第161話 どーてーは、そっとする
「おお、やっと帰るのじゃな! はよぅ主様の家にゆくのじゃ! ここは人が多すぎてかなわんのじゃ」
「まぁ行くのは俺ん家じゃなくてサクライさんのお家なんだけどね……」
「? 奥方殿の家なら主様の家じゃろうて?」
「それはあの、未だならず的な感じでだな……」
しかも恥ずかしい話で恐縮ですが、俺こと麻奈志漏誠也、最近やっとまとまったお金を手に入れてヒモを卒業したばかりの、しがない居候の身にございますれば。
今まで家賃、食費、光熱費その他もろもろまったく払っておりませぬ……。
「《神焉竜》様。マナシロ様はヘタレ――失礼、童貞ということにございます。サクライ様とは夫婦ではございません」
「クリスさん!?」
「マナシロ様が言いにくいようなので、私が代わりにご説明いたしました。こう見えて、意外と察しが良いもので」
「意外も何も、クリスさんほど察しがいい人はいませんよ! あと、『ヘタレ』をわざわざ『童貞』と言いなおす必要はあったのかな? かな?」
「童のごとく操が貞しい――つまり身持ちが堅く誠実な殿方であるということを、この言葉でもって端的に褒めたつもりでしたが」
「物は言いようですね!」
「うにゅ、まなしーは、どーてー?」
「こ、こら、ハヅキ、だめですよ! これはとても微妙で慎重な扱いが求められる、男の子のプライドとも直結する非常にセンシティブな問題なんですから。そっとしてあげないとだめなんですから」
「うにゅ、わかった。どーてーは、そっとする」
「ふふっ、ハヅキちゃんは、偉い子ですわね」
「あふ……」
ウヅキ&サーシャになでなでしてもらうハヅキ。
仲良し3姉妹って感じの女の子たちは、それはもうとても可愛らしくて忘我の涙が出ちゃうくらいに尊いね。
「……うん、いいんだ。俺が童貞なのはまぎれもない事実だからね……それに本来の意味はクリスさんが言ったみたいに、褒め言葉で間違いないんだろうし……むしろ誇るまである……誇らないけど」
問題発言をかましてくれたクリスさんを、やや恨みがましく見やると、
「サクライ様姉妹に加えて、ナイア様、シロガネ様、さらには《神焉竜》様も。いくらお嬢さまが美貌と才気にあふれた文句なしの才媛であるとははいえ、この戦いを勝ち抜くのは至難の技。あまりに相手が悪すぎます」
クリスさんは真剣な顔をして、何事かつぶやいていた。
俺は意識を集中して聞き耳を立ててみた。
ふふん、ちょっとその気になれば知覚系S級チート『龍眼』によってほんの小声の独り言であっても、拾い上げることは可能なのだ。
プライバシーを考慮して普段はやらないんだけど、さっきの童貞発言の意趣返しをしてやるぜ……。
えっと、なになに……?
「やはりここは、マナシロ様の隣というオンリーワンを目指すのではなく、マナシロ様を皆で共有する形に持っていくのが、一番可能性のある勝ち筋でしょうか。言うなればマナシロ・セーヤ・シェアリング。共有経済、ある種のサプライチェーンと言ってもいいかもしれません」
「……(汗)」
「その構築のためにも、まずは周囲の人間関係の深度を深めていかなければ。幸いなことにマナシロ様は、情にもろく優しいお人柄です。やすやすとは抜け出せない義理と人情という名の見えない鎖でがんじがらめにして――」
「……(滝汗)」
うん……俺は何も聞いていないよ。
プライバシーの侵害はやっぱよくないもんな。
よくないので、『龍眼』はただちに解除しました。
ははっ、それにしてもクリスさんは冗談がお上手だなぁ、さすがは筆頭格メイドさんだよ。
「ただただ、私はお嬢さまの勝利だけを目指して邁進いたしましょう――」
うん、オッケー、なんてことない独り言の冗談だよね。
冗談以外、俺は何も聞かなかったからね……?
「クリス」
話が一段落したのを見て、サーシャがクリスさんに呼びかけた。
「分かっております、お嬢さま」
クリスさんが察しよく答える。
「私はスコット=マシソン商会に落とし前を――失礼、お話をさせていただきに参ります」
落とし前って……。
「さすがはクリス、話が早いですの。ディリンデンに戻り次第すぐに、お父さまと相談して代わりの交渉役を遣わしますから、それまでにうまく落としどころを見つけておいてくださいですの」
「仰せのままに。スコット=マシソン商会の権益を剥ぎとれるだけ剥ぎとってまいります」
「ちょ、ちょっと? 禍根は残さないように、ですわよ?」
サーシャが少し焦ったように釘をさした。
――んだけれど、
「もちろんでございます。わずかな禍根も残さぬように、反抗する気力もなくなるほどに完膚なきまでに叩きのめしてまいりますので」
クリスさんはキリッと決意の表情でもって、それに答えたのだった。
「だ、大丈夫ですわよね……? ええ、大丈夫ですわよね……?」
不安げなサーシャの瞳が俺を見る。
「いや……その……俺に聞かれても……」
思わず視線をそらしてしまう俺だった。
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