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第209話 名前を――

「質問……ですか? いいでしょう。もうすぐ『仮人格(トワ)』が目覚めます。残された時間はわずかですが、『もう一人の私(トワ)』の面倒を見てくれたお礼もかねて、できうる限り答えましょう――」


「うん、聞きたいことってのはさ――」


 世界の根源に触れる力とか、《神滅覇王(しんめつはおう)》が世界を滅ぼすとか、聞きたいことはそれこそ山ほどあった。

 その中で一つ。

 残された時間で、俺が聞かなければならなかった事というのは――、


「お前の名前を教えてくれないかな。『トワ』はハヅキがつけた仮人格の名前で、《スサノオ》はロボットの名前だろ? じゃあトワでもない、《スサノオ》でもない『今のお前』の名前はなんなんだ?」


 俺が発したその問いを聞いて、


「は……?」

 トワがポカーンと口を開けた。


「……あのですね? 残された時間は短いと、確かに私はそう言ったはずですよ? そのわずかな時間に何を聞くのかと思えば、私の名前なんて――」


「『なんて』じゃないさ、俺にとってはそれが一番大事なことなんだ。だから教えてくれないか、お前の名前を――」


 先史の時代からたった一人生き残って、なのにそのまま名前すら残さずに消えてしまうなんて、そんな悲しいことはあっちゃいけないだろう?


「……まったく、こんな時にもナンパをしようなどと、《神滅覇王(しんめつはおう)》というのは本当にどうしようもないスケベですね」


「いやナンパじゃないよ!?」

「うにゅ? ナンパ?」

 言葉の意味が分からなかったのか、ハヅキが首をかしげる。


「ナンパとは、チャラい男が女と結合するために行う準備行為のことです」

「おいこら、幼女相手に悪意しか感じられない説明をするのはやめてくれないかな!? そもそもナンパじゃないからね!?」


 痛くもない腹を探られたあげく、ハヅキの心から俺が社会的に抹殺されてしまいかねないじゃん!


「――マノワト」

「だからそもそもマノワトじゃないって――え? マノワト?」


「ですから私の名前です。あなたが聞いてきたのでしょう?」

「え、あ、おう」


「――マノワト。それが私に付けられたプロジェクトネーム兼コードネームです。アマノイワトをたった2文字減らしただけの、なんともセンスのない名前ですけれど」

 そう言ったトワの――いやマノワトの表情は、過ぎ去った遠い過去を懐かしむような哀愁に満ち満ちていて。


「そっか、マノワトか……うん、マノワトね……すごく、すごくいい名前じゃないか。俺のセンス的にもありありだし。俺は好きだぞ、その名前。ずっと覚えとくよ」


「ふん、仇敵である《神滅覇王(しんめつはおう)》に好かれても覚えておかれても、私は嬉しくもなんともないのですけれど?」


「……だよな」

 そりゃまぁそうだ。


「まったく貴重な質問タイムをこんなくだらないことに使うなんて、本当にいつの時代も《神滅覇王(しんめつはおう)》というのは超がつくほどのお馬鹿さんですね……本当にお人よしが過ぎる大馬鹿者です……」


 そう言ったトワ――いやマノワトの瞳から、真紅の攻撃色が急速に薄れていく――。

 そしてその目が最後に見つめるのは、俺の隣で涙をいっぱいにしていた一人の幼女で――。


「ハヅキ、私は最後にとてもいい夢を見られました――だから泣かないで笑って見送ってくれると嬉しいですね」


「うにゅ、がん、ばる……えがお……」

 しかしハヅキの目には涙がいっぱいで。


「ありがとうハヅキ。そしてさようなら。兵器として生まれた私の、たった一人のお友達――」


 マノワトがその目を閉じた――そして数瞬の後に開いた眼には、もう美しい緑の瞳が輝いていて――、


「……あれ、ここは? えっと、私は何をして? 確か急に頭が痛くなって……。あの、そこからの記憶がありません――」


 そこにいたのはもうマノワトではなくトワだった。


 瞳の色以外、姿かたちは全く同じ。

 幼女らしからぬ丁寧な話し方も双子のようにそっくりだ。


 でも戦いとは無縁のいたって普通の幼女。


 だから俺は、そんな普通のトワを安心させるようににっこり笑って言ってあげた。


「大丈夫、俺もハヅキも無事だ。ハヅキはちょっと泣いちゃってるけど。だから無理に思い出す必要はないさ。おかえり、トワ――」


「は、はい、ただいま帰りました……?」


 こうして。

 トワを拾ったことから始まって、トワ=《スサノオ》と戦い、マノワトと別れた一件は、幕を閉じたのだった――。

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