第57話 《神焉竜》アレキサンドライト
「……は? ……え?」
それはまさに圧倒的という言葉がふさわしい威容だった。
全長(頭の先から尻尾の先まで)20メートル。
全高(足裏から頭のてっぺんまで)は12メートル。
強靭な2本の足で支えられた、樹齢1000年の巨樹のような太い胴体。
酒樽よりも大きな腕は、大人が両手でかかえきれないほどで。
人間の手のひらほどもある大きな牙が並んだ、獰猛な顎門。
ご丁寧に、頭には4本の角まで生えている。
背中には大きな翼があって、折りたたまれたそれはまるで背中を覆う幾重の装甲板のようにも見えた。
加えて、全身が金属質な光沢を湛えた黒々とした鱗に覆われているのだ。
恐竜に翼が生えたような、ずんぐりとしたその漆黒の巨体は、
「ドラゴンっ!?」
多くの人がイメージするであろう、西洋の神話に登場するドラゴンそのものだった――!
「グウオオオオオォォォォォォォォォオオオオンンンッッッッ!!」
漆黒のドラゴンが耳をつんざく大咆哮をあげる。
鼓膜だけでなく、ビリビリと肌で感じるほどに大気が振動している――!
「この……っ、なんつー、声のでかさだよ」
至近距離でまともに咆哮を浴びたせいか、最強S級チート『剣聖』が発動しているにもかかわらず、俺は一瞬、身体がすくみかけた。
どうにか気を取り直しはしたものの、異世界に来て初めて、
「冗談だろ、おい……」
俺の心に、恐怖という文字がよぎったのだった。
それほどまでに、こいつはヤバい――!
危険を察知して自動発動した知覚系S級チート『龍眼』が、激しくアラートを鳴らし始める。
――ランク解析不能、早く逃げろ、即座に逃げろ、と。
そう何度も何度も立て続けに警告を飛ばしてくるのだ。
「いや、逃げられねぇだろ、この状況じゃ――」
逃げろと言われても、舞台の周りには1万人を超える群衆がいるのだ。
このままだとパニックで将棋倒しになって、それだけでも大惨事になる――というのに!
「ふ、ふははははは――っ! まさか、まさか本当にドラゴンが封じられていたとはな――! 宝物庫を6つも空にしてまで手に入れた甲斐があったというものよ!」
突如として出現したドラゴンに阿鼻叫喚となっている広場に、辺境伯の哄笑が響き渡った。
「おい、てめぇ、そんなこと言ってる場合じゃねぇだろうが! こんなに人がいるまん真ん中で、こんなもん喚び出しやがって――」
まずは混乱の極みにある群衆をどうにかしないと。
話はそれからだ――!
「カリスマ系S級チート『避難命令』発動――」
俺は目一杯、肺に空気を吸い込むと――
「落ち着けぇーーーーーーっっっ!!」
腹の底から振り絞った大声とともに、一気に解き放った。
ドラゴンの咆哮に勝るとも劣らずの、しかしチートによって明確な統制の意図を込めたその大音声によって、恐慌状態にあった群衆が一瞬にして静まり返る。
「――よし!」
さすがは群衆心理へと働きかけるカリスマ系のS級チートだ。
「走ると将棋倒しになる! いいか! 全員、決して急がず! 歩いてこの場から離れてくれ!」
俺の発した『避難命令』によって落ち着きを取り戻した群衆は、俺の言葉通り整然と列をなして広場から退避しはじめた。
オッケー、まずは一番の問題は解決だ。
これで避難の際に無用な被害が生まれるのを防げるはずだ――!
「グンマさんもすぐにこの場を離れてください。俺なら大丈夫ですから」
「わ、わかりました」
『避難命令』の余韻を利用して、グンマさんにも有無を言わさずこの場から離れてもらう。
「……たった一声でこうも容易く民を導くとは……まったくなんという恵まれた才能よ。本当に憎たらしい小童よのぅ、貴様は――!」
憎々しげに俺をにらみつける辺境伯。
だが――、
「なにを寝ぼけたこと言ってんだ! てめぇんとこの領民だろ、パニックになればそれだけで何十人、何百人と死ぬところだったんだぞ? 正気かよ!」
「何を言うかと思えば……平民なんぞ雨後の筍よ。多少減ったところで何の問題がある? 後から後からいくらでも湧いて出てきよるわ」
フン、と鼻で笑う辺境伯。
「本気で言ってんのかよ……?」
「これが王の資質というものよ。個人ではなく国家という高次の次元でもって物事を俯瞰的に判断する――いかに才があろうとも、しょせん平民の貴様には、辺境の王たる我の考えなぞ到底分かるまいて」
「こんなもん分かりたくもねぇよ! こんなもんが、王のやりかたなわけねぇだろうが……!」
人の命を、想いを、こいつは一体なんだと思ってるんだ!
「くだらん問答は終わりだ。才気に溺れてこの辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオに楯突いたこと、後悔しながら死ぬがよい――ふひっ!?」
突如――。
横合いから猛烈な闘気が立ち上ったかと思うと、まばゆい一筋の閃光が煌めいた――!