第63話 《聖処女の御旗よ》―グアル・ディオラー
のそりと、《神焉竜》が振り返った。
俺を見下ろすその表情に浮かんでいたのは、ドラゴン・ブレスを打ち消されたことへの疑念と――そして極大の怒りだった。
怒りに満ち満ちたその紅の眼が、ただただ俺だけを見据えている。
「おっと、今のは意外とプライドを傷つけちまったみたいだな?」
「グォォォォォォォオオオオオオオオオオオオーーーーーンンンッッッ!!」
不敵に笑う俺を見て、猛り狂う《神焉竜》。
「いいぞ、お前の相手は俺だ。もっと俺だけを見ろ――!」
俺の呟きが聞こえたのかどうか、《神焉竜》が2度目のドラゴン・ブレスの構えをとった。
再び口腔内に禍々しい漆黒の粒子が収束し、強烈な敵意とともに解き放たれる――瞬間、
「『え? なんだって?』――!!」
スポコン系A級チート『立合い』からのディスペル系S級チート『え? なんだって?』によって、俺はドラゴン・ブレスを立て続けに無効化してみせた。
柔らかい薫風が、今度は俺のほほを優しく撫でていく。
「さて《神焉竜》、見ての通りだ。残念だがご自慢のドラゴン・ブレスは俺には通じないぜ? 何度やろうが、俺にとってはただ頬を撫でるだけのヌルいそよ風にすぎない――!」
にやりと、ことさらに余裕たっぷりに言ってのける。
「グルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――ッッ!!」
それを見て、怒り心頭といった様子で唸り声のような咆哮をあげる《神焉竜》。
――が、実のところこれは完全なハッタリだった。
これ以上ない完璧なタイミングで発動してすら、わずかに抜かれてしまうのだ。
一歩間違えれば容易く貫通されることは想像にかたくない。
ただし、それはあくまで俺の事情を全て知っている上での話であって、《神焉竜》からしてみればいとも簡単に自慢のドラゴン・ブレスが無効化されたのだ。
「連続して2度封殺してみせたんだ。その事実が与える影響は、決して少なくないはずだ……!」
さらにもう一つ付け加えるならば、大きく構えを取って力をためる動作がある以上、ドラゴン・ブレスは《神焉竜》にとってもそれなりに力を消耗する技の可能性が高い。
で、あれば!
「十中八九、これでもうドラゴン・ブレスは飛んでこない――!」
こうして必殺のドラゴン・ブレスを封じたことにより。
俺と《神焉竜》の緒戦は五分五分に終わり――続いて第二幕が幕を開ける。
これまでと同じように、俺は《神焉竜》の周囲にまとわりつくようにして攻撃を仕掛けていく。
しかし煩わしそうに俺を追い払うだけだったさっきまでとは打って変わって、一撃一撃の攻撃に込められた《神焉竜》の殺意が――重い!
「ぐぅ――っ!」
かわしきれなかった鋭く強烈な爪の振り下ろしを、日本刀でどうにか受け流す。
ギィャャャァァァァァィィィィン!
しかし十分には威力を殺し切れず、悲鳴のような音を上げながら日本刀が火花を散らした。
「……おいおい、さっきまでと違って、えらく気合いが入ってるじゃねぇか? ドラゴン・ブレスをかき消されたのが、そんなに悔しかったのか?」
「グオオオオォォォォォォォォオオオオオンンンンン!」
怒りの咆哮を上げた《神焉竜》が周囲を跳びまわる俺を激しく追い回す。
「ほらほら、こっちだ――っ!」
基本はかわしながら、その中で避けきれないものだけピンポイントで受け流し、わずかな隙を見つけては反撃の一打を叩き込んでゆく。
「さすがに『剣聖』であっても、これだけ重量級の相手の攻撃を直に受け止めたり弾き返したりはできないからな――」
怒りと殺意に彩られた《神焉竜》の猛攻の前に、次第次第に俺の手数は減りはじめ、防戦一方へと追い込まれていく。
「最強S級チート『剣聖』を使って、それでもここまで一方的に押し込まれるのか。いや『剣聖』だからこそ、ここまでどうにかもっているんだ――」
ま、なんにせよドラゴンってのは本当にイカれた強キャラだ。
でもな。
「それも全て計算通りなんだぜ?」
凍てつくような殺意のプレッシャーを浴びながら、俺は極限の集中でもって《神焉竜》と切り結んでゆく。
竜の尊厳を冒された《神焉竜》の意識が、完全に俺のみに向けられているのを肌で感じながら――。
「さ、そろそろ頃合いだナイア。上手いことやってくれよ?」
そう俺がつぶやいた、まさにその瞬間――、
「《聖処女の御旗よ》――!」
一条のまばゆい銀の彗星が、地上を駆け抜けた――!
「はぁぁぁぁぁああああああっっっっ!!」
《救世の加護》によって大きくスペックアップしたナイアの放った強烈な突撃が、《神焉竜》の横っ腹に突き刺さる!
ズッッッッーーギャギャシャーーーーーーーーーーンンン!
すぐ目の前に雷でも落ちたかのような激しい衝突音とともに、
「グッ、ガァァァァァッアアアアアアアッッッッッッーー!」
大気を切り裂く悲鳴のような咆哮があがり、《神焉竜》の巨体が大きく傾いたのだ――!
威力だけなら最強チート『剣聖』の最大出力をも上回るそれは、ナイアが一時的にとは言えS級に足を踏み入れた証左でもあった。
「ここ一番でこの大仕事、さすが《閃光のナイア》やってくれるじゃないか!」
完全に意識外から不意を打たれ――敢えてナイアは俺に戦闘を任せて後方に控えて機を窺っていたのだ――しかしそれでも、たたらを踏んでどうにか踏ん張り耐える《神焉竜》。
相変わらずめちゃくちゃな耐久力を見せつけやがるんだけど――、
「ここだ――っ!」
ナイアが作ってくれた絶好のチャンスに。
俺はここが勝負どころと一気呵成に打って出た――!