでしたか?」

「鏡の湖、やったかな?神様に捧げる魚を獲りに」

 扉の外から覗くサントリナの方を見ると、鏡の湖で正解だと頷いている。

「では湖までお送りしますので……」

 罪人達を引き連れて外へ向かうクリビアの申し出に、鈴音は慌てて手を振った。

「いえいえ、その人らの連行と、お馬のリラちゃんのお世話を先にしたって下さい。私らは飛んで走ってしたら直ぐなんで。お兄さんの、王太子殿下も心配してはるでしょうし」

 クリビアに続き虹男と共に外へ出た鈴音の言葉に、イキシアが愕然としている。


「鈴音様、ここでお別れという事ですか!?」

 勢いよく詰め寄られて後退りつつ、鈴音は頷いた。

「うん。鎧の一件も片付いたし、村には警備隊来てくれるし、私は神人候補とやらでもないし、あんたは鏡の湖に用事無いし、一緒に行動せなアカン理由無いやん?」

 言われてみれば確かに、とサントリナやタイマスにアジュガは納得しているが、イキシアは口を尖らせ不服そうだ。

「それはそうかもしれませんけど、でも、うー……」

 神人としての澄まし顔ではなく、10代の少女らしい表情を見せるイキシアの様子を微笑ましく眺めていたクリビアが、鈴音へ提案する。

「転移すれば一瞬ですし、長く掛かりそうなら帰ればいい訳で、まあ要するに私も湖と魚が見てみたくなりました。この際ですからご一緒しませんか?」

 こんな風に言われてしまっては、断るに断れない。

「分かりました、お願いします」

 お辞儀した鈴音に頷くクリビアを、イキシアがキラキラした尊敬の眼差しで見つめていた。


 話が纏まった所で、馬達が繋がれている村の入口へ皆で向かい、リラの手綱はイキシアが、代官達が乗って来た馬の手綱はタイマスとアジュガが引く事にする。

「ほな村長さんにヨサーク君、村の皆さんも、お身体に気ぃつけて」

 入口から村の外に出て鈴音が挨拶すると、村長も皆も大きく頷いた。

「何から何まで世話になっちまった。本当にありがとうよ。姉ちゃんも、いくら強ぇからって無茶すんなよ?」

「はい、弱い相手としか戦わへんから大丈夫ですよ」

 ペロリと舌を出す鈴音に村長達は屈託なく笑うが、クリビアや神人一行は『あなたより強い相手なんて神だけですよね』と半笑いだ。

 そうして笑いながら、壊れた箇所に仮の板が打ち付けられている柵を見たイキシアは、表情を引き締め改めて深々と頭を下げる。

「皆さん、色々とご迷惑をお掛けしました。この村での出来事を教訓に、きっと立派な神人になってみせます」

 力強い宣言を受けて、皆から自然と拍手が起きた。

「姉ちゃん達も神人様達も、いつかまた遊びに来てくれ。そん時ゃ宴会だ!」

 村長の声にワッと盛り上がる村人達。

「僕ももっと畑仕事頑張って、ヤガタラおじさんより美味しい芋が作れるようになっておくよ」

 ヨサークの言葉に喜んだのは、鈴音よりも虹男だ。

「あれより美味しい芋?それは絶対食べに来なくちゃ」

「うん、そやね」

 別行動で、と心の中で念を押しつつ鈴音も頷く。


 仲良く笑い合う一同を見回し、柔らかな表情でクリビアが声を掛けた。

「名残惜しいだろうが、そろそろ行こうか。皆、達者でな」

 クリビアが軽く手を挙げると、村長は背筋を伸ばして敬礼し、村人達は嬉しそうに手を振る。

 鈴音達、神人一行も手を振って、笑顔のまま転移した。



 視界が白くなった後、次に鈴音の目が捉えたのは大きな大きな湖だ。

 鏡の湖と呼ばれるだけあって、緑美しい森や遠くの雪山など、周囲の景色が全て鮮明に映り込んでいる。

「おー、絶景!見て虎ちゃん、水が透明やで!」

「おう、落とさんといてくれよ?あ、魚がおる」

 岸へ近寄った鈴音の声に、全員が同じ行動を取って同じように驚いた。

「話には聞いていたがこれ程か」

 とクリビアが感嘆の息を吐けば。

「あの本の挿し絵の通りです。でも本物の方が遥かに綺麗ですね……」

 とサントリナもうっとりしている。

 他の皆は水草や小魚を見つけて喜び、転移に腰を抜かしている罪人達だけが置き去りだ。


「さてと……虹男、どない?この湖の近く?」

 鈴音は小魚を目で追っている虹男のそばへ行き、虹色玉の在り処を尋ねる。

 すると、顔を上げた虹男は湖の奥を指差した。

「あの辺。ウロウロしてるんだよねー。これってきっと……」

「うわぁ、そういう事?」

 揃って嫌そうな顔をする鈴音と虹男に、景色を石板に描いていた骸骨と、それを見ていたイキシアが首を傾げる。

「どうかしたんですか?」

「ん?うん。神様用の魚の中に、虹男の落とし物があるみたい」

「へぇー!だったら魚を釣れば一度で目的達成ですね?」

 頷く骸骨と無邪気なイキシアの笑顔を見ながら、鈴音は遠い目をした。

「簡単に釣れたらねー。多分やけど、ちょーっと面倒な事になってる思うわ」

 意味が解らずキョトンとするイキシアに微笑んでおき、湖を睨む鈴音。骸骨は鈴音が何を言いたいのか理解したようで、同じく湖を見つめる。

「んー、どうやって釣るんが正解なんやろ」

