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第401話 まんじゅうに詰まっているもの

「なんですってっ!? セーヤ様が倒れられた、ですって!?」

 そのとても信じられない事実を告げられたサーシャの顔からは、完全に血の気が引いていた。


「まさか《剣の魔将》グレンの凶刃に――! こうしてはいられません、セーヤ様のところに――!」

 慌てて飛び出そうとしたサーシャはしかし、そこでぐっとこらえて踏みとどまった。


「お嬢さま……?」

 それを見たクリスが──さしもの筆頭格メイドもいぶかしげな声を上げる。


「セーヤ様の危機……ですが、今ここを空けるわけにはいきませんわ。今のこの時間は、現場監督の合間に捻出した貴重な時間ですもの。《神滅覇王(しんめつはおう)》まんの初売りに関する最終調整は、順調なプロジェクトの中で唯一残った喫緊の課題ですわ。わたくしの私情でそれをおしゃかにするわけにはまいりませんの……!」


 ギリっと強く奥歯をかみしめ、必死に己の心を殺しながらサーシャは言った。


「セーヤ様の周りにはウヅキたちがいるはずですの。仮にわたくしが行っても大したことはできませんわ。わたくしはここでわたくしの仕事をやり遂げ、そして無事を信じて帰りを待つべきですの……!」


 滅私奉公、己のためではなく全体のために行動する。

 ノブレス・オブリージュ、それは上に立つ者に課せられた義務であり使命だった。


「多くの人々が尽力した甲斐あって誕生した『MS-06:《神滅覇王(しんめつはおう)》マナシロ・セーヤまん』ですわ。なのに旗振り役であるわたくしが、この土壇場で私情に流されて職務放棄したとあっては、皆に合わせる顔がありませんもの……!」


 たかがまんじゅう、されどまんじゅう。


 まんじゅうに詰まっているのはあんこだけではない。

 そこには製作に携わってきた多くの人の想いが、いっぱいに詰まっているのだから──!


「お嬢さま……なんと気高く神々しいのでしょうか……!」

 それは誇り高く気高い、トラヴィスの名を継ぐにふさわしい圧倒的なまでの王者の風格だった。


 まさにこの方こそが忠を尽くすにふさわしいと、クリスは心底感じ入っていた。


「行ってくださいお嬢さま。僭越(せんえつ)ながらここは私が引き受けましょう」


「クリス――その申し出は却下しますわ。帝都でスコット=マシソン商会に落とし前をつけさせ、すぐに東の辺境まで取って返し、その後もアウド街の現場監督をこなしていたあなたですわ。相当疲れがたまっているはずですの。(あるじ)として、あなたにこれ以上の負担を強いるわけにはいきませんわ」


「なにを仰いますか。トラヴィス筆頭格メイドの実力は、お嬢さまも知っておられるはずです」


 敏腕メイドさんは疲れなんて微塵も見せずに、そうさらっと言ってのけた。

 さすがの筆頭格メイドである。

 しかし――、


「クリス、あなたのポーカーフェイスは相当なものですわ。ですがわたくしの目はごまかせませんの。何年あなたと一緒に過ごしたと思っているのですか? あながたわたくしのことを知り尽くしているように、わたくしだってあなたのわずかな表情や仕草から、疲れているかどうかくらいなら見抜くことができるのですわ」


 忠義を尽くす従者を気遣うように、柔らかく微笑みながらサーシャが言った。


「お、お嬢さま……なんと立派になられて。このクリス、お嬢さまの成長に心底感激いたしました……!」


 ――なんて老執事みたいなセリフを言っているクリスだが、実はまだ19歳のティーンエイジャーである。

 対してサーシャは16歳、ほとんど年の変わらない2人なのだった。


 それはさておき。


「そういうことでしたらご安心を。ここには私一人ではありません。ミリアたちトラヴィスの誇る優秀なお嬢さま付きメイド部隊が控えております――ですね?」

「はい! お姉さま!」


 今まで少し距離を置いて控えていたクリスの妹ミリアが、元気よく声を上げた。


「お嬢様の前ですよ、クリス様と呼ぶように」

「申し訳ありません、クリス様」

「よろしい」


「お嬢さま、お嬢さまには私たちお嬢さま付きメイド部隊が付いております。どうか後のことは私たちに任せ、マナシロ様のところにお急ぎください――全員ただちに集合!」


 クリスが号令をかけると、様々な作業に従事していたメイドさんたちが一糸乱れぬ機敏な動きで終結すると、サーシャを見送るような隊列を作って整列した。


「あなたたち……! ううっ、わたくしは、わたくしはなんと良い従者たちに恵まれたのでしょうか……! では命じます! この場を離れるわたくしに代わってプロジェクトMS-06を完遂させなさい!」


「「「「かしこまりました!」」」」


「よろしい。――セーヤ様、今いきますの!」


 身をひるがえしたサーシャは、愛する婚約者(ファミリー)のもとに向かうべく脱兎のごとく走り去っていった。

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