第百三話 テントを買いに行こう
砦の前、謎の術師が現れた辺りに全員集合し、本日三度目の過去視のお時間である。
疲れていないかと鈴音が骸骨に尋ねれば、一日で数十回と視る事もあるので問題無いと返ってきた。
「頼もしいなー。ほな皆さん、あの術師の観察お願いしますね。歩いて帰った訳ちゃうから、追っかけてどこの誰か突き止めるんは無理やし」
「解りました。この距離なら顔も見えますし、声も聞こえますから手掛かりはありそうです」
こちらもまた頼もしいサントリナの発言に、鈴音は笑顔で頷く。
「よっしゃ、骸骨さんお願い」
頷いた骸骨が一連の作業をし、過去の風景を映し出した。
すると、女性隊士が斬り捨てた怪物達の残骸が転がる砦前へ、映像を投影したかのようにパッと人が現れる。
もう少し早ければあの女性隊士と出会っていたな、と何の気無しに道の先で米粒程になった彼女の後ろ姿を見やった鈴音は、謎の術師に視線を戻した。
濃灰のローブに身を包み、フードを目深に被って杖を構えているのは、50代後半に見える女性である。
キツい顔立ちと険しい表情、ピンと伸びた背筋。
「んー、何やプライド高そうなおばちゃん」
異世界人である鈴音の感想はこの程度だ。
虎吉と骸骨も『そんな感じ』とばかり頷いているし、虹男などはそもそも術師を見てすらいない。
打って変わってサントリナは術師の顔や身なり、杖などをじっくりと観察し記憶と照らし合わせている。
実質サントリナだけが頼りなので、何か判りますようにと鈴音は神頼みをしておいた。
一方、術師の詠唱を聞き取ったイキシアは眉を顰める。
「やはり、私が……神人が使う術です」
光の雨を降らせた直後から次の詠唱に入る術師を見つめ、イキシアは幾度も頷いた。
「こちらもそう。神人の術。もしも神人がこれを使った時にそばに居て覚えたとしても、神人以外には使えないと思っていたんですが……実際に使ってる人がいるんだからそうじゃなかったって事か……」
後半は独り言だろう。
使えない筈なのにおかしい、ではなく、使えるという事はどういう事か、と考え始めたようである。
「おーおー、誰かさんの影響か?独り言呟いて考え込むトコなんかソックリやなぁ」
にま、と笑う虎吉の鼻先を擽りつつ、鈴音は困ったような笑みを浮かべた。
「色んな角度で考えんのはええけど、独り言はやめときー。変な奴や思われるよー、生温かい目で見守られてまうよー」
コソコソと忠告を飛ばし遠い目をする。
一応自覚はあったらしい。
そんな、長考に入ってしまったサントリナとイキシアをよそに、術師に全く心当たりが無い鈴音と男達は砦から出て来た例の黒い化け物を見ていた。
「清浄を齎す光矢を以って悪なる闇を貫かん。……身の程を知れ愚か者め」
冷たい声で最後の一節を唱えた術師に光の矢を撃ち込まれ、細かく千切れて逃げる化け物を目で追った鈴音は、イキシアの広域浄化を思い出す。
「この人の攻撃で千切れてまだまだ回復してへん内に、本物の光の雨が降ってって浄化されたんですかね?あのあと森ん中に残ってたん、鎧と短剣から出る負の力だけやったし」
別方向を見ていたタイマスが大きく頷いた。
「そのようですね。塊のままなら、イキシア様の光雨でも消えなかったかもしれません。範囲を広げると光雨の威力は落ちると仰ってましたし」
「ですよね」
納得する鈴音の前で、術師が再度光の雨を降らせた。
やはりイキシアの術とは違い、怪物達を追い払う効果はあるが、散らばった化け物や砦から溢れ返っている負の力を浄化出来る程の威力は無い。
「んーで、そのまんま帰ってまうと。転移すんのって呪文いらんのか。ふーん……。にしても、森にやたらと負の力が溜まってたんは砦が原因やってんね。ドライアイス水に入れた時みたいな勢いで溢れとるし」
どんどんと森の奥へ流れて行く黒い靄の量を見れば、この戦いで命を落とした者達の無念さが痛い程解る。
「このえげつないのん引き起こしたんが人、それも身内やて気付いとったら、こんなもんで済まんかったやろな。そない思たらこれでもマシな方やろ」
鈴音と虎吉の会話を聞いて頷く男達。『ドライアイスって何だ?』と思ったが、口には出さなかった。
「うん。これ以上負の力が溜まってたら、別のもん呼び寄せるか生み出すかしそうやもんね」
そんな事になっていたら村の人達に会えなかったかもしれない、そう思いながら靄を見つめる鈴音の耳に、道の向こうから馬の足音が届く。
