綾のために
あれから一週間の夜のこと。念願が叶い、満流のある計画が実行するときが来たのだ。彼はみさき姉や陸都に連絡を取り、自分以外の荷物を準備し始めた。そして、毎晩している二人だけの作戦会議のことでもある。
「政流くん。以前お渡した持ち物リストを見て、準備をしてくださいね」
「分かった!俺、めっちゃ楽しみにしていたからが宿題を頑張ったぞ! 」
政流はいい子に出来たでしょと褒めてとしっぽを振る犬を思わせるように、キラキラとした目で満流を見る。
「よく頑張りましたよ」
満流が政流の頭をなでてやると、彼はニカッと笑った。
「満流も頑張ったな! 」
政流はそういうと今度は満流の頭を前にしたみたいに思いっきりグシャグシャにした。それでも彼は嬉しそうにニコッと笑った。傍から見たらどっちがどっちなのか名前を聞かなかったりとメガネがなかったりしたら区別がつかない二人。彼らの笑顔はとてもキュンとなるのも変わらない。
「満流、綾の荷物は? 」
「綾さんのは、僕が触るわけにもいきません。そのため当日にみさき姉さんが即効で荷造りをしてくださることになっています。みさき姉さんには予約をしてもらったり、陸都兄さんには 車の運転だったりお世話になりっぱなしです。申し訳ないです」
「別にいいんじゃん」
「えっ? 」
「みさき姉と陸都兄は俺たちにとって、姉ちゃんと兄ちゃんなんだから。甘えれることは甘えたほうが二人は喜ぶんだから」
「そうですね」
「これは綾のためになることなんやから」
「はい」
翌朝になり、満流たちはバタバタと朝から動いていた。
「みつる、まだ、あやおこさなくていいの? 」
「はい。まだ大丈夫ですよ」
「本当? 」
「はい。もう少ししたら起きる時間ですし、みさき姉さんたちがいらっしゃいます」
「あっ、そうだった! 」
「優太くんは忘れ物がないか確認と孝太くんを見ててくれますか? 」
「うん!分かった! 」
満流の行ったとおりに、少ししてからみさき姉たちがやって来た。
「満流、例のブツ持ってきたで」
「みさき姉さん、ありがとうございます」
「たぶん、綾の好みやと思うけどね」
「いくらですか? 」
「満流たちは払わなくてええよ。陸都からもらうから」
「ハァ? 」
「でも、悪いですよ。他にも協力していただいていますし」
「じゃあ、満流たちが大人になって働いてお金のゆとりが出来たら払ってな。ちゃんと、メモっておくから」
「分かりました」
「俺のこと無視してない? 」
「気のせい。気のせい」
「あっ、みさきさん、そろそろ時間なのでお願いします」
「そうだな。じゃあ、行ってくるな」
二人は時計を見て、事前に打ち合わせをした通りのことを実行し始めた。みさき姉は階段を静かに駆け上がり、コンコンと綾の部屋のドアをノックする。
「綾ちゃん、起きてる? 」
「……ん? 」
「みさきだよ。入るで? 」
「……ん? 」
綾は寝ぼけていて何か分かっていない。それを分かっているうえで、みさき姉は綾の部屋に乗り込んだ。
「綾ちゃん、勝手に入って悪いね。これからお出かけするぞ」
「ふぇ? 」
まだ寝ぼけている綾にとりあえず声はかけて、みさき姉は勝手にクローゼットから服や下着類を用意していたかばんに詰め込んだ。それでも綾はまだタオルケットにくるまっている。
「綾ちゃん、起きて!出かけるから着替えて」
「……ん? 」
綾はまだ起きる気配がない。みさき姉が呼びかけても、返事のようでそうでは無いようなことはする。
「こりゃダメだ。強行手段に移ろう」
みさき姉はテキパキと綾が着ているパジャマから私服に着替えさせた。そのままかばんをリュックのように背負い、綾をお姫様抱っこにした。時々綾は、あの時間に起きないことがあった。その時は起きるまで寝かしてやるが、今回はそうもいこなかった。全てはある計画のために、寝ている状態で綾を家から連れ出さなくてはならなかった。
「………満流」
みさき姉はなんとか階段を無事に下りることができ、みんながいるリビングに来て、ソファーに綾を寝かす。
