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believe

作者: 神水たゆら

気がつくと、机の上に滴る液体。

またやってしまった…何回その言葉を繰り返してきただろう。

薄汚れたカーテンの向こうでは朝日が昇り、

人が忙しく動いている気配を感じる。


おはよう。


なんて、最後にいつ言われたかもう忘れてしまった。

ゆっくりと腰を浮かし、着たままの制服を調える。

異様な音を出すドアをくぐり

ごみ山の階段を下りる。

『あの人』は今日もあの位置にいる。

あの目は何を見ているのだろうか…


小さく音を立てずに玄関を出て行った。

外は憎たらしい晴天だった。




家にいてもつまらない由佳里は、毎朝早く学校に来て自分の机で本を読むことが日課になっている。

生活保護を受け、ぎりぎりの生活で高校に通っているのだ。


こんな苦しい世の中でも、平気で生きているが。

ひとつだけ気がかりなことがある。

自分の母に引き取られた双子の妹のことである。


いま、どんな生活をして

   どんな風に生きて

   母と幸せに暮らしているであろうか?

毎朝、太陽が昇るころ考えている。

それを心配することが、由佳里の生存価値である。

少なくとも、彼女はそう思っているのだ。


教室に人が入ってきた。

教師も、そして相変わらずのチャイム音


憂鬱な1日の始まりだ。



今日はLHRがある。

文化祭でやることを決めるというのだ。


「では。お化け屋敷でいいですか?」


委員の声にみんなは同意した。

各自、仕事を始める。


もちろん、由佳里を避けてだ。


「おい、武藤。ちゃんと仲間に入れ。」


教師が言った。

由佳里は近くのグループに入り、聞いた。

私に出来ることがある?


彼女たちは言った。

なるべく近寄らないで。文化祭に協力しようなんて思わないで。


分かっていた回答がそのまま返ってきた。

別につらいとか、悲しいとかは思わない。


結局、今日も終わってしまった。


学校の最終チャイム。

史書がめんどくさそうに図書館から生徒を追い出す。

由佳里も追い出されるひとりだった。


手首に目を移すと、朝の傷はカサカサと乾いていた。



帰りながら、一つ思い出したことがある。

それは、まだ『家族』だったときのこと。

目の前には公園のブランコ。腰を下ろすと、

金属がこすりあわされる独特な音がした。


よく、あそびに来たと思う。

父も母も、私と亜佳里のことを可愛がってくれた。

しかし、父は今ネグレクト。

私はいつのまにかその被害者。


でも、信じている。

妹は幸せで、私のことを誰かが助けてくれて、

また『家族』で住めること。


こうして、またごみの家に戻っていった。



次の日は、突然降りだした雨にあたり

びしょ濡れで学校に行った。

もちろんこの時間に誰もいるわけないと思った。

しかし、今日は担任が教室にいたのだ。


彼は言った

「そんな格好で突っ立っているな。今日は帰れ。」


由佳里は立ち尽くしたまま

「なぜですか?」


そういった。


「お前がいると、先生は迷惑なんだ。

 お前の父親は厄介者だしな。

 その汚らしい格好で学校にこられて

 先生は職員室でなんと言われているのか知ってるのか?」


担任は教師暦が長いベテランでプライドが高い。

まわりを気にするのも仕方がないのだ。


勇気を出して、言ってみた。


「先生、私をたすけてください。」


彼は私を見下した目で言った


「お前を助けても先生が大変なだけだろ?

 お前がもっと勉強して、仲間もできたら考えてやろう。」


由佳里はその言葉を知っていたかのように

無表情で教室を出て行った。



家に帰ると、父親にビール瓶で殴られた。

彼は今日機嫌が悪かったらしい。

何度も殴りつけられた。痛いのは慣れていた。

口が切れて血が出た。鼻からも血が出た。

おでこは腫れていた。体はきしんだ。


玄関で寝転んでいると、玄関が開いた。

見上げると女の人が2人。


母の面影と

妹の面影


「おかあさん?」


「由佳里?」


「迎えに来てくれたの?」


「違うわよ」


「亜佳里?」


「なに…?」


「幸せ?」


「もちろん。あなたとは住む世界が違うもの」


「そぅ。お姉ちゃんね。貴女のことがずっと心配だった。」


「お母さん。この人気持ち悪いっ!」


「由佳里、よく聞いて?」


「うん。」


「お父さんとお母さん正式に離婚したのよ、昨日」


「……ん。」


「だからね、もう関係ないのよ?兄弟とか親子とか。」


「ん……」


「だから、心配しないで。由佳里はお父さんと暮らしなさい。」


「つれってってはくれないんだね?」


「当たり前よ。貴女のような子引き取ったら、よその目が怖いもの」


「お母さん、早く行こう?この子変なにおいする。」


「じゃあね?もう、幸せとか願ったりしちゃ駄目よ?」


「うん。」



ドアは勢い良く閉まった。

玄関を少し開けて、2人をみた。

幸せそうだたった。



暗い教室の中

不法侵入になるか。


由佳里の役目は終わった。

生きる価値は無くなった。


左手に大きく突き刺されたカッターの本数は

数え切れない。

暖かい傷みとともに

意識は無くなっていった。



私は今でもここにいる。

机に座って借りたままの本を読んでいる。

あれから、何回日が昇り降りたか。


気配を感じて上を向く


「どうしたの?そんな顔して?」






それが、私と君の最初の出会い









end 20080403


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