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第60話 人は城、人は石垣、人は堀――

「もうお話は終わりかな、ナイア・ドラクロワ?」


「ああ、待たせて悪かったね、辺境伯」

「なに、最後の審判を前に懺悔(ざんげ)の時間を与えるくらい、どうということはない」

 後ろにドラゴンが控えているからだろう、余裕綽々(しゃくしゃく)といった風の辺境伯に対して、


「なんだ、やっと悔い改める気になったのか?」

 煽り文句が思わず口を()いて出てしまう。


「相変わらず口の減らないガキめ……!」


「セーヤ、ごめん。ちょっと大事な要件があってね。ここからは少し、アタイに話させてもらってもいいかな?」


「おっと、つい……すまん、悪かった」

 俺は一歩引くと、二人のやりとりを聞くに徹することにした。


「まったくこれだから教養の足りぬ子供は……! そしてナイア・ドラクロワ、貴様やはり帝都の回し者だったか――!」

「えらく威勢がいいね、辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオ。虎の威を借る、いやドラゴンの威を借りてふんぞり返るのは、そんなに楽しいのかな?」


「ああ楽しいさ、楽しいとも。力を振るうということは、実に楽しいことだろう?」

 嬉しくってたまらないって顔の辺境伯に対して、ナイアはいたって冷静だ。


「残念ながら、それはアンタの力じゃない。その《王竜(おうりゅう)錫杖(しゃくじょう)》の力さ」

「価値観の相違だな。王とは民を、兵を、力を行使する者のことよ。全ては王に使役されるためにあり、その全てが王の力なのだ――!」


「人は城、人は石垣、人は堀――。それが民のためであるならば、王が力を振るうことはなんにも間違っちゃいないね。でも残念ながらあんたは違う。何かに付けては重税を課し、自分の権勢のためにのみ力を振るう。それは――まぎれもない悪だ」


「くくっ、貴様が何を言おうが、王の思想を体現する我の心には響かんなぁ!」


「なにを言ってもいいのならちょうどいい、言わせてもらおうか――」


 ナイアはファンサービスするイケメン俳優みたいにカッコよく前髪をかき上げると、いつも以上に背筋を伸ばし胸を張って宣言した――!


「その錫杖(しゃくじょう)は数年前に帝国宝物庫から盗み出された帝国七大(しちだい)秘法の一つ《王竜(おうりゅう)錫杖(しゃくじょう)》だ。どうやってアンタが手に入れたかはおいおい尋問するとして、まずはそいつを返してもらおうか」


「何を言い出すかと思えば……せっかく手に入れた我が力を、みすみす返すわけがなかろうが!」


「言葉を(つつし)みな辺境伯。これは聡明で偉大なる皇帝陛下、(おん)自らご命令あそばされた勅命だ。アタイの言葉はそのまま皇帝陛下の御言葉(みことば)と受け取りな――!」


 皇帝の勅命――日本で育った俺ですら、その言葉の持つ重みは理解できる。

 しかし――、


「ふっふふ、ふはははははっ! それが! それがどうした?」

 辺境伯はそれをばさりと切って捨てたのだ。


「なん……だと……?」

 ナイアの眼光が、親の仇を見るかのごとく鋭くなる。


「これがあれば! この《王竜(おうりゅう)錫杖(しゃくじょう)》さえあれば我は無敵よ! 皇帝なぞなにするものぞ!」

「……今の言葉、陛下と帝国に対する二心(ふたごころ)ありと見なさざるを得ないけど?」


「ドラゴンを、伝説の《神焉竜(しんえんりゅう)》アレキサンドライトを前にしながらその余裕、本当にイラつく奴よのぅ! いいだろう、今すぐにでも墓の下に送ってやるわ――!」


「そうか、残念だよ辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオ。アンタが許しを乞う機会はたった今、永遠に失われた――」

 鋭い眼光を飛ばしながら、ナイアが美しい白銀の長槍を構えた。


「どうやら交渉決裂、みたいだな」

 さてと、やっと俺の出番だな。


「いい加減こいつにはムカつき尽くしたんで、とっととオシオキしてやらねぇとな」

 俺はナイアの隣に並ぶと、


「いつでもいけるぜ――!」

 日本刀(クサナギ)を正眼に構える。


「くっくくくくっ! では望みどおりにしてやろう――! 崇高なる《神焉竜(しんえんりゅう)》アレキサンドライトよ! 神をも喰らうその武威でもって、憐れな虫けらどもに戦慄なる死の祝福を与えたまえ――!」


 ――それは辺境伯の命令が終わった瞬間だった。


「――――ぎゅふっ」


 辺境伯の背後から、《神焉竜(しんえんりゅう)》がその凶悪な爪でもって、叩きつけるようにして身体を切り裂いたのは――。


「……かはっ……な、なにが、おきて……」

 強大な爪に押しつぶされるようにして倒れた辺境伯は、目を剥いたまますぐに事切れ、そのまま血だまりに沈んでゆく。


「な、《神焉竜(しんえんりゅう)》が辺境伯を攻撃した!? でも、一体なんで……?」

 俺の疑問に答えたのはもちろんナイアだ。


「……多分なんだけどさ。『憐れな虫けら』の中に辺境伯も含まれていた、ってことじゃないかな」

「な――っ」


「《神焉竜(しんえんりゅう)》は辺境伯の命令を、忠実に実行したってことさ……」

「そんな――」


 そして一連のあれこれでなによりまずかったのが――、


「なぁナイア……それはそれとしてさ。なんか《《王竜(おうりゅう)錫杖(しゃくじょう)》が砕け散っているように見えるんだけれど……?」


「奇遇だね。アタイにもそう見えるよ。どうも辺境伯がやられた時に、一緒に壊されたみたいだね」

 視線の先には、もはや原型をとどめていない邪竜を(しば)るはずの(かせ)(あと)――。


「アレが壊れたからそのうち《神焉竜(しんえんりゅう)》も消える、みたいなことは?」

「見た感じそんなことはなさそうだね。……はぁ、修復不可能なほどに粉々に砕け散った帝国七大秘宝と、神話に登場する《神焉竜(しんえんりゅう)》の出現かぁ……こんなのどうやったら責任取れるのかなぁ……」


 ……ナイアには悪いんだけど、常に快活で生気あふれるナイアが、遠い目をしてぼやくのを見るのはなんだか新鮮だった。

 まぁそれくらい現実離れしすぎた状況ってわけなんだけど。


 目の前には支配の頸木(くびき)から解放され、猛り狂う《神焉竜(しんえんりゅう)》がいて――。


「……なぁナイア、これ、どうすんの?」

「……どうしようか?」


「……やばくね?」

「……やばいよねぇ」


「……今から《神焉竜(しんえんりゅう)》と戦うってこと?」

「……いやはや、まいったね、たはは……」


「……」

「……」


「グウオオオオオォォォォォォォォォオオオオンンンッッッッ!!」

 ドラゴン――《神焉竜(しんえんりゅう)》アレキサンドライトの耳をつんざく大咆哮が街中に響き渡る――。


 こうして。

 俺とナイアのSS(ダブルエス)級『幻想種(ファンタズマゴリア)』《神焉竜(しんえんりゅう)》アレキサンドライトとの戦いが幕を上げたのだった――。

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