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第百十六話 おつかい王子とゴロツキ

 王都の薬屋前へ転移した鈴音とクリビアは、道行く人々の注目をこれでもかと浴びながら店内へ入る。

 王子だと気付かれたのではなく、いきなりポンと現れた事に驚かれたようだ。

 転移の術の使い手が滅多にいないのなら当然だ、と鈴音は半笑いである。

「まさか街なか、それも店の前に出るとは」

 遠い目をする鈴音にクリビアは首を傾げた。

「近い方が楽でしょう。荷物もある訳ですし」

 母親よりは常識的だが、やはり王族。世間一般の考え方とはどこかズレているぞ、と半眼になりつつ鈴音は薄暗い店内を見回した。


 造りとしては、老舗の漢方薬局のようなイメージだ。

 入口の近くに待合スペースのような椅子があり、その先にカウンター、後ろの壁際に沢山の瓶類が整然と並べられた棚と、小さな引き出しが山程ついた薬棚がいくつか置かれている。

「にっがい苦い薬が出てきそう」

「苦いかどうかは薬の種類にもよるね」

 鈴音の独り言に返事をしたのは、カウンター奥の扉から出てきた年配の女性だ。

「う。ごもっとも。あのー、動物連れなんですけど、そっち行ってええですか?」

 鈴音が虎吉を撫でて尋ねると、目を細めた女性は頷いた。

「構わないよ。それにしても変わった取り合わせだねぇ?異国の人と警備隊の隊士かい?」

「あー、ははは、込み入った事情がありまして」

 笑って誤魔化し怪物の氷漬け片手に近付いて来る鈴音と、平然と顔を晒しているクリビアと、双方を見比べた女性は困り顔だ。


「私はどっちから驚いたらいいんだろう。それ片手で持てるのはおかしいだろうって言うのが先か、こんな所に居ては駄目でしょうって言うのが先か……悩むねぇ」

「げ。フツーにバレてますよ?」

「いや、あなたも只の人では無いと悟られてしまいましたよ?」

 怪物の氷漬けをカウンター前に置いて顔を見合わせる二人に、女性は肩を揺らす。

「まあ、蚊蜥蜴なんて恐ろしい怪物をそんな風に扱う女傑が一緒なら、そうそう危険な事も無いか。うん、“どなたか”によく似た隊士だと思う事にしよう。薬屋へようこそお二人さん、私が店主のエビネだよ。今日はどんな御用かな?」

