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第十話 澱

 鈴音の胸元から膝の上へと移動した虎吉は、『邪魔するで(お邪魔します)ー』等とおっさん臭い挨拶をした直後、その大きな目で綱木の顔をまじまじと見つめる。

「うーん?」

「神使様、私の顔に何か不審な点でも?」

 硬い表情の綱木と、それを見つめ続ける虎吉を交互に見やり、鈴音は怪訝な顔だ。

「どうしたん、虎ちゃん。喧嘩売ってるみたいになってんで」

「え?ああ、スマンスマン。睨んどったワケやないねん。どっかで見た顔やなぁと思てんけど、出てけぇへん」

 はて、と首を傾げる虎吉の頭を、鈴音は柔らかく撫でる。

「また思い出したら教えて?今はアレやねん、猫神様の神使になった経緯と、なんで光る魂利用した仕事してなかったんか、の説明せなアカンねん。どう纏めたら伝わるかな」

 助けを求められて、虎吉の視線が外れた。何やらごにゃごにゃとアドバイスしているようだ。それにより、綱木の全身から力が抜け、額を冷や汗が伝う。

 思いの外緊張していたようだ。神使に咎められるような後ろ暗い事は、何一つ無いというのに。


『何や……?格の違い……?陽彦はるひこの連れとる黒花くろはなより、この虎吉いう神使の方が格上なんか?』

 首都に暮らす輝光魂の高校生と、その相棒の強く賢く美しい中型犬を思い出す。

 名前の通り、艶のある黒い被毛が綺麗な黒花も、勿論迫力があった。流石は神使だ、と圧倒されたものだ。

 だが、目の前の猫から感じる力は、そんな表現では生易しく、もっと凄まじい。

 一体、なんなのか、と今度は綱木が虎吉をじっと見つめる。

『神使やねんから神力感じ取れて当たり前やけど、何やこの吸込まれそうな、逆に吹っ飛ばされそうな感じは。気ぃ抜いたら失神しそうや。もし神に会うたらこんな感じか?アカン、本来やったら俺レベルが関わってええ相手ちゃうぞ間違い無く。なんでこのお嬢ちゃんは平気なんや。あの陽彦が霞むほど、強力な輝光魂やからか?』

 虎吉から目を逸らし、どうにか落ち着こうとハンカチで額を拭いながら息を吐いた。


「綱木さん」

「はいッ!?」

 驚きのあまり声が裏返り、慌てて咳払いをする。

「ゴメンゴメン。神使様が、小さいのに強そうやからちょっとビビッとった」

 取り繕う事も出来ず正直に伝えると、虎吉が不満そうに鼻を鳴らした。

「俺、小さないで?なあ?後、強そうやのうて、強い。まあ鈴音には負けるけども。それと、名前は虎吉な、鈴音が紹介したやろ?」

 綱木を軽く睨んでから、『なんやねんアイツー』と見上げて来る虎吉を、目尻を下げた鈴音が撫でる。

「雄猫の標準サイズやんなー。小さない小さない、でも可愛いー」

「ちょ、えー、と、待って、おっちゃん今なんか聞き間違うたかも知れんねんけど、なんて?神使さ……虎吉様より鈴音さんの方が強い?言うた?」

 未知の生物と遭遇した、と言わんばかりの綱木の視線に、デレデレしていた鈴音が我に返った。

「はっ!?しもたぁ!!面接中にデレてもた!!すみません!!ホンマすみません!!うわぁやってもうたー……話も纏められへん上に急に猫にデレる女とか、ないわー……終わったー……」

