第211話 えっへん!
「アリッサ、退庁間際に呼び出してすまないね」
今日ももうすぐ仕事が終わるというころ、私は異世界転生局の局長から直々に呼び出しを受けていた。
「ぜんぜん問題ありません! 家に帰っても特にすることはありませんので! それで今度はいったい何があったのでしょうか?」
元気よく答えた私の名前は、アリッサ=コーエン。
異世界転生局の新米転生官だ――というのはつい先日までのお話。
今の私には「異世界転生局局長付特命選任担当官」という肩書が用意されていた。
偉いかどうかで言うと、めちゃくちゃ偉い。
つまり大大大出世したのだ、えっへん!
同期の断トツぶっちぎり出世頭として、私はとっても鼻が高かった。
「これも全て麻奈志漏さんが、私の濁った目をその優しくも情熱的な異世界転生への想いでもって、洗い流してくれたおかげです」
ありがとう麻奈志漏さん!
センテンススプリング!
でもたった一つだけ残念なことがあって、
「仕事の詳細はなにがあっても言えないんだよね……万が一にでも口を滑らせた日には『疑わしきは最高刑』がモットーの特別高等査問委員会で、本気の懲役20年が待っているから……」
それはさておき。
「アリッサに来てもらったのは他でもない。管理ナンバー000000000666異世界アガニロムに関する速報が上がってきた。まずはこれを見てほしい」
手渡されたのは、赤と青の折れ線グラフが描かれた1枚のA4ペーパーだった。
赤いグラフは大きな山が3回、青いグラフは大きな山が1回。
たったそれだけのシンプルに過ぎるグラフだ。
「えっと、これはなんのグラフなのでしょうか?」
「これはアガニロムで発生した、特に巨大なチートをグラフ化したものだ。大きな山が3回ある赤のグラフは、これは《神滅覇王》が顕現したもので間違いない」
「つまりこの短期間に3回も《神滅覇王》が顕現したということですか!?」
つい先日、まさかの2度目の顕現があった。
2度あることは3度あるというけれど、まさかその3回目がこんなに早く来るなんて……!
「そういうことになる。どうやらアガニロムという異世界は、我々の想像をはるかに超えた危険な異世界のようだね」
「そんな……麻奈志漏さん……」
食い入るようにそのシンプルすぎるグラフを見つめていた私は、ふと、
「あの、これ単位がついてないように見受けられるのですが……」
ということに気が付いた。
X軸が時間経過を表しているのに対して、Y軸は単位もなにも書かれていないのだ。
「ああこれはね、事象としては観測できたものの、あまりに規模が規格外すぎて計測は不可能だった。よって単位はない。グラフの頂点はあくまで視覚化するための便宜上のものにすぎない」
「……」
私の背中を、いやーな汗がたらりと流れた。
「アリッサ、正直に言おう。実のところ私は怖いんだ。この《神滅覇王》というSS級チートは、人の手に余るのではないかとね」
「そんな弱気な局長を、初めて見ました……」
これは、冷静沈着でどんな難題もさらりとクリアしてのける局長が、弱気を思わず部下に漏らしてしまうようなヤバい案件なのだ……私は改めて事の重大さを認識させられたのだった。
「これほどのケタ違いのパワーだからね、弱気にもなるさ。さらにだ。今回もう一つ非常によく似た力が観測された。同じく計測不能な青のグラフがそれだ。直感で構わない、率直に君が思うことを聞かせてほしい」
ふむ、と私は少し考え込む。
「そうですね……《神滅覇王》の3回目の顕現直後に発生しています。まるで赤のグラフを追うようにして、そっくりな動きで……あ、これって、もう一つ別のSS級チートが顕現した……?」
「さすがアリッサ、いい目をしているね。私もその見解に行きついたんだ」
「でもでも、それだけじゃありません! 逆に赤のグラフ、《神滅覇王》が青のグラフの発生の直後に急激に落ち込んでいます。これはいったい……!?」
「まだ詳細はわからない。しかし状況からこの2つの力には何らかの関係があるのではと、私は睨んでいるんだ」
「ごくり……」
「そして少なくとももう一つ同種の力が観測できたことで、これまでとは違って比較することが可能になった。これは非常に大きな進歩と言えるだろう。今のところは現状維持、このまま観測を続けていく予定だ。アリッサ異世界転生局局長付特命選任担当官、これからも君の慧眼には期待している。頼んだぞ」
「もちろんです! 麻奈志漏さんの情熱にも応えたいですし!」
「ははっ、アリッサは二言目には彼の名前を持ち出すね。これはあれかな、もしかしてアリッサは彼に恋をしているのかな?」
「何をおっしゃるのですか! 私は公私混同をしたりはしません! あくまで担当した転生官として当然のアフターケアであって――ってあれ? いえ、まさかそんな……? え? あれ、うえ……っ!?」
「アリッサ?」
……そう、私は気付いてしまった。
気付かされてしまった。
心の中にあった、今まさに開こうとしている小さな小さな恋の花に――。
私は気付かされてしまったのだ――。