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第百十話 警備隊魂

 城壁から街の方へ少し入った位置にある広場に、真っ黒い水蒸気のような物を全身から立ち上らせた異形が居る。

 距離を取りつつ前方に展開した警備隊の目に映るその異形は、光を反射しない漆黒の鎧。


 辺境砦付近に現れた黒い鎧の化け物の噂と、近隣の砦や街から選抜された部隊が討伐に向かい失敗した、という噂は王都にも届いている。

 何と情けない、自分達が行けば楽に勝てた、等と小馬鹿にしていた王都の隊士達だったが、実際に鎧の化け物を目の前にした今現在、そんな軽口を叩ける者は居なかった。

 何か一つでも間違えば死ぬ、只それだけしか頭に浮かばない。

 鎧の化け物が放つ圧力をまともに受けて、皆が皆、明らかに怯えていた。


 場を支配する恐怖の感情に、各小隊の隊長達にも焦りが滲む。

 驕りでも何でもなく王都の警備隊は国内最強なのだが、いくら鍛え上げられた猛者達でも、恐怖してしまえば実力の半分も出せない。士気の低下は危険だ。

 更に、ここ数十年強力な精霊術に守られた王都に怪物が侵入する事は無かった為、若い隊士の殆どに市街戦の実戦経験が無いという不安要素もある。

 どうにかあの化け物を街の外へ出さなければ。

 隊長達は『怯むな!』と声を張り上げながら、必死にこの場を切り抜ける解決策を探した。


 一方、隊士達は隊士達で心を奮い立たせ、精霊術師に強化して貰った剣を構え鎧を観察する。

 類似した怪物はいないか、弱点はありそうか、物理攻撃は効くのか、傷から毒などは出ないか、分裂しないか、仲間を呼ばないか、等々。

 しかしいくら観察しても、目視で分かるのは類似した怪物は存在しない事と、人型なので弱点は首だろうという事くらいだ。

 皆、辺境の選抜部隊を笑っている暇があったら、彼らがどう戦って負けたのか調べておけばよかったと今更になって後悔していた。

『まさか、辺境に現れた人型の化け物が、王都までやって来る等、思いもしないではないか』

『飛行型ならば警戒していたのに』

 脳裏に様々な言い訳を並べ立てている間に、鎧は戦闘態勢へと移行している。


「剣が……!」

「どこまで伸びるんだ」

「おい、ここ、もう間合いに入ってないか!?」


 右手に持っている短剣に艶の無い黒を纏わせた鎧は、剣身を槍と見紛う程に長く伸ばすと、騒ぐ隊士達へ向けて無造作に薙いだ。

 それだけで衝撃波のような力が走り、吹っ飛んだ前方の隊士達が後方の隊士達を巻き添えに倒れ、陣形は崩壊。

 強化精霊術が掛かっているお陰で死者こそ出ていないが、元々怯えていた所にこの異常な攻撃である。混乱するなという方が無理だった。


「何だあれは!!精霊術か!?」

「無理だ撤退だ!」

「掛かれ、全員で掛かれ!」

「立て立て!!」

「治療班はどこだ!」

「逃げろ!!」

「逃げるな戦え!!」


 口々に叫びバラバラに動く隊士達。彼らを叱咤していた隊長達の耳に、風の精霊術を使った伝令が届く。

「精霊術師の一斉攻撃が来る!!総員退避!!」

 隊士達は勿論、号令を発した隊長達も全速力で広場から離れ路地や建物の陰に身を隠した。

 退避完了とほぼ同時に、街の中程から炎で出来た矢が大量に飛来する。

 広場に立つ鎧は特に何をするでもなく、自身目掛けて飛んで来る矢の全てを受けた。

 突き刺さった瞬間に爆発するという恐ろしい攻撃。

