第18話 はじめてのまなしー
「マナシロさま、この度は本当に、本当にありがとうございました。一度ならず二度までも孫娘の命を救っていただいたこと、ワシはもうこのまま墓に入っても構わないくらいに、ほんにマナシロさまには感謝してもしきれませぬ」
「いやもうほんと、気にしないでください」
「もはや老い先短い老残の身なれど、この命、マナシロさまに捧げることを誓いましょうぞ。もちろん老いぼれの命一つなんぞ貰っても、マナシロさまのほうが困るだけかも知れませんが」
「そんな大げさななことじゃないんで。たまたま偶然、上手くいっただけなんで」
あの後。
ハヅキの快癒を知ったグンマさんは今に至るまでずっと、額を地面にこすり付けるほどに俺に対して深々と土下座をし続けていたのだった。
「ほんと、俺はただ、俺がやりたいことをやっただけですから。だからそろそろ顔を上げてください」
頭を下げることは多々あれど、頭を下げられた経験が少ない俺にとって、年配の人にこんな風に土下座されるっていうのは、正直対応に困る以外の何物でもない。
「グンマさんの感謝の気持ちはそれはもう痛いほどわかりましたから、ね? ねね?」
だがいくら俺がそう伝えても、のれんに腕押しでグンマさんは一向に聞いちゃあくれないのだ。
「悪い、ウヅキからも何とか言ってもらえないか」
俺はついに自分での説得を諦めて、おじいちゃんの泣き所である、可愛い孫娘さんからうまいこと伝えてもらおうと思ったのだが、
「……」
俺の右隣に座るウヅキからは、なぜか反応がなかった。
「ウヅキ?」
「……はい? ……あ、えっと! わたしもそう思います!」
「……話、聞いてなかったんだね」
「す、すみません……少し考えごとを……決意を新たに覚悟を決めたと申しますか……」
「決意? 覚悟? なんの?」
「っ!? な、ななな、なんでもないんです! セーヤさんには、全然ちっとも! お茶碗に残った米粒ほども関係ありませんから! あ、いえ、なくはないんですけど!」
「どっちなんだ……」
理由は不明だが、相当テンパってるようなのは理解した。
「ハツキちゃんからも頼むよ」
急にぽんこつになってしまったウヅキを諦め、俺は左隣に座るハヅキちゃんにもお願いしてみる。
「おなか、すいた、ので、はやくごはん、たべよう」
……こっちはそもそも聞く気すらなかったようだった。
「もう、ダメでしょハヅキ。セーヤさんは命の恩人なんですから、ちゃんとしなさい」
ウヅキがわざとらしく怒ってみせた。
こうやってお姉ちゃん風を吹かせる姿も、たいへん愛らしいな。
「うにゅ、ありがと、まなしー」
「まなしー?」
「マナシロ・セーヤ、変な名前……呼びにくいから、まなしー」
「お、おう……」
まなしー、まなしーね……。
「ハヅキ、目上の人に向かって失礼ですよ。セーヤさんだって呆れちゃってます。ほら、お姉ちゃんも一緒に謝ってあげるから、ちゃんとごめんなさいしましょうね……って、えっと、どうしたんですかセーヤさん?」
「まなしー、まなしーか……うん、まなしーね」
「セーヤさん?」
まなしーとは言語学的知見から分析するに、つまりこれは俺に与えられたニックネームである。
ニックネームとは、つまりあだ名である。
以上のことから総合的に勘案すると、今、俺は人生で初めて、女の子からあだ名で呼んでもらえたということに他ならないのだ――!
「ハヅキちゃん、もう一回、もう一回呼んでみて!」
「ほらいくら温厚なセーヤさんも怒って……って、あれ?」
小首をかしげるウヅキの横で、
「まなしー」
ハヅキちゃんが俺をあだ名で呼んでくれる。
「もう一回、もう一回だハヅキちゃん!」
「ハヅキでいい。だからハヅキも、まなしーって、よぶ」
「オッケー、じゃあこれからはハヅキって呼ぶからな?」
「じゃあまなしーも、まなしーで」
「了解だ。こほん……ハヅキ」
「まなしー」
……いいね、実にいいね。
「ハヅキ」
「まなしー」
いいよ、あだ名呼び、すごくいいよ!
俺は降って湧いた望外の喜びをかみしめたのだった。
「……えっと、気に入ったんですね、その呼び方……」
これまで俺に対して全面的に肯定してくれていたウヅキが、それはちょっと理解できないって顏をわずかに見せたのが印象的だった。
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