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第66話 折れたツルギ

「は……? え……?」


 ――意味が、分からない。


 俺の手の中には、半ばから無残にへし折れた日本刀(クサナギ)があって。

 視界の隅では、折れた刃の先端側がクルクルと回転しながら地面に突き刺さったのが見えていて――。


 もちろん起こった事象そのものは理解している。


 でも、やっぱり……意味が、分からない。

 折れた日本刀(クサナギ)から、目を離すことができない。


 最強チート『剣聖』の放った最大火力が、必殺必倒の一撃が、


「打ち負けた……だと……?」


 その受け入れがたい現実を、俺はすぐには受け止めきれないでいたのだった。


 いや、だめだ、冷静になれ。

 落ち着くんだ麻奈志漏(まなしろ)誠也。


 目の前には《神焉竜(しんえんりゅう)》がいるんだぞ?

 こんな密着状態のままでいるのは下策中の下策、有りか無しかで言えば論外だ。


「は、早く距離を取らないと――」


 そう頭では分かっているのに、しかし身体が言うことをきかない。

 きいてくれないのだ――。


 俺の精神状態なんてお構いなしに、最高のパフォーマンスを発揮させてくれるはずの戦闘系S級チート『剣聖』。

 その『剣聖』による制御が全くきかないほどに、俺の心は乱れに乱れていた。


 ……だってそうだろ?


「おかしいじゃないか、こんなの……」


 これ、折れちゃダメなヤツだろ?

 ここ、負けちゃダメなところだろ?


 苦労に苦労を重ねて、この絶好の局面を作りだして。

 そして最大火力でもって、逆鱗(げきりん)を打ったじゃないか?


 なのになんで!?

 どうして!?


「《神焉竜(しんえんりゅう)》はまだ立っていやがるんだよ! 日本刀(クサナギ)は折れちまってんだよ!?」


 《紫電一閃(しでんいっせん)》は最強S級チート『剣聖』の最終奥義だぞ?

 これが効かなかったら、もう俺に勝つ手段はなくなるじゃないか――!


「そんなの――そんなの絶対おかしいだろうが!」

 ハァ、ハァと息を切らして俺は叫ぶ。


 その声に反応したのか。

 逆鱗(げきりん)をしこたま打たれて激痛に顔をゆがめながらも、しかし倒れることはなかった《神焉竜(しんえんりゅう)》が、ギョロっと俺を見下ろした。


「――――ぁ」

 猛烈なる殺意に染まった《神焉竜(しんえんりゅう)》の視線に射すくめられた俺は、なんとも間抜けな声を上げてしまう。


 怒りとともに見下ろす王竜の(まなこ)を、(ほう)けたように見上げたまま。

 ヘビににらまれたカエルのごとく、俺は一歩も動くことができないでいた。


 そんな置き物と化した俺に、復讐に燃える《神焉竜(しんえんりゅう)》が凶悪な爪の一撃を容赦なく振るった――。


 ――その瞬間、


「《聖処女の御旗よ(グアル・ディオラ)》――!」

 横合いからナイアの援護が入って、俺は九死に一生を得る――得てしまった。


「セーヤ、戦場でぼうっとするんじゃない! 死ぬぞ!」


 ナイアの一喝によって、俺はどうにか茫然自失(ぼうぜんじしつ)のどん底状態から抜け出すことに成功する。

 しかしいまだ、俺の動きは目に見えて緩慢なままだった。


 心が奮い立たない――どころか《神焉竜(しんえんりゅう)》の異次元の強さを前に、俺は完全に気後れしてしまっていたのだ。

 怖いと、そう思ってしまったのだ。


 いや怖いなんてもんじゃない。

 きっとこの気持ちをして、人は「絶望」と呼ぶのだろう。


「セーヤ! く――っ!」

 俺の様子を見かねたナイアが、強引に俺を引き寄せ抱えて大きく飛び退(すさ)った。


 直後、凶悪な牙を並べた竜の咢門(あぎと)が、底引き(あみ)のごとく俺の立っていたあたりの地表を()めさらう。


「わ、悪い、ナイア……」

「謝るのは後だ!」


 ナイアはチラッと俺の手元の、へし折れた日本刀(クサナギ)を見やると、


「アタイも武人のはしくれだ。セーヤの気持ちは痛いほど分かる。でも頼む。今は、今だけはシャキっとしてくれ!」

「あ、ああ……」


「とりあえず、今は距離を取るのが最優先だ――っ!」

「あ、ああ……」


 生返事を返す俺を半ば引きずるようにして抱えながら、《神焉竜(しんえんりゅう)》から距離を取るべく、ナイアは広場の中を逃げ回りはじめた。

 そしてそれを激しく追いたてる《神焉竜(しんえんりゅう)》。


 しかし逃げるナイアの動きには、これまでのようなキレが全くなっていた。

 戦闘前に使用した、輝く白銀のオーラをまとう《救世の加護アルデル・ヴァイレルト》も、既に効果を失いつつあるようだった。


 ナイアだって戦闘が始まった時に「限界を超える」って宣言していたもんな。

 ここまでも相当な無理をしていたことだろう。


 動作のいたるところから、隠しきれない疲労の色が見て取れた。


 既にナイアからはB級、ともすればC級ほどの力しか感じられない。

 それでもナイアは俺を抱えたまま、戦況を好転させるチャンスを探して、逃げ場のない広場を必死に走り続けていた。


借り物(チート)じゃない、これが本当の強さってやつか……」

「ごめん、何か言ったかい、セーヤ?」

「……いや、なんでもない」


 ふと、距離を詰めつつあった《神焉竜(しんえんりゅう)》が、巨体を地面に滑らせながらのスライディング・尻尾の横振り(テイル・スマッシュ)を放つのが目に入った。


 ナイアはまだそれに気付いていない。

 当然だろう。


 俺というお荷物を抱えたままで、次なるチャンスの訪れを信じて気力を振り絞って必死に走っているのだから。


 突進の加速力を威力に上乗せした《神焉竜(しんえんりゅう)》の致命的な一撃が、俺とナイアを捉える――その寸前で、


 ドン――!


 俺はナイアを思いきり突き飛ばしていた。

 つんのめるようにしてかろうじて攻撃圏外へと逃れるナイア。


 同時に大木の幹のような巨大な尻尾がしなりながら、うなりを上げて俺の眼前へと迫り――そしてそのまま俺の身体をしたたかに打ちつけた。


 激震とも言うべき衝撃が身体中を駆け抜け、目の中で火花が明滅する。


「ぐ……ふ……かはっ」


 グシャ――と、骨という骨が粉々に砕ける音がするとともに、俺の身体は文字通り弾き飛ばされていた。

 その威力たるや、猛烈な勢いで数十メートルを打ち飛ばされ、広場の端にある家屋の壁に激突・貫通したところで、やっと停止するほどの凄まじさだった。


 そして――、


「あ……が……」

 この時点でもう既に、俺は瀕死の状態だった――。


 身体中の骨と臓器がぐしゃぐしゃに粉砕され、もはや自分の意志では指一本すら動かすことができない。


 口の()からはおびただしい血がこぼれ落ちる。


 声にならないうめき声だけを発するだけの、ボロ雑巾となり果てて。

 麻奈志漏(まなしろ)誠也という意識が、俺という存在がブラックアウトし始めた。


 こうして。


 俺、麻奈志漏(まなしろ)誠也は。


 「突然ですがあなたは死にました」


 アリッサにそう告げられてからたったの4日。

 異世界転生してわずか4日目にして。


 2度目の死を、迎えた、のだっ、タ――

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