 爆風が断続的に辺り一帯の空気を揺らし、その威力の凄まじさを物語っている。


 暫くして攻撃が止み、状況を確認すべく物陰から顔を出す隊士達。

 広場の石畳が壊れたせいか土埃が立ち込めていて視界が悪い。

「あれで無傷という事はないだろう」

「一つ目の巨人が戦意喪失しそうな攻撃だしな」

「消し飛んでんじゃないか?」

 そうであって欲しいという隊士達の望みは、攻撃前と変わらず広場に立つ鎧によって打ち砕かれた。

「ば……化け物……ッ」

「火じゃない、弱点が火じゃないんだきっと!」

「水か!?風か!?土か!?」

「まさか……剣じゃないだろうな」

 精霊術で強化された仄かに光る剣を見て、隊士達は黙りこくる。


「来ナイノカ?侵入者ヲ排除シナイノカ?」

 そんな中、不意に聞こえた声に周囲を見回し、それが鎧から発せられたものだと理解した隊士達は隊長の指示を待った。

 しかし隊長達も、あんな攻撃を平然と受け切るような化け物と戦った事はない。

 何名かは斬られる覚悟で前後左右から一斉に飛び込む、ぐらいしか思い付かず、それは万策尽きた最後の一手だと頭を抱える。

「……ソノ程度デ警備隊ヲ名乗ルノカ、王都ガ落チル日モ遠クハ無イナ」

 無機質な声による挑発。

 屈辱ではあるが、馬鹿にするなと飛び出してしまう単細胞では王都の警備隊に入れない。

 隊士達が歯を食いしばりながら耐えていると、大通りの方から能天気な声が聞こえて来た。


「あ、居た居た。見た目は変わんないねー?」

 異国からの旅人と思しき金髪の男と、その隣に並ぶ獣を抱いた黒髪の女を見て、警備隊は慌てる。

 退避命令を聞いていなかったのか、いや聞いていなくてもこの状況を見れば解るだろう、何なんだアイツらは、どうしたらいい、と見事なまでの大混乱だ。

 しかし慌てているのは自分達だけではなく鎧もだ、と気付いた隊士がよく見ると、妙な二人の後ろに男二人と杖を持った女が二人。

「白い髪、それにあの杖……もしかして」

 ハッとした警備隊の視線が集中する。


 そんな期待を知ってか知らずか、イキシアを右手で示しながら黒髪の女こと鈴音が口を開いた。

「はい、次代の神人様の御なーりー」

 その声が響いた途端、あちこちから安堵の声が上がり虎吉の耳が忙しなく動く。

「轟いとるんは悪名やなかったんか?」

「まあ、街ぶっ壊す力があるんやったらアレにも勝てるやろいう……」

「ああ成る程、この際贅沢言うてられへんいうやっちゃな」

 猫の耳専用会話を交わした鈴音が鎧を見ると、こちらを警戒しながらチラチラと街の奥へ視線をやっているのが解る。

「確か、第二王子が指揮するとか言うてましたよね?」

「はい。まさか街なかに出てはいないと思いますが……」

 答えながら首を傾げるサントリナに、鈴音も幾度か頷いた。

「名前だけの指揮官で、城の中で報告だけ聞く感じね。けど、鎧の視線やらオバサンのキレっぷりからして……」

「出ておられるんでしょうね……そういう伝統か何かなんでしょうか」

「息子助けてお前ら皆殺し、みたいな事言うてたから、オバサンもあっちに居るんやな多分」

 その気配を感じ取って、鎧はラバンジュラの元へ行こうとしているのだろう。


「それにしても、あのオバサンにしてはモタついてへん?王子の説得が上手い事行かんのやろか。いや、説得とかするタイプに思われへんねんけど」

 鎧の挙動から目を離さないようにしつつ、邪魔者は皆殺しにして強引に連れて行きそうなラバンジュラが、未だに街に居るのは何故だと鈴音は不思議がる。

