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第百十五話 宅配王子

 浄化の儀式でも消えなかったモノを一撃で、というイキシアの拗ねたような視線を浴びつつ、鈴音は綺麗サッパリ負の力が消え去った短剣をクリビアへ渡す。

「どないするかは任せます」

 亡骸の無い墓へひっそりと納められようが、怪物達の襲撃を食い止めた英雄の象徴として使われようが、後の事なんか知らん、というのが鈴音の本音だ。

「承知しました。ありがとうございます」

 クリビアもそれをよく解った上で微笑む。


「ほんで後はー……お馬のリラちゃん。負の力とがっつり接触したけど、体調どない?ちょっと触ってもええ?」

 光全開のまま近付く鈴音を警戒するでもなく、匂いを確かめた馬は大人しく立っている。

「ん、ありがとう。ほな触るよー」

 鈴音がそっと首に触れると、馬の体から黒い靄が立ち上って消えた。

「やっぱり影響あったんや。けど、もう大丈夫やからね」

 微笑む鈴音へ馬も目を細めて応える。

 その様子を見ていたクリビアが、抜き身の短剣に土の精霊術で鞘を作りつつ提案した。

「そのリラという馬、随分と賢いようですし、王城の警備隊のもとへ連れて行こうと思うのですが、いかがでしょう」

 これには鈴音もイキシアも、一も二もなく賛成する。

「おー、城やて城。ええもん食べさして貰えるできっと」

「お城の警備隊なら、怪物に襲われる心配も少なそうで安心ですね」

 口々に言いながら首を撫でる二人をよそに、馬は何か言いたげな顔をしてクリビアを見ていた。


「おや?どうしたんだろう、嫌なのかな?」

 首を傾げるクリビアへ返事をするかのように、馬はイキシアへ頬擦りをする。

 驚くイキシアを見て鈴音は悪い笑みを浮かべた。

「ははーん、さてはさっきの言葉覚えてるな?ジニアさんの仇討ちの為にそばにおる、言うてんちゃう?」

「ええ!?」

 更に驚くイキシアへ、馬はブルルと鼻を鳴らす。

「返事したっ!ど、どっちですか!?違うわよのブルル?そうよのブルル?」

「さあ?馬語は解らへんわー」

 イキシアをからかって遊ぶ鈴音だが、馬の目が優しいのと、耳が倒れていないのとを見て、少なくとも機嫌は悪くないだろうと判断している。

 この中では一番馬に詳しいだろうクリビアも笑っているので、間違っていないようだ。

「もう責任取って世話したらなアカンのちゃう?」

「そうですね、神人様の旅に同行するつもりのようですね」

 顔を見合わせ笑う大人達の無責任な様子にイキシアは大慌てだ。


「待って下さい、私、馬のお世話なんてした事ないですし……」

「では城の馬丁に手本を示させましょう」

「おお、職人さんに教えて貰えたら怖いもん無しやん。リラも喜ぶで」

「でもリラはジニアさんの馬で……」

 困った顔で言うイキシアに、再び顔を合わせる鈴音とクリビア。

 クリビアがどうぞと促し、ではと頷いた鈴音が口を開く。

「ジニアさんの馬やからこそ、その子が選んだあんたがそばに居ってやって欲しいねん」

 瞬きをして首を傾げるイキシアに、虎吉を撫でつつ鈴音は続けた。

「賢い動物の中には、信頼しとった人が居らんようになると、すっかり元気無くしてまう子も居んねん。私ら素人でも分かり易いんは、ご飯食べへんとか、一日中同じ場所で待ち続けたりとかかな」

「え……」

「リラもジニアさんを探してた……いや、とっくに見つけてたけど、怨念が強過ぎて近寄れんかったんかな。ほんでさっきやっと再会出来た思たら、もうお別れ。ジニアさんが先に行って待っとく言うたから、まだそこまで凹まんで済んでるかもしらんけど……暫く会われへんのは間違い無いねんから寂しない筈がない、傷付いてへん訳がない」

 鈴音の言葉を聞きながらそっと馬を見上げたイキシアだが、優しい目だなと思うばかりで、ジニアのように上手に感情を読み取れる日など来る気がしない。


「そんな……傷付いた心で……それでも選んでくれたのなら、そばに居たいとは思うんですが、私でいいんでしょうか。あまり動物と触れ合った事がなくて、今も、リラが何を考えているのか私には解りません」

 しょんぼりと肩を落とすイキシアを励ますように、馬がまた頬擦りをした。

「ふふ、構わないと言っているのでは?因みにそのように顔を寄せるのは、親愛の表現です。嫌いな者にそんな事はしません。イキシア様はジニアを救ってくれた恩人だ、と思っているのかもしれませんね」

