第156話 きゅうに、ぎゅーが、きたので
まったくもって謂れのない冤罪事案から脱した俺 (たち)は今。
目的の保養所から目と鼻の先にある、朝から営業中の軽食屋で朝食をとりつつ、救出作戦を練っていた。
「早く助けに行くのだ!」
人の姿に変化していても、息を吸うように俺の手をガブリしてきたシロガネを、
「うにゅ、じゅんび、だいじ。かっては、めっ」
ハヅキが端的に、
「一秒でも早く妹さんを助けたい気持ちは分かります。わたしも辺境伯にお祖父ちゃんが連れて行かれた時、この世の終わりだって思いましたから。でもセーヤさんをはじめ、ここにいるみんなは本当にすごい人たちなんです。だからちょっとだけ、信じて待ってもらえませんか?」
ウヅキは優しいお姉さんのように。
サクライ姉妹がそれぞれのやり方で優しく教え諭してくれる。
「ガブガブ……分かったのだ」
「うにゅ、シロガネ、えらいえらい」
「フン……」
最終的にハヅキになでなでされるシロガネだった。
うん、いいね、実に尊いシーンだね。
濁った目と心が綺麗さっぱり洗われるよ。
ちなみに8人掛けの丸テーブルで、俺の右にウヅキ、左にサーシャが座っている。
膝の上にはいつものようにハヅキがちょこんと鎮座ましまして、これまたいつものように身体をすりすりしながら、小動物のように可愛らしく甘えてきていた。
向かいには《神焉竜》、ナイア、クリスさん。
シロガネはサクライ姉妹に諭されて一時よりは落ち着いたものの、それでもそわそわしながら丸テーブルの周囲をぐるぐる回っていた。
「ねぇクリス、あれがスコット=マシソン商会の管理施設なのは間違いないのかしら?」
「はいお嬢さま。スコット=マシソン商会については、入念に調べ上げておりますので、その点については間違いありません」
「調べ上げてたのな……」
「トラヴィス商会にケンカを売ってきたということは、つまりお嬢さまにケンカを売ったと同じ。であれば来たるべき決戦の時に備え、情報は集められるだけ集めておくのがお嬢さまの専属メイドとしての嗜みというものでございます」
「お、おう……」
クリスさんだけは怒らせないようにしようと、かたく心に誓った俺だった。
――と、
「あ、あれって――」
一人の人物がくだんの屋敷へと入っていくのが《神焉竜》の『真なる龍眼』によって映し出された。
周囲を警戒しながら顔を隠すようにうつむいて、表にあるでかい正門を避け、足早に裏手の小さな入口から入っていくその姿には、見覚えがあった。
「間違いない、ひよこ鑑定でお金を稼ぎにトラヴィス本宅に行った時、おっちゃんに蹴り飛ばされて捨て台詞をはいて逃げていったヤツだ――!」
「あれはスティール・スコット=マシソン。先代の急逝によって若くして三大商会の一つを引き継いだ、まぁ一言で申しますとロクでなしのドラ息子です」
クリスさん、めっちゃ辛辣っすね……。
「でも、ビンゴですわ!」
「飛んで火にいる夏の虫、おおかた荷馬車襲撃が失敗したのを知って不安になって見に来たんだろう。分かりやすい小物っぷりだね。さて、そろそろいい頃合いかな――」
言って、ナイアが立ち上がった。
同時に、
「失礼します。ナイア様、全ての配置が整いました。あとはご命令を待つだけです」
《聖処女騎士団》の女の子騎士団員が報告にやってくきた。
「お疲れさま。朝一で急な仕事を頼んじゃって、ごめんね?」
「とんでもありません! ナイア様は先日も、東の辺境で邪竜を討伐したと聞きおよんでおります! それに比べればこれしきのこと、大したことではありません!」
ピンと背筋を伸ばして答える女の子の表情は、尊敬の感情でいっぱいだった。
さすが実績抜群、皇帝からの信も厚いと言われるナイアであることよ。
「これ、そこな小娘、その若さではや死にたいのかえ? 何を勘違いしておるのか知らぬが、妾らは討伐なぞされてはおらぬぞ? この通りピンピンしておるのじゃ。そもそも妾を倒してみせたのは主様であって――」
『討伐された』という言葉を聞きとがめた《神焉竜》が、青筋を立ててガチ気味に絡みだしたので、
「あ、あくまで噂だよ噂! な? 尾ひれはひれがついてこその噂ってもんだろ? だからこんな普通のご飯屋さんで、超ガチな殺気を飛ばすのはやめてくれないかな!?」
慌ててハヅキを抱っこしたまま間に入ってとりなす俺だった。
だって下手したら殺気だけでこの子が気絶しちゃう可能性すらあったんじゃないかな……?
「うにゅ。きゅうに、ぎゅーが、きたので」
「ああ、ごめんごめん」
俺は《神焉竜》の絶対零度の殺意にハヅキが巻き込まれないようにと、守るようにぎゅっとハヅキを抱きしめていたのだった。
「とっても羨ましいですの……」
「はぅ、わたしも……」
なんて言っちゃうサーシャとウヅキが可愛かったので、手招きしてハヅキと一緒に3人まとめてぎゅーをしてあげた。
しながら、
「お前な、いちいち沸点が低すぎるんだよ。最上位のSS級だろ、もっと泰然自若に構えていろよ?」
「ずるいのじゃ、妾も主様にぎゅーをして欲しいのじゃ」
「俺の話を微塵も聞いちゃいねぇ!? ……あーもう、ほら、おまえもこっちこいよ」
俺はウヅキ、サーシャ、ハヅキ、《神焉竜》をまとめてぎゅーっとしてあげることにした。
まぁほら?
みんなとっても可愛い女の子だし、ぶっちゃけ超がつくほどの役得なわけで、もちろん文句なんてちっとももありませんです、はい。
なので、
「じゃあみんな気力を充電できたところで、今度こそ捕り物といこうか」
ナイアがそう言ってくれなければ、ずっとぎゅーっとしていたところだった。
「手はずどおりにアタイは別行動。セーヤ達は正面から頼むね。ま、特に抵抗はないと思うけど」
準備――とはつまり、こういうことだ。
これから行うことは、《聖処女騎士団》による正式な捜査なのだ。
相手は帝都有数の大商人。
俺たちが無闇勝手に突っこんだら、下手をしたら逆にこっちが不法侵入でお尋ね者になってしまう。
では、どうするか。
「《聖処女騎士団》には妖魔、および『幻想種』に関する犯罪を取り締まる権限が与えられてるのさ」
「そういや、そんなことを言ってたような……?」
確か《神焉竜》を召喚した辺境伯と対峙した時に、そんなことを言ってたはずだ。
「本来は、東の辺境伯モレノを捜査するために与えられた時限立法なんだけど、まだ事後処理中で効力は切れていないからね。せっかくだから有効活用させてもらおう」
にやり、と。
秘密基地で悪だくみをする子供みたいな顔をしてナイアが笑った――。
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