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第54話 月下のナイア 3

「それにしても本当にすごい人気なんだな、ナイアは。さっきの二人なんて感激してたのか最後ちょっと涙ぐんでたぞ?」


「帝都に本拠を構える《聖処女騎士団(ジャンヌ・ダルク)》が辺境まで来ることは、そうはないからね。地方遠征は駐留騎士団の士気高揚にもなるし、普段は面倒くさいだけの名声って奴も、こういう時には存外役に立つんだよね」


「で、スカウトってなんだよ?」

「団長にはさ、騎士団員を一存で採用する権限があるんだ」


「いやそうじゃなくて、《聖処女騎士団(ジャンヌ・ダルク)》は女の子だけの騎士団だろ? いいのか? 俺は――」

 男だ、と言いかけたところで、


「おっとセーヤ、それは言っちゃあだめなんだぜ?」

 俺が話すのを封じるように、ナイアが人差し指で俺のくちびるに触れてくる。


「アタイはセーヤの性別を聞いたことはないからね。『勝手な思い込み』で女の子と勘違いしてしまってスカウトした、なんてことはありえる話だろう?」

「……そういう筋書きってことか」


 俺が男だと言ってしまうと、ナイアは俺を《聖処女騎士団(ジャンヌ・ダルク)》にスカウトできなくなる。

 つまり駐留騎士団用の通用口を利用して壁の中に俺を手引きしたことが、違法行為になってしまうのだ。


「ほら、悠長に話している暇はないんじゃないかい? ついてきな、セーヤ。公開裁判が行われている中央広場まで案内しよう」

 言いつつ走り出したナイアに、遅れないようについていく。


「一応、時間稼ぎの工作やちょっとした根回しはしてあるから、まだギリギリ間に合うはずさ」

「至れり尽くせりだな……でもよく俺が来るって確信できたよな? もし俺が来なかったら工作もなにもかも全部無駄になったわけだろ?」


「ん? 実際セーヤは来たじゃないか。つまり工作も根回しも無事、役にたって万事オッケーってわけだ。それにさ、アタイは人を見る目は、それなりにあるつもりなんだよね」


 横目でウインクを飛ばしながらオトコマエすぎるセリフを言ってのけたナイアは、タカラヅカの男役も真っ青の格好良さだった。

 これがチートじゃない本物の『ただしイケメンに限る』ってやつか……思わず胸がキュンとしちゃったぞ……


 走りながら、

「最後に一つだけ……さっきの話の続きを教えてくれないか?」

 これだけは聞いておかなければならないことを一つ、尋ねておく。


「さっきからずっと――今だってそうだ。ナイアからは強烈な殺気と闘気を感じている。なのに、俺を手助けするのはなぜなんだ? 油断させて背後から襲う、なんてことは万が一にもしないだろうし。理由が知りたいんだ」


「ははっ、そりゃ殺気もにじみ出るってなもんさ」

 走りながら、


「はぁ――」

 と分かりやすくため息をつくナイア。


「だってさ、この一件は誰が見たって横暴で、権力をかさにきた非道が行われているんだからね。しかも立場上、アタイはそれを見ていることしかできないときた。アタイと辺境伯は帝国序列でいうとアタイのほうがちょい上なんだけど、なんせここは辺境伯が全権を持つ、彼の領地だからね」


「……え、なに? ちょっと待って? ナイアってそんなに偉かったの? え、マジで?」

 ガチでビビったぞ、おい。


「ふふん、こう見えて、一応爵位と領地も持ってるんだぜ?」

「マジかよ……いえ、本当ですか」


「今さらセーヤに敬語なんて使われると、疎外感を感じてちょっと悲しくなるじゃないか……こういうのはかしこまった場以外では、普通でいいんだよ普通で。アタイだってそっちのほうが気が楽だし」

「そ、そうか? ならお言葉に甘えて……」


「おっと話がそれちまったね――つまりさ、統治のなんたるかも知らず、弱者を虐げるだけの権力者がいて。そしてそれを分かっていながら何もできない無力な自分がいて。その両方にむかついてむかついて、仕方がないんだ。そりゃ気もたかぶるってなもんだろう?」


 なんだ、そういうことか。

 この殺気は俺に向けられていたものではなかったのだ。


「普段のセーヤなら、自分に殺気が向いていないことくらい簡単に気付けたはずさ――でも今のセーヤは、ちょっと焦っているように見えるかな。だからわずかな違和感をすくい上げられなかったのさ」

 言って、ナイアはおもむろにデコピンをかましてくる。


「地味に痛い……」

 さすが《閃光のナイア》、でこぴんもかなりの威力だった。


 でも、そうか――、俺は焦っていたのか――。


「――はぁ、まったく、やれやれだ」

 俺は走りながら、両手でほほをバシンと一度、強く叩いた。


 うん、これまた痛い。

 だけど――、


「うっし、気持ちをもう一回入れなおした。これでもう大丈夫だ」

「ああ、すごくいい顔になった。それでこそセーヤさ」

 ニコッと笑うナイアは、月の光に咲き誇る白百合のようで――俺はそれを心の底から美しいと、思ったのだった。


「何から何まで面倒かけちまった。ナイア――お前って本当にどうしようもないくらい、いい奴なんだな」

「おだてたってなにもでないよ? ねぇ、セーヤ。どうせやるんなら、あのバカ領主にガッツリお灸を据えてやんな」


「ああ、それはもうきっちりと落とし前をつけてやるさ」

 ――中央広場が、見えた。


「ここまでありがとう。恩に着るよ、ナイア」

「公開裁判に動員された群衆は1万人規模だ。それを抜ける手伝いは必要ないのかい?」


「ああ、ここまでくれば、あとは(ひと)()びだ。本当にありがとう」

「アタイができないことを代わりにやってもらおうとしてるんだ。恩に着るのはこっちのほうさ」


 ――それにアタイの目的にも合致するしね。

 最後にナイアがそっとつぶやいたのを、俺は敢えて追求しなかった。


 ナイアの真意がどうであれ、ここまでお膳立てしてもらったという事実は、間違いないことなのだから。

 感謝こそすれ、文句を言う筋合いはないってなもんだ。


 後はやるべきことを俺がやる、それだけだろ?

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