「みさき姉さん、ありがとうございます」
「おつかれ」
「うん、ありがとう」
寝ている綾がいるので、全て小声で話さなくてはならない。
「綾さんの朝ごはんは、向こうに着いてからにしましょう」
「そうだな」
「皆さん、忘れ物無いですか?確認出来た人から、玄関に行ってください」
満流の指示のもと、俺たちは動き出した。綾は陸都がおんぶをして家の前に止めた車まで連れて行くことになった。
「陸都兄!俺がおんぶするのに」
「しょうがないだろ。政流は満流と一緒に優太たちのチャイルドシートをつけてもらいたかったの」
「うん」
政流は家の中でソファーで眠る綾を運ぶのは俺だと陸都と取り合っていたのだ。結局満流に説得されてしぶしぶ諦めた。
「みさき、ナビしろよ」
「ハイハイ」
「みさき姉さん、すみません。本当は僕がするはずでしたのに」
二列目に座る満流は、申し訳なさそうに謝った。
「満流! 」
みさきは低く鋭い声を出した。起きているメンバーは、ビクッと肩が上がった。
「は、はい」
「満流、アタシがいいって言うまで謝るの禁止な」
「えっ?満流はいつも頑張ってる。アタシやここにいる奴らはそれを知ってるし、感謝をしてる。だからな、お前が困ってたら助けてやりたいし、抱えてるもんを変わりに背負いたいんだ。満流は今の環境で大人にならねぇといけなかった。お前は大人じゃない、まだ子供なんや今日だけでも甘えろよ」
「みさき、男前だな」
「……」
「満流、俺らは謝られるよりありがとうって感謝される方が嬉しいんや」
「みーちゃ? 」
隣でチャイルドシートに座る孝太が、満流のズボンにポタッポタッと小さな雨が降ったのに気がついた。
「「満流? 」」
運転席や助手席に座る陸都たちが、振り返った。満流は手であふれる涙を必死に止めようとしても止まらなかった。
「満流、テッシュ使いな。眠たかったら寝な」
みさきは箱テッシュごと渡して、それを受け取った満流は泣いていて声が出なくて、ただ頷くしかなかった。
「出発進行」
陸都は、小さくつぶやくように言うと、車を発車させた。彼が運転する車とふたつのチャイルドシートは知り合いから借りたものだ。
3列目に座るのは、左から綾、政流、俺の順に座っている。眠っている綾が窓側の方がドアにもたれたり、政流が真ん中に座ることで綾と俺の対応がしやすくなったりする点で、この席順に決まった。
陸都が運転するこの車は、家を出てしばらくしてから高速道路を走った。空は快晴で青空がきれいで、太陽を隠す雲がないから、照りつける日差しが暑い。
陸都は愛用のグラサンをして、眩しいのをなんとかマシにしたけど、金髪とグラサンをしていると裏社会で生きている下っ端の人にしか見えなかった。
「陸都はガラが悪いな」
不意にみさきが、運転する陸都の横顔を見て呟いた。そういう彼女は、黒に近い茶髪で耳にはいくつかピアスが開けられている。
「人のこと言えるか? 」
「うっせぇ」
みさきは小さく笑った。傍から見れば俺たちは、ヤンチャな若夫婦の子供たちと映るのだろう。しかしすぐに違うとバレるはずだ。なぜなら思いっきり、俺たちが二人を姉と兄と呼んでいるからだ。
「みんな、エアコン大丈夫か?効きすぎてない? 」
「陸都兄。大丈夫! 」
俺たちきょうだいのなか唯一起きていた政流が答えた。綾は家からずっと、俺と孝太は車の揺れが気持ちよかったのと、満流は泣きつかれて寝ていた。
「了解。政流気分悪くなったら言えよ。まぁ、後三十分ぐらいしたらサービスエリアにつくからな」
「そこって何がうまいんだ? 」
「政流、そこは何するとこか分かってるか? 」
「食い物を食うところ」
「た確かにそうだけど。それだけじゃないからな」
「おみやげを買ったり、ご飯を食べて休憩したりするとこ」
「みさき姉、本当? 」
「そうや。政流たちはあんまり遠出したことないからね」
