第183話 いいからとっとと返してこい! 今すぐに返してこい!
「領地といえば、そうじゃ、ほれ」
言って、《神焉竜》は美しい透明の宝石がはまった首飾りを取り出した。
「領地とかそういう話は突拍子なさすぎて理解が追いつかないというか、できれば理解したくないので後回しにするとして……」
改めて宝石のついた首飾りをよく見てみると、それはもう誰が見ても分かる値打ち物で。
「へー、これまた綺麗な宝石のついたネックレスだな。パッと見は透明なのに、光の加減でいろんな色にキラキラ光って見えるのか。不思議な宝石だなぁ。で、こんな高そうなもの、いったいどうしたんだ?」
何気なく尋ねながら、ウヅキが淹れてくれたお茶を飲む。
あー、温かくて身体の芯から落ち着くよ――、
「これはエルフの大長老の家系が、先史の時代から受け継いできたというエルフに伝わる秘宝だそうじゃ。恭順の証として主様に献上するとのことなのじゃ」
「ブフゥッッッッ――!!??」
俺は口に含んでいたお茶を盛大に吹きだした――!
「大丈夫ですかセーヤさん!? すぐに布巾を持ってきますね……!」
「けほっ、ごほっ……。ちょっと、《神焉竜》さん!?」
マジでなんちゅうことをしてくれてんの!?
「ふふん、驚くのはまだ早いのじゃ。なんと《神滅覇王》――、主様ではなく初代の《神滅覇王》から賜ったとの言い伝えまであるらしいのじゃ」
……ヤバすぎる、超マジにヤバすぎる。
そんなもんほいほいと持ってくんなや……!
そんな俺の気も知らず、《神焉竜》はさも大手柄を立てたかのように胸を張って言葉を続ける。
「であるならば、この時代の《神滅覇王》たる主様がこの秘宝を手にするのは、これはもう世界の理というものじゃろう?」
「『理というものじゃろう?』じゃねえよ! いいからとっとと返してこい! 今すぐに返してこい!」
慌てて言って聞かせようとした俺に、
「残念ながら主様の頼みでもそれはできんのぅ」
「……なんでだよ!?」
しかし《神焉竜》はというと、難色をしめしてきやがるのだ。
「恭順の証としていったん献上したものをすぐに突き返したとなれば、それは主様がエルフとは相いれぬと宣言したも同じ。つまりは――」
「つまりは……?」
「つまりは《神滅覇王》陣営は、エルフとの全面戦争も辞さぬ覚悟だから首を洗って滅びの日を待っていろ、という意味になるじゃろうの」
「……」
なにそれ怖い、超怖い。
「でももし戦のつもりがあるのなら安心するがよいのじゃ。なんなら妾が《神焉の黒き炎》であの森を滅びの森に変えてやるのじゃ。なに、神話を終焉わらせるのと比べれば造作もなきこと。主様が出るほどでもないのじゃ」
いけしゃあしゃあと言いやがる《神焉竜》。
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよな……」
「妾も冗談を言ったつもりはないのじゃけれど?」
「えっ……?」
「えっ……?」
……よし、うん。
今の話は聞かなかったことにしよう……!
「じゃあ、大事な物だし無くさないようにしっかりしまっておこう……」
「それもお勧めはできないのじゃ。身につけることで、主様がエルフの後ろ立てであることを周囲に示しておく必要があるのじゃ」
なにこの進むも地獄、戻るも地獄な状況……。
「そう言うものなのか……。偉い人たちの世界ってのは、いろいろ面倒くさいんだな……。じゃあよし! ハヅキ、これはハヅキにプレゼントだ」
「うにゅ、いいの?」
ハヅキがちょっとびっくりしたような顔をみせたんだけど、
「俺はネックレスって柄じゃないしな。それにこれはハヅキにはよく似合うと思うんだ。神秘的で引き込まれそうな感じが、ハヅキの雰囲気にぴったりだよ。ほらこっちおいで」
「ん――」
髪を手で上げて首元をあらわにしたハヅキに、そっとネックレスをかけてあげる。
「うんうん、いい感じじゃないか!」
「ふふっ、ハヅキよく似合ってますよ」
「奥方殿に似て、妹君もほんに将来が楽しみなおなごじゃのぅ」
「ありがと――」
そう言って嬉しそうにはにかむハヅキは、それはもう目に入れても痛くないってくらいに可愛かったのだった。
そして、
「良かった。これでエルフとの全面戦争は避けられたんだな……。本当に良かった……」
俺はほっと胸をなでおろしたのだった。
……にしても。
「サーシャといい《神焉竜》といい、俺の預かり知らない所でいろいろ話を大きくしてくれちゃってるんだよな……。ま、今んとこ実害はないし、なるようになるだろ……。なってくれたらいいな……」