第百十七話 成敗!
男達が喚いたり悲鳴をあげたりした為にこの場から離れていた街の人々が、警備隊が来た事に安心してか野次馬として戻り始める。
これは非常に不味い、と考えたクリビアは隊士達を手招いた。
「囲め、囲んで隠すのだ私を」
命令を聞いた隊士達は素早くクリビアを囲み、野次馬の目から隠す。鈴音の目からも隠す。
「む、いかん。その女性もこちらに」
どうぞ、と隊士の一人が道を空け鈴音が移動した事で、踏まれていたゴロツキは大人しくなった。
「王都やと王子様の顔が分かる人が大勢居るんですか?」
背の高い隊士達を見上げながら尋ねる鈴音に、クリビアは息を吐いて頷く。
「ええ、そうなのです。街に第二王子が居たぞなんて話が兄上に伝わったら一大事です」
「みんなを送ってくるとは聞いたけど、街で暴漢と遊んで来るとは聞いてへん、いうて怒られますか」
「はい、間違い無く。それは避けたいので、私がここに居たという事は他言無用だ。何か聞かれても、よく似た男なら見掛けたが王子ではなかったと証言するように」
「はッ!」
ビシ、と敬礼する隊士達に頷いたクリビアは、ゴロツキ達が居る方へ顔を向ける。
「奴らは強盗だ。被害者は私。よって調べは不要、直ちに斬首」
厳しい顔で告げるクリビアを見ながら、この国では強盗未遂でも打ち首なのかと鈴音は驚いた。日本では強盗殺人でなければ死刑にはならない。
「奴隷にして強制労働とかちゃうんですね」
サントリナに聞いたこの国の階級に奴隷があった事を思い出し尋ねると、鈴音へ顔を向けたクリビアは表情を和らげつつ頷いた。
「強盗や恐喝など人へ暴力を振るう事を厭わぬ犯罪者は、全て斬首です。空き巣やスリ等の暴力を伴わぬ窃盗犯は、奴隷にして生涯強制労働ですね」
「ほぇー、それ知っててこんな人通りのある場所で手ぇ出そうとするとか、大分アホですね」
「ええ全く。あの人数で何故成功すると思うのか、理解に苦しみますね」
二人の会話を聞いている隊士達は、『別に賊の肩を持つ訳じゃないですけど、武装した5人相手に2人で完勝しているあなた方が変なんですよ!?』と心の中で叫んでいる。
そんな事とは露知らず、クリビアは隊士達に指示を出す。
「私がここから離れたら土の術は解けてしまう。誰か一人、縄でも持って来て奴らを拘束せよ」
「はッ!」
端の隊士が走って行くのを見送り、拘束が終わり次第村に戻る事にした鈴音とクリビアは、暫しその場で待機した。
一方その頃、村では村長が困った顔で唸っている。
「いやー、ですから、もう少ししたら戻りますので」
「遅い。もう少しが長すぎるのだ、田舎者の感覚はこれだから困る」
村の集会所で椅子にふんぞり返っているのは、高そうな身なりの男。40代半ばぐらいか。お供の二人を両脇に立たせて、出されたお茶を啜っている。
出入口付近に立つ村長は、『姉ちゃん、殿下、早く戻ってくれー』と心の中で祈っていた。
面倒事が起きたのは、鈴音とクリビアが転移し、皆が神人一行や虹男と共に村内へ戻った直後。
そんなに時間は掛からないだろうと村の入口辺りで待つ事にした村長へ、供を連れ馬でやって来たこの男が声を掛けた。
何でも、新たに辺境地域の担当になった代官だという。
ややこしそうだな、と野生の勘を働かせた村長は、奥の広場で村人達と交流している神人一行や虹男と接触しないよう、村の中程に在る集会所へ案内した。
こんな小さな村へまさか就任の挨拶でもなかろうと思っていると、案の定その男は金銭の要求をして来た。
曰く、新たな代官に付け届けをするのは当たり前の事なのだとか。
聞いた事もない制度に呆れた村長は、村の金庫番が外出中なので、戻るまで待ってくれと頼み、現在に至っている。
「ちょっと入口まで様子を見に行って来ますんで、そのままでお待ち下さい」
「ふん、見るものも無いこんな場所で出歩く意味もなかろう」
「ははははは、では失礼します」
ドアを閉めた途端に顰めっ面となった村長は、急いで村の入口へと走った。
すると先程の祈りが通じたかのように、鈴音とクリビアが転移して来たではないか。
「ぃよっしゃー!!」
拳を握って喜ぶ村長の出迎えを受け驚く二人。
「どないしはりました村長さん」
「聞いてくれよ姉ちゃん!!」
ポカンとしている鈴音に、身振り手振りを加えながら代官の横暴を伝える。
「そりゃあウチの村も姉ちゃんらのお陰で潤ったさ。けどなあ、付け届けなんつぅ訳のわからんもんに払う金なんかねえってんだよ。来たばっかでまだ何もしてねえ役人に何で金を払う必要がある?おかしいよなあ?」
