第56話 俺は俺のために――
「俺はグンマさんに約束をしました、ウヅキとハヅキの2人を幸せにするって。そう、約束したんです。だから俺はグンマさんを助けます。もしグンマさんが犠牲になって2人が悲しんだら、幸せにするって約束をいきなり破っちゃいますから」
「で、ですが、相手は辺境伯様で――」
「そんなの関係ありません――ああ、関係なんてないんだ――」
『剣聖』の解放とともに冷静沈着でクリアになっていく思考と相反して、俺の口調は少しずつ荒くなっていく。
「そうさ、例え辺境伯を――いや、世界を敵に回したって――女の子が泣いて悲しむような無法を、俺は決して許しはしない――!」
抗うための力を、俺は手に入れたのだから――!
「マナシロさま――」
「だから俺はグンマさんを助ける。この際、グンマさんの気持ちなんざ関係ないんだ――」
そうさ、俺は俺のために戦う。
女の子と、女の子の笑顔に囲まれた俺の崇高なる未来のために――!
「グンマさんが拒否しようが嫌がろうが、俺は俺のために助けるんだ――戦うんだ。もうこれ以上、異論はないよな?」
「ありがたい……ほんにありがたいお言葉ですじゃ……」
俺の決意に、心の底から納得してくれたのだろう。
グンマさんは深々と頭を下げた。
「さて、そういうわけで、辺境伯――名前はなんだっけか? まぁいいや。俺たちは帰らせてもらうぞ」
「貴様、よくものこのこと現れおったな。しかもいけしゃあしゃあとその不遜極まりない無礼な態度――」
「無礼? あいにくと俺の中のお前は、敬意を払うには値しない人間なんだけどな?」
「この――! 親衛隊、何をしている! こやつらは辺境伯たる我と、我が行う神聖なる裁判を愚弄した奸賊であるぞ! 構わん、罪人もろとも斬って捨てよ!」
辺境伯に発破をかけられ、今まで成り行きを見守っていた衛兵たちが、次々と剣を抜いては俺とグンマさんの元へと殺到する――!
「グンマさん、このまま舞台の端にいて、絶対に動かないでくれ――」
全部で30人近い――正確には28人か――衛兵は、しかし、
「戦闘系A級チート『暴れん坊吉宗』発動! はぁ―-――っ!」
斬り下ろしをすり抜けざまに一太刀――。
突きを踊るように交わして一太刀――。
複数同時の攻撃も、ほんのわずかな差を冷静に見極めて一人ずつに神速の一打を見舞っていく――。
ものの数十秒もかからないうちに。
舞台の上にいた衛兵のほとんどすべてが、俺の前に倒れ伏したのだった。
「安心しろ、峰打ちだ――(キリッ!」
俺はここぞとばかりに、時代劇でお馴染みのセリフを超どや顏で言い放つ。
戦闘系A級チート『暴れん坊吉宗』は峰打ちに特化した特殊なチートだ。
戦闘系S級チート『剣聖』との同時発動によって、当てる場所と力の加減は限界まで精緻にコントロールしてある。
皆、気絶しているだけで後遺症も残らないだろう。
「さて、と」
俺は辺境伯へと改めて向き直った。
もはや隣に壮年の騎士が――確か村に来たときに一緒にいた親衛隊長と呼ばれていたナイスミドルだ――ただ一人いるだけ。
「部下はみんなおねんねだ。勝負あったな。もちろんまだやるってんなら、いくらでも相手になってやるけどな?」
言いながら一歩前に出つつ、強烈な剣気を浴びせて重圧をかける。
「ひ――っ、し、しし親衛隊長! なにをしておる、貴様もはよぅ行かんか! さっさと彼奴を斬り捨てい! どうした、親衛隊長、早く行かんか!」
俺の放つ剣気に耐えきれなくなって、早口にまくしたてる辺境伯。
しかし親衛隊長はというと、俺に向かってくるどころか、くるっと背を向けると、
「……もうおやめくださいませ、閣下」
腰を落として片膝を立てる騎士の忠義の証でもって、辺境伯へと語りかけたのだった。
「なにィ……っ!? 貴様、今なんと言った!」
「おやめくださいませと、そう申し上げました」
「貴様! まさか事ここに至って、我の命令が聞けんと申すか! 親衛隊長に取り立ててやった恩を忘れた、この恩知らずの恥知らずめが! 大恩に報せずとは、よく言ったものよのう!」
辺境伯は、片膝をついた無防備な親衛隊長の頭を、持っていた錫杖で激しく殴りつけた。
だが親衛隊長は、額から流れ出た血をぬぐおうともせず、微動だにせず言葉を続ける。
「平民出の私めに閣下が格別の御高配を賜ったこと、このカール・メルセデス、ただの一時とて忘れたことはございません」
「ならばとっとと言われたことをやらぬか! A級騎士の貴様なら、あの威勢のいいガキにも遅れは取るまい!」
「恐れながら、私程度ではおそらく相手にすらなりますまい。あれは例えるなら鬼神のごとき強さにございます」
「貴様ぁ……よもや、よもや命を惜しんだかっ!」
「とんでもございません。もし義のある戦であれば、例え負け戦であっても不惜身命の心意気でもって、喜んで閣下のためにこの身を捧げる覚悟にございます」
「ならばとっとと戦わぬか!」
「――ですが、ですがそもそも今日の一件、無理筋であったことは明白にございます。この老人には欠片ほどの咎もございません。それに、仮に平民を二人ほど見逃したとて、偉大な閣下の御世にいったいなんの憂いがありましょうぞ――」
「もうよい! もうよいわっ!」
ガンと最後に一度、思いきり親衛隊長の顔を足蹴にした辺境伯。
勢いそのまま、俺に向かってがなり立てる。
「揃いも揃ってこの我を虚仮にしおってからに――! しょせん愚民どもには、我の高尚なる王の思想は理解できんということか! ああ、いいだろう、主命も聞けぬ愚か者なぞ、もう必要はない! 罪人ともどもまとめてあの世に送ってやるわ!」
「おいおい、状況分かってんのか? 一体全体この状況で何をどうやるってんだ?」
「ふん、それはな――こうやるのだ!」
不意に辺境伯は持っていた錫杖を、両手で恭しく頭上へと掲げもった。
「全てを薙ぎ払う漆黒の稲妻よ――!」
その言葉が発せられた途端。
錫杖の先端に付いた真紅の宝玉から、禍々しい漆黒のオーラが溢れ出す――!
「なっ、これは――っ」
その尋常ならざる異様な気配に呑まれて、一瞬思考がフリーズしてしまった俺を尻目に、辺境伯は黒き祝詞を矢継ぎ早に言祝いでゆく。
「終焉わりなき雷鳴の連鎖の果てに――汝は神をも穿つべし――! 顕現せよ、《神焉竜》アレキサンドライト――!」