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俺は十年間後悔した  作者: 宮原叶映
7/11

綾に失くて俺たちには有るもの

綾は毎日その日を失くす。俺たちは、毎日その日のかけらが有る。

 今日もまた俺たちは、頭を悩ませる。綾は学校に元気に行って、帰ってきた。

 

「政ちゃん、明日友達のみづきちゃんと学校が終わったら遊ぶ約束したの」

 

「そうなん。どこで遊ぶん? 」

 

「ここ」

  

「急やな。大丈夫だけど」

 

「みづきちゃんが、暑いから公園で遊んだら熱中症になるかもって。みづきちゃん家で遊ぶのは、使用禁止って」

 

「分かった。綾、俺に言ったってことはまだ満流に言ってないんやろ? 」

 

「正解」

 

「俺が言ってやるよ。綾は優たちをみてて」

 

「はーい」

 

 政流は、リビングを出て二階の満流と一緒に使っている部屋に向かった。

 

コンコン

 

「満流、今いいか? 」

 

「はい、どうぞ」

 

「入るぞ」

 

 政流は部屋に入った。彼らの部屋は、二段ベッドに二つの勉強机などがある。

 本棚には、二人が共有して本や漫画などを入れている。タンスの上には、二人の賞状や盾が飾られていた。キレイ好きの満流に対して、政流は大雑把で片付けが苦手。それぞれの机やベッドから見て取れる。

 満流は、勉強机で宿題と思いきや予習をしていた。

 

「満流、緊急事態発生」

 

「えっ? 」

 

「明日、みづきちゃんがここに遊びに来る」

 

「本当ですか? 」

 

「うん。さっき、綾から聞いた」

 

「みづきさんは幼馴染だから、綾さんのことは理解してくれているはずです。後で、電話で連絡を取ります」

 

「うん。公園をさけて、自分の家をだめってして、ここにしてくれたみたい」

 

「その判断、正しいです」

 

 みづきとは、綾たちの幼馴染でとても優しくて天然な人である。

 公園を避けたのは、事故のことを何かの表示に思い出すかもしれないから。みづきの家をだめってしたのは、記憶に影響しないように、ボロが出てしまったときの対応が俺たちにしてもらうためだ。

 

 政流は、満流の部屋を飛び出したかと思えば、ドタドタと階段を駆け下りて、廊下を走り俺たちがいるリビングのドアをバーンッと開けて突っ込んで来た。

 

「綾!満流がいいって! 」

 

「本当? 」

 

「本当!なっ、満流。あれ?ついてきて無かったのか? 」

 

 政流が後ろを振り返ると、満流はいない。少してから、彼はリビングに現れた。

 

「政流くん、何度言えば分かるのですか? 」

 

「なんか言ってたか? 」

 

「ハァ〜、階段は音を出さずに降りて、廊下は走らない。勢いよくドアを開けない。下の子たちがマネをしたらどうするんですか?と何度も何度も言っているのですよ。耳にタコができるぐらいには言ったはずなんですが」

 

「そ、そういえば言っていたな。次は気をつけるよ」

 

「それはもう聞き飽きました」

 

「満流」

 

「はい。なんでしょう? 」

 

「たこ焼き買いに行こう」

 

「耳にタコができるで、ヨダレを出してたこ焼きを買いに行こうって言わないでください」

 

 満流は同じ双子で、兄の政流に頭を悩ましていた。

 

「綾さん、みづきさんに後で時間やその他諸々のことを電話しますね」

 

「うん」

 

 プルルプルルと固定電話が鳴った。満流が電話に出た。

 

「もしもし、こんにちは。みづきさん。満流です。ちょうど明日のことを連絡しようと思っていたところです。ちょっと、待っていただけますか? 」

 

 満流は、そういうと電話を保留した。

 

「すみません。静かに電話をしたいので、皆さん二階に行ってもらえませんか? 」

 

「おう!そうだな。満流は、周りの音に敏感だからな。じゃあ、上に行こう! 」

 

 政流は半端強引に、俺たちを二階に連れて行った。その後、満流は俺たちが無事に二階に行き部屋に入った音を確認して、電話を再開した。

 

「政ちゃん、何するの? 」

 