これは、自分を通してこの国の王子に訴えているのだなと理解した鈴音が振り向くと、クリビアは恐ろしく冷たい表情で幾度も頷いていた。
「カシー村長、その卑しい男のもとへ案内を頼めるだろうか」
温かさの欠片もない声から、その怒りの度合いが伝わって来る。
ふむ、と顎に手をやった鈴音は、何かを思いついたのかとても悪い笑みを浮かべた。
ノックと共に集会所へ入った村長は、代官へ晴れ晴れとした笑顔を向ける。
「お待たせしました、金庫番が戻りました」
「そうか、やっと戻ったか。待ちかねたぞ」
村長に続いて室内へ入ったのは、借りたマントで服装を隠し革袋を手にした鈴音だ。
「こんにちはお代官様。遅くなりまして。なんや、お金が必要やとか?」
テーブルの端に袋を置き、首を傾げる。
その袋に欲望丸出しの視線をやりつつ、代官は馬鹿にした顔で鈴音を見た。
「田舎者は言葉を知らんのか。付け届けだ」
「付け届け、て何です?何に使うお金ですか?」
キョトンとした顔で尋ねる鈴音に、わざとらしい溜息を吐いて代官は首を振る。
「献上金だ。お前達のような下々の者は等しく納めなければならん。そんな事も知らんのか」
「献上、いう事は、さしあげる、いう事ですね?貸す訳やないんですね?」
「か、か、貸すだと!?女ァ!!そこへ跪け!!」
激昂した代官が立ち上がって剣を抜いた。
「下賤の分際でこの私に、貸すだと……!!」
身体全体をわなわなとさせ睨む代官を見返しつつ、鈴音は笑う。
「立場を利用して村からお金巻き上げて、返すつもりも無い、いう事ですよね?」
「き、き、キサマ……」
怒りのあまり言葉が続かないらしい代官は、大股で鈴音へと接近すると剣を振り上げた。
天井高くて良かったな、とのんびり構えた鈴音は、振り下ろされた剣を右手で受け止める。
そのまま握り締めて刃を変形させた。
「立場を利用した恐喝に、武器を使用した暴力。奪い取って返す気の無いお金」
「へ……は……何……」
何が起きているのか理解出来ない代官へ、これ以上無い程の悪役面で鈴音は笑う。
「こんなんもう強盗と同じやん。強盗て、この国では斬首になるんでしたよねぇ?」
その声に応えるように、集会所へゆっくりと姿を現したのは勿論、こんな所に居る筈のない第二王子である。
「……は……?」
流石に王子の顔ぐらいは知っていたらしい。口をあんぐりとした阿呆面になった代官は、見事なまでに固まってしまった。
そんな阿呆面に氷のような視線を突き刺しながら、クリビアは足音を響かせ鈴音の近くまで歩み寄る。
「強盗も、不正を働いた役人も斬首です。よもや、このような下種が国民の血税で生かされていようとは。恥ずかし過ぎてどんな顔をしていいのか分かりませんね」
感情が全く読めない声音で話すクリビアを見て、漸く事態が飲み込めた代官は剣を手放し飛び退る。
「ごか、誤解、誤解です殿下!」
滑稽な程に慌てふためく代官に小さく笑いながら、変形させてしまった剣を見て『しもた、そのまま奪い取って村にプレゼントしたらよかった』と後悔する鈴音。
クリビアは相変わらず冷たい目で代官を見ている。
「何が誤解だ?丸腰の女性に斬り掛かっておいて言い訳が通るとでも?」
「その女が悪いのです!辺境の開拓事業の為に集めておる資金に対し、どうせ私腹を肥やすんだろうだとか申しまして」
滑らかな口からでまかせを聞き、虎吉が代官と鈴音を見比べた。その上で『鈴音に比べたらまだまだ甘いな』と頷いている。
大悪党と渡り合う鈴音と比べられ、本人の知らぬ所で敗北した小悪党は、どうにかクリビアを騙そうと必死だ。
しかしその余計な嘘が火に油を注ぐ結果となる。
「ああ本当に鈴音殿の仰る通りだ。『お前はこの場に居なかったのだから、嘘を吐いたって分かりはしないだろう』と私を馬鹿にしている」
頷きながらそう言ったクリビアに、代官は目を見開いて首を振った。
「滅相もない!!そのような事は……」
「付け届けだの献上金だの、いつから我らの国にそんな制度が出来たのだ」
一段と冷えた声を聞いて代官の顔が強張る。
「巻き上げた金を返すつもりはないのだろうと言われても、否定しなかったな」
迫り来るクリビアからジリジリと後退り、忙しなく視線を動かし逃げ道を探す代官。
「私は外で全てを聞いていた。まだ何か言う事はあるか?」
追い詰められ、自国の王子を血走った目で睨み付けた代官が口を開くのと同時に、鈴音が嬉々とした顔で言い放った。
「こん……」
