第83話 アリッサ・コーエン
高圓愛梨沙こと私、アリッサ・コーエンは異世界転生局に勤める新人の異世界転生官だ。
「で、アリッサってば、一体なにをやらかしたのよ? 局のトップ2人から名指しで呼び出しなんて、聞いたこともないんだけど。部長もさっきから顔を真っ青にして、辞表じゃなくて進退伺いで済まないかって、あたふたしてるし」
「それはその、色々ありまして……」
普段から色々と私のことを気にかけてくれている先輩が、呆れ半分、慰め半分の声をかけてくるなか、私は席を立つと、呼び出しを受けた局長室へと足を向けた。
麻奈志漏誠也さんを異世界へと送り返した直後。
私は上司――というか転生局トップである局長と、ナンバー2で実務トップの本部長から直々の呼び出しを受けたのだった。
「どう考えても用件は一つしかないですよね……」
『全チート、フル装備』による異世界転生の件以外に、思い当たる節はない。
やはりあの行為には問題があったのだ……!
こっぴどく叱責を受けた上に、転生局で一番の窓際と揶揄される歴史編纂室電子入力係へ左遷――通称「島流し」にされてしまうのだろうか。
でも例えそうなったとしても、私は自分の選択にちっとも後悔なんてしていなかった。
「だって私は、麻奈志漏さんの真摯で清らかな心に、触れることができたのだから――」
誰よりも異世界を愛する、ダイヤモンドの輝きよりも美しく透き通った清らかな心。
何より、鬼気迫るほどの情熱にあふれた異世界転生への強い想いが、私の心をこれでもかと激しく打ったのだ――!
「麻奈志漏さんは、人を机上のデータだけで判断しようとした私の曇った眼を、その熱い想いでもって覚まさせてくれました」
だから私は、自分が取った選択に少しの後悔もしていない。
ほんの短い時間とは言え麻奈志漏さんとのやりとりは、社会の荒波に出たばかりの私にとって、かけがえのない人生の財産になったのだから。
もちろん報連相をせずに独断で行ったのは、完全な私の落ち度ではあるのだけれど。
「だから私は、確信をもってあの選択をしたことを胸を張って主張するんです。例えそれが、はるか雲の上の上司相手であっても。私に人の道の何たるかを、その身をもって教えてくれた麻奈志漏さんのように――!」
「失礼します、アリッサ・コーエンです」
ノックをし、みなぎる決意を胸に局長室へと入った私は、しかし――。
「お、きたね、アリッサ・コーエン。立ち話もなんだ、まずは掛けたまえ。美味しい紅茶をご馳走しよう」
これ以上ないってくらいに上機嫌の局長&本部長に出迎えられたのだった。
「あの、えっと……?」
訳が分からないままに応接ソファーへ座るよう促されると、素晴らしい香りの紅茶と、いかにも贈答用と言った風の高級感あふれるマカロンが、本部長直々に私の前に用意される。
「ほら、遠慮せずに食べたまえ。転生局が懇意にしている三ツ星パティシエの最新作だ、味は折り紙つきだよ」
「きょ、恐縮です……」
遠慮せずに食べたまえ、と強く言われて一つ二つ口にしたものの、謎すぎる状況を理解するのに精いっぱいで、味なんて分かるわけがなかった。
そのまま世間話だったり、新人から見た職場の様子などを簡単に聞かれてから、
「さて、アリッサ・コーエン。そろそろ本題に入ろうか」
――来た!
だけど私はやるべきことをやった、そう胸を張って告げるんだ――!
私は再度、心に秘めた決意を確認する。
「先ほど、君が行った異世界転生についてだが――」
本部長はそこでいったん大きな溜めを作ると、
「いや、よくやったね!」
「……はい?」
――私にかけられたのは思いもよらない言葉だった。
破顔一笑といった感じで、喜色満面の本部長は言葉を続ける。
「いやはや、実に200年ぶりに《アガニロム》への異世界転生が行われるとは、正直驚いたよ!」
「《アガニロム》……ですか?」
それは、初めて聞く異世界の名前だった。