「何や!?アカンのか!?アカンのか!?ちょっと待ったってくれ鈴音に悪気は無いんや!!猫が好き過ぎるだけやねん!!見た目がちょっとアレになるだけで無害やから!!」

 わあわあと慌てる危険生物達を、こちらも慌てた綱木が宥める。

「いやいや、ちゃうよ、ちゃう、終わってへんし、大丈夫やし、一旦落ち着こうお互いに!!なんや話噛み合うてへんぞ!?」

 三者三様に息を整え、顔を見合わせた。


「何の話をしようとしてたか、覚えとる?俺はもう、何がなんやったか……」

「えー……と、神使なった経緯と魂関係の事……ですよね?」

「そや、それで俺が呼ばれたんやった」

 そうだった、と全員で頷き、店内は漸く落ち着きを取り戻す。

「そんな話やったね。ほな、説明して貰てもええかな」

 若干老けたように見える綱木が、遠い目をしながら促した。

「はい。実は、どこからか降って来た神力宿した変な玉に激突されまして、それキッカケで偶然、神界の猫神様の元へお邪魔する事に」

 鈴音は虎吉のアドバイス通り、一連の出来事を簡単に纏めて話す。


 猫神に気に入られ神使になった事、猫神が犬神を頼って仕事の話を持って来てくれた事、その仕事に就く為に戦う訓練をした事。


「元々こういう仕事に就いてへんのは、どうも私の光は強過ぎるみたいで、怪奇現象に遭遇した事が無いからなんです」

 成る程と綱木は頷き、鈴音の膝上で大人しく座っている虎吉を見た。

 何度見てもどこから見ても普通の猫だが、やはり恐ろしい。畏怖の念とやらを抱かずにはいられない。

 偶然神界へ飛んだ等という話も、この猫を見れば信じるしかない。

 そして、そんな恐ろしい存在を平気で可愛いと言ってのけるような人物に、その辺の怪異程度が近付ける筈もない、と納得した。


「神界に行ったいう話も信じられる、ほんまに強い光やね。商店街で会うた時ビックリしたよ。俺が会うた事ある輝光魂は、犬神様の神使……今回の話を繋いだ陽彦いう高校生だけやけど、彼より鈴音さんの方が遥かに強い光しとるわ。こんな強い光やったらそら、悪霊化した魂なんかが近寄らんのも頷ける」

 綱木の話に、鈴音と虎吉は何とも微妙な表情で互いを見た。『まだ強い光なんか出してないのに』とどちらの目も語っている。


「あー、それで、さっきの、鈴音さんの方が虎吉様より強いいうあれはー……」

 目を伏せていたので鈴音達の微妙な様子には気付かず、綱木はどうしても確認したかった事を聞いた。

「ああ、あれは虎ちゃんの冗談ですよ」

「そ、そうかやっぱり。良かっ」

「ええ?いや、俺より速いし跳ぶし、総合的に見たら鈴音やろー」

「えーー?走り続けたらそうかもやけど、瞬発力では絶対勝たれへんし、そしたら一撃入れられて終わるやん。ジャンプかて本気出したらあんなもんちゃうでしょ?そもそも、体の大きさからしたら……」

