第139話 《シュプリームウルフ》
不意打ちを辛くも受け止めたことで生まれた、《シュプリームウルフ》の巨大な爪と、日本刀による鍔迫り合い。
だが純粋な力比べでは分が悪い。
ゴリゴリと力推しに押し込まれる中、
「はぁぁあっっ!」
上手く力のバランスを操作して相手をいなし、わずかに距離を開けた――と思ったのも束の間、
キンキンキンキンキンキンキンキン!
休む間も与えんとばかりに、問答無用に襲いくる爪と牙による3重連攻撃。
それを日本刀でギリギリのところで受け流し、かわせるものはかわしてゆく。
その、まるで牛のような巨体から繰り出される、しかし俊敏で鋭い攻撃の威力ときたら、
「くっ、普通の刀だったらとっくに折れてるぞ……」
日本刀だからこそこうやって折れずに打ち合っていられるものの、
「いやでもこれ、下手したら代わりに俺の手首が折れるんじゃねぇか? って……こんの、うおりゃぁっ!」
ギャキィン!
かわし切れなかった左爪の横なぎを、日本刀で下から思いっきり、強引に力任せに跳ね上げた――!
反撃のチャンス!
とばかりに踏み込もんだものの、
「ワォォォォーーーン!」
しかし飛び散る火花をものともせずに、鮮烈な吠え声とともに突進をかけ襲いくる《シュプリームウルフ》によって、
「っぶねぇ……! なんつー突進だ。速すぎだっつーの!」
再び防戦一方へと追い込まれてゆく。
「この野郎、『剣聖』相手にこうも一方的に攻め立てるとかやるじゃねぇかよ……!」
今のは『龍眼』がきちっと反応して動きを捉えていたのに、あわや対応が間に合わないところだった。
「でかいだけあってパワー勝負だと分が悪い上に、こいつ、めちゃくちゃ速いじゃないか――っ!」
体長4メートルを超える巨大な狼が、信じられない速さとともに巨大な牙と爪で襲いかかってくるのだ。
例えるなら、暴風雨の中に雨具を持たずに出ていくようなものだろうか。
横殴りの雨が激しく打ちつけるように、一方的に攻め立てられる……!
どうしようもない防戦一方ながらも、しかし、
「おおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっ――――っ!!」
最強S級チート『剣聖』はその全ての攻撃を、ギリギリのところで捌いてのける。
「ウゥ――ウオオオオオオオーーーーーーンンッッッ!!!!」
ギャン! ギィン! ギャリン!!
さらにさらにと強く激しく振るわれる牙と爪による狂想曲を、あと一歩のところで日本刀が食い止め、火花が飛び散るとともに幾度も激しい金属音が鳴り響く。
「おいおい、さっきから怒り心頭って感じだな? 荷馬車に逃げられたのがそんなに悔しかったのか?」
「オオオオオオオォォォォォォォォンンンン!!」
俺の挑発に白銀の巨狼が激烈な怒りを吠え上げ、攻撃のスピードがさらに増しはじめた。
「っ、まだ速くなんのかよ――これだからSS級ってヤツは!」
そして押し込まれる原因として純粋な速さに加えてもう一つ、武器の数の差も大きかった。
《シュプリームウルフ》が牙と両の爪という都合3つの武器を持っているのに対して、俺は日本刀が1本だけだ。
「これじゃまるで3対1で戦っているようなもんだぜ……!」
俺は一つを受け&2つをかわすのを基本に、横へ横へと回り込んで相手の手数を上手く殺しながら、最強の戦闘チート『剣聖』の全力稼働でもって高速戦闘を切り結んでゆく。
「うぉぉぉぉりゃあああああ!」
ガキャン!