「こんな所に殿下が居る訳がない!!偽物だ!!お前達、斬り捨てろ!!」
セリフを奪われた代官も、従者達も、クリビアもポカンとしている。村長だけは『おお、成る程な』と感心していた。
「ふふん。お約束やな。様式美いう奴や。頭ん中に暴れん坊なテーマ曲が鳴り響くでホンマ」
「鈴音、味方まで置き去りにしたらアカンて」
虎吉のツッコミに鈴音が舌を出すと、隙を突いたつもりの代官がテーブルを挟んで逆側から出入口へ向け突進した。
上手く行ったと勝ち誇った代官が外へ踏み出そうとした所で、壁にぶつかったボールのように勢いよく跳ね返される。
大きな音を立てて背中から着地している代官を見下ろすのは、驚いた顔で立っている虹男だ。
「わあビックリした。急に飛び出したら危ないよ?」
ダメージゼロな虹男の後ろには、骸骨や神人一行も居る。
「ぷくく。大型のお相撲さんにチビっ子が激突したらあんな感じかなー」
小さく笑った鈴音が目で牽制すると、呆然としていた従者達が固まった。
代官のそばにはクリビアが近付いて行く。
「あ、もしかしてこれ、悪い人?」
人を弾き飛ばしたのに叱られないし、誰も助け起こそうとしないという状況から察した虹男が尋ねると、鈴音は大きく頷いた。
「うん、悪い人。今から成敗のお時間やで」
「そっか。戻って来た気配はするのに中々呼びに来ないから、どうしたのかなって思ってたんだー。悪い人を苛めて遊んでたのかあ」
「あはは、今回は否定出来ひん」
呑気なのか物騒なのか解らない会話を交わす鈴音と虹男、村長や神人一行、そしてすぐそばに立ったクリビアに見下ろされ、代官は顔色を失う。
「今この場でその首落としたいぐらいだが、美しい村を汚す訳にはいかん。縛り上げ、罪人として王都を引き回した後の斬首としよう」
告げられた内容に目を見開いた代官は、頭を抱えて首を振った。
「そんな、そんな、罪人として王都で見世物になるなど……!」
死ぬ事よりも、人々の好奇の目に晒される事の方が堪え難いらしい。
「ほう?ではこの村の他に、どこで献上金とやらをせしめて来たか吐け。誤魔化したいならそうするがいい。従者に問えば分かる事だからな」
幾度も頷いた代官は、それはもうペラペラと喋った。
地図に印をつけたクリビアは、呆れ返った顔で溜息を吐く。
「よくもまあ……。この男を推薦した者も調べる必要があるな……やれやれ」
組織が大きければ大きい程、こういった問題が出て来るのだろうな、と鈴音は気の毒そうに頷いた。
「ともかく、正直に喋ったようであるし、引き回しは勘弁してやろう」
クリビアに言われ明らかにホッとした様子の代官を見て、皆は首を傾げる。『斬首刑なのにな』と。神と庶民に貴族心理はよく分からなかった。
そこへ、ヒョコと顔を出したヨサーク少年が縄を振る。
「いる?」
「お、ヨサーク君。気ぃ利くねぇありがとう」
笑顔で縄を受け取ったものの、どの位の力で縛ればいいのか悩む鈴音に、村長が交代を申し出た。
流石は元警備隊、鮮やかな手捌きで代官と従者達を縛り上げていく。
カッコいいなと憧れる鈴音へ、ヨサークが問い掛けた。
「鈴音さん、蚊蜥蜴どうだった?高かった?」
あの場には居なかったが、村人から王子様が買ってくれたと聞いたようで、興味津々の表情だ。
ささくれだった心に少年の素直さが染みたのだろう、微笑んだクリビアがポーチから袋を取り出しテーブルに並べる。
「これが蚊蜥蜴の代金だ。見てみるといい」
手で示されたヨサークは鈴音を見、悪ガキのような笑みで頷かれると、頷き返してから恐る恐るテーブルへ近付いた。
そうっと袋を開けて中を覗き、顔を上げてキョロキョロと辺りを見回してからまた確認し、再び顔を上げて従者を縛っている村長を見る。
「村長、金貨。金貨がいっぱい入ってるよ」
「ええ?」
「金貨だってば。この袋の中、全部金貨だよ」
「なにい!?」
「ぐあッ」
驚いた勢いで思い切り縄を引っ張り、締め上げられた従者が苦しがった。
慌てて緩め正しく縛り直した村長は、おっかなびっくり袋に近付き中を見る。
「ほぁッ!!なんじゃこりゃあ!!」
顔を見合わせて固まる村長とヨサークに、これ以上の衝撃を与えて大丈夫かなあと心配しつつ、鈴音は残りの袋を指差した。
「後の3つも全部金貨やねん。一袋に100枚。全部で400枚」
「ひゃく、よんひゃく」
「村が大金持ちになっちゃった」
カタコトの村長と、目を輝かせるヨサーク。
宝くじが大当たりしたら自分もこんな反応になるだろうな、と口から魂が抜けそうな村長を見ながら鈴音は笑った。