 けど、そやかて、とやいやい続くやり取りを、綱木は無の表情で聞き流していた。

 と言うより聞き流すしかなかった。正に、ちょっと何言ってるか解らない、状態だからだ。


 神使になり力を授かれば、様々な能力が向上する事は知っている。実際、人の身で犬神の神使を務める男との共闘で、その強大な力に幾度も助けられた。

 だがその男の持つ力でさえ、彼の相棒を務める犬、黒花の足元にも及ばなかった。

 黒花の凄まじい攻撃力に圧倒的な持久力、耳と鼻で得る情報の正確さ。どれもこれも、道具を使わない限り、人では太刀打ち出来ないものだった。

 けれど黒花は、神使として特別扱いされていたわけではないらしい。犬神の神使は皆、同じだけの力を授かるそうだ。

 つまり、神使となって人並外れた力を手に入れたとしても、犬の得意分野に於いて、彼らより優れた能力を発揮するのは不可能なのだ。そもそもの実力が違い過ぎる。

 輝光魂ですら例外でない事は、『どうせ俺は犬のお世話係なんで』と綺麗な顔を歪めて、不貞腐れがちなお年頃の陽彦少年が証明してくれた。

 だというのに、だ。

 神使である猫より速いだの跳ぶだの、理解しろと言う方が無理である。


「……ひとつ確認やけど、鈴音さんは人で間違い無いやんな?」

「え?人ですよ?あれ?神使て人のカテゴリーに入らへんの?」

 自分達の会話の異常性には全く気付いていない様子で、虎吉に尋ねる鈴音。

「神使でも人は人やで?当たり前や。鈴音を何やと思てんねん」

 ジロリ、と綱木を見やる虎吉。

 猫と目が合ってしまった鼠の気持ちを味わいながら、綱木は釈明する。

「いや、恐ろしいくらいの神力持った虎吉様と渡り合うなんて、ほんまは人やのうて尊い存在の化身ちゃうんかと」

「ん?恐ろしいくらいの神力?あれ?俺、抑え損ねとる?」

 慌てて見上げる虎吉に、鈴音は首を傾げた。

「全開ちゃうな、私よりちょい強めかな、ぐらいしか判らへん」

「そらそうやな。そうか……これでも普通の奴には強ぅ感じるんか。それで鈴音の光も強い強い言うんやな……うわ面倒臭ッ、俺ちょっと間違うたかもしらん」


 鈴音が虎吉にした返答で、綱木は口をポカンと開けたまま固まっている。

『全開ちゃう、言うた。こっちは気ぃ抜いたら倒れそう思てんのに、全開ちゃうやて。なんやこの猫。もう、この猫が猫神でええんちゃうんか』

 そのまま尋ねれば『惜しい、分身や』という答えが返ってくるのだが、彼にその考えは浮かばなかった。


「あー、とにかく、鈴音は人で間違いないから。何かの化身とかちゃうから安心しぃ。あと、これでどないや」

 ふぬ、と踏ん張った虎吉から、溢れ出ていた神力が消えて行く。

 強い神力に曝される重圧から開放され、安堵の息を吐いた綱木だが、鈴音への謎は残った。


 ただ、謎ではあるが邪悪な気配は無いし、猫が絡まぬ限り至って普通の女性だ。

 戦える輝光魂が関東の陽彦だけという現状を考えても、不採用は有り得ない。

 魂の輝きからして、現時点で最強の戦力なのだ。

 それに、もし万が一あの会話が事実だったとして、神使の猫に負けず劣らずの力を持つような存在を野放しにする方が、余程危険なのではないか。


「おーい、どないや?アカンか?もしかして猫嫌いを神力のせいにして誤魔化しとっただけか?」

 虎吉の声で思考を中断し、急いで頭を下げる。

「ありがとうございます大丈夫です、申し訳無い。猫も嫌いやないですよ」

「鈴音、あの言い方やとアイツたぶん犬の方が好きやぞ」

「はいはい、私は猫の方が好きやで。それに犬とは限らんやん、兎かもしらんし小鳥かもしらんし……あれ、それやと猫嫌いそうやね天敵やもんね。やっぱ犬好きやろか」

 半眼で綱木を睨んでから、まるで母親に言いつける子供のように見上げて来る虎吉を、目尻を下げ口角を上げた顔で見やり優しく撫でる鈴音。

 先程から幾度となく繰り返される、そんな様子を眺めていると、強大な力の持ち主達にはとても見えない。


「……ホンマ不思議な人と猫や。ところで鈴音さん、この仕事の内容はどのくらい知っとるんかな」

 虎吉の神力が消えた事で落ち着きを取り戻した綱木が、穏やかな口調で問い掛ける。

 視線を綱木へ移した鈴音は、無意識なのだろう、虎吉の顎を指で擦りながら、記憶を辿った。勿論虎吉はご機嫌で目を細めている。

「えーと、悪霊退治的な仕事で、国家公務員がどうとか伺ってます」

「随分ふわっとした説明されたんやね……。面接受けたろ思てくれて助かったわ」

 苦笑いを浮かべる綱木に、鈴音は真顔で答える。

「猫神様が犬神様にお願いして下さって纏まった話なので、ビックリはしたけど、そんなもんなんかなぁと。言われてみれば、怪しさ全開ですね。悪霊だの国だの、霊感商法的な」