「そうだな、今日は天気がいいからお昼寝しよう」 


「うん、そうだね。でも私は、宿題をやりたいんだよね」


「綾、絵本読んで! 」

 

「なんで? 」

 

「綾は、絵本読むの得意だろ」

 

「そう? 」

 

 綾は、俺と孝太の方をチラリとみた。

 

「あやがえほんよんでくれるの、おれすきだぞ!だって、まさるヘタだもん」

 

「綾、六歳にヘタって言われた」

 

「政ちゃん、本気にしすぎないでね」

 

「うん」

 

 落ち込む政流を頭をよしよして励ます綾。

 

「政ちゃんが私に読んでって言ったじゃない。ねぇ? 」

 

「うん。じゃあ、読んで!読み終わったら宿題してええよ」

 

「はいはい」

 

 綾は渡された絵本を読んであげた。俺以外は、わりとすぐに寝た。

 

 

 みづきとの電話を終えた満流は、二階の俺たちがいる子供部屋にやって来た。ドアに耳を当てて中の音を確認した。話し声が聞こえず、とても静かだったからそっとドアを開けた。

 

「みんな、お昼寝しているんですね」

 

「満ちゃん、そうだよ」

 

「綾さんは、宿題をしているんですか? 」

 

「先生に今日のうちにやって、ファックスで送って言われたの」

 

「そうなんですね。ちゃんとやってるのは偉いですよ。どこかの誰かと違って」

 

「ふふふ、そうだね」

 

 先生は、明日になれば忘れる綾のために色々と試行錯誤をしながら考えてくれている。綾に対する配慮だからといって、宿題をしないでいいとなれば特別扱いとなり、他の児童に反感を買うかもしれない。

 そのため、記憶がリセットされ宿題の存在を忘れてしまわないように、その日のうちに家でみんなと同じように宿題をする。そしてファックスで、学校に送り提出することになった。

 

「分からないところがあれば、言ってくださいね」

  

「うん。大丈夫。あっでも、算数教えて欲しいかも」

 

「はい。分かりました」


 満流はニコッと笑い、綾の頭を撫でた。

 

「満ちゃんの今の笑顔は、政ちゃんと瓜二つだったよ」

 

「双子ですから。でも、嬉しいですね」

 

 満流は、メガネをクイッとあげた。

 

「満ちゃん、優と孝はあと少ししたら起こさないとね。夜寝れなくなるから」

 

「そうですね」

 

 二人はそれぞれの宿題をして、俺たちを起こした。

 

「満流、おはよう」

 

「政流くん、おはようございます。僕と綾さんは宿題が終わりましたよ」

 

「ハァ?勝手に終わらすなよ。俺、全然終わってないから。いつも一緒にやってるじゃん」

 

「政流くんが気持ち良さそうに寝ていたので、起こさなかったんですよ」

 

「それはしょうがないな」


 政流は、満流の優しさを知ってうれしそうだった。また政流はニカッと笑った。

 

「で、宿題教えてくれ」

 

「分かりました。でも、少しは自分で解きましょう。今日の授業で使ったノートと教科書を出して下さい。それを見ながら、少しずつ考えて解いてみてください」

 

「分かった……」

 

「半分解けたら、ご褒美に政流くんのご飯大盛りにしますから」

 

「本当か? 」

 

「本当ですよ。僕が嘘をつくと思いますか? 」

 

「思わん」

 

 満流は満足したのか、ニコッと笑った。政流は一度寝たらなかなか起きないけど、スッーと起きる時もある。

 

「綾さんが晩御飯を作ってくれます。僕は、洗濯を取り込んで畳んできますね」

 

「分かった。優太たちは? 」

 

「優太くんたちは、テレビアニメに夢中です」

 

「えっ?サッカーアニメか? 」

 

「はい。政流くんが好きなアニメですよ」

 

「起こせよ!! 」

 

「さっきも言いましたよね」

 

 満流は政流に、ニコリと笑顔を見せると部屋を出ていった。残された政流は、ブルっと身体を震わせた。

 

「怖っ! 」

 

 同じ顔なのに目が笑っていない笑顔を見るとはある意味怖い。

 

 

 満流は、一階に降りてリビングに行くと足元に衝撃を感じた。

 

「っ、孝太くんどうしましたか? 」

 