 クリビアにそう言われ、目を丸くしながらイキシアは馬を見る。

「そうなの?仇討ちじゃないの?」

「ぶッ。仇討ちは冗談やで。どう見ても『蹴り飛ばしたる』いう怖い顔してへんやん」

 笑う鈴音に口を尖らせて抗議しつつ、イキシアは馬の首を撫でた。

「そ、それじゃ……、私と一緒に旅してみる?」

 緊張しながら尋ねるイキシアへ、目を細めた馬はブルルと鼻を鳴らす。

「いいよ、かな?そう思い込むからね?」

 もう一度鼻を鳴らした馬を見て、クリビアが悪戯小僧の笑みを浮かべた。

「お腹が空いた、と言っている可能性もあります」

「ええ!?返事じゃなかったの!?あ、そういえばジニアさんもオヤツがどうって……」

 馬の顔を見ながら慌てるイキシアに、堪え切れずクリビアが笑う。

「ははは、いや、返事をしたのだと思います。でもお腹も空いているでしょうから、後で城へ行って食べさせましょう」

 愉快そうなクリビアへ恨めしそうな視線を向けつつ、イキシアは頷いた。


「よし、一件落着ですね。それでは、村へ蚊蜥蜴を届けに行きましょうか」

 笑いを収めて告げるクリビアに鈴音が手を振る。

「いやいや、私がひとっ走り行ってきますよ?」

「いえ、こんな機会でもなければ、小さな村に訪れる事など出来ませんので。是非とも御一緒に」

「あー、王子様ともなると『ちょっとそこまで』いうても、お城出るだけで警護やお付きやで大行列になってまうんですか」

「そうなんです。供の二、三人で充分なのですがねぇ」

 重装歩兵スタイルのクリビアは剣でも戦える精霊術師だろうから、その辺の賊相手には恐らく無敵。束で掛かって来られようがどうという事もないだろう。

 ただ、敵がその辺の賊では無かった場合を想定すると、やはり大人数での警護が必要になる。王子という立場上、害されるのは勿論、人質になるのも不味いからだ。下手をすると戦争になる。

 気の毒ではあるが仕方のない事だな、と鈴音は頷き微笑んだ。

「ほな、神様と神人いう世界一強力な同行者が居る内に、サクッと社会見学しときましょか」

「ええ、そうさせていただきます」

 クリビアは笑みを浮かべて腰のポーチから地図を出し、村の位置を確認した。

「む、このような場所に?これは……砦の修復を急がねば。まずは臨時の屯所を設けるべきだな」

 こんな小さな村の事までは報告を受けていなかったのか、眉間に皺を寄せて唸る。

「では参りましょう」

 地図を仕舞い、皆が集まると直ぐに空間転移の術を使用した。



 村の入口で街道方面を眺めていた村長は、振り向いたらいきなりそこに居た集団に飛び上がるほど驚く。

「んなー!?……な、なんだ?おお?おお!姉ちゃん達じゃねえか!!どっから湧いて出た!?」

「いやそんな人を虫か何かみたいにー」

 口を尖らせる鈴音を見て、安心したらしい村長は豪快に笑った。

「わはは!スマン!急だったもんでビックリしちまってな」

「まあね、幽霊か思いますよね。生きてますよー。空間転移いう精霊術で送って貰たんです」

「空間転移……?んー?待て待て、昔話という名のおとぎ話に出て来る大精霊術師が使うような術だぞそりゃあ。神人様かお付きの精霊術師さんが使えるってのかい?」

 からかわれたと思ったのか、悪ガキの笑みで『無い無い』と手を振る村長。

 その後、高そうな鎧を着たクリビアの存在に気付く。

「……おっと、こいつは失礼しました。ご身分の高いお方がいらっしゃるとは。私は村長のカシーと申します」

 頭を下げて挨拶してからクリビアの顔を見た村長は、訝しげな表情になった。

 どこかで見た顔だなあ、誰だったかなあ、といった表情である。


「私はクリビア。楽にしてくれて構わないよカシー殿」

 名前を聞いても直ぐにはピンと来なかったようだ。

 微笑むクリビアを穴の空くほど見つめ、皆の周りを心地よい風がヒュウと吹き抜けた頃、村長は目を見開いた。

「だっ、第二王子クリビア殿下ッッッ!!」

 叫ぶと同時に直立不動。右手を左肩近くに置く敬礼をしている。

 そういえば元警備隊だったか、と鈴音が思い出していると、村長の大声を聞きつけた村人達がわらわらと出て来た。


「どうしたんだい」

「何だ何だ?おっ、神人様達だ」

「何かちょっと増えたな?」

「馬と貴族?」

「お貴族様がこんな辺鄙な村に?」

「いや王子とか叫んでなかったか」


 外猫の喧嘩を聞きつけた愛猫達が窓際に集合して見物する様にそっくり、と村人達の反応に口元を隠しながら笑ってしまう鈴音。

 これでは話が進まないので、サントリナが間に入る。

「皆さん、こちらはコンバラリア王国第二王子、クリビア殿下です。我々は殿下の空間転移の術で、こちらまで送っていただきました。楽にして良いと仰せなので、そこまで畏まる必要はないと思います村長さん」

