第51話 おまじない
「じゃあ、行ってくる」
「…………はい」
俺はウヅキを抱き寄せていた手を緩めると、今度は向かい合いながらウヅキの顔を覗き込むようにして、優しく語りかけてゆく。
「待っててくれ、必ずグンマさんを連れて帰ってくるから」
涙で濡れた目元を、指先でそっとぬぐってあげた。
「……ほんとうに、ほんとうにセーヤさんはすごいです。どんな無理なことでも、セーヤさんならやってくれるかもって、もしかしたらって。セーヤさんを見てると、そんな風に思えちゃうんです」
「安心しろ、なんとかするのは俺の専売特許なんだ」
こんなくさいセリフだって、ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』があると思えば、気後れすることなく言えてしまう。
「……ほんと、セーヤさんは何だってできるのに……わたしなんてなんにもできなくて。今だって、めそめそするしかなくて、ほんと情けなくて困っちゃいます……」
「そんなことない。そんなことはないよ。ウヅキは俺なんかよりはるかになんだってできるじゃないか」
そうだ。
俺が何かを為せるとしたら、それはアリッサにもらったチートがあるからに他ならない。
転生前の俺は――チートがない俺は、誰かのためなんて考えもせず、限られた人生をいたずらに浪費して、ただただ周りに流されるように毎日を生きていた。
でもウヅキはチートなんかなくても、いつだって自分より誰かのために行動してたじゃないか。
一生懸命に何かをしようとしてたじゃないか。
「ハヅキのために危険を冒して薬草を採りに行って。食べる人のことを考えた料理を毎日作ってくれて。美味しい料理を食べたいのを我慢して、俺の世話を焼いてくれて――」
それはウヅキにしかできない、とても素敵なことだろ?
「ウヅキはいつも誰かのことを考えてるじゃないか。いつだって誰かのために優しくできるじゃないか。そんな優しくて可愛いウヅキが、俺は好きだよ」
「……ぁ」
「俺が頑張れるのはウヅキのためだからだ。俺の行動原理の一番にあるのはウヅキなんだ。ウヅキの笑顔を守るためなら、俺はなんだってやってみせる」
「セーヤさん……」
「なぁ、ウヅキはさ、運命って信じるか?」
「ふぇ?」
俺の唐突すぎる質問に、ウヅキがぽかんとする。
「実は俺って意外とそういうのを信じるタイプなんだよな。だからさ、異世界に来て最初に出会ったのがウヅキで、本当によかった」
この世界に来て最初に会ったのが、ウヅキで良かった――。
こんな最高の出逢いを、運命と呼ばずに何と呼ぶ――。
こんな運命の出逢いが、バッドエンドになっていいはずがない――。
さぁ、そろそろおしゃべりは終わりにしよう。
行くぞ、麻奈志漏誠也――。
「到着系S級チート『走れメロス』発動――」
到着系チートは「間に合う」「無事に」という結果を引き寄せるチート群だ。
さらに――、
「到着系A級チート『帰るまでが遠足です』発動――」
「到着系B級チート『ブザービーター』発動――」
「到着系C級チート『かけこみ乗車』発動――」
「到着系D級チート『ギリセーフ』発動――」
次々と同系チートを複数発動していく。
本来、最上位のS級チートが一つあれば――斧の扱いに特化した戦闘系A級チート『バイキング』のように細分特化している場合は別として――同系下位のチートを使う必要はない。
それでも少しでも可能性を上げたいという思いから――想いを込めて、俺は全ランクのチートを多重掛けしていった。
「セーヤさん、今のは……?」
「俺の故郷のおまじない、みたいなもんかな」
「おまじない――あの、その、セーヤさん! わたしも、その、えっと……おまじないをしてみてもよろしいでしょうか?」
「ん? いいぞ。せっかくだしな。この際、いっちょ飛びっきり効くおまじないを頼む」
「じゃあですね、あの、セーヤさん、目をつむっていただけませんか?」
「んーと、これでいいか?」
言われた通りまぶたを閉じる。
ウヅキが一度、大きく深呼吸する気配がして。
次の瞬間――、
「ちゅ――っ」
俺とウヅキ、お互いのくちびるが触れ合った。
それはキスと呼ぶにはあまりに短い、ほんの一瞬の邂逅。
「ウヅキ、今の――」
「えへへ、お母さんから教えてもらった、とっておきのおまじないです。大切な人が無事でいられますようにって。わたしにはその、まだ早いかも、ですけど……」
そのはにかんだ笑顔は、まだ幾分かの悲しみを忍ばせてはいたものの、いつもの可愛く明るいウヅキらしいもので。
「今のおまじないは……うん、最高に効いた。飛びっきりに効いた。ありがとな、ウヅキ。とっておきのおまじないのおかげで、今の俺は百人力だ。正直、今なら誰にも負ける気がしない――」
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