第330話 それはもう完全に、お嬢さまに必要なスキルじゃねぇよ……
「ほんと聞いてたよ? そうそう! そういうことがあったから、ちょっと強引にティモテをサクライ家に泊まるように仕向けたんだな。納得だよ!」
「急に早口でどうしたんだい……? 変なセーヤ」
いぶかしむナイアを前に、俺はどうにか強引に早口でまくしたててその場を取り繕うと、頭をいったんティモテの話に専念させることにした。
今はかなり大事な話をしている最中だもんな。
カッコイイ決めゼリフは後日また考えるとしよう。
そうしてまじめモードになって思い出されるのは、『グレン緊急対策会議』の終わり際のことだった。
「基本的に教会で生活する予定です」
そう言って去ろうとしたティモテを、ナイアがかなり強引にサクライ家に泊まるように言いくるめていたのだ。
ナイアがあそこまで強く、誰かに何かを強いようとするのは珍しいなと思ったんだけど――、
「ここならなにかあっても、すぐにセーヤたちが対処できると思ってね」
これが理由だったわけか。
サクライ家には俺以外にも、最強を誇る王竜、《神焉竜》がいる。
遊んでるだけでなんの役にも立っていないけど、精霊さんだってSS級だ。
今は寝込んでいるけどシロガネもいる。
俺も含めればSS級が4人。
いざという時にサクライ家ほど強大な戦力を持った安全地帯は、他にはないだろう。
「オッケー了解だ。ティモテのことは任せてくれ! それで、こういうことを頼んでくるってことは、多分ナイアは忙しいんだよな?」
「アタイはディリンデンに戻って、まずは最優先で復興をすすめないといけないんだよね。住民のためにも、そしてこの先、東の辺境の統治を引き継ぐマナシロ・セーヤ大公のためにもね」
「ああうん、そんな話もあったね……」
やっぱこれもう確定事項なんだろうなぁ……。
だって断ったら断ったで、メンツ丸潰しの上に帝国への逆心あり、とか思われちゃうんでしょ……?
詰んでるじゃん……。
「領地経営なぁ……」
と――、
「それでしたら大丈夫なのですわ!」
俺のぼやきをさえぎるようにして、突然入り口から声があがった。
すぐに、ぴょこん! と金髪ツインテールが俺の視界に入ってくる。
「あれ? サーシャじゃないか。現場監督に戻ったはずじゃ」
「職人の士気も高く非常に順調に進んでおりますので、現場はクリスに任せておきましたの!」
「まぁクリスさんなら何の問題もなく引き継げるよな」
万能・切れ者・辣腕なトラヴィス家の筆頭格メイドさんにとって、現場監督くらい余裕のよっちゃんだろう。
散々手のひらの上で転がされた経験から、もはや確信をもってそう言いきれる俺だった。
「そういうわけで、なにやら二人で密会をなされようとしていましたので、こうして気配を殺してお話をうかがっていたのですわ」
「ああそう……」
あの、当たり前すぎるから敢えての指摘はしないけどさ?
気配を殺して盗み聞ぎすることは、あまり胸を張って言うことではないんだよ……?
っていうか、
「まじか、隠れてたのに全然気づかなかったんだけど」
気配察知に優れた知覚系S級チート『龍眼』は、日常シーンではわざとかよってくらいに反応してくれないので、俺が気付かないのは当たり前ではあったんだけど――、
「アタイもだね。アタイとセーヤの両方から気取られないなんて、意外に高度な気配遮断の隠密スキルをもっていたんだね」
どうもナイアも出し抜かれたようだった。
「これはシロガネと戦った時に必死に隠れようとして、その時に身に着けたのですわ!」
「SS級を相手にした実戦で獲得したスキルか。それじゃアタイらが気付けなくてもしょうがないか」
「ふふっ、死を覚悟して逃げ回る中、これぞというコツをつかみましたの!」
「実戦に勝る経験なしとはよくいったもんだね」
「もはや気配隠蔽では右に出る者がいないと自負しておりますわ!」
「それはもう完全に、お嬢さまに必要なスキルじゃねぇよ……」
サーシャが一体どんなお嬢さまを目指しているのか。
将来像が若干不安になる俺だった……。