あっという間に砦前へ現れたのは勿論、あの女性隊士だ。
静まり返った砦の様子に顔を強張らせながら、馬から降りて中へと入って行く。
「……っ、そんな……誰か、私だ、ジニアだ!誰かいないか!!」
彼女の悲痛な叫びに応える声は無かった。
この先を視る必要はなかろうと、骸骨が術を解除する。
泣き出しそうな顔で女性隊士ジニアの声を聞いていたイキシアが、杖を握り締めて鈴音を見た。
「あの人はこの後……」
「自分で自分を殺す事を選んだんやろね。残ってた怪物と出くわしたら仲間の仇として斬り捨てたやろし、この状況であの鎧になる為には、自刃しか無い思うよ」
出来るだけ感情を込めず告げる鈴音に、イキシアは小さく幾度も頷く。
「やっぱりそうですよね。家族とまで言っていた仲間を……たったひとつの居場所を失ったんですもんね」
絶望し、隊長の部屋で短剣を見つけ、命を狙われているという彼の話を思い出したかもしれない。
王子達を、王家を滅ぼせる力が欲しいと、願いながら呪いながら、その身体に刃を突き立てる姿がイキシアの目に浮かぶ。
「こうなる前に……止める方法があれば」
悔しそうなイキシアの肩を叩いて鈴音は微笑んだ。
「あんまり思い詰めたらアカンで?あんたのせい違うねんから」
「……はい」
そんなやり取りを見届けてから、サントリナが口を開いた。
「漸く思い出しました。あの術師は、かつて全ての精霊術が操れる等と騒がれた、至高の精霊術師ラゲナリア様だと思います。話題になったのは私が生まれる前の事なので、当時の資料を読んだだけですが、記されていた外見に近いと思いますし、神人の術を使っていたのが何よりの証拠かと」
いわゆる“世界にその名を轟かせた天才”だなと鈴音は頷く。
「ほんで、そのラ……ナントカさんが今どこに居るかは分かりますか?」
「国や様々な組織からの勧誘の多さに嫌気がさして、放浪の旅に出たという所までは記録にあるのですが……」
「その後は消息不明?」
「どこかの国の王宮に身を寄せた、という噂話があるくらいです」
それを聞いた全員が、おそらく同じ事を考えた。
「となると、この国の王家に仕えてる可能性が高いですね?」
言いながら鈴音が見回せば皆一様に頷いている。
「いくら空間転移が使えるとはいえ、別の国から態々この砦に来るとは思えません。この王国に居ると考えるのが自然だと思います」
サントリナの意見に鈴音も賛成だ。
「至高とまで言われた術師やし、王宮に居ながら辺境の砦の異変に気付いて駆けつけた。……にしては遅いし、その後の行動がどうもおかしいやんねぇ。これは、会うて確かめた方があの鎧の為にもええかな?どない思います?」
「ここまで来たら、そのラゲナリアさんという方にも話を聞きたいです。私の立場を使えば、王家に仕える方でも会える筈」
力強く頷いたイキシアを、サントリナが頼もしそうに見ている。
「よし、ほんなら目指すは王宮!……て、どのぐらい掛かるんですかね、皆さんの足で」
すっかりその気になった鈴音だが、ここは辺境と呼ばれる場所だという事を思い出した。
王宮があるだろう国の中心まで、徒歩5日などと言われたらどうしよう、と内心焦る。
「風の精霊術で強化して走りますので、夜には着くかと。ただ、夜になると当然王宮には入れませんし、おそらく王都自体も門を閉ざすと思われますので、街の外で一晩過ごして、実際にラゲナリア様を訪ねられるのは明日という事になります」
サントリナの回答を聞いて、鈴音は虹男へ顔を向けた。
「虹男、野宿せなアカンねんけど大丈夫?」
「のじゅく……って何?」
きょとんとする虹男に、神人一行が驚いて顔を見合わせている。
そういえば鈴音という異母妹のお付きがいるような、位の高い人だった、と思い出したらしい。
「夜に外で寝るねん。布でこう、小さい部屋みたいなん作って」
鈴音による身振り手振り有りの説明を聞いて、虹男の目が輝いた。
「なにそれ、おもしろそう。やりたいやりたい」
「やっぱりな。子供はキャンプ好きやもんな。ああいやいやこっちの話。ほな、まずは村に説明に戻って、その後近くの街に寄ってテント買うてええですか」
「解りました。私達も食料等の補給をしておきます」
サントリナが頷き話が纏まったので、皆で村への道を引き返した。
