第136話 ドリキンのマナシロ・セーヤ
「マナシロ様、手綱を預けてほしいとのことですが」
クリスさんがいぶかしげに聞いてくる。
「うん、替わってくれないかな?」
「私は荷馬車を扱う技術にかけては、右に出る者はそうはいないと自負しております」
「サーシャに聞いたよ。なにより今まさに俺自身がそのことは実感してる。ここまでこれたのはクリスさんのドラテクあってのことだ」
街灯もない月明かりだけが頼りの暗い夜道を、路面状況を瞬時に判断して最適なコースを選び、猛スピードで荷馬車を走らせるのはそう簡単なことではない。
「その上でマナシロ様は、御者を替われとおっしゃるのですか?」
「ああ。それでも替わってもらえないかな?」
だからクリスさんが少なからず気分を害するのは当然のことだろう。
言ってみれば自分の専門技術を否定されて――だけでなく馬鹿にされたようなものだもんな。
だけど、今はもう問答している時間も惜しいんだ。
5連ヘアピンはすぐそこへと迫っている。
だからまずはいち早くクリスさんを説得して――、
「分かりました。マナシロ様にこの手綱、預けましょう」
「実は俺……って、あの、えらく物わかりがいいんですね? ここは怒って当然の場面だと思うんですけど」
「それはもちろん、物わかりがよくなるくらいにはマナシロ様のことを信頼しておりますので」
「え? お、おう……そうか」
「急に狐につままれたような顔をして、どうされたのですか?」
……いや、だってさ?
いつも俺に対してはツンツンしてるのに、そんな急に真面目な顔して褒められたら、すっごく調子が狂うじゃないか。
お尻がむずむずするって言うか。
それにしてもただでさえ属性&謎がモリモリのクリスさんなのに、さらにツンデレ要素もあるとかなにそれもう絶対無敵のチートだろ。
「……なんだよまったく。こんな真っ直ぐな信頼を向けられたら、絶対に応えなきゃ男が廃るってなもんだぜ……!」
そのままクリスさんはわずかに迷うそぶりすら見せずに、俺に手綱を預けると代わりに俺の和弓を持って荷台へと下がっていった。
オッケー、その信頼、確かに受け取ったぜ。
気合十分、全力全開フルスロットルだ……!
「少し褒めただけでこれです。ふっ、やはり童貞はちょろいですね」
……今のは聞かなかったことにしよう。
いや、これは緊張をほぐすためにあえて俺に聞こえるように言ったのかもな。
この敏腕メイドさんなら全て考えた上だったってのは、冗談でもなんでもなくありえる話だ。
ともあれ、だ。
俺は御者台に腰をかけると背筋をしゃんと伸ばして一度、深呼吸。
大きく息を吸って、はく。
そして、
「操縦系S級チート『豆腐屋のドリフトキング』発動!」
この状況に最も適した、最強の運転チートを発動させた――!
そこへ間髪入れずに5連ヘアピンが、その最初の一つである右コーナーが目前に迫ってくる――!
この5連続ヘアピンは左を流れる川と、せり出した右の岩肌によって、ぎゅっと挟まれた街道最大の難所だ。
しかもただ狭いだけでなく180度に近い急角度の連続コーナーとなっていて、普通に通過するのならば歩く速さまで減速するのが当たり前の場所だった。
もちろんそんなことをしていては、ここで仕掛けるつもりの《シュプリームウルフ》の思う壺である。
だから俺は――、
「このまま突っこむ! クリスさん、サーシャ! 派手に行くぞ! しっかり掴まっていてくれ!」
俺は大きな声で注意を促すと、チートによる熟練の手綱さばきでもって、荷馬車を左の川べりギリギリすれすれへと寄せていく。
「大丈夫だ、焦るなよ、俺。ちゃんとラインは見えているんだ。チートを信じよ……!」
川縁ギリギリのラインを猛スピードで進み、そしてピンポイントでのフルブレーキによって後ろから前への荷重移動を作りだす。
そして左端の大外のラインから一気に荷馬車を右に振ると、右側の岩肌ギリギリのインのインへと向かって、コーナーの根本に突っ込む勢いで荷馬車を飛び込ませた!
突然の右への方向転換に、荷台が激しく軋みながら進行方向に対して真横近くを向く――!
左側面が前を向き、右側面は後ろを向いた状況で、急激に発生した横Gによって右側面の車輪がわずかに浮きはじめた。
このままでは横転して横倒しになる――!
だが、その倒れるギリギリもギリギリ寸前。
まるで左側面の車輪の摩擦力がすっと無くなったかのように、荷台が重さを失ってスーッと横滑りを始めたのだ――!
横滑りを始めた車体は、弧を描く美しいラインでもって右ヘアピンを鮮やかに切り抜けると、再び元通りに走りはじめた――!
操縦系S級チート『豆腐屋のドリフトキング』――4つの車輪が付いていればどんなものでも――重い荷馬車ですら横滑りさせてみせる、それはコーナリングに長けた超スペシャルなチートなのだ……!