第90話 『其は、神の御座を簒奪すもの――』
「『其は、神の御座を簒奪すもの――』」
俺は集中力を極限まで高めると――、
「『其は、竜の帝に頭を垂らせしもの――』」
どんな些細な変化も逃さないよう、指先の末端まで神経を行き渡らせる――。
「『其は、夜天に瞬く星を堕とすもの――』」
ただ強さと未来だけを追い求める雄々しい英雄の姿を、己と重ねて心に描き――、
「『其は、神をも滅す覇の道を往きて――』」
俺の全てを委ねていく――!
「『ただの一度も振り向かず、愚かなまでに、更なる未来を強欲し続ける――』」
世界の息吹と呼吸をあわせ、深く深く、どこまでも深く――、
「『彼の者の行く手を阻む者あらず――』」
世界の果てへと思考を潜らせる――。
「『ただ覇をもって道なき千里を駆け続ける――』」
両足を肩幅に開いて力を入れて踏ん張ると、背筋を伸ばしてあごを引き――、
「『その気高き道程をして、畏敬を込めて人は呼ぶ――』」
日本刀を高々と天に掲げた――!
「『その名、尊き、《神滅覇王》――!』」
そして宣言すると同時に、掲げた日本刀を格好良く袈裟掛けに振り下ろした――!
「――――(ドヤァ)!」
……
…………
超キメ顔でドヤ顔の俺一人を残し、しかし世界は未だ静かなまま――。
「また、だめか――」
何度となく行った召喚の儀式も、《神滅覇王》は俺の呼びかけに応えることはなかったのだった。
5日目の朝。
俺は日常系A級チート『おはよう朝ごはん』によっていつもより2時間早く起床すると、こっそりとサクライ家を抜け出していた。
そして村を出てすぐの、周りを木々に囲まれた誰もいないこの空き地にて、《神滅覇王》を顕現させようとしては、そのことごとくに失敗していたのだった。
もうかれこれ20回以上も繰り返しているのだが、一度たりとも《神滅覇王》は顕現してはくれなかった。
あの未来だけを見すえる熱い情動の、ほんのわずかな欠片ですら俺は感じることができなかったのだった。
「うーむ、召喚の祝詞は間違ってないはずだし、ここまで全くの無反応ってことは、これはもうプラスで別の条件が必要ってことだよなぁ……」
チラリと手元に目をやると日本刀も黄金の光を放つことはなく、現状ただの大業物の日本刀だった。
うん、『ただの大業物』とか日本語がおかしい気がしなくもない。
『S級以下全チートフル装備で意気揚々と異世界に無敵転生したら、SS級が跋扈する世界で涙目!?』なんてタイトルのラノベみたいな展開だったせいで、感覚がおかしくなっちゃってるな……。
「日本刀もだめか。まぁこの先SS級チートが必要になることはもう無いだろうから、別にいいっちゃいいんだけどさ」
ただ、万が一。
再びSS級とやりあう、なんてことがまかり間違ってあると困るし、
「なにより、このままだと俺が《神焉竜》を撃退した《神滅覇王》にして《王竜を退けし者》であるということが、証明ができないじゃないか……!」
せっかく最高の二つ名をゲットしたというのに、現状それを証明する手段がないのだ。
「このままでは自称《神滅覇王》(笑)にして《王竜を退けし者》(爆笑)になってしまう……っ!」
何をどうやっても上手くいかず精神的にも煮詰まってきて徒労感も大いにあるし、集中しっぱなしだったせいで気疲れも感じてる。
「今日はこれくらいにしておいてやるぜ……」
切り上げようとしたところで、
「あ……」
「あ……」
ふと、茂みからそっと覗いていたウヅキと目が合った。
「おはようございます、セーヤさん!」
「お、おはようウヅキ……、あの、いつからそこに……?」
「えーと17回前から、でしょうか?」
いやそれ、ほとんど最初からじゃないか……。
え?
っていうか、つまり、なに?
ドヤ顔で必殺のポーズをキメてたのとか、全然関係ないカッコいいポーズ入れてみたりとか、女の子を助けてモテモテになる独り芝居やってたのとか、そういうのを全部ぜーんぶ見られてたってこと!?
「なにそれ本気で恥ずかしい!」
ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』さんがこっそり大仕事をしてくれていたことを、切に、切に願っております!
「そんなところで見てないで、声をかけてくれたらよかったのに……」
「セーヤさんがすごく集中してるのに、邪魔をしちゃったら悪いかなって思ったんですけど、すみません、声をかけた方が良かったですか……?」
「いや、うん、いいんだ、いいんだよ……」
相手を気遣う思いやりの心100%からの行動である。
真心という言葉が、ウヅキ以上に相応しい女の子がいるだろうか?
いや、いない(反語)
「で、でもでも! 一人イメージトレーニングに没頭するセーヤさんは、とっても素敵でした! さすがです、セーヤさん!」
「え、あ、そう?」
お、なんかまんざらでもない感じじゃん?
さてはS級チート『ただしイケメンに限る』め、既に一仕事終えていたな?
「すっごく格好良かったので、すぐにハヅキやお祖父ちゃんにも教えてあげようと思います!」
「やめて! 後生だからそれだけはやめて!」
「……? あ、心配しなくてもですね、わたしちゃんと全部余さず覚えていますから、ご安心ください!」
「全部、余さず、覚えている……、だと……?」
「はい! ちなみにお気に入りはこれです、へやぁっ!」
相変わらずのへっぽこ掛け声とともに、寸分たがわず『カッコイイポーズ』を決めてみせるウヅキ。
そしてこれまた、寸分たがわぬセリフを再現してみせた。
「『お前に、俺を好きになる権利を与えてやる』――、すごく、すごく格好いいです!」
「やめてーー!!」
すがすがしい辺境の朝空に、俺の羞恥にまみれた悲痛な叫びが響き渡った――。