「ふふ、神様が絡んでなかったら……俺みたいなオッサンが持って来た話やったら、完全にアウトな案件やろ?国がそんなもんに関わっとるわけないがな、で終わり」

 確かに、と頷いて鈴音は真っ直ぐ綱木を見た。

「ホンマに、国が関わっとるんですね」

「ホンマに、関わっとるねん。今は厚労省の管轄。せやのに何で骨董屋なんかは後で説明するとして。実は朝廷があった時代から続く由緒ある仕事なんやで?」

「へー!知りませんでした。大昔から国が関わるぐらい、そないに悪霊てようさんたくさん居てるんですか」

 思わず周囲を見回す鈴音に、綱木は手を振って否定する。

「あ、ちゃうちゃう。悪霊言われる奴が湧く事は、あんまり無いねん。俺らが主に消すのは、おりいうて、人のマイナスエネルギーが溜まった物」

「おり……?マイナスエネルギー?」

 頭の周りにクエスチョンマークを大量発生させた鈴音を笑顔で見やり、綱木は幾度も頷く。


「人は、正と負……プラスとマイナスのエネルギーを放出しながら生きとる。誰かに良い事があった時、誰かには悪い事がある。その日が誕生日の人が居れば、命日の人も居る。正の力が多く出ても、同じ位の負の力が出て、結果、この世に流れる見えへん力は、相殺し合って均衡を保っとんねん。解るかな?」

 学生に戻ったような表情で大きく頷く鈴音。綱木は微笑んで続ける。

「ところが、その均衡が崩れる時がある。正の力は異常放出されても殆ど長続きはせんから、あまり問題にはならんねん。問題なんは、負の力の方やねんね。溜まる溜まる、まあ溜まる。怒り悲しみ、妬み嫉み僻み……他なんやろ?」

「似たような感じなりますけど、憎しみ恨み苦しみあたりですかね?」

「ああ、そうやね。他にもあるか知らんけど、まあそういった、負の力の源である負の感情言われるもんは、そう簡単に消えんのよ。好きな野球チームが優勝した、みたいな喜びの爆発力は凄いけど、せいぜい二週間程で落ち着くやんか?けど、誰ぞがムカつくやなんや言うとるような奴は、ずっと言うとるやろ。最悪そっから人殺しに発展したとして、それでスッキリサッパリか、いうたら今度はバレるんちゃうか捕まるんちゃうかの負の連鎖」

 大変迷惑そうな顔で首を振る綱木を、お疲れ様ですとでも言いたげな目で鈴音は見つめた。

 飽きたのか、虎吉は膝の上で大あくびだ。


「その調子で垂れ流され続けた負の力が、色んな場所に溜まる。そうすると、それに触れてしもた人に体調不良が出たり、心が暴走したり。触れたのが人やのうて魂……いわゆる幽霊やったら、悪霊化したりね。そういうのを防ぐ為に、負の力の溜まったモンである澱を、掃除して回るんが俺らの普段の仕事。悪霊化した魂から澱を取り除く作業が、いわゆる悪霊退治」

「はぁー……、知らん事ばっかりで、なんとも……。えーと、澱?をキレイにするのに、光る魂とか神様の力とかが役に立つわけですか」

 目線を動かし、脳内で情報整理をしながら話す鈴音に、綱木はその通りと頷く。

「言葉だけで全部一遍に説明しても解り難いやろから、仮採用いう事で現場に出てみぃひん?澱が溜まった場所に行けば、輝光魂の威力が一目瞭然やから」

 “仮採用”の言葉に鈴音の目がキラリを通り越してギラリと光った。

「是非!!是非お願いします!!」

「ぅおぅ。えっらい気合入ってんね?」

「キッチリ正式採用なって、お世話して下さった猫神様と犬神様の所へご報告に上がりたいんです」

 やる気満々鼻息も荒い鈴音を『わかった、どうどう』と宥めながら、近場の澱情報を確認しようとスマートフォンを取り出した綱木は、店の入口に人影を見つけ瞬きをする。

「あれ?鬼さん?まさかまた悪霊化した魂が出たんか?」

「え?お兄さん?綱木さんのですか?」

 振り向いた鈴音の視界には、ひょろりと背の高いスーツ姿の若い男性が、入口のガラス越しにこちらを窺っている様子が見えた。

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