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第百十四話 相棒

 不意に視界が真っ白になったなと思った次の瞬間にはもう、目の前に砦の城壁が出現している。

 空間転移という術の不思議さと便利さを味わい、鈴音も皆も興奮気味だ。

「凄い、ホンマに一瞬やった。虎ちゃんはこういうの経験ある?」

「無い無い。猫神さんにこういう力はあらへんし、おもろい体験やったわ」

 通路を開いての移動より更に早いので、虎吉も楽しかったらしく黒目勝ちになっている。

 イキシアとサントリナは感動すると同時に、クリビアと自分達の精霊術師としての実力差を思い知り『もっと頑張りましょう』と頷き合っていた。

 平然としていられるのは虹男だけなので、皆が落ち着くまで少々時間が掛かる。


 そんな中、鎧が骸骨に近付き礼を述べていた。

「先程は庇っテくレて、ありガとウ。お陰デこコに戻って来ラれタ」

 頭を下げる鎧へ、気にするなと手を振った骸骨はふと、森の中からこちらを窺う視線に気付く。

 過去映像を思い出し、あれはもしや、と森を指差して鎧に伝えた。

「なンだ?」

 振り向いた鎧は、そこに芦毛の馬を認め驚く。

「……リラ」

 鎧が名を呼ぶと、馬は高くいなないた。

 その声で全員の注目を集めたが、気にした様子も無くじっと鎧を見つめている。

「無事ダったノか、良かっタ」

 姿形が変わっても相棒だと解るようで、鎧の方へ耳を向けた馬は何か言いたげな表情をしていた。

「すマなイな……私はモう、死んデしまッタんダ」

 申し訳無さそうに告げる鎧を見ながら、馬は右前足で地面を掻く。

「あァ、オヤツか?悪い、持っテいナい。ん?ブラシか……そレも、持っテいナい……」

 馬が何をおねだりしているのか解るんだなあと感心していた鈴音は、俯いた鎧が肩を震わせている事に気付いた。


「すまナい……本当に……私は愚カダ……。お前ガ居たノに……私は独りデは無かっタのに……」

 愛馬の存在を忘れ仲間の後を追った、自身の短慮を責めている。

 馬を猫に置き換えて考えると見ているだけで辛い、貰い泣きしそうだと顔を歪める鈴音だが、こればかりは直ぐにこの世界を去る異世界人が無責任に口を挟める問題ではない。

 すると、馬と鎧とに視線を往復させつつイキシアが動いた。

「リラ、と言うんですね、この子の名前」

 イキシアに話し掛けられ、顔を上げた鎧が頷く。

「……そウだ。まだ若イ雌なんダ」

「へぇー、女同士で気が合ったんですか?」

「アア。男達に負けテたまルかト、一緒に訓練シ戦っタ仲ダ。速イんダぞ?リラは。そこイらの雄デは追いツけナい」

 得意気に語る鎧と、褒められているのが解るのか目を細めて嬉しそうな馬。

 微笑んで頷いたイキシアは、穏やかな表情で馬へと向き直る。

「初めまして、リラ。私はイキシア」

 ゆっくりと近付いて手を差し出した。

 馬が匂いを確認するのを待ってから、再び話し掛ける。

「今から辛い話をしますが、どうか聞いて下さい。あなたの大切な友人ジニアさんは、砦が襲われたあの日、残念ながら人としての生涯を終えました。その後、仲間を失った深い悲しみと強い怒りが形を取り、あのような姿になってしまったんです」

 まるで言葉が通じているかのように、馬はイキシアに耳を向けじっと見つめていた。


 一呼吸置いてからイキシアは続ける。

「けれど、死んでしまった者が人の世に留まる事は許されていません。神の待つ天へと向かうのが決まりなんです。ただ、あの姿になってしまったらもう、ジニアさんひとりの力では天へ昇れません。ですから、私がお手伝いします。たとえあなたからジニアさんを奪う事になっても、天へ送ります」

 悲しげな馬の瞳を見つめながら、穏やかにけれどきっぱりと告げた。

「恨んでくれて構いません。その代わり、きちんと食事を取って、世話をして下さる方の言う事を聞いて、長生きして下さい。そうでなくては、次に私と出会った時、恨みを晴らせませんよ?あっ、因みに今は駄目です。私の仲間は強いので、あなたが怪我をしてしまいます」

