第357話 初心者向けティモテ式
「そっか。じゃあまた今度、空いてるときにでも簡単なのを教えてもらおうかな?」
「ぜひぜひです」
「あ、でも簡単なのね? お祈りとかしたことないからさ」
「そういう人のために、私が開発した初心者向けのとてもシンプルで短いお祈りがありますので、ご安心を」
えっへんと得意顔をしたティモテ。
あら可愛い。
ウヅキと同じような真面目で一生懸命タイプだけど、自信があることに関しては自己主張しちゃうのがティモテの特徴かな。
そこがまた可愛らしいんだけど。
「っていうかお祈りに開発とかあるんだな」
「ありますよ。開発すると教会本部の審査を経て、公式の祈祷式として登録されるんです」
「へー」
「初心者向けティモテ式は、特に小さなお子さんのいるご家庭にとても好評なんですから」
「ティモテって子供が好きだよな。いつも楽しそうに子供の話をしてるし」
「そうですね、好きなことに間違いはありませんが、あとは恩返しの気持ちが強いでしょうか」
「恩返し? なんで急にそんな単語が……?」
特に深く考えずに、反射的に聞いちゃったんだけど、
「実は私は、生まれてすぐに孤児として拾われまして。それからずっと教会で育ったんです」
「え、あ、その……」
急にものすっごくヘビーな身の上話をされて、反応に困ってきょどっちゃった俺。
……なんか前にもこんなことあったよね。
なんだったかな?
なんにせよ、深く考えずに聞く癖をいい加減直さないと、いつか大変な地雷を踏みぬいちゃいそうです。
「あ、そんな重い話ではないんですよ」
「生まれてすぐに孤児って段階で、重くない話があるのだろうか……」
「ほんと、そんな深刻な話ではないんです。私は拾っていただいたマリア=セレシア教会の、そこの先輩シスターの皆さんにとてもよくしてもらったので。だからその大恩を、今度は私が次の世代に、子供たちに返したいんです」
「そっか……だから子供の教育に熱心なんだな」
納得したよ。
「ちなみに『ニューリバー』という私の苗字は、治水対策で新しく整備された川の側に捨てられていたからだそうですよ」
「そ、そっか……」
やっぱ重いよ、この話。
そりゃね、こんなまっすぐな子に育ったんだ。
よくしてもらったのは間違いないんだろうけど。
それでも世界第3位の経済大国で平和ボケした現代日本人に、この話は重すぎますよ……。
ちょっと気まずくて視線をそらした視線の先に――、
「ん、それって絵本?」
――布団の上に置かれた古い絵本があった。
何度も何度も繰り返し読んだのだろう。
擦り切れるほど薄くなった表紙に、丸くなった角。
しかし大切に使われているのが一目でわかる、愛されて年季を重ねた、そんな絵本だった。
「表紙がかなり薄くなってるけど、たぶん教会にあった子供用の絵本と同じ本だよな? ティモテも絵本を読むんだな――あ、いや! 馬鹿にしてるわけじゃなくて、意外っていうか、ギャップ萌えっていうか――」
意図せず、失礼ともとれる言い方になってしまって焦る俺の言葉を、
「くすっ、そんなに焦って補足説明をしなくても、ちゃんと分かっていますよ。マナシロさんが他人を馬鹿にするような人じゃないってことくらいは」
ティモテは優しく微笑みながらさらっと流してくれる。
「そう言ってくれて、助かるよ」
ううっ、本当にティモテはいい子だね……。