「息子の前ではまともな母ちゃんの振りしとるとかはどないや?」

 虎吉の説に鈴音は目をぱちくりさせた。

「それかな?ほな首洗って待っとけ言うた王太子一派は、こっそり皆殺しにするつもりなんやろか。もうバレてもたけど」

「こっそりは無理やろ。殺せても誰がやったかはバレバレやで」

「そうやんなぁ」

 唸りながら首を傾げる鈴音の後ろから、そっと姿を現したイキシアが鎧に声を掛ける。


「ジニアさん」

 名を呼ばれ、ギョッとした様子で鎧が固まった。

「何故、私ノ名ヲ」

「とある方の御力で、過去を見て来ました」

 手を振る骸骨を視界に認めた鎧は、小さく頷く。

「ソウカ。調ベテクレテイタノダナ。ソレナラバ犯人ガ誰カモ知ッテイルナ?」

「はい。でも……」

「私ハ奴ヲ殺ス。ソノ後ナラ大人シク浄化サレル。ダカラ、邪魔ヲシナイデクレ」

「待っ……」

 言うが早いか駆け出した鎧は、警備隊になど目もくれず街の奥へと姿を消した。

「す、すみません鈴音様!お考えがあった筈なのに邪魔をしちゃいました……」

「え?あー、うんうん、気にせんとって?取り敢えず追っかけよか」

 まだ何も考えてませんでした、とは言えず、笑顔で誤魔化して鎧を追う。

 走りながら、わざわざ建物を飛び越えて進んでいる鎧を視界の先に捉え、鈴音は複雑な表情になった。

 鎧を構成する艶の無い黒はともかく、中身のジニアは未だに、人々の日常を守る警備隊の誇りを忘れていないのだと気付いたからだ。

「完全な怨霊になっといてくれたら殴って終わりに出来んのに」

 溜息を吐いて路地から大きな道へ出た所で、跳躍中の鎧へ向け光球が連続して放たれるのが見えた。


「光球!ラバンジュラさ……ラバンジュラですね!」

 悪党だったと思い出して言い直すサントリナに頷き、どこか全体が見易い場所はないかと探す鈴音に、骸骨が少し先にある石造りの3階建てを指す。

 扉が閉まっていたので、虹男がタイマスとアジュガを、鈴音と骸骨でイキシアとサントリナを抱えて平らな屋根の上へ運んだ。

 いくら強化精霊術を掛けていても3階の高さまでは跳べないそうで、初めて宙に浮いた男達は青い顔をしている。

 骸骨に抱えられ宙に浮いたサントリナと、鈴音にくっついて逆バンジー宜しく跳んだイキシアは楽しそうだったので、実に対照的だ。

「絶叫系は女子のが好きやったりするもんな。……さて、何がどうなったやろ?」

 屋根の上から見えるのは、役所のような大きな建物を背にした重装歩兵部隊と、建物の屋上に居るラバンジュラの姿。


「あんな所に居たら直ぐにやられますよ?」

 怪訝な顔をするタイマスに、サントリナが首を振る。

「危なくなれば転移するでしょう。でも、息子さんを守りたいならこの場から離れるべきでは?」

 光球を乱れ撃つラバンジュラに鎧は近付けていないようだが、光球で倒す事は出来ないのでこのままでは意味がない。

 イキシアは真っ直ぐ鎧を見つめ、どうすべきなのか悩んでいるようだ。

 すると、何事か叫んだ様子のラバンジュラが転移し、鎧が気配を追って更に街の奥、城へと近付いて行く。

 下では王子らしき鎧兜の人物が後を追おうとして止められている。


「こっちだ化け物!やて。芝居下手糞やなー。ん?こっちてどっち?……あ!!まさか……。サントリナさん、あのオバサンぐらい凄い精霊術師やと、簡単な術でも破壊力抜群やったりします?」