 孝太は満流の足にベタリと引っ付いた。彼のズボンは、少し濡れた。

 

「みつる、もどってきてくれてよかった」

 

「どういうことですか? 」

 

「満ちゃんがさっき、政ちゃんを起こしに行ったでしょ。それで孝がね、不安になっちゃったみたいで、そこのドアに向かう途中にコケちゃって」

 

「なるほど分かりました」

 

 満流は孝太の頭を優しく撫でて、目線が合うようにしゃがんだ。

 

「孝太くん。痛かったですね。氷で冷やしましょうね」

 

 孝太は痛いのを我慢をしていた涙がブアっと小さな目から流れた。

 

「みーちゃ、うぇ〜ん!! 」

  

 と、孝太は珍しく声を上げて泣いた。満流は痛かっているところを優しく撫でてやった。

 

「痛いの痛いの飛んでいけです」

 

 なぜか恥ずかしがっている感じがした。

 

 

 それから、晩ごはんを食べて順番に風呂に入り寝る時間になった。

 

「みんなおやすみ。明日みづきちゃんと遊ぶ約束してるから早く寝るね! 」

 

「は〜い。綾、それは放課後の話だからな。ちゃんと明日学校に行かなきゃ無しだからな! 」

 

「なんでそうなことを言うの? 」

 

「学校に行ったご褒美だから? 」

 

「政流くん、何で僕の方を見るんですか?自分で言ったことに自信と責任を持ちなさい」

 

「は〜い。まぁ、そうことだ! 」

 

「政ちゃん、適当すぎだよ」

 

「おやすみ!綾、いい夢を見るんだぞ! 」

 

「うん! 」

 

 綾はクスッと笑い、リビングを出て自分の部屋へと階段を上がっていった。政流と満流は綾の部屋が閉じられた音を聞いてから、これはもう日課になっている明日のための作戦会議をするのだった。

 

 

 コンコンとドアをノックする音で綾は、夢の世界から現実に戻っていった。

 

「満流です」

 

「う……ん? 」

 

「綾さん、朝ですよ。 起きてください」 

 

 綾はドアの前で満流の呼びかけに目が覚めていた。そして、いつものように自分の部屋で寝ていることに違和感を覚えたのだ。

 

「あれ?寝てた?朝? 」

 

 混乱している綾の声をドア越しに満流は聞いていた。

 

「綾さん、お部屋に入ってもいいですか? 」

 

「うん」

 

 満流が部屋に入ると、綾は寝癖とまだ少し寝ぼけているのかボーとしてベッドの上にちょこんと座っていた。

 

「綾さん、おはようございます」

 

「満ちゃん、おはよう? 」

 

 綾は目をこすりながら、不思議そうに言った。今の綾なら大丈夫そうだと満流は直感でそう思った。

 

「今日は、学校があります。綾さんは学校が終わると、我が家でみづきさんと遊ぶ約束をしています。分かりましたか? 」

 

「うん? 」

 

 綾は、まだ完全に目が覚めていないのかピーンと来ていないようだ。しかし綾の中には頭の隅に俺と公園に行くことになっている。

 

「満ちゃん、私は優と、公園に行かないといけないの」

 

「そうですね。でも公園は別の日に行くことにしたのですよ」

 

「そうなの? 」

 

「はい。政流くんの宿題が終わりそうにないのと、雨が降ったのでやめたのです」

 

 本当に昨日通り雨が降ったから嘘ではない。もしも綾が不思議がって、調べたり人に聞いたりしてもどうにかごまかせる。あの日、雨は降っていない。しかし、綾はそこを気にしなかった。

 

「そうなの? 」

 

「はい。そうですよ」

 

「学校あるって嘘だよね。だって今日は、休日だよね? 」

 

 綾は会話をしていく中でだんだんと頭が覚醒していった。

 

「……綾さんは記憶をするのが苦手になったんです。綾さんが思っている日からは何日も経っています」

 

「分かった」

 

 綾は満流の言うことを信用している。

 

「満ちゃん、私着替えてすぐに行くから先に行ってて」

 

「分かりました」

 

 満流はニコッと笑うと部屋を出ていった。それからリビングに戻ると綾以外は食卓を囲み、湯気が立ち上る朝ごはんを犬が待てをしているように政流はヨダレを出して静止していた。

