第59話 王竜の錫杖
「『幻想種』にして最強種族ドラゴン……だと……?」
……あれ?
「いや、ちょっと待ってくれナイア。今、なんて言ったんだ?」
「ん? ドラゴンは断トツ最強の『幻想種』だって――」
「いや、そこじゃない……SS級って。今、そう言わなかったか? ランクはS級が一番上のはずだろ?」
確か、異世界転生をする時にアリッサがめっちゃ自慢げに、
『最上位であるS級チート~~』
みたいなことを言っていたはずだ。
「一般的にはそうだね。でも過去の記録を紐解けば《天使》《魔王》《神焉竜》といったSS級としか呼びようがない、異次元の強さを誇った存在が確かにいたみたいなんだよね」
「マジ、かよ……」
いやでも、ちょっと待ってくれよ。
つまりそれってS級チートが最強じゃないって、まさかそんなことは言わないよな――!?
そして今のナイアの発言で、どうしても気になる点がもう一つ。
「今、《神焉竜》って言ったよな? さっき辺境伯がこいつを呼び出す時に、まさに《神焉竜》って言ってた気がするんだけど……まさかとは思うけど、このドラゴンのことじゃあないよな?」
「うーん、どうだろうね? なんせドラゴンはわずかな記録や伝説でしか知りえない存在だからさ。アタイも実際のところはよくは知らないんだよね。そもそもドラゴン自体、ここ100年で目撃例ですら数件あるかないか、だからねぇ」
「まぁ、そりゃそうか……」
こんなヤバいのがその辺を跋扈してたら、人間の文明なんて作った傍から灰燼と化すことだろう。
「でも、ま。アタイの勘だとこれは本物じゃないかな。ただそこにいるだけなのに凄まじい重圧を感じるからね。ちなみに、アタイの勘はよく当たる方なんだ。とかく良いほうにも、悪い方にもね」
「うん、とっても嫌すぎる情報をありがとう」
だが、知覚系S級チート『龍眼』で測定不能なことを鑑みても、これがモノホンである可能性は極めて高い……!
もはや腹をくくるしかないようだった。
こいつはSS級『幻想種』――《神焉竜》アレキサンドライトだ――!
ごくり、とつばを飲み込んだ――。
「……一応聞いておくけど、まさか俺をけしかけるだけけしかけておいて、無策だった、なんてことはないよな?」
「もちろん策はある……といっても、一応ギリギリかろうじて想定の範囲内ってところだけど」
ナイアがやれやれって顔をみせた。
「なにせ《《神》》話の時代に終《《焉》》をもたらしたと言われる、伝説の《神焉竜》だからね。それこそ同じく創世神話に出てくる《神滅覇王》でもなければ、策をもってしても相手をするのは荷が重いってなもんさ」
「まぁこの際、一応でもギリギリでもなんでもいいさ。その言葉を聞けて一安心だ」
本当に心底ほっとした。
「真正面からこいつとやりあうのだけは、正直、勘弁願いたいからな」
SS級ということは、最強S級チート『剣聖』すら上回っているのだ――そもそも『剣聖』はS級チートの中で最強というだけに過ぎない。
S級が最上位だからこそ『剣聖』が最強なのであって、もしそれより上のSS級が相手だとしたら『剣聖』による戦闘のアドバンテージはゼロ、どころか圧倒的なマイナスだ。
つまり、
「戦えば俺が負けるってことだ――」
「最強のはずの『剣聖』が性能負けしてる時点で、クレームを入れたいところだけどな……」
でもまぁ、この際それはおいておこう。
今ここで文句を言ってもしょうがない。
何事にもイレギュラーはつきものだ。
幸い、対策はあるってナイアは言ってるんだ。
だったら――、
「どうやるんだ?」
こんな冷や汗が止まらないシチュエーションは、とっとと終わらせてしまうに限る。
そしてモテモテハーレムな日常が続く、俺の理想たる最高の異世界生活へと戻るんだ――!
「狙いはただ一つ、辺境伯の持つ錫杖さ」
ナイアが答える。
「あれは《王竜の錫杖》――ドラゴンを使役するためのアイテムなんだ。あれさえ奪えってしまえば、わざわざ面と向かってドラゴンと戦って勝つ必要はないってことさ」
「勝利条件はあの錫杖の奪取か。なら話は早い」
はっきり言って、辺境伯にはドラゴンを使役するだけの器はない。
「こと戦闘に関しては、モレノははっきり言ってずぶの素人だよ。アタイとセーヤの二人がかりなら、ドラゴンをいなしつつ《王竜の錫杖》を奪うことは、そこまで困難なミッションでもないはずさ」
言いながらナイアはニカッと特上のウインクを飛ばしてきた。
想定外のSS級を前に、俺がわずかに物怖じしているのを見抜いていたのだろう。
その上でそれを敢えて追求せずに、緊張を解きほぐすための心づかいまでしてくれる。
ドラゴンを――《神焉竜》アレキサンドライトを前にしながらこの男前っぷりだ。
「おっけー、了解した。この状況は心臓に悪すぎる。さっさと店じまいにしてもらおうぜ――!」
そんなカッコいいところを見せられたら、ちょいとビビってた俺の心も奮い立つってなもんだろう?