第349話 思考がSS級と戦うこと前提になってしまっている今日この頃……
「おおおおっっっ!」
「ぬぅぅぅぅっっ!?」
裂帛の気合とともに魔剣を跳ね飛ばし、鋭いカウンターをねじ伏せ、防御を裂いて日本刀がグレンを打ち据えてゆく。
「ハッッッッ!!」
不利を打開すべく放たれたグレンの渾身の一撃を、
「甘いっつってんだろ!!」
逆に俺は、ひと際大きく跳ね上げてみせた。
「グぅ――っ!?」
グレンの身体が重みを失い、衝撃で腰がふわっと浮きあがる。
これでわずかの瞬間とはいえ、動きは封じた――!
「いける! もらった――!」
奥義、《紫電一閃》――!
きらめく精霊剣を納刀した俺が、必殺の奥義を放とうとした瞬間――、
「な――っ!?」
突如としてグレンの足元に影のような黒い水たまりが発生した――!
これは――、
「鬼門遁行!? って、おいこら! ここで逃げんのかよ!?」
まるで掃除機に吸い込まれるように、その黒い沼にグレンの身体が強引に引き込まれてゆく――。
おそらくこれは、ありえない無茶な使い方をしているのだろう。
「ぐふ――っ」
引き込まれるグレンは、目、口、鼻から血を出しながら苦痛に顔をゆがませていた。
「ちょ、待てよおい! てめぇ剣士だろ! 勝負投げ出して逃げて、恥ずかしくないのか!?」
「……例え逃げたと蔑まれようとも、この命に代えても為さねばならぬことがある――」
「はぁ? なにカッコつけてんだ! だいたい、まっすぐ生きる女の子を暗殺するなんてことが、お前が命に代えてもしないといけないことなのかよ!」
「そうだ――それが先代魔王との盟約であるが故――」
「さっきからなに意味不明なこと言ってやがる! ――ってああ、逃げられちゃった……」
黒い水たまりはすでに消え去り。
とり残された俺は、一瞬の逃走劇にあっけにとられたままでその場に立ち尽くす――。
「くっそー、あと一歩だったのにな。ここで決着つけられたら最善手だったんだけど……」
俺のつぶやきと前後して、
「フュージョン・アウト!」
掛け声とともに、精霊さんが融合を解除した。
精霊さんは俺の顔の隣にふよふよ浮きながら、グレンが消えたところを見て、
「しょうがないわ、鬼門遁行はすごい術だもん!」
慰めの言葉をかけてくれる。
「なんせ瞬間移動だもんな……これじゃあいくらシロガネが厳重な警戒網を張ったとしても、労せずすり抜けられるよなぁ……」
「でもね、そんなすごい術だからこそ、あんなふうに準備もなしに使うことは本来不可能なはずなの! たとえこの場は逃げられても、術によってダメージを受けたり、普段は残さないような痕跡を残しちゃったはずだから!」
「おおっ、精霊さんが珍しく、珍しくまともなことを言っている……! 明日は雨だな」
「はぁっ!? アタシはいつもまともだし! あんたこそ馬鹿なことばっか言ってないで、このアタシの力を借りたんだから、まずは感謝の言葉くらいかけなさいよね!」
「ああうん。それは本当に感謝してる。力を貸してくれてありがとう精霊さん、すごく助かったよ」
精霊さんに求められたからってわけではないんだけれど、俺は素直に感謝の気持ちを口にした。
精霊さんの力を使えば、無理をせずにSS級として戦うことができる。
これは圧倒的すぎる進歩――いやもうこれは革命だ。
これでSS級が出てきても、後れを取ることはない――!
……まぁそれ以前の話として?
これ以上SS級とは戦わないでいいようにしたいところではあるんだけれど。
そして思考がSS級と戦うこと前提になってしまっている今日この頃……完全に感覚が麻痺しちゃってるよね……。
「あら、アンタ今日はえらく素直じゃない! いいわ、次からも一緒に戦ってあげるから、その謙虚な気持ちをこの先もずっと忘れないことね!」
「はいはい、わかってるから」
あいかわらず一言余計な精霊さんだった。
ま、でもさ。
実のところ、グレンに逃げられたのは想定の範囲内だったりするんだ。
あと一歩で取り逃がしちゃったけど、俺は俺にできる仕事をまっとうした。
後は優秀な仲間に、任せるとするか――。