第74話 神剣《草薙の剣》
SS級神剣《草薙の剣》。
それは平安時代末期の源平合戦。
その最後の戦場である壇ノ浦で散逸した、日本史上最高至宝の神なる剣だ。
「それがまさか、こうして異世界に流れ着いていたなんてな。そりゃいくら探しても見つからないはずだ」
そして《草薙の剣》は。
討滅された竜の身体より生まれ出でたとされるこの神剣は、破滅からの新生という己が神話になぞらえた、とある一つの『固有神聖』を備え持っていた。
「SS級神剣、《草薙の剣》よ!」
折れた刀を正眼に構えながら、俺は力強く呼びかける――!
「『固有神聖』《ヤマタノオロチ》――発動!」
その瞬間――、
ドクン、
と、《草薙の剣》が大きく脈打った。
それは言うなれば歓喜の鼓動だった。
SS級の神剣たる自分を理解しうる、《神滅覇王》という超越的存在と巡り合ったことへの――。
さらに、
ブォン――!
《草薙の剣》が、折れた刀身を強く震わせた。
そして巨大なシロナガスクジラがオキアミを群れごと丸のみするかのごとく、《天照》が放つ黄金の粒子を猛然と吸い込みはじめる――!
膨大な黄金の力を喰らうことで、折れたその身を癒すために――!
『固有神聖』《ヤマタノオロチ》。
そう。
神竜の滅びと同時に生まれ落ちたこの神剣は――、
「その神話を受け継いだ『固有神聖』によって、『使い手に最も適した姿』となって新たに生まれ落ち、顕現する――!」
《草薙の剣》は、《天照》から溢れ出る無尽蔵の力を極限まで蓄えながら、その身を、その刃を新生させてゆく――!
そしてついに――。
神話級のSS級チート《神滅覇王》に最適化された姿かたちへと、《草薙の剣》は生まれ変わった――!
それは絶大なる力を秘めた、眩いばかりの黄金に輝く一振りの日本刀。
日本史上最高至宝の神剣の名に恥じない神々しい姿となって、今、俺の掌中に現れ出でたのだ――!
「これが《草薙の剣》の真の姿――」
手の中にあるだけでひりつくような凄みすら感じさせる、恐ろしいまでの存在感だ。
「でもまそれはそれ、これはこれ、だ――」
SS級という点においてなら、今の俺とこいつは対等だからな。
伝説の神剣だからといちいち気後れする必要はないってわけさ。
「おい《草薙の剣》。散々寝た振りをした挙句に、俺の力をたらふく喰らったんだ。もう存分に満足できただろう? なら次は、お前が俺を満足させる番だぜ?」
もちろん分かっている、とでも言うように俺の手の中で《草薙の剣》が軽く身震いをする。
オッケー、いい子だ――!
《草薙の剣》の新生、及びコミュニケーションが無事に済んだところで、つまりたった一つ残った最後の課題は――、
「いくぞ、《神焉竜》――!」
今からこいつを倒すこと、それだけだ――!
「ああ、そうそう。先に言っておくが、こんな街中でSS級同士で長々と戦うつもりはさらさらないからな。いい加減、お前との戦いにも飽きてきたんだ。これ以上は被害を出したくないし、ちょっと遊んだら速攻でケリをつけてやる――!」
ちなみに遊びなんてなしで、速攻で終わらせたいのが俺の偽らざる本音だったりする。
なんせこんな命を懸けたバトルはさっさと終わりにして、モテモテハーレムな日常に回帰させてほしいのだ。
ほんとマジな話。
ただ。
俺の中には今、天下無双の武威を誇る《神滅覇王》の心のかけらが存在していて。
《神焉竜》という強敵を前に、戦いたくて仕様がないそいつをある程度、満足させてやる必要があったのだった。
俺が、美しい黄金の一振りとなった《草薙の剣》を、改めて構えなおすと、
チャキ――、
っと、わずかに金属が触れ合うような音がした。
時代劇で刀を構えた時によく鳴るあの音だ。
本来しっかりと手入れされた日本刀は、このような音をたてることはない。
あれはあくまで場面を盛り上げるための、ド定番の演出にすぎないのだ。
もちろんSS級神剣《草薙の剣》がそんな整備不良のナマクラなわけがない。
つまりだ。
《草薙の剣》は俺の趣味に合うようにと、わざと音を鳴らしやがったのだ。
「なかなか諧謔の分かるやつじゃないか。気に入ったぜ――!」
言うや否や。
俺は神速の踏み込みによって、《神焉竜》の眼前へと出現していた。
そしてそのまま《草薙の剣》を振り抜く――!
「おらよ、っと――」
なんてことはない、軽く振りあげてからの普通の袈裟切りで、
「ぐルァァァあああァァッッッッ――!」
たったそれだけ、わずか一刀を受けただけで。
《神焉竜》の竜鱗に、大きな亀裂が入ったのだ!
さらに一撃、もう二撃と、《草薙の剣》を振るうたびに、俺とナイアがどれだけ攻撃しても傷一つつかなかった竜鱗が激しく損傷していく。
反撃はない。
もはや《神焉竜》は俺の――《神滅覇王》の圧倒的スピードにはついてこれていなかった。
『真なる龍眼』によってかろうじて、何をされたかという事実を理解しているだけに過ぎなかった。
というのも、
「《神焉竜》、本来のお前は高速で大空を飛翔し、チャチな牽制攻撃はすべてその竜鱗でもって弾き返して、必殺のドラゴン・ブレスで敵を狙い撃つ。完全な中距離航空戦力だもんな――」
だからこの地上での戦いでは、《神焉竜》は本来の力の半分も発揮することができないのだ。
「S級チートの『剣聖』相手ならそれでどうにかなったかもだけどな。けどSS級の《神滅覇王》は、そんなにヌルくはないぜ――?」
喋りながらも、俺は《神焉竜》の攻撃を余裕をもって回避し、次々と攻撃を見舞っていく。
「それでもその圧倒的に過ぎるSS級としての戦闘能力。もしお前が空にいれば、結果は違っていたかもしれないな。もちろん今さら大空に逃れようとしても、飛ぼうとした瞬間に即座に撃墜してやるけどな」
いくら《神滅覇王》がガチで戦いたがっていると言っても、高速飛翔しながら攻撃されるのは、被害の大きさを鑑みれば完全にノーグッド、NGだ。
《神焉竜》も飛んだ瞬間に撃墜とされるのはわかっているのか。
その巨大な翼で飛びあがろうとは、微塵も考えていないようだった。
でもな、
「このままじゃ手も足も出ないぜ? まだ取って置きがあるんだろ? 隠してる力が――お前の『固有神聖』があるんだろ? だったらそいつを見せてみろよ《神焉竜》。今から俺がドラゴンのプライドごと、そいつを完膚なきまでに捻りつぶしてやるからよ――!」