理解したくない現実
綾の記憶は、複雑。
「あれ、私いつのまにか寝てた? 」
綾は誰もいない病室で目を覚ました。
「ここ、どこだろう? 」
この場所は綾にとって、見覚えがなかった。
「えっ?これ何? 」
点滴も綾にとっては、見覚えがなかった。綾は混乱したまま、点滴を抜いて病室を飛び出した。
「優太、どこにいるの?公園に行くんでしょ」
綾は一緒に公園に行くはずの俺がいないから、病院の廊下を探しながら歩いた。少ししてから、最初は感じなかった怪我の痛みでその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか? 」
と、近くを通った看護師に声をかけられた。看護師は、綾の状態を見て驚いた。頭に包帯を巻き、付けているはずの点滴を外し、事故で大怪我をしているのに、裸足で病室を抜け出しているのだから。
「綾ちゃん、病室に戻ろうね」
「何で、私の名前知ってるの? 」
「ここがどこか分かりますか? 」
看護師は綾の問いに違和感を感じたのであえて答えず、逆に自分から問いかけた。
「分かんない」
綾は、正直に答えた。
「そうなんですね。ここは病院で、私は看護師です」
「そうなの? 」
「はい。綾ちゃん、さっきいた病室に一緒に行きましょう」
「何で? 」
「綾ちゃんは、怪我をして入院しているんですよ」
「そうなの?あっそっか 」
綾は、ようやくそのせいで身体が痛かった理由が分かった。
「はい、そうですよ」
「で、でも優太と公園に行かないといけないの」
「分かりました。でも、病室に戻ってから考えようか」
「うん」
綾は看護師に支えられながら病室に戻った。その後看護師は医者にこのことを伝えて、検査と診察が行われた。
「落ち着いて聞いてください」
病院から連絡が来たので、中学校から政流と満流は慌ててやって来た。きょうだいの中で、頭が良い満流が聞くことになった。
「綾ちゃんは、記憶喪失です」
「それは、聞きました」
「はい、昨日言いましたね」
「今日僕たちを呼んだのは、何か変化があったってことですか? 」
「その通りです」
医者は、MRIの写真を満流に見せながら前とほとんど変わらない説明をした。
「綾ちゃんは、昨日のことを覚えていません」
「えっ?どういうことですか? 」
医者は、先程起こった出来事について説明をした。
「冗談ですよね」
「本当です。一緒に綾ちゃんのところに行きましょう」
医者は、それでも信じることが出来ずにいた満流と廊下で終わるのを待っていた政流を連れて綾の病室に行った。
「あっ、満ちゃん!政ちゃん!私、優と公園に行くはずなのに、なぜか怪我で入院してるの。どういうこと?わけわかんないよ」
満流は、昨日と同じことを言った綾にショックで、手に持っていたカバンを床に落とした。
「満ちゃん、大丈夫? 」
「……」
満流は、少しの間方針状態だった。医者の言っていることを信じたくなかった。でも、綾に会ってそれが現実だと知ったのだ。
「満流、これってどういうことだ?」
何も知らない政流は、満流に耳打ちをする。この場に置いて、綾の記憶喪失について知るものは医者と満流だけだった。
「満ちゃん、泣いてるの? 」
「えっ? 」
満流は、綾に言われて初めて自分が泣いているのに気が付いた。
「すみません。自分でも何で泣いているのか分かりません」
「そうなの? 」
「はい」
「満流が泣いてんのは、俺のせいだな」
「「えっ?」」
「何で満っちゃんまで、驚いているの? 」
「それはな、俺が黙っとけっていたのに自分から言っちゃったからな。そうだろう、満流」
「はい、そうなんですよ」
「俺の頭の悪さっていうかなかなか理解出来ないのに、呆れを通り越して泣けてきたんだと思うぞ。今まで、それが溜まっていたからふと溢れて出たんだ」
