第145.5話 俺の辞書に敗北という文字は存在しない――
「だってセーヤ様ったら……お、俺のサーシャ……なんて、いくら婚約者と言えども恥ずかしいですわ……いやんいやんですの!」
サーシャはきゅっと握った左手を胸の前におきながら、赤らめた顏を隠すようにぷいっと下を向いてしまう。
そのせいで後半部分がよく聞き取れなかったんだけど、ぶっちゃけ可愛すぎてそれどころではなかった!
膝がキュッと閉じててさ、もじもじと恥ずかしげに太ももを擦りあわせているのがね、ほんとマジで可愛いんだよ……っ!
こんなもん、抱きしめる左手に思わず邪な力が入りそうになっても仕方ないじゃないか……!
こう、手のひらにじんわりと伝わってくる、柔らかい女の子の感触と温もりときたら、俺はもう……!
「……はっ!? この大事な場面で俺はなにを……」
くっ、これが《神滅覇王》を手にした代償ってやつか……!
俺が悪いんじゃない、《神滅覇王》が悪いんだ……!
「本当にこんな風に抱きしめられて、あんなに強くてカッコいいところを見せられたら、わたくし……」
ああもう! とろんとした表情のサーシャは本当に可愛いな!
――なんだけれども!
とっても後ろ髪を引かれることこの上ないんだけれど!
状況が状況だけに、俺は為すべきことを為さねばならないのである……!
「でも、いつも強気なサーシャが、こんな風に乙女な態度でいるとすごく新鮮かな」
「わ、わたくしはいつだって乙女ですわ! もう、セーヤ様ったらせっかくいい雰囲気なのに酷いですの!」
「お、いつものサーシャ節だな。それだけ元気なら、身体の方も本当に大きな怪我とかはなさそうで良かったよ」
「あ……」
「派手に地面を転がされてたからさ。頭を打ってたりしないか心配だったんで、念のために様子を見てたんだ」
怪我の程度によっては、回復系S級チート『天使の施し』を使わないといけないかもと思っていたけれど、外傷も少しすりむいたりしているくらいで本当に大事はないようだった。
「サーシャが大きな怪我をしてなくて良かった」
「あ……もう、セーヤ様ったら本当にずるいのですわ……」
「いや別にズルくはないだろ……」
すっごく心配したって話だったのに、なぜにそんな評価になるんだ……
「いいえ、ズルいですわ。カッコ良くて、強くて、優しくて、心配性で……素敵すぎて本当の本当にズルいですわ!」
「う、うん……そうか……」
「……」
「……」
おう……なにこの甘々でほわほわでこそばゆい雰囲気!
いや全然ちっとも悪くない――どころかむしろ最高なんだけれども!
「だいたい、ズルいっていうなら妙にしおらしいサーシャだってズルいだろ。可愛すぎてどう接していいか対応に困る俺の身にもなってくれ」
「ぁぅ……」
「ぉ、ぉぅ……」
俺の腕に抱かれたままで、顔をこれ以上ないってくらいに真っ赤っ赤にしてしまうサーシャ。
まぁそのなんだ。
……今のは俺も、自分で言っておいて正直どうかと思いましたです、はい。
たいがいのことはプラス補正にしてくれるラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』がなかったら、邪王炎殺黒歴史になること間違いなしの浮つきまくったセリフだった。
そんなサーシャとこのままピンクでシュガーな二人の世界に浸っているのも悪くはなかったんだけれど、
「ごめんなサーシャ、ちょっとここで待っててくれ。今からしつけのなってない犬っころに、礼儀のイロハを叩き込んでくるからさ」
「勝て、ますのよね……?」
「安心しろ、なんせ今の俺は世界最強の《神滅覇王》なんだからよ」
俺の中で《神滅覇王》の存在が、次第次第に濃くなってゆく。
「行くぞ《シュプリームウルフ》、俺の辞書に敗北という文字は存在しない――」
左手に抱いていたサーシャをそっと離してあげる。
「《天狼咆哮・群体分身》――天の星に座する神なる祖の力とか言っていたな? ならば今から俺が、その誇りも名誉もなにもかもを、その天の星ごと叩き落してやろう。誰にケンカを売ったのか、二度と忘れることがないようにな――」