 女性店主の名乗りを聞いた鈴音は、こんな毒の塊のような怪物まで取り扱う店の主ともなると、王子が来たぐらいでは動じないんだなあと感心した。

 一般隊士扱いをしてくれると聞いたクリビアも嬉しそうだ。


「本日はこの蚊蜥蜴の査定を頼みに来た。とある相手から私が買い取る事にしたのでね」

 笑顔のクリビアがそう告げると、店主はカウンターの向こうから出て来た。

「ふむ。これはまた見事に凍ってる。氷を割らないと状態の確認が出来無いね」

 まじまじと怪物の氷漬けを見ながら言う店主に、鈴音が手を挙げる。

「この蚊ぁが剥き出しになってもええ場所まで持ってってから消しますよ、氷。ここでは流石にマズいですもんね?」

「そうだね。奥の作業場まで運んで貰おうか。それにしても、氷を割るんじゃなくて消すのかい?」

 店主の後に続いてカウンター奥の扉を潜りつつ、鈴音は笑って説明した。

「特殊な氷なんで、消せます。出来んの私だけやけど」

「へぇー、変わった術だね。国が欲しがりそうだ」

 作業部屋の真ん中にある大きなテーブルの上を片付け、クリビアをチラリと見る店主。

 いやいや、と手を振ったこの国の王子は遠い目をする。

「国如きで縛れるような存在ではないのでね……」

 思い出したのは鈴音の火の鳥か、虹男の焚き火か。

 小さく笑った鈴音は、『こんなお嬢ちゃんがねぇ……?』と不思議そうな顔をしている店主に近付き、言われるがままテーブルに怪物を寝かせた。


「ほな、氷消しても問題無いですか?」

「ああ問題無い。頼むよ」

 店主が頷くのを確認し氷に触れた鈴音は、砕けるのではなく綺麗に消えるイメージを脳内に描いてみる。

 すると、思い描いた通り氷だけが消滅し、まるで今ここで仕留めたばかりのような怪物がテーブル上に現れた。

 やはり魔法はイメージが大切だなと頷く鈴音の横で、呆気にとられた店主が緩く首を振っている。

「これは凄い。精霊術師は皆この術を身につけるべきだよ。素材の鮮度がまるで違う」

 顔を近付け怪物の皮膚の艶に喜び、吊るしてあったゴツい手袋を嵌めてウキウキと調べ始めた。

 王子を前にしても揺るがない心が、怪物の死体を前にして踊っているらしい。

「……王子様のお母サマと広い意味で同類?」

 半眼になりつつ後退した鈴音が呟くと、クリビアも似たような表情で頷く。

「薬作りが得意な人は皆こんな感じなのか……?」

 虚無の表情になっていく二人と退屈そうな虎吉を尻目に、店主は嬉々として怪物を調べ上げた。


「いやぁ素晴らしい。鮮度抜群で何一つ欠けていない。こんな蚊蜥蜴は初めて見たよ。どうしても国で買わなければならない理由が無いのなら、私に譲ってくれないかい?」

「それはまあ、査定額によるな」

 腕組みをして難しい顔をするクリビアに、店主は自信満々の表情で指三本を立てて見せる。

 しかし王子様はこういった値段交渉が初めてだし、鈴音は異世界人だしで反応はほぼ無い。

 敢えて言うなら二人揃ってキョトンである。

 予想外の事態に店主は愕然とした顔で瞬きを繰り返した。


「た、足りないかい!?くッ……これだけのモノには今後お目にかかれないかもしれない……あと50足そう。350でどうだい!?」

 気合十分の店主から鈴音へと視線を移したクリビアは、明らかに困惑している。これで手を打っていいのか判断がつかないようだ。

 鈴音も古本屋に漫画を売った経験しかないので交渉などした事もないが、テレビで観た質屋での買い取りに於ける攻防を思い出し、少々強気に出てみる事にした。

「うーん、どうなんやろなー。他のお店でも聞いてみた方がええんかなー。一人に聞いただけやと相場が分からへんしー」

 ハイブランドの超絶人気バッグを持ち込んだお姉さんの真似をしてみると、店主が白目を剥きそうな顔で固まる。

 無理だったか、と鈴音が声を掛けるより早く、復活した店主が指を4本立てて口を開いた。


「400。もう、これ以上は無理だ。王城に薬を納めてるウチより信用と儲けがある店なんか無いと、自信を持って言えるよ。さあどうだい」

 城と取引があるからクリビアはこの店を選んだのか、と納得しつつ鈴音は大きく頷く。

「400ね、それで結構ですよ」

 何が400でどう結構なのか自分でもよく解っていないが、先程の店主の反応からして本当にこれが限界なのだろうと考えた。

 それに、城と取引しておきながら、まさか王子を騙すような事はしないだろうという思いもある。

「本当かい!いやぁありがとう!これは凄い買い物をした……悔いはない、悔いはないぞ」

 胸の高さで両拳を握り喜びを噛み締める店主の姿を見て、これが演技なら騙されても仕方無いなと鈴音は笑った。


「ちょっと待っていておくれ」

 そう言っていそいそと部屋の隅にある扉の向こうに消えた店主は、革袋を4つ抱えて戻って来る。

「一袋に100入ってるから、4つで400。間違いは無い筈だけど、一応中身を確認しておくれよ?」

 怪物が載っているのとは別のテーブルに袋を置き、二人を促す店主。

 小さく重い金属の音を聞き取った鈴音は、中身が何なのか理解した。

 袋を開けたクリビアが見せてくれたそれはやはり、金貨だ。店主が口にしていた数字は符丁でも何でも無く、金貨の枚数だったのである。


「うわー。こんなに払てお店大丈夫ですか?潰れたりせんとって下さいよ?」

 値段を吊り上げた張本人がこの言い草。

 だが店主は呆れたり怒ったりせず、楽しげに笑った。

「潰れる事は無いよ、私の薬はよく売れるからね」

「それやったら安心やわ」

 積み木遊びをする子供のような顔で金貨を10枚ずつ重ねて並べるクリビアに倣い、鈴音も手際良く重ねて行く。

 金の輝きを見つめつつ、テントや酒は銀貨で、焼き魚は銅貨で買った事を思い出し、その価値を想像していた。


「日本人の感覚としては銅貨が百円で銀貨が千円ぐらいなんよなー」

「おう、そうなんか。俺はカネの事はあんまり解らんけども」

 猫の耳用の声量で呟く鈴音に、虎吉は小首を傾げる。

「んふー、可愛い。猫に小判いう諺があるぐらいやし、虎ちゃんには関係ない話やね。けど人の、それも庶民の私からすると、この金貨の価値が気になるねんなー。百円千円と来たら一万円かと思うけど……街なかで全く見掛けんかったんよねぇ金貨。もしかしたらこれ、一枚で十万円以上の価値あるんちゃうやろか。普通の生活しとって現金十万以上使う機会なんてまあ無いから、街で見掛けへんのかもしれへん」