途中、『今から王都へ向かう』と鎧が隠れている目印の木に一声掛けておく。
そうして戻った村だったが、村長はまだ街へ出掛けたままだし残った男達は軒並み酔い潰れていたしで、ヨサーク少年と見るからにしっかり者なおばさま方に話をした。
「鎧の化け物が村人の皆さんを襲う事はありませんが、居なくなった訳ではないので、まだ暫く森に入る事はお控え下さい」
サントリナの説明を聞いたおばさま方は、表情を曇らせ一斉に喋る。
「やっぱり警備隊の無念だったんだねえ」
「気の毒にねえ」
「早く、気になってる事を調べてやっとくれ」
「安らかに眠らせてやりたいよ」
おばさま方の相手はサントリナに任せ、鈴音はヨサークに質問していた。
「変な怪物やっつけてんけど、素材とれるかな?夕焼けみたいな色でこういう羽が生えてて、でっかい目ぇが2つと細長い口がひとつ」
地面に絵を描いたりジェスチャーも加えながら伝えると、ヨサークは随分と驚いている。
「それ多分、蚊蜥蜴だよ」
「カトカゲ?あ、蚊ぁで蜥蜴。……いやトカゲ要素どこ……?」
疑問しかないが、この世界の蜥蜴と地球の蜥蜴は違うのだろうと無理矢理納得した。
「皮膚にも内蔵にも毒があって、その毒が薬の材料になるんだって。でも捕まえるのが大変だから、腕一本とかでもかなり高いらしいよ?」
「へぇー、貴重な奴やったんや。ほな、王都から戻ってから村長さんに渡そかな。今ここに置いとかれても困るやんね?」
「うん、盗賊とかに狙われそう。っていうか、くれるの?そんな高そうなやつ」
「私らは要らんから。美味しい芋とお酒のお礼や思てくれたら」
お礼のお礼、と困った顔で呟くヨサークだったが、最終的には納得してくれたようだ。
「村長が帰って来たら伝えとくよ」
「ありがとう、頼むね。ほな行ってきます」
「いってらっしゃい」
手を振ってヨサークと別れ、皆と合流した。
そこからは、強化精霊術を使った神人一行のペースに合わせて進む。
いわゆる風のような速さで駆けているので、人や馬車とぶつからないよう街道の脇を行くのがマナーらしい。
途中で街道に村長達の姿を見つけたが、急に声を掛けて驚かせてもいけないので黙って通り過ぎた。
荷車は空っぽだったし、皆とても良い笑顔だったので、きっと満足の行く取引が出来たのだろう。
素材採取を手伝ってよかった、と微笑んでいる内に街が見える。
高い壁に囲まれた大きな街だ。
「やっぱり怪物が出るような世界やと、柵や壁の無い街は珍しいんやな」
「なんぞ美味いモンあるやろか」
ぺろりと舌なめずりした虎吉の頭を撫で、鈴音は笑う。
「神様にお駄賃も貰てるから、ええ物あったら買お。骸骨さんも虹男も欲しい物あったら言うてね」
「やったぁ。お土産探そーっと。何がいいかなー」
骸骨も拳を握って頷いていた。
スピードを落とし近付いて行くと、街の入口に短い列が出来ている。
「ここが田舎なのと、時間が中途半端なのであまり並んでいないようですね。きっと王都の朝等は大変な行列になりますよ」
サントリナに教えて貰い、行列嫌いの鈴音はちょっと嫌そうな顔をしつつ並んだ。
「何か、お金払ったりとかせなアカンのですか?」
「いえ、犯罪者ではないかを調べるだけです。王都なら荷物の検査もあるでしょうね」
「荷物検査。あれはどうするんですか、四次元……ちゃうわ、何でも入る袋」
「底無し袋ですか?鈴音様でもど忘れなさるんですね」
愉快そうに笑ってサントリナは続ける。
「底無し袋を持つ者は名前と似顔絵が登録されます。密輸事件等が起きると真っ先に疑われますね」
「うわメンドクサッ」
「ふふ、今回は鈴音様もイキシア様のお付きという事にして、検査を免除して貰いましょう」
「あ、神人特権あるんですかやっぱり」
「はい。王都などの警備が厳しい街では使います」
悪戯っぽく笑うサントリナへ笑い返し、良かったと息をつく。
そうこうしている内に順番が来て、街へ入る目的などの簡単な質問に答えると、問題無く通して貰えた。
「よっしゃー、ほなまずはテントやね。道具屋さんかな?」
それなりに賑わう街を見回す鈴音にサントリナが頷く。
「そうですね。我々は食料の調達に向かいますので、後程またここで合流という事でいかがですか」
「了解。なるべく早よ戻ります。ほなまた後でー」
神人一行と別れた鈴音達は、近くに居た人に道具屋の場所を聞いてそちらへ向かった。