「そうなんだね」
「はい。同じ双子なのに僕の方に理解力が付いてしまったせいで、政流くんが可愛そうなことになってしまったから」
「満流、珍しく俺をディスったよな」
政流なりに考えた苦しい言い訳が、うまくいったと喜んでいた彼に満流なりにそれにノッた結果がデイするになってしまった。
「本当に?満ちゃんは、私を見て泣いた気がしたんどけど。気のせいだった? 」
綾の鋭さは、二人の図星だった。
「すみません。綾さんが怪我をした時に気を失っていてので、無事に目を覚ましたのを見て安心したんですよ」
「そうなんだ〜 」
綾はどこか他人事のように呟いた。自分の記憶にそんな怪我をして気を失うことになった記憶が無かったからだ。
「綾さん、お兄さんが言っていることは本当なんですよ」
「でも先生、私に怪我をして気を失う記憶はありません 」
その言葉に二人はにショックだった。そこで、政流は何となく満流が泣いた理由が分かった。
「人によっては、その記憶が無いこともあるんです」
「そうなの? 」
「はい、そうですよ」
「分かりました」
さすがの綾でも、医者に言われたら信じるしか無い。
「お兄さんたちに、今後の説明があるのでこれで失礼します。また、来ますね」
また医者に連れられて、二人は病室を出て診査室に行った。
「先生が言ったこと信じるしかないです」
「綾は、昨日と全く同じことを言ってたのはどういうことだ? 」
「綾さんは、昨日の公園に連れて行く前で時間が止まってることでいいですか? 」
「はい、そういう認識で大丈夫です」
「あぁ、そういうことか」
政流は満流の言葉で、やっと今の綾について理解が出来たようにも思えた。
「じゃあ、明日もこれが続くってことになるんじゃないのか? 」
「恐らく、明日もではなくこの先、ずっとこれが繰り返されるのだと思われます」
「綾さんがなぜ、こんなことにならないといけないんですか? 」
「事故で頭を強くぶつけた時に、脳の中に記憶を司るところがエラーを起こしたことによる後遺症になったのだと思われます」
医者は、出来るだけ専門用語を簡単にして二人に説明をした。相手は、娘が事故にあって大変なことになっているのに親が来ない中学生だからだ。
「昨日もお聞きしましたが、連絡しているのならご両親はいつ来られますか? 」
「留守番電話やライミで伝えているのですが、返事は返って来ませんでした。子供の人数が多いからお金を稼がないといけないと言い訳をして、僕たちに関心がないんです。元々仕事が好きな人間ですから。毎月、お金を口座に入れるだけで孝太が生まれてから会っていません」
「分かりました」
俺たちには親がいるのに、支えてくれる親と言う存在はいない。医者は、出来るだけサポートをすると言ってくれた。
「ありがとうございました。失礼します」
二人は、診察室から出ていった。
「政流くん、すみません。僕は風に当たってくるので、綾さんのところに行ってあげて下さい」
「分かった。けどよ、無理せずにちゃんと戻れよ」
「分かりました」
満流は弱々しい声で返事をして、廊下を歩いて行った。政流は、満流のことも心配だったけど、彼に頼まれた通りに綾のところに行った。
「綾、ただいま」
「政ちゃん、おかえり!あれ?満ちゃんは? 」
「み満流は、方向音痴だから病院内を散歩するって言ってたぞ」
「そうなんだ」
「うん。先生に今後のこと聞いたんだけど。綾は、しばらくここに入院することになった」
「しばらくって、どれぐらい? 」
「それは満流に聞け。俺は、数字の物覚えは天才的に悪いからな」
「それ、誇らしげに言うことじゃないからね」
「そうだな」
政流は、笑った。
少ししてから満流が、飲み物を持って戻ってきた。
「はい、二人におみやげです。政流くんはサイダーで綾さんはカルピスにしました。お好きでしたよね」