 そうなると、単純に十万円で計算しても、目の前に四千万円があるという事に。

 鈴音の顔が見る見る青くなっていく。


「おや、どうなさいました?何やら顔色が……」

 心配そうなクリビアに鈴音は口元だけで笑った。

「どえらい大金やと今頃理解して気が遠くなってるだけなんで、ご心配なく」

「そう……ですか?具合が悪いようなら遠慮なさらず仰って下さい」

 王子様に、大金を目の前にすると怖くなる、どうしていいか解らなくなる、等という庶民の感覚は理解出来ないだろう。

 だから鈴音は説明せず、ありがとうと微笑むだけにしておいた。


「よし、きっちり400枚あった。たった今よりその蚊蜥蜴はあなたの物だ」

 金貨を数え終えたクリビアが宣言すると、店主はこれ以上無い程の笑みで頷く。

「良い取引をありがとう。この素晴らしい素材を使って、もっといい痛み止めや毒消し薬が出来ないか研究するよ。ふふふ」

 ご機嫌さんな店主に微笑み返してから、鈴音は金貨の入った袋をせっせとクリビアに渡した。ひとつ一千万円の袋など、恐ろしくて持っていられないからである。

 平然と受け取ったクリビアは、腰のポーチに次々と袋を仕舞っていった。

「ああ、何でも入る四次元ポ……ちゃうわ、底無し袋言うんやったっけ」

 全ての袋を仕舞い終えると、店主と共に作業部屋から店へと戻る。

「では、失礼するよエビネ殿。これからも良い薬を作ってくれ」

「ありがとう、努力するよ」

 挨拶を交わし出入口へ向かうクリビアに続き、店主へ会釈した鈴音も店を後にした。


「よし、それでは村へ戻るとしましょう」

「……あの。屋内でも使えますよね転移の術。お母サマやっとったし」

「はい、そうですね」

「ほなこんな目立つトコでせんでも、店の中でやったらよかったのに」

 鈴音の指摘を受けて、今気付いたという顔をするクリビア。

「うわ本当だ。ま、まあいいじゃないですか、ははは」

 そんな王子様の誤魔化し笑いを掻き消すように、二人を囲む者達が現れた。

 革鎧やローブを纏った人相のよろしくない男達が5人。

「よう、兄ちゃん姉ちゃん。さっき何かデカいもん持って入ったよな?」

「そんで、今はそれを持ってねえって事は」

「中で売って来たって事だよな」

「俺ら金が無くて困っててなあ。ちょいと貸してくれねえか」

「な?いいだろ?向こうで話そうや」

 大変解り易いゴロツキの登場に、こんな奴らが実在しているとは、と鈴音は驚きを隠せない。


「銀行の前で強盗に目ぇ付けられとったパターンか。にしても、こんな厳つい鎧着てる人によう絡むなぁ」

「人数の多さで勝てると思うのでしょうか。無視して村へ戻ってもいいのですが、治安維持の為にも排除しておきましょう」

 怯えるでも激昂するでもない二人の会話に苛立った男が、鈴音の肩に手を伸ばす。

 女を助けたければ金を出せ、とやりたかったようだが、猫と同じで許可なく触ろうとする者に容赦する鈴音ではない。

 男の背後に回ると、左足を上げて腰に靴底をくっつけ、そのまま右足で地面を蹴り勢いよく踏んづけてやった。

 当然、男は顔から地面に叩き付けられるし、加減したとはいえ鈴音の攻撃なので腰の骨も無事では済まない。


 ゴロツキ達からすれば、突然目の前から消えた女が、気付けば仲間の腰を踏みつけているという、訳の解らない状況だ。

 そのポカンとした一瞬を逃さずクリビアが指を振る。

 すると、地面の土が生き物のように動き、男達を拘束した。

 首から下が土に覆われている姿は、ビーチで砂に埋もれている人がそのまま立ち上がったかのようで、鈴音の笑いを誘う。

 鈴音が笑うと振動が伝わり、足の下で骨を砕かれている男が悲鳴を上げた。

 踏まれた男の悲鳴と拘束された男達の怒声を聞きつけたのか、槍を手にした警備隊が複数名走って来る。

 それを見たクリビアは慌て、男達は口々に叫んだ。

「た、助けてくれ!」

「この男がいきなり妙な術を!」

「俺らは何もしてねえのによう!」

「ああ痛えよー苦しいよー」

 二人を暴漢に仕立て上げようという男達の下手な芝居が、『古ッ!!』と鈴音を更に笑わせる。


 喚く男達に悲鳴を上げる男に、笑っている女。

 なんだこの混沌とした空間、と顔を引き攣らせた警備隊の面々は、そこに居る筈のない人物を見つけてきっちり3秒間硬直した。

「ク、クリビア殿下!?」

 我に返った班長らしき隊士の大声で男達は黙り、クリビアは遠くを見る。

 必死に笑いを堪え、どう答えるのだろうと見守る鈴音の前で、コンバラリア王国第二王子はキリリとした顔で言い放った。

「うむ。人違いだ!」

 直後に鈴音は腹を抱えて笑い出す。

「いやもう、うむ、言うてもうてるし!」

「あ。しまった……」

 うっかり、と額を押さえるクリビアと笑う鈴音、青褪めるゴロツキ達、悲鳴を上げる男。

 どこから手を付けるのが正解か、と遠い目をした隊士達は、まず事情を説明して貰おうとクリビアに敬礼をして待った。

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