 

「政流くん、作戦成功です」

 

 満流は綾に聞こえないように、政流の耳元でコソッとそれを伝える。

 

「了解!もう食べていい? 」

 

 政流の頭は大事な作戦よりも目の前の朝ごはんを食べることに支配をされている。腹の虫がすごい大音量でぐう〜ぐう〜と鳴く。

 

「ちょっと待ってください」

 

 満流は耳を澄まし、綾が部屋を出て階段を下りる音を聞く。今日はみんなでご飯を食べようということにしていたのだ。

 

「みんな、おはよう! 」

 

「綾、おはよう! 」

 

「みんな、私が来るの待っててくれたの? 」

 

「そうだぞ! 」

 

「政ちゃん、ヨダレ出てるよ」

 

「本当か? 」

 

 政流は制服の袖で拭った。

 

「さぁ、食べましょう」

 

「「「「いっただきまーす! 」」」」

 

 俺たちの家では、白ご飯、ハム、玉子焼き、果物、牛乳というメニューが定番になっている。時々食パンにハムチーズや目玉焼きをのせる場合もある。

 朝ご飯ではにぎやかに話しながら食べていた。その中には、綾が学校に行くなら職員室に寄ることや学校に行かないのならおばちゃんたちに協力をしてもらうことを伝えるのだ。

 いつも満流や綾が先に食べ終わり、皿を洗ったり歯を磨いたりしていた。のんびりなのは政流と孝太だった。

 

「今日の朝ごはんは、政ちゃんが作ってくれたの? 」

 

「よく分かったな」

 

「政ちゃんの玉子焼きは少ししょっぱいから」

 

「えっ!? 」

 

 政流は驚き、満流の顔を見た。

 

「確かに、そうですね。これは政流くんの好みですから」

 

 政流の好みは少ししょっぱいで、我が家ではほとんど甘すぎない甘さの玉子焼きが好きなのだ。

 

「まさる、おいしいよ? 」

 

「優太は、俺の味方だ! 」

 

「ふふふ、そうだね。政流くん、早く準備しないと学校に遅刻するよ」 


「ふぇっ!? 」

 

 政流はどこから出したか分からない声を出して、バタバタと学校に行く最終準備に取り掛かったのだった。

 

 


 放課後になると生徒たちは、クラブ・部活や塾や家で遊ぶと様々なことで過ごしていた。通学路では、友達と仲良く手を握って帰る綾の姿があった。

 

「みづきちゃんと遊ぶの楽しみにしてたんだ! 」

 

「綾ちゃん、うちもそうだよ! 」

 

「何して遊ぶ? 」

 

「何しようかな? 」

 

 リンリンと二人の後ろから元気に自転車のベルが鳴った。

 

「あっ!政ちゃん!びっくりした! 」

 

「ごめん、ごめん! 」

 

「もう!全然悪く思ってないでしょ」

 

「みづきちゃんといるの見えたからな」

 

「政くん、後ろで優くんの顔色が悪いよ? 」

 

 みづきの言う通りで、俺は政流の保育所から猛スピードに自転車を漕がれて揺れて気分が悪くなった。

 

「優、大丈夫?政ちゃん、優をおろして上げて 」

 

「分かった」

 

 政流が自転車の荷台から俺を下ろすと、綾がランドセルを一旦みづきに渡した。それから俺をおぶってくれた。本当は綾におぶらるのは恥ずかしかったけど。

 今は自転車の荷台の椅子に座ってるのはなんか嫌だった。みづきが受け取った綾のランドセルをさらに政流が受け取って俺が座っていた椅子に置いた。

 

「優、ゆっくり歩くからね。吐きそうになったら言ってね」

 

 背中ごして綾は、俺を気遣ってくれた。それが嬉しかった。綾はあの日大怪我をしたと言っても若さからなのかあっという間に回復をしていた。だから俺をおぶっても大丈夫だ。

 

「うん、あやありがとう」

 

「いいんだよ」

 

 俺のせいで綾は一生記憶で困ることになっても、今までと変わらず優しいお姉ちゃんでいてくれた。

 

「政くん。満くんと孝くんを置いてったの? 」

 

「ハハッ……」

 