巨爪と日本刀再び激しく火花を散らし、
「うぉっとお!」
突進からの噛みつきを、身体を地面に投げ出すことで紙一重にてかわしてのける。
飛び込み前回り受け身でクルッと前転をして立ち上がると、再び日本刀を構えた。
ここまでずっと防戦一方だった俺は、まだ反撃のそぶりすら見せることができてはいない。
「マジで速いな……ついていくのがギリギリやっとだ……さすがはSS級だぜ。けどな? これなら、圧倒的な防御力と『真なる龍眼』による予知を持っていた《神焉竜》の方がはるかに絶望感があったぜ?」
既に『剣聖』は『龍眼』と連動して《シュプリームウルフ》の動きを解析し、癖や動きのパターンを掴みつつあった。
「ウォォォォオオオオオンン!」
「おおおおぉぉぉぉっっっ!!」
《シュプリームウルフ》の嵐のような猛攻が続く中、俺はかわし、受け流し、時には強引に弾き返しながらも、虎視眈々と反撃のタイミングを探っていく。
チャンスはおそらく、そうはないだろう。
だが多くは必要ない。
いいや、今の俺なら一度のチャンスがあれば十分だ……!
そして、さらに激しくやり合う中で――、
「っ! ここだ――!」
今までは受け止めていた攻撃――しかし既に『龍眼』によって完全に見切っている右爪の振り下ろし。
体重がしっかり乗った強烈な振り下ろしは、当たれば一撃必殺の威力をもつ要注意・要チェックの攻撃だ。
しかしそれは強烈な分だけ技の後にわずかだが、次の動作に移れない技後硬直があった――!
俺は右爪の振り下ろしをギリギリまで引きつけると、日本刀を瞬時に納刀しながら、左足を軸に時計回りにクルッと背中側へと回転する。
円運動の体捌きによってヒラリと爪撃を回避すると、その動きの流れのままに一回転しながら日本刀を抜刀した――!
「世界よ、真白く瞬け――」
それは戦闘系S級チート『剣聖』の最終奥義――!
抜刀とともに爆発的に解放された剣気が、光輝となって煌めいて――!
「剣気解放――、《紫電一閃》!!」
ギャリギャリッ、ギャガガツン――――ッ!!
車がコンクリート壁に突っ込んだような、大気を震わす激突音が夜の平原に鳴り響いた。
必殺の奥義でもって、刀の腹で居合抜きに《シュプリームウルフ》の後頭部に強烈な一撃を叩き込んだのだ!
「ァグッ――、ガッ――」
それは世界を真白く染める閃光。刹那の煌めき。
そしてこの戦いで俺が初めて放った攻撃だった。
しかしそのたったの一撃で、4メートルを超える巨狼はグラリと腰砕けに崩れ落ちる。
脳震盪をおこしたのだ。
「ふぅ、ま、こんなもんか。しかし『剣聖』と『龍眼』の組み合わせは、文字通り反則だよな……」
知覚系S級チート『龍眼』が相手を分析して丸裸にし、それを元に戦闘系の最強チートである『剣聖』が最良の戦術を組み立てるする。
特に《シュプリームウルフ》のような技術ではなく力と速さに物を言わせた「野性的な接近戦タイプ」は、この『龍眼』&『剣聖』が特にハマるタイプと言ってもいいだろう。
「むしろ『真なる龍眼』によって俺の『龍眼』が完全無効化される上に、『剣聖』の攻撃力じゃ何をどうしても通らない異次元の防御力をもった《神焉竜》と当たったのが、そもそもの間違いだったんだよな……」
相性最悪の相手といきなり初手からマッチングしてしまったのだから。
「でもま、普通にやれれば、S級とS級で合わせてSS級……とまでは言わないけど、この組み合わせはそれに近い力が出せるってわけさ」
「セーヤ様、鮮やかすぎる手際、本当に凄いのですわ!」
戦いが終わるとともに、興奮冷めやらぬって顔のサーシャが駆け寄ってきた。
そしてそのままギュッと左腕に抱き着いてくる。
その感触は……まぁなんていうの?
人それぞれ、それもまた個性でいいんじゃないかと思います。
「さて、と」
言って俺は日本刀を這いつくばる巨狼の鼻先へと突きつけた。
「《シュプリームウルフ》……でいいんだよな? お前には聞きたいことがある。洗いざらい喋ってもらうぜ?」