 今ここで馬が実力行使に出ればジニアが消える事も無い、という事実に気付き、慌てて取り繕うイキシア。

 鈴音やクリビアは笑いを堪えるのに必死だし、骸骨は肩を揺らしている。詰めの甘さがいかにも10代の少女らしくて微笑ましいのだ。

 一方、神人一行はイキシアの成長に感動し、目を潤ませている。サントリナなど姉くらいの年の差だろうに、母のような目で見守っていた。


 そんな雰囲気を感じ取ったのか、コホン、と咳払いをしてからイキシアは鎧を見る。

「リラに言い残す事はありますか?」

 そう言われ改めて馬を見つめた鎧は、暫し言葉を探した。

 しかし考えれば考える程、何を言っても言い訳になると解るし、自分と同じ思いをさせる辛さや恐怖も湧いて来る。

 新しい環境に馴染めず、大切な相棒が自分のような悪霊になってしまったらどうしよう。

「いっソ私のこトを忘レれば、寂しクもナい……」

 寂しくなければ悪霊化もない、と考えようとしたものの、上手くいかなかった。

「嫌ダ、リラが私ヲ忘れルなんテ……うゥ」

 俯いてしまった鎧に、馬がゆっくりと近付いて行く。

 ハッと顔を上げた鎧は慌てた。

「ダ、だメだぞリラ!私は悪霊なンだ!オ前に良クなイ影響が……」

 後退る鎧の都合などお構い無しに距離を詰めた馬は、スイと鼻先を寄せ頬擦りする。

 きっと冷たいだろう鎧の頬に、自身の鼻先をぴったりとくっつけた。

「う。ウゥぅ……ごメん……ごめンよリラ……」

 漆黒の手で馬を撫でながら鎧は泣く。

 相棒だなどと言いながら、その存在を忘れ死を選んだ事、たった一頭残して旅立たねばならぬ事、それでも自分を覚えていて欲しいという狡い思いを捨てられぬ事、全てを詫びて鎧は泣く。


 暫く経って泣き止んだ鎧がそっと後ろへ下がり距離を取った時、馬はもう追い掛けなかった。

 寂しそうに佇む姿を見つめたまま、鎧はイキシアに告げる。

「神人よ、私ヲ神の許へト送って欲しイ」

 頷いたイキシアは鎧の横に立った。

 旅立つ者と残される者、そのどちらもが少しでも長く友の姿を見ていられるように。

「では、始めます」

 宣言して、長い長い銀色の杖を構える。

 皆も姿勢を正して鎧の方を向いた。

 大きく息を吸ったイキシアが、浄化の為の詠唱を始める。


「彷徨いし者ジニア、そなたが進むべき道を示そう。見よ、この清らなる光こそ、大いなる父、大いなる母、我らが神の慈愛なれば。いと優しきその愛へ、躊躇うな、恐れるな、温かなる光その先にこそ、神の懐へ続く道がある」


 イキシアの杖に嵌っている石が輝き、鎧の周りにも光が溢れ出した。


「眠れ、悲しき勇者よ嘆きの戦士よ。歌え、喜びの幼子おさなごよ、母より産まれし日の如く。我が名はイキシア、神人イキシア。……我の光をしるべとし、いざ進め神の御許みもとへ続く旅路を」


 最後の一節を唱え終わる。

 鎧へ向け、天から梯子のように一条の光が差した。


「さよなら、ジニアさん。あなたの事は忘れません」

 涙を浮かべながら微笑むイキシアの前で、艶の無い黒が光の粒となって消えて行く。

 鎧の下から現れたのは、過去映像で見た若い女性隊士。

 しかし険しい顔をしていたあの時と違って、その表情はとても穏やかだ。

「ありがとうイキシア様」

 イキシアと第二王子クリビアに剣を捧げる礼をしてから、馬に笑い掛ける。

「済まんリラ、先に行く。先に行ってお前の好きな草を用意しておく。ただ、時間が掛かりそうだから、もう暫くこっちで遊んでいてくれ」

 応えるように馬が高くいなないた。

「うん、じゃあな、また会おう!皆様も、どうかお元気で!我が恩人達の歩む道に幸多からん事を!」

 左腕を後ろへ回し、短剣を胸の前で立てた。警備隊式の敬礼だ。

「さらばだ、ジニア。いずれ私もそちらに行く。その時は迎えを頼むよ」

 クリビアの優しい声に、笑顔で敬礼したまま勇ましく去ろうとするジニアの目が、あっという間に潤む。

 涙がぽろりと一粒零れる寸前、その身体は光の粒となった。

 天から真っ直ぐに伸びた光の中を、迷う事なく昇って行く。

「お疲れさん。もう泣きなや」

 そう呟いて、鈴音も光の粒となったジニアを見送った。



「さて、ほんなら次は蚊ぁを村に届けて、魚釣って帰るだけやね」

 頷き合う鈴音、虎吉、骸骨に、虹男が衝撃を受ける。

「また忘れたよね!?」

「え?蚊ぁ届けて…………虹色玉回収して魚釣るって言うたよ?」

「うそつきー!!」

 しんみりとした空気を木っ端微塵にする鈴音達に、涙を拭った神人一行もクリビアも笑った。

「ところで鈴音様、本当にあれで良かったんでしょうか」

 馬を撫でながら、イキシアが自信なさげな表情で問い掛ける。

「うん?あれで、って?」

「隊長と副隊長が正義感からではなく、私怨から犯行に及んだ事を、その……隠して。勿論、何でもかんでも正直に話せば良い訳じゃないって、解ってはいるんです。いるんですけど……」