「「うん!! 」」
二人は嬉しそうに、飲み物を受け取って美味しそう飲み干す。
「満ちゃんの飲み物は? 」
「僕は先に飲みましたよ」
「何飲んだの? 」
「麦茶ですよ」
「満ちゃんらしいね」
綾の笑顔を見て、政流や満流も笑顔になった。
「綾さんに笑顔である限り、僕はどんなことでも、立ち向かう自信があります」
「満ちゃん、急にどうしたの? 」
「ふと、そう思ったので口に出したんです。こうすることで、言霊になって何だか出来る気がするんですよ。もちろん、良い意味でね」
「そうだな、何があっても笑おうな」
「ふふふふ」
「綾、急に笑いだしてどうしたんだ? 」
「何だか、二人が可愛く思えて」
「何でそうなるんだよ?俺はかわいいじゃなく、てかっこいいの」
「そうだね」
「バカにしてるだろ」
「してないよ」
また、三人は笑う。そして、他愛もない話をしていた。
満流はふと壁にかかっている時計を見た。
「すみません。そろそろ優太くんと孝太くんを迎えに行かないといけません」
「もう、そうな時間なの? 」
「違いますよ。少し早めに二人を迎えに行ってから、一度家に戻ってこちらにまた来ようと思いまして。少しでも長く、綾さんと二人会えるようにしたいので」
「なるほど。満ちゃん、ありがとう! 」
「いえいえ」
「ヨッシャ!二人を迎えに行くぞ! 」
「今更ですが、政流くん病院では静かにしないといけないので、声のボリュームを下げてくださいね」
「本当に今更だな」
政流は、満流に注意された通りに声のボリュームを下げた。
「綾、後で来るからな」
「綾さん、一度家に戻るので、必要なものがあったら言ってくださいね。持ってきますよ」
「うん。パンダのスーちゃんが欲しいな」
「綾、実はパンダのスーちゃん持ってきてんだ」
「えっ?何で?学校に必要だったの? 」
「綾、そうじゃないそうじゃない。お前のために持ってきてやったんだ」
「そうなの? 」
政流は頷いて、カバンの中からパンダのぬいぐるみのスーちゃんを取り出した。通常百円プラス税で買えるショップだが、これは三百円で買った。
「ありがとう!! 」
「綾さんは、パンダのスーちゃんを持っていると安心すると思ったので、持って来てたんですよね。危うく渡すのを忘れるところでした」
実は、昨日の綾もパンダのスーちゃんを欲しがっていた。だから、持ってきていたのだ。
「気をつけてね」
「はい! 」
政流と満流は、病室を出て何も言わずに廊下を歩いた。政流は、ポンと満流の頭に手を置いて、勢いよく撫でた。
「ま政流くん?!急にどうしたんですか? 」
「まぁ、たまには良いだろう!俺はお前の兄貴だからな! 」
「やめてください! 」
そういう満流はどこか嬉しそうだった。政流はニカッと笑い、調子にノッてしばらくやめなかった。そのせいで、満流の頭はボサボサになってしまった。
「トイレで髪を直してくるので、保育所に今から行くことを連絡してください」
「分かったよ」
政流は、言われたとおりに電話をする。
「あっ、もしもし、西条です。あの、優太と孝太の迎えを今から行っていいですか?え〜と、俺はよく分かってないけど。満流が……ね」
相手側の保育所の先生は、付き合いの長い人だったので政流の言いたいことを理解した。
「分かりました。二人に伝えときますね。政流君、だいたいどれくらいでこっちに着くかな?数字で時間が言えなかったら、今どこにいるか教えてくれたらこっちで考えるよ」
「ありがとうございます。今、綾の病院来てるから自転車でそっちに向うからそれぐらいの時間に着きます」
「分かりました。じゃあ、その時間に間に合うように帰りの準備しておくね。慌てずに来てください」
「ありがとうございます」
