第269話 追いかけっこ
「逃げたのじゃ――?」
背中を向けて一目散に遠ざかっていく《精霊神竜》だが――、
「――いいや違う、逃げたんじゃない! 距離を離して戦うつもりだ! 《神焉竜》!」
「了解なのじゃ! 地の果てまでも追いかけてやるのじゃ!」
そう言葉を返してきた時には既に、俺と同じ考えへと至っていた《神焉竜》は猛スピードで飛び出していて。
こうしてバトルは第2ラウンドへ。
距離を離そうと逃げ出した《精霊神竜》と俺たちとの、追っかけっこが始まったのだった――!
「こっち――と見せかけてあっち! あっち――とみせかけてそっち!」
《精霊神竜》が、ぐいぐいぎゅわーん!と猛烈なスピードで逃げていく。
「なんつー逃げ足の速さだ……」
多彩なフェイントや緩急を駆使し、時に強引な進路変更で意表をつくその逃げっぷりは――言うなればそう、逃げの王者の風格だった。
「ほんと基本スペックはものすごく高いんだよな……」
「ふっふーん、見たか! 当たらなければ、どうってことはないのだ! 乱数回避! ――からの、うぉりゃー! バレルロール!!」
せこせことした小さく不規則な回避運動から一転、大きな縦回転の背面宙返り戦闘機動で、逆に俺たちの後ろを取りにきた《精霊神竜》――!
大胆不敵なその動きはしかし、
「甘いのじゃ! 余裕で想定の範囲内なのじゃ!」
《神焉竜》はその動きをトレースするかのように背後にピタリとくっついて離れず、決して逃がすことはない――!
「く――っ! ピタリと張りつかれてるっ!?」
「愚か者めが! 我が『真なる龍眼』から逃れられると思うたか、舐めるでないのじゃ!」
それはもはや未来予知とも言うべき神域の御業。
実際に俺も戦って痛い目にあったから、よく分かる。
全てを見透かす王竜の眼を欺くのは、至難の技だ――!
「くー! いーかげん、もうしつこいんだけど!? どこまで追ってくんのよ!」
「逃げなければ追わないのじゃ?」
「逃げてないわよ! ちょっと距離を取ろうとしてるだけなんだし! 戦略的逃走なんだから、アタシの名誉を毀損するのはやめてよね!」
「はいはいわろすわろすなのじゃ」
「むっかー!!」
加えて。
《神焉竜》はただ追いかけるだけではなかった。
動き終わりや、進行方向が綺麗に一直線になった瞬間を狙って、
ビュン! ビュン!
かわしづらい絶妙なタイミングで《神焉竜》は不可視の斬撃を放っていく。
「あ痛っ!? うぐぅ! あひぃっ!! ちょ、痛い、痛いってば!」
べしべしと背中や肩に被弾するたびに、身体をよじりながら情けない声を上げる《精霊神竜》。
しかし追撃する《神焉竜》はそれだけでは終わらなかった。
「グルァァァァァアアアアアアッッッッッ!!!!」
大気を震わす咆哮とともに放たれたのは、黒粒子を凝縮した必殺のドラゴン・ブレスだ――!
しかもこれは、威力を落とすかわりにチャージ時間を限りなくゼロにした、10年物ガーゴイルを吹っ飛ばした時に使った新必殺ブレスだった――!
それが――、
ズドォォォン!
ズドォォォォンンン!!
重々しい重低音を響かせながら《精霊神竜》へと着弾し――、
「みぎゃぁ……っ! ひぎぃ……っっ!!」
その度に、豚が鳴くような憐れな悲鳴を上げる《精霊神竜》。
「さすがに効いてきたか――?」
飛び方がフラフラし始め、逃げるスピードも目に見えて遅くなって――、
「――と見せかけて! 雷系最強精霊術! 『精霊滅殺雷振破』!!」
くるっと180度身をひるがえしてこっちを向いた《精霊神竜》が、最速発動を誇る雷系最強精霊術を撃ち放った――!