 大嘘を吐いたのは鈴音なので、イキシアは少し言い難そうだ。

「おや、やはり王家への恨みから、あの兵器を作ろうとしていたのですか?」

「ええ、そうなん……」

 さらりと会話に入り込んだクリビアに返事をしかけて、イキシアは見事に固まった。隊長が王家に殺意を覚えた原因がクリビアだと思い出したのだ。

 噴き出しそうになるのを堪えつつ、鈴音が後を続ける。


「流石にあの大嘘で騙されてくれるのは、純粋なジニアさんぐらいですかねー」

「ふふ、すみません腹黒くて。まあ、母の名が出たのに私について言及が無かった辺りで気にはなりますよね」

 ニヤリと悪い笑みを交わす鈴音とクリビアを見て、固まっていたイキシアが『大人ってコワイ』な顔になる。

「お察しの通りですよ。母親が平民のあなたが、王子いう立場におるんが納得いかへん。で、それを認めてる王家そのものも許されへん。実家での自分の立場に不満を持ってた副隊長と結託して、王族貴族まるっと皆殺しにしたろ、いう計画ですね」

 ジニアが消えた場所に落ちている短剣を拾いに行く鈴音を見ながら、クリビアは深い溜息を吐いた。

「うん、まあ私の母について気付かれてしまえば、当然そういう不満を持つ兄弟も現れるだろうとは兄上と話していましたが。規模が思ったより大きかったですね」

「あー……、規模、そうですね、なんていうか……根が深いわー。権力欲?自己顕示欲?そっち系が強烈やったんかなぁー。父親の愛情云々いうタイプには見えんかったし……」

 困った顔をした鈴音がブツブツ言いながら持って来た短剣には、未だドス黒い負の力が纏わり付いている。

 それを見た神人一行は愕然とし、緩く首を振ったクリビアはドン引き状態だ。


「浄化の儀式で消えないなんて……。もう光矢で攻撃するぐらいしか思い付きません」

 真顔のイキシアを『それはやめとこ』と止めつつ、鈴音はクリビアを見る。

「あなたも王太子様も新しい考え方をする人やから、ホンマはこういう立場の兄弟に関しても、何ぞ考えてはったんでしょ?」

「ええ」

 短剣を見つめながらクリビアは幾度も頷いた。

「兄上が即位した後、市井に散っている兄弟へ連絡する予定でした。兄上の下で働く気はないかと。勿論、今更王家と関わる気のない者も多いでしょうし、全員を無条件で取り立てるわけでもありません。しかし……」

 言い淀むクリビアと短剣を見比べて、鈴音は残念そうに笑う。

「警備隊の隊長になれる程の実力やったら、王子として扱うて欲しい言うたらそないしたったのに、何で待たれへんかってん。とか思たけどこの性格やとちょっと無理やったかもしれん。うわー、どんだけの怨念籠もってんのあの短剣、コワッ。て思てはります?」

 勝手に声を当てられたクリビアは、怒るどころか笑っていた。


「ははは、よくお分かりで。その短剣を見るまでは、本当に惜しい兄弟を亡くしたと思っていたのですが。思い込みの激しい者を王子などという立場に据えると、碌な事にならないので駄目ですね」

「ですよねー。国を滅ぼしかねませんよねー」

 頷き合う大人二人と短剣を見やり、イキシアが複雑な顔をしている。

「ん?ああ、そうやった。元々の質問はジニアさんの送り方はあれで良かったんか、やったね」

「え……あ、はい」

 頷いたイキシアへ、鈴音は短剣を見せながら微笑んだ。

「死ぬ間際にさ、信頼しとった周りの人から悪口言われるんと、今までありがとうて感謝されんのやったらどっちがええ?」

 イキシアの、聞くまでもないだろうという顔を見て、鈴音だけでなく他の大人達も頷く。

「たとえ嘘でも、ありがとう、寂しいよ、て言うて欲しいやん?死んだ後はもう何言われても解らへんねんから、好きに言うてくれてええ訳やし」

 ここまで聞いて、漸くイキシアも解ったようだ。


「今更真実を知った所で、ジニアさんにはどうにも出来ない……だったら教える必要もない。……信頼していた人は、やはり信頼出来る人物だったと思ったまま、逝けるように。そうか、誰も悪者にしない嘘なら……傷つく人もいない」

「ん。まあ旅立った先でホンマに隊長に会うたら、どない思うかは知らんけど。そこまでは責任持たれへんわ。私らに出来るんは、気持ち良う旅立ってもらうとこまでやね。けど、それでええ思わへん?」

 納得した表情のイキシアに笑い掛け、魂の光を全開にする。

 鈴音の手の中で、短剣に纏わり付く負の力が悲鳴のような音を立てて砕け散った。

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