ちょうど電話が終わった時に、髪を直した満流が戻ってきた。
「政流くん、ちゃんと言えましたか? 」
「うん、関先生だったから」
「なるほど」
関先生は、ベテランで自分たちが保育所の時にもいた。言葉や数字などがよく分からない政流に、優しく接していた。どう言ったらいいのかを先に示してあげるのだ。
「行きましょう」
二人は駐輪場に止めたママチャリに乗る。送り迎えは担当は政流・満流・綾でいつも交代でしている。。二人が今いるところから保育所まで自転車で十分ぐらいだ。
「満流は、無理すんな。俺は、バカだけど。頼りにしてくれていいからな」
「えっ? 」
政流は、またニカッと笑うと競争するぞと言って、ビューンと自転車を漕いで行った。
「政流くん待ってください! 」
満流は、急いでペダルを踏み込み漕ぎ出す。しかし、競争だと言った本人は病院から出て少ししたところで止まっていた。満流は政流の隣に行く。
「政流くん? 」
政流は、遠くの方を見ていた。離れたところから、救急車のサイレンが聞こえた。どんどん近づいてくる。まるであの日と同じだった。
「う、うっ、あ"、あ"〜うっ……」
「政流くん! 」
満流は自転車を止め、頭を抱える政流の背中を優しく撫でる。政流は、時々何か強く感じるとさっきのように言ってパニックになる。しかし、この日はぷちパニックになりながらも冷静性があったからなんとかなった。
「うっ、あ"〜、あ"ごめん、ごめん。お俺が」
「政流くん、大丈夫ですよ。僕の顔を見てください」
パニックになりながらでも、満流の声は聞こえた。政流はまっすぐ満流の顔を見る。
「政流くん、落ち着いてください。深呼吸しましょ」
「スゥ〜ハァ〜スゥ〜ハァ〜 」
「政流くん、大丈夫ですか? 」
「満流、ごめんな」
「大丈夫ですよ。行きましょう」
「あぁ」
政流は正気を取り戻した。満流も大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かして、政流にも言ってやる。
「満流、ありがとうな」
「いえいえ」
二人はまた自転車を漕ぐ。救急車のサイレンは、どこを曲がったのか離れていった。
「着いたな」
「そうですね」
二人は、俺と孝太が待つ部屋に来てくれた。
「先生、急に迎えを早めてすみません」
「大丈夫よ。病院からって言ってたけど。綾ちゃんは大丈夫? 」
「は、はい」
「また、落ち着いたら教えてね」
「はい、必ず言います」
関先生は、頷くと俺たちを呼ぶ。
「優太くん、孝太くん、お兄ちゃんたちが迎えに来てくれたよ」
「「はーい! 」」
俺は、孝太を連れて二人が待っているところにテケテケと行った。
「二人とも、先生にさよなら言えよ」
「せんせい、さよなら」
「はい、さよなら。気をつけて帰るんだよ。また、明日ね」
「はーい! 」
俺たちは、駐輪場に行った。俺を持ち上げてママチャリの荷台に乗せようとする政流を止めた。
「あや、なんかあった? 」
「どうして? 」
「だって、いつもよりむかえ、はやいから 」
「何にもないですよ。学校が早く終わったら迎えに来ただけですよ」
「ウソつき! 」
「えっ? 」
「だって、あさ、いつもぐらいにくるって、いってたもん」
俺は覚えていた。保育所の帰りの会が終ったらすぐに迎えに来ると言っていたのを。政流たちが迎えに来た時刻は、それよりも何時間も早かった。
「うん、俺たちはウソをついている」
「政流くん……」
「優太には、ちゃんと言ってやんないとな」
政流は、満流を見つめてる。また、二人にしか分からない会話をいた。その結果満流が負けた。
「家に着いてから、話します。優太くん、それでいいですね? 」
「うん」
その時の俺はまだ知らなかった。綾の記憶があの時を繰り返すことを。
読んでいただき、ありがとうございます!