みさき姉は、バックミラーに映る政流を見つめた。俺たちきょうだいは長いこと両親と住んだことがなく、毎月振り込まれるお金をいかに少なく使うかを子供ながら考え生活をしていた。
保護者と成人した大人がいないのは危ないし、その当時はまだ小さい俺と孝太を連れて行くのも大変になる。
「政流、着いたらみんなを起こして休憩するぞ。チビらはトイレに連れて行かないと行けないしな」
「分かった」
「任したぞ」
「任された! 」
政流はニカッと笑った。それはミラー越しでも輝いてた。
サービスエリアに到着し、政流は綾以外を起こした。そして、みさき姉と綾を残し、陸都を先導に、政流、満流、俺、孝太は車を下りてサービスエリアのエアコンが効いた建物の中に入った。
「あや、だいじょうぶかな? 」
「優太、大丈夫。綾にはみさき姉がついてるからな」
政流はニカッと笑い、手を繋いでない方の手で俺の頭をワシャワシャとなでてた。
「うん」
「優太!何食べる? 」
「えっ? 」
「政流は食い物しか頭に入ってないのか」
「うん! 」
「いい返事だな」
政流の嗅覚によって見つたコロッケを陸都の奢りで買ってもらって食べたり、トイレ休憩をしてみさき姉と彼が交代で車て綾に付いてもらったりした。綾はまだ起きない。今回は深く眠りに付いているようで起きるまで寝かしてやるつもりだ。その時々で睡眠時間が違うのは俺たちと一緒だ。
「よし、出発進行! 」
「GO! 」
最初の出発と違って、政流だけが元気に返事をした。その後は、また高速に乗り定期的にサービスエリアによるようにした。
「あーちゃ、ねんね? 」
無口だった孝太は、最近になって少しづつ話すようになった。
「はい、綾さんはお休みしてますよ」
「いちゅまで? 」
「……いつでしょうね」
満流はどう答えようかと迷いながら答えた。綾はだんだん起きれなくなって来た。記憶障害だけど、身体は健康そのもので医者も首を傾げている。今回の計画にも医者から許可はもらっている。
家を出て四時間たち、目的地にやって来た。車から降りると、目の前には歴史が古そうな旅館があった。また陸都に綾を背負ってもらい、みんなで旅館に入った。
「陸都、いらっしゃい」
入った途端に陸都は旅館の従業員に声をかけられた。
「おう、保。よろしくな」
「任せておけ。事情は聞いているし、対応出来るとこはするからな」
「フッ、ありがとうな」
名前を呼び合い会話を聞くだけに、お互いをよく信用している仲なのだろう。
「コイツは、ここの若頭じゃなくて、若旦那の保。腐れ縁で、少しの間ここで住み込みで働かせてもらったことがある。まぁ、いいやつ」
「陸都に紹介された内容で間違っていません。何かありましたら、いつでもおっしゃってください」
保という男は、お腹が少し出ていて優しい雰囲気を持っていた。そして、陸都と俺たちとは喋り方を変えていた。
「陸都、これにその子を乗せてあげな」
「悪いな、相変わらずに気が利くな」
「だてに、ここの若旦那してないからな」
「フッ」
陸都は鼻で笑うと、保があらかじめ用意していた車椅子に綾を乗せる。
「部屋は、言われた通り一階の大部屋二つで三泊二日で取ってるからな」
「サンキュ」
「部屋はこことここな」
保はそう言うと部屋の鍵を陸都に渡した。少しやり取りをしてからチェックインが終わった。
「部屋に入ったら荷物置いて、布団引いて綾を寝かそうな」
「はい、ありがとうございます」
「陸都兄は、さっきの保さん?と仲が良いんだな」
「まぁな、フラフラしてた時に居酒屋で知り合ってからの付き合いやからな」
「陸都の人脈はすごいから。利用できるものはしような」
「それには俺の許可がいるからな」
「満流。孝太、寝ちゃったな」
「みさき、無視か」
「そうみたいですね」
「満流、それは俺に対してじゃないよな? 」
満流に抱かれた孝太は幸せそうに寝ている。
陸都に連れられ、俺たちはこれから泊まる部屋に入るのだった。そして、この計画は綾のために行われた旅行でもあるのだ。
読んでいただき、ありがとうございます!