 近くに漁師がいる村か街があるだろうか、と鈴音が唸っていると、森から誰かやって来た。

「あ!人が居るぞ!」

 屈強な若い男性は振り向いてそう叫び、こちらへ小走りに近付いて来る。

 王子が居るので皆一応警戒するが、その必要は無かった。


「この中に鈴音さんて方は?」

 まさかの御指名に目を丸くしながら、手を挙げて鈴音は前に出る。

「鈴音は私ですが」

「おお!ホントに縞模様の小さい獣を抱いてる!やっぱりあれは神様のお告げだったんだ!」

 鈴音の姿を見るや驚きつつも喜ぶ青年と、その後ろから様々な道具を手に現れた逞しい男達に、一同は困惑を隠せない。

 虎吉だけは『小さないっちゅうねん!!』と怒っていたが。

「ええーと、すみませんが、どちら様で……?」

 申し訳無さそうに尋ねる鈴音に、青年が慌てて自己紹介をする。

「俺はブバリアといいます!神に捧げる魚を獲る漁師っす。実は今朝、不思議な声を聞いたんです。『縞模様の小さな獣を抱いた鈴音という名の娘さんが、虹男という名の男と共に湖に来るから、金魚を獲る手伝いをするんじゃ』って」

 話を聞き、ああ白髭の神が気を利かせてくれたのか、等と感謝するより先に、ある事が鈴音には物凄く気になった。

「きんぎょ?」

 目を点にして尋ねられ、目をぱちくりさせながらブバリア青年は頷く。

「はい。金魚っすね」

「いつも神様にお供えしてる魚が……」

「金魚」

 こくり、と頷かれ鈴音はうっかり『マズそう』と顔に出してしまった。


「あっ!そうっすよね、金とか聞いたら硬そうって思いますね!大丈夫、焼いたらホクホクして美味い白身魚っすから!」

 頭の中に縁日の水槽を覗き込む白猫を思い描いてデレかけた鈴音に、虎吉の頭突きが飛んで来る。

「金魚違いや!」

「痛っ。テレパシー!?」

「いや、大体わかるやろ……。ここの金魚はホンマに金色したデカい魚や」

「そうなんや。あ、すんません、何か食べ難そうな魚想像してもて」

 虎吉を撫でながら笑う鈴音に、わかるわかると男達は頷いてくれた。よくある勘違いらしい。

「んで、やっぱりアレはお告げで間違い無いんすかね?」

 期待に満ちた目で見つめて来るブバリアに、鈴音は笑って頷く。

「お告げですね。こちらに神人様がいらっしゃいますし、その加減で聞こえたんちゃいますか?」

 鈴音がイキシアを手で示すと、男達がどよめいた。


「神人だってよ」

「本物か、スゲー」

「可愛らしいお嬢ちゃんだな」

「でも強ぇんだろ?」

「何が失礼になるのか誰か知ってるか」

「……やべー知らねー」


 興味津々、おっかなびっくり、自分に注目する男達にイキシアは微笑んだ。

「普段通りに振る舞って頂いて結構ですよ」

 それを聞いてあからさまにホッとする男達。

「お言葉に甘えます。んじゃ、金魚獲りの準備にかかりますね!」

 笑顔で告げてテキパキと動き出す男達を見ながら、鈴音は神人一行とクリビアに湖から離れておくように勧めた。

「多分ですけど、怪物級のんが出ますんで、近くに居ると危ないかもしれません」

「そ、そうなんですか!?」

 慌ててリラを森の方へ誘導するイキシアとサントリナ。タイマスとアジュガも3頭の馬を森へ引いて行く。

 罪人達を木の陰に連れて行ったクリビアは、男達と鈴音を見比べ首を傾げた。

「初めて見る魚でしょう?何故、怪物級だと?」

「神の力の影響を受けてると思われるからです。いやー、神様の落とし物飲み込んでるっぽいんですよねぇ金魚。そうなると本来有り得へん能力獲得しとったりするんですよねー……」

 機械が電源も無しに動いたりケーブル操って攻撃してきたりしたなあ、と、とある世界のスーパーコンピュータを思い出して遠い目をしつつ微笑む鈴音。

 虹男は藪蛇になって怒られないように、とにかく目を逸らして黙っている。

 その様子に小さく笑い、鈴音は皆に向き直った。


「もし魚が遠隔攻撃してきたら、漁師さん達を守って貰てええですか?」

 全て自分や虹男が当たるなり弾くなりしてもいいが、精霊術師が居るのだから協力して貰った方がより安全だろうという考えだ。

「ええ、勿論お守りしますが、魚が精霊術を使う可能性があるのですか?」

 驚きを隠せないサントリナに、とても嫌そうな顔で鈴音は頷く。

「何が起きてもおかしない、て思といて下さい。そのくらい、神の力はデタラメです」

 出鱈目な力の持ち主が言う出鱈目ってどれ程、と皆が顔を引き攣らせる中、ブバリアから声が掛かった。

「準備完了っす!直ぐに始めますか?」

 投石機を改造したような道具を叩いて笑うブバリアと男達へ、『ちょっとだけ待って』と言いながら鈴音は近付く。

「この道具使てどうやって魚を獲るんか、一連の流れを教えといて貰えませんか?」

「流れっすか、わかりました」

 笑顔で頷いたブバリアの説明を、鈴音は勿論、鈴音をサポートするつもりの骸骨や、漁師達を守る役目の神人一行もクリビアも真剣な表情で聞いた。

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