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俺は十年間後悔した  作者: 宮原叶映
8/11

楽な夏と酸っぱい

俺たちにとっては少し楽な、夏休みがやって来た。

 夏休みは比較的に楽だった。(あや)の記憶では休みになっているから、学校へと無理矢理にでも連れて行こうとはしなくてよかった。楽な反面、大変なのが夏休みの宿題でドリルに、読者感想文に、絵などの難解なものがある。

 

「今日は読書感想文を書きましょう」

 

「何で? 」

 

「早めに大変なやつを片付けようぜ! 」

 

 政流(まさる)はまっすぐ綾を見て偽りなく答えた。実際に読書感想文は厄介だ。

 

「でも課題図書、分かんないよ? 」

 

「大丈夫ですよ。毎年同じなので、僕が何冊か候補に考えていた本をお貸ししますね。その中から好きなものを選んでください」

 

「うん。分かった」

 

 綾は不思議そうにしながらも、満流(みつる)が貸した中から好みの本を一冊選んだ。

 

「今から私の部屋で、これ読んでくるね」

 

「はい」

 

 綾の本を読むスピードは早く、読書感想文も得意だから一日で終わる。彼女は満流に似て国語が得意だ。

 

 また別の日も同じような理由で、夏休みの宿題を綾にやらした。満流は、政流と綾の夏休みの宿題を早いうちに終わらせようと必死だった。なぜなら、ある計画が立てているからだ。

 

「満流、俺宿題終わるのか不安」

 

「政流くん、大丈夫ですよ。今の調子でしたらギリギリ終わります」

 

「本当? 」

 

「本当です」

 

「満流が言うなら本当だな」  

 

 政流はニカッと笑う。いつも宿題が終わるのは彼が最後になる。

 満流の教育方針と指導力で政流と綾は、今まで長期休みの宿題を締め切りまでに終わらす事が出来ていた。彼は我が家の父親的存在で、綾は我が家の母親的存在である。

 毎晩、二人は綾のために会議をする。彼女が彼女らしく過ごせるようにしたいからだ。記憶障害である自分たちの大切な妹を、過保護すぎずに今まで通りに生きて欲しい。

 俺たちは全てのことから綾を守ることは不可能で、それは神でも同じだ。どんなに守りたくても、縛り付けてはいけない。子供の俺たちでも分かることである。すぐ近くにいない両親に代わって、育ててくれた周りの大人たちに助けてもらいながら生きていくしかない。

 

 

「満流。綾の明日の宿題は何をさせる? 」

 

「そうですね、明日は陸都(りくと)兄さんとみさき姉さんが来てくださるので自由研究か図画工作をしましょう」

 

「うん。そこらへんは人数がいたほうがやりやすいからな」

 

「はい」

 

 二人は意見交換をし、部屋の灯りを消して眠りについた。

 

 翌朝になると俺たちにはもう当たり前になった綾のその日の記憶が無くなったり、あの言葉を聞いたりすることを。

 

「綾さん起きてください」

 

「ん? 」

 

 俺たちは綾の記憶が失ったあの日から毎朝起こすようになった。なぜなら、彼女は事故前の時間に決まって目を覚ますからだ。それよりも早くに起こさないと、学校に遅刻してしまう。初めて綾が一度寝て公園に寝たときも同じだった。綾は人と違う時間で生活をするようになった。

 

「あれ?私寝てた? 」

 

「はい。そうですよ」

 

「満ちゃん、今何時? 」

 

「午前十時半ですよ」

  

「えっ? 」

 

 綾はベットから勢いよく起き上がった。その時に被っていたタオルケットも吹っ飛んだ。

 

「優太を公園に連れて行かなきゃ」

 

「行かなくて大丈夫ですよ」

 

「なんで? 」

 

「みさき姉さんたちが遊びに来てくれたんです」

 

「そうなの? 」

 

「はい。突然いらしゃったので僕も驚きました。綾ちゃんが家事で疲れてるようだったので、みさき姉さんが気をきかせて()()で寝かせてくださったんです」

 

「裏技? 」

 

()()()()()()()()

 

 満流はいつもと同じニコッと笑っているようでその目は笑ってない。

 

「そ、そうなんだね」

 

「はい」

 

 綾は無理矢理にでも納得するしかない。みさき姉に二次被害になることはなく、本人がそう言えといったからだ。

 

「おなか、すきませんか? 」

 

「そういえば空いたかも」

 

「ホットケーキを作ったので、一緒に食べましょう」

 

「うん!私ホットケーキ好き! 」

 

「そう思って、焼きましたよ」

 

「ありがとう! 」

 

 満流はニコッといつもと同じように笑う。

 

「あれ? 」

 

「今度はどうしましたか? 」

 

「私、パジャマ着て寝てる? 」

 

「あぁ、それはみさき姉さんが着替えさせたんです。服にシワがないようにと」

 

「そうなんだね。後でお礼言わなきゃ。じゃあ着替えるから先に下に降りてて」

 

「はい、分かりました」

 

 満流は綾の部屋から出て、一階のリビングにやって来た。彼の計らいと言っていいのだろうか、たまにはあの時間まで寝かせてあげて、時間の辻褄(つじづま)が何の違和感もないようにしたのだ。政流は戻ってきた満流に聞いた。

 

「満流、綾はどんな感じ? 」

 

「いつも通りです」


満流は、そう答えてみさきの方を見た。


「みさき姉さん、口裏合わせをしたい点があります。耳をお借りしていいでしょうか? 」

 

「もちろん」

 

 満流はみさき姉の耳に、コソコソと何かを話した。彼女は、うんうんと相槌を打ちながら話を聞いた。

 

「お安い御用」

 

「ありがとうございます」

 

 少ししてから綾の部屋のドアが開き、階段を駆け下りてこっちにやって来た。

 

「お待……たせ? 」

 

「綾ちゃん、どうした? 」

 

「みさきちゃんの後ろに……」

 

 綾はみさき姉さんの後ろにいるある人物に指を指した。

 

「あぁ、この金髪は無害なやつだから大丈夫。何かしてきたら、あたしがコイツの急所に蹴りを入れるから」

 

「………」


 みさきその発言に、周りはシーンとした。


 

「あ、あの……み、みさきさん。いきなり怖いこと言わないでくださいますか。俺、ろくに紹介をされずにインパクトがある意味怖いことを言われてるんですが……」

 

 陸都は予想していないことをみさき姉に言われて、思わず敬語になってしまった。金髪のチャラついて見える彼は震えている。

 

「何言ってんの?()()()のアンタの保証を昔から知ってる、このあたしが言ってあげてるの。ありがたく思いなさい」


「俺のことをこのままじゃ、綾ちゃんに名前が分かんなくて呼ばれないんだけど」


「そっか。綾ちゃん、コイツのことは金髪でいいから」


「「えっ? 」」


 ()()()の二人は驚いた。


「みさき姉! 」

 

 政流が突然大声で元気に手を上げた。みんなその声にビクッとなった。

 

「政流、どうした? 」

 

「ホットケーキが冷める!綾の大好物のホットケーキが冷めたらマズイ! 」

 

「それは()()()()()()()()()()!よし、食おう! 」

 

「「えっ? 」」    

 

 いきなりの展開に付いていけない()()()の二名を残し、話をさっさと進めようとするみさき姉だった。

 

「いただきます」

 

 政流は先に食べ始め、みんなは慌てて食べ出した。 

 

「綾さん、彼は陸都さんと言います。いつもお世話になっている八百屋(やおや)さんの息子さんで、(たけ)兄さんのお兄さんになので、安心出来ます。今日はみさきさんと偶然お会いしたそうですよ」

 

「満流、紹介ありがとう!誰かと違ってちゃんとしてくッ……」

 

 楽しそうに話していた陸都が突然顔を歪めた。


「陸都兄さん、どうしましたか? 」

 

「あぁ、気にしなくて大丈夫。コイツは時々こうなるから」

 

 陸都の代わりにみさき姉が答える。なぜなら机の下で、思いっきり彼の足を彼女に踏みつけられて痛くて悶ていたからだ。

 

「そ、そうなんだね」

 

「綾、ホットケーキ美味しいか? 」

 

「政ちゃんが焼いてくれたホットケーキ、とても美味しいよ! 」

 

「何で俺が焼いたって分かった? 」

 

「政ちゃんは昔から自分で作ったものに対して、目をキラキラさして聞いてくれるんだもん」

 

「それは昔からの癖ですね」

 

「うん」

 

 綾にとっての昔は、どこからどこまでなのだろかと、その単語を聞く度に考えてしまう。その当時の俺は何も考えずに、ホットケーキを頬張るガキだったが。


「綾ちゃん、()()()のコイツと朝からホットケーキ食べるの嫌かもしれないけど。許してやってな」

 

()()()って連呼するなよ。俺はみさきと満流の紹介してもらっても、まだろくに綾ちゃんと話せてないんだよ」 

 

「おはよう」

 

「お、おはようございます」

 

「今更じゃない? 」

 

「みさきは黙れ、何に対しても挨拶は大事だからな」

 

「そうですか」

 

 陸都はみさき姉を無視して、気を取り直してと深呼吸をしてから話しだした。

 

「改めて、俺はいつもご贔屓(ひいき)にしてもらっている八百屋の長男の陸都。こんな見た目してるけん、怖いかもしれんけど、相槌だけでもええから会話はして欲しいって思ってるから。よろしくな」 

 

「……はい」

 

「陸都兄さん、すみません。綾さんは少し人見知りです。悪気は無いので……」

 

「満流大丈夫。分かってるからな」

 

「綾。陸都兄は、この年になるまでフラフラしてたんだって」  

 

「ブッ」

 

 陸都は飲んでいたリンゴ酢を吹き出した。

 

「陸都、汚い」

 

「陸都兄さん、テッシュをどうぞ」

 

「満流、ありがとう。そして、政流は爆弾発言するな」

 

 陸都は、もらったティッシュで口や吹き出して濡れたところを吹きながら言った。それに対して政流はキョトンとしている。

 

「俺は間違ったこと言ってないぞ? 」

 

「政流は偉いぞ。金髪のことを嘘偽り無く綾ちゃんに教えてあげてるんだよな」

 

「ちょっ……ツ。……みさきさん痛いって」 

 

 ツッコミを入れようとした陸都を、みさきはお得意の足で攻撃をした。それを知らない政流は褒められたと思って照れて頭をかいた。

 

「政流はかわいいな! 」

 

 なぜか近所に住む男の子に対してブラコンを発症したみさきは、メロメロになっている。その隣で陸都は二人を優しく見つめていた。


「陸都兄さん、どうしました? 」     

 

「えっ? 」

 

「二人をじーと笑顔で見つけていましたので」

  

「金髪、キモイ。変態」

 

「あのなぁ、みさき。俺は金髪だけどキモくないし、変態でもねえ」

  

「フーン」

 

 みさき姉は興味を無くしたのか、満流以外を愛で始めた。陸都の話を最後まで聞くのは決まって満流だけだった。

  

「気を取り直して、俺はしばらくフラフラしたってさっき話しただろ? 」

 

「はい」

 

「色んな仕事をしてもこれだっての見つかんなんくてな。そんなときに行った昔ながらの喫茶店で、運命的な出会いをしたんだ。恋とかじゃなくて、おれがしたかったことに気付かされてな」

 

「はい」

 

 満流だけは、相槌を打ちながら陸都の話を聞いていた。

 

「その人たちが温かい人で、いつも笑顔で優しいんだ。何だかさっきのみさきと政流のやり取りを見て懐かしく思えたんだ」

 

「とても幸せな体験をしたのですね」

 

「あぁ、そうだな」

 

 陸都はとても嬉しそうに笑った。満流たちにとっては何度も聞いたことのある話。でも何度聞いてもいい話だから何度も聞きたくなる。

 


「満流、今日は何するん? 」

 

 みさき姉に呼ばれて、満流は陸都に断りを入れて席をたった。  

 

「俺はアイツを笑わせたいな」  

 

 陸都はさっきの光景を見て想った小さな独り言は、にぎやかな俺たちによってかき消され、誰にも届かなかった。彼はリンゴ酢を味わって、また彼女を見つめていた。

陸都「酸っぱい」


りんご酢って、時々酸っぱいですよね。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回は、この話の続きになります。

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