 サントリナの声に合わせてクリビアを見たり村長を見たりしていた村人達は、驚くというより困惑してしまった。

 急に王子が来たと言われてもどうしていいか分からないし、そもそも王子の顔など遥か遠くからしか見た事がないから村長ほど驚けない。

 それでもやっぱり『へへーっ』と畏まった方が良いのだろうか、と互いをチラチラ見ながら目で会話する村人達。

 村長は村長で、楽にして良いと言われてもどうすれば、と固まっている。

 傍観者の鈴音からすると大変混沌として面白い状況だが、いつまでも眺めている訳にもいかないので口を挟んだ。


「王子様、この村昨日、一つ目の巨人に襲われてましてね」

「一つ目の巨人!?奴ら森を越えたのですか!?何て事だ」

 愕然とするクリビアに壊れたままの柵を示す。

「たまたま通り掛かった神人御一行が、追っ払おうと頑張った時についた傷があれで。まあ巨人の素材売ったお金で修復出来そうやとは聞いてますけど……」

「ほう、どれどれ?……いやそもそも巨人相手に木の柵では……だが石垣にするには時間が……精霊術師も配置せねば……」

 ブツブツ呟いて柵へ向かうクリビアを見送り、鈴音は村長に笑い掛けた。

「砦が直るまで、臨時で警備隊の屯所作らなアカンな言うてはりましたよ?」

「ほ、ホントか。そりゃあ助かるな」

 大きく息を吐きながら肩の力を抜いた村長は、クリビアの姿をチラリと見て額の汗を拭う。

「それにしても、うちの村に王子が来るたあ、一体何がどうなったんだ?」

「あ、そうか。鎧の化け物の事も含めて報告せなあきませんね」

 そういう訳で、鈴音はここまでの流れを掻い摘んで説明した。勿論、都合の悪い部分は省いて。


「……っかー!悲しい話もあったもんだなあ!命懸けで怪物を食い止めた警備隊の無念の塊と、それを鎮めようとした精霊術師の戦い!くぅ、泣けるなあ」

 すん、と鼻を啜る村長に心の中で『かなり脚色してあるけどゴメンやで』と手を合わせた鈴音は、馬の陰に隠れていた怪物の氷漬けを示す。

「ほんでこれが、砦の調査に行った時に仕留めた蚊ぁですー」

 視界に入って来た怪物の氷漬けの存在感に、村長は思わず後退った。

「ぅおう!こりゃまた大した迫力だな。ヨサークから聞いてはいたが、俺も完全な形の実物を見るのは初めてだ。よく捕まえられたなあ」

「えへへ、ちょうどええ場所におったんで。ところでこの氷、私しか解除出来ひんのですけど、どこでしましょ?これ、皮膚に触るだけでも危ないて聞いてますから、運ぶ準備整えてそこへ置いてからの方が安心ですよね?」

 鈴音の問い掛けに頷いた村長は、荷車にそのままだと毒で汚染されそうで不味いな、と悩み始める。

「荷車に何か敷くっつっても、こもだと目が粗いしなあ」

 腕組みをして唸る村長に、話が耳に入っていたらしいクリビアが近付いて来た。


「それならば私がこの場で買い取るというのはどうだろう。転移で王都へ戻り薬屋で査定して貰えば、正しい金額での取り引きが出来る。私が金額を誤魔化さないように、鈴音殿に同行を頼めば完璧だと思うのだが、いかが?」

 キリリとした賢そうな表情で尤もらしく語っているが『この王子様、普段行かれへん店でお買い物ゴッコがしたいだけやな』と鈴音にはバレている。

 目をキラキラさせている王子の提案を一介の村長が断れる筈もないので、当然のようにこの案で行く事となった。

「また街に戻るんか。なかなか魚に辿り着かへんなぁ」

 笑う虎吉に鈴音は頷き、怪物の氷漬けを叩く。

「思たより厄介な素材やってんねぇ。あの弱さの割に面倒臭いわ。この面倒臭さが嫌で狩ろうとする人が少ないから高いんちゃう?」

「おう、多分それやで」

 猫の耳専用会話なので誰もツッコまないが、もし聞こえていたら全員から『危険度最上級だから。弱くないから蚊蜥蜴』と真顔で諭されたに違いない。


「では参りましょうか」

 楽しげなクリビアに頷いた鈴音は、虹男に少し休憩していてくれと頼んだ。

「直ぐに戻って来るし、昨日の虎ちゃんの威嚇が効いてるやろから大丈夫とは思うけど、もし何かあったら村と村のみんなを守ったげてな?」

「ふふーん、僕を誰だと思ってるのー?人を守らせたら誰にも負けない神だよー?」

 まだ必殺技“サファイア様が喜ぶ”の効果は続いているらしい。

 得意気に胸を張る虹男を『ヨッ、最強!』と持ち上げ、骸骨とはアイコンタクトで頷き合う。

「ほなちょっと行ってきます。待っとってなー」

 村長と神人一行にも手を振って、鈴音は王都へ転移した。

 本当に空間転移の術が使えたのかと、村長以下村人全員が度肝を抜かれたのは言うまでもない。

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