 鈴音の質問にサントリナは当然だと頷いた。

「詠唱の短い術でも、私が使える最上級の術くらいの強さがあるかもしれません」

「うわー、それや!それをやるつもりやあのオバサン!!」

「落ち着け、何の話や」

 前足で額にツッコミを入れられ、デレっと溶けかけ慌てて表情を引き締める。

「王太子一派皆殺し。鎧との戦闘中やったら、誤爆したとか勢い余ってとか、城の一部吹っ飛ばしても言い訳出来るやん。短い呪文の術でドカン!転移、ドカン!転移や。息子は外に居んねんから遠慮はいらん。鎧の姿がこっちから見えんようになった辺りで……」

 語尾に被さり爆音が轟いた。

 一斉に音の方を見ると、城の一角から黒煙が上がっている。


「と、止めましょう!!いえ、止めて下さい!!私達じゃ間に合わない!!」

 イキシアが叫ぶ間にもまた爆音。

 しかし今度は黒煙が上がらない。

「……そうか、かぼたんか。警備隊やもんな……」

 呟いた鈴音はイキシアを見て頷く。

「先に行くわ」

「お願いします!!」

「虹男と骸骨さんはみんなをお願い。ほな」

 頷いた虹男と親指を立てた骸骨に手を振り、鈴音は跳んだ。


 跳躍する事2回、城壁に降り立った鈴音は気配を探る。

「裏っかわ?」

「せやな……っと、移動したな」

 鎧が本気で追い回しているのか、転移の間隔が短い。

 どうしたものかと顔を顰めていると、城の塔にラバンジュラが現れた。

 鎧は地上を高速移動しジャンプ。

 どうにか間に合い、ラバンジュラが放った巨大な火球をその身で受けて城への攻撃を防いだ。

 突然の出来事に驚いた城内の混乱振りが、鈴音の目にも耳にも伝わって来る。

 そんな事はお構いなしで、今度は遥か後方、街の中へ転移し火球を放つラバンジュラ。

 城壁の一部が崩壊し、鈴音の足元も揺れた。

「浄化すべきはどっちやいう話やで」

「せやな。あの鎧、警備隊としかやり合うてへんねんもんな」

「ね。それに比べてオバサンは人殺す事に躊躇ナシ。んー、どうするかはあの子らに任せるとして、取り敢えず行くか」

 まずは捕まえなければ話にならないと、魂の光を全開にし神力も解放した鈴音は、城のバルコニーに現れたラバンジュラに向かって弾丸のように跳ぶ。

 着地と同時に杖を引っ掻いて消滅させ、襟を掴んで一緒に地上まで飛び降りた。


 合計しても数秒の早業だったせいか、何が起きたのか理解が追いつかなかったようで、ラバンジュラは地上への落下の際も悲鳴ひとつ上げていない。

 ポイ、と地面に放られて初めて、目の前にいるのが鈴音で、ここが地上だと気付いたらしい。

「な……何が……お前は……」

 呆然とするラバンジュラ目掛けて高速移動して来た鎧も、鈴音の光と神力に驚いたのか結構な距離を取って足を止めた。

「神……ダッタノカ……?」

 ラバンジュラの息の根を止めたいが、鈴音が怖くて近寄れない、そんな雰囲気を醸し出しつつ鎧が尋ねる。

「ちゃうちゃう。神様ちゃうよ。本物の神様やってみ?こんなもんやないよ?ちょっと加減間違うたら山が消えて無くなってまうねんで?怖いやろー」

 何言ってんだコイツ、な視線を両者から浴びながら鈴音は笑った。

「まあ、私も加減間違うたらそこそこエラい事なんねんけどね?せやから、怒らせんといてな?」

 ひんやりとした笑みでラバンジュラを牽制した鈴音は、おかしな真似はさせないぞとばかり睨みつけ神人一行の到着を待つ。

 隙あらばラバンジュラを斬ろうとしている鎧は、虎吉が監視していた。

「うっかり間違うて私に触ったら消えてまうであんた。危ないから止めとき」

 鈴音の警告で鎧は動きを止め、苛立ちからかその場で大量の黒い靄を立ち上らせる。

 そこへ、必死の形相で駆けて来た神人一行と虹男と骸骨が到着した。

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