第64話 『真なる龍眼』を超えろ――!
「さすがに今のは効いたみたいだな――!」
《神焉竜》が初めて見せた、苦痛を堪えるような表情。
それでも痛みに身をよじりながらも、大きな爪を強引に振り回してナイアに反撃の一打を叩きつけんとする《神焉竜》。
しかしナイアはヒット・アンド・アウェイで、すでに遠く間合いの外へと離脱していた。
《神焉竜》の意識が、怒りが、瞬間的に全て、逃げるナイアに向けられる。
視線だけで射殺さんとばかりの激情の発露とともにナイアを追おうとした、その刹那の間隙をついて――、
「おぉぉぉぉぉぉおおおおおっっっっ――!」
俺はそびえたつ壁のような《神焉竜》の巨体を、一気に駆けあがってゆく――!
目指すはあごの下、ドラゴン唯一の弱点である逆鱗ただ一点のみ!
足から腰、胴体、肩と駆け上がると目の前には逆鱗が――その唯一色の違う、逆さ向きについた一枚の竜鱗を視界に収め――、
「もらった――!」
完全に不意を突いた一撃を叩き込んだ――そう思った瞬間――、
狙いすましたように振り向いた《神焉竜》の獰猛な顎門が、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた俺の目の前に――あった。
「なん……」
反射とか本能とかいった生物の限界を完全に超越した、
「だと……?」
それは、ありえない超・超反応だった――。
――ふと、目前に迫る《神焉竜》の左目が金色に妖しく輝いていることに、気が付いた。
「こいつも『龍眼』を持って――『龍眼』が危険を察知したのか――!」
知覚系S級チート『龍眼』とは、世界の深淵まで見通すという龍の眼を模したチートだ。
――であるならば。
「伝説級のドラゴンたる《神焉竜》アレキサンドライトが、『龍眼』を持っているのは当然か――!」
むしろS級チート『龍眼』のほうが模倣に過ぎず、本家はあちらさん。
「《神焉竜》の持つこの『龍眼』こそが『真なる龍眼』ってわけか!」
『真なる龍眼』によって、意識からも視界からも完全に失していたはずの俺を捉えてみせた《神焉竜》の、王たる竜の荒ぶる牙が俺の身体を容赦なく真っ二つに食い破った――!
「ぐふ――――っ」
遍くすべてに決定的な死という結果をもたらす、無慈悲なる王竜の断罪は、しかし――、
「ふっ、甘いな。残像だ――」
喰われたのは回避系S級チート『質量を持った残像』によって作りだされた、俺の残像にすぎなかった。
そして質感や気配まで本物そっくりに再現された俺の残像は、攻撃を受けた瞬間に霞のごとく掻き消える――!
同時に本当の俺はギリギリで進路を変更し、背中の上を横切ることで既に反対側に回り込んでいた――!
俺は再び喉元の逆鱗へと肉薄すると、そのまま日本刀で強烈な突きを撃ち放つ――!
――瞬間。
《神焉竜》がにやりと邪悪に笑ったような気配がして――。
直後に足下からの強烈な突き上げを受けた俺は、そのまま中空へと放り出されてしまった。
「なに――っ!?」
投げ出された俺の視界の先には、大きく翼を広げた《神焉竜》がいる――!
くっ、そういうことか!
「ずっと背中にしまっていた翼を一気に広げることで、俺を強引に振り落したのか――!」
跳ね上げられ、足場を失って落下していく俺の身体を――まるで世界がスロー再生されているような感覚の中――わずかも狙いを過たず強烈な尻尾の横振りが捕らえた――。
身体をコマのようにして横なぎに振られた、まるで大木のような分厚い尻尾が、ダイレクトボレーで俺を撃墜する――!
――ように見えた瞬間、
「悪いな、そいつもまた残像なんだ――」
再び蜃気楼のように掻き消えた俺の残像。
本当の俺は日本刀を持っていない左手一本で、《神焉竜》のツノに捕まっていたのだ――!
「冒険系S級チート『クリフハンガー』!」
絶壁で絶体絶命!な名作映画の名をリスペクトするかのようにそのまま冠したこのチートは、強靭な握力と「落下しない」というラック補正を付与する、「落ちない」に特化した補助系のS級チートだ。
その『クリフハンガー』によって強化された左手の握力は、跳ね上げられ振り落とされる衝撃を全て強引に捻じ伏せて、時間にして約2秒の間、俺を落下から守ってくれたのだ!
「わずか2秒――されど2秒、だ――!」
俺はそのわずかな時間差によって尻尾の横振りをスカして着地する。
そしてついに、俺が待ち望んでいた決定的瞬間が訪れたのだった――。
「尻尾の横振りはさっきも見せたよな? その時に気になってたんだ」
俺の視線の先には尻尾の横振りの後、遠心力を相殺するように踏ん張る《神焉竜》がいた。
「尻尾がそれだけ太いと、そりゃ振り回したら威力はあるんだろうけど――その分だけかかる負荷も大きいよな?」
限界を超えて瞬間的にS級にまで到達したナイアの《聖処女の御旗よ》。
冷静さを失い、甘えた攻撃をしてしまった《神焉竜》。
二段構えの残像。
エトセトラエトセトラ――。
俺とナイアが持てる全ての力と技を出しつくし、コンビネーションがカッチリはまり、タイミングが噛み合って――そして何より運があった。
その他もろもろ含めて全ての条件が一分の隙なく積み重なってはまって生まれた、それは細い細い塔のてっぺんのような、小さく短い奇跡の刹那――!
おそらく、いや間違いなく2度とこの戦法は通じない。
次に回避系S級チート『質量を持った残像』を使ったら、残像なんか無視して本当の俺がピンポイントで狙われるだろう。
『真なる龍眼』はそんなヌルい考えを許しはしない。
「だから――!」
『真なる龍眼』をかいくぐって訪れたこの局面で、この一瞬で――、
「この戦いに決着をつける――!」