「ハハッ……じゃないでしょ。綾ちゃん! 」

 

「みづきちゃん? 」

 

「綾ちゃん家に行ったら、政くんを怒らないとね」

 

「そうだね」

 

「えっ」

 

 政流が嫌がっていると、満流たちが遅れてやって来た。

 

「政流くん!いいかげんに……してください……」

 

 そう怒る満流は息を切らせながら言った。

 

「はい」

 

「優太くん、大丈夫ですか? 」

 

「うん」

 

 満流は優しい。そのせいでいらない苦労をしている。

 その後は黙って家へと歩いた。手洗いうがいをして、綾がみんなですごろくをしようと言ったのでそれをすることになった。

  

「次は、綾の番だぞ」

 

「うん。エイっ! 」

 

 綾の振ったサイコロは六だった。声を出しながら自分のコマを動かす。

 

「綾ちゃん、強いね」

 

「そう? 」

 

「うん」

 

 すごろくはとても楽しかった。結果としては、政流が勝った。

 

「政流くん、すごいですね」

 

「えへへ」

 

「だからって、先程のことは説教ですからね」

 

「……はい」

 

 政流は、頭をガクッとして落ち込んでいた。

 

 プルルプルルと固定電話がなった。

 

「あっお母さんからかも」

 

「僕が出ますので、みづきさんは帰る準備をしてください」

 

「はーい」

 

 満流が電話をしている間、みづきは忘れ物が無いかカバンの中や周りを確認していた。

 

「みづきちゃん、ちょっと聞いていい? 」

 

「うん。いいよ? 」

 

 みづきはこのとき何かを察した。

 

「私って、記憶が出来ないから今日のことも忘れっちゃうよ?これからもそうだよ。私のせいでみづきちゃんを困らせちゃうよ。今日、ここで遊ぼうって言ったのも気を遣ってくれたのでしょ? 」

 

 綾の瞳からはポロポロと溢れ落ちていた。

 

「綾ちゃん。うちは綾ちゃんの記憶のこと知ってるよ。でもね、うちはそれで困ることなんてないんだよ。うちは、こうなる前の綾ちゃん、今の綾ちゃんを知ってる。うちの記憶の中には変わらず綾ちゃんがいるの。それでいいの。今日のは綾ちゃんの言う通りだけど、大好きだからしてるの」

 

「みづきちゃん……ありがとう」

 

「いいんだよ。綾ちゃん、泣かないでよ。うちまで泣いちゃうじゃん……」

 

 二人は抱き合って泣いた。みづきの言葉に俺たちは救われた。

 

 しばらくしてから、みづきのお母さんが迎えに来た。二人はまだ抱き合っていた。

 

「みづきさん、お母さんが迎えに来てくれましたよ」

 

「はい。教えてくれてありがとう」

 

「いえいえ。こちらこそありがとうございます。綾さん、そろそろみづきさんを離して上げてください」

 

「……う……ん」

 

 綾はしぶしぶみづきから離れた。みんなで玄関に行った。

 

「綾ちゃん、みづきと遊んでくれてありがとうね」

 

 みづきのお母さんは優しい笑顔で言った。綾は泣いた顔を見られたくないのか顔を下にしていた。

 

「綾ちゃん! 」

 

 うつむく綾が前を向くように、わざとみづきは大きい声で呼びかける。

 

「うちはね、綾ちゃんとどんなときも仲良しだよ。また明日、学校で会おうね」

 

「うん!みづきちゃんありがとう。私も同じだよ。また明日ね! 」

 

 綾はニコッと笑顔で言った。そしてまた泣いたのだった。俺たちにとってのみづきの言葉にいつも助けられている。

 今までの俺たちはどこか臆病になっていたのかもしれない。記憶が更新されないからって、綾は変わらず綾なのに、どこか違うと思っていたのかもしれない。

 後に綾は、あることを言っていた。

 

「みづきちゃんに、肯定してもらった気がするの。私の記憶がおかしいからって、綾でなくならない。私の記憶がおかしいから、失くなってしまっても、他の人たちの記憶にはその時の私が綾がいる。難しいく考える必要なんてないってこと」

 

 その時の綾が嬉しそうに言っていたことを、俺たちは忘れてはいけない。